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【映画】 クライマー パタゴニアの彼方へ

Climbermovie 映画『クライマー パタゴニアの彼方へ』を鑑賞。
先日の記事でも書いたように、私の周囲では「賛否両論」な映画なんですが、私自身はドキュメンタリー映画として引き込まれました。
「フリー化」というクライミング関係者でなければ到底興味を持たれないようなテーマですが、あの盛り上げ方はレッドブルならでは、という気がします。

 私はもともとクライミングなんて嫌いですし、さらにダーフィット(デビッド)・ラマみたいな天才肌はさらに嫌いなんですが。
 いやそうでしょ?
 自分が何度も何度もトライしてもダメなトコを、センスと才能に恵まれた連中はさほどの苦労もなくサクサク登っていく、あの悔しさ?

 月山の積雪下のブナなみに根性ねじ曲がっている私ですが、劇中でセロトーレの核心部で

 『無理かもしれない』
 
 というダーフィット(デビッド)・ラマのつぶやきに、凄いシンパシーを覚えました。
 『無理かもしれない』
 そんな言葉、クライミングの最中に思い浮かびますよね(少なくとも私は)

 さらに劇中、強烈に印象に残ったのはジム・ブリッドウェルの言葉

 『希望はまやかしに過ぎない。信念を持て。』

 ですね。

チェザレ・マエストリは『大悪党』なのか?

 この映画を鑑賞して、私はチェザレ・マエストリに思いを巡らさずにはいられませんでした。
 映画の冒頭でマエストリに関する貴重なフィルムが流用されています。
 
 映画自体も、また映画を鑑賞した日本人の多くも、フリー化をめざすダーフィット・ラマとボルト乱打したマエストリを対照的にみる方が多いようです。

 しかし、はたしてそうでしょうか?
 
 劇中ではブリッドウェルやグロバッツらそうそうたる面々がコメントしていますが、私は確信しています。

 ダーフィット・ラマのフリー化を最も感慨深く受け取ったのは、マエストリではないか、と。

 そもそもチェザレ・マエストリは、1950年代当時における最高のソロクライマー、フリークライマーの一人でした。
 当時としては最困難と目されるチヴェッタ北西壁、マルモラータ南西壁をバックアップロープもZ法も使わないフリー・ソロで登攀。 さらにザース・マオールのゾレダールート単独2登やクロッツォン・ディ・ブレンダ単独登攀を果たした際には同ルートの初「クライムダウン」も果たしています。
 
フリークライミングの名手だったマエストリは、1960年のローダ・ディ・ヴァエル南西壁の新ルート開拓においてボルトを使い始め、以後セロトーレ遠征に続きます。おそらく当時の「最先端」であった「ディレッテシマ」の流行が関係しているものと私は推測しています。

 日本の山岳メディアでマエストリを詳しくとりあげたのは『岩と雪』誌33号のインタビュー記事程度しかないのですが、セロトーレのボルト事件の陰で、マエストリのフリークライマーとしての経歴があまりに軽視されているのではないでしょうか?
 
 山と渓谷社のサイト「Climbing-net」では『大悪党』とまで形容されているマエストリですが、イタリア山岳会では名誉会員であり、クライマーとしての経歴からイタリア・ヴェローナ大学スポーツ学科から学位も授与されています。

 ブリッドウェルらビッグウォールクライマーのコメントが劇中に効果的に挟まれていますが、このセロトーレ・フリー化にコメントするに最もふさわしいのは、チェザレ・マエストリその人だと私は考えています。

参考サイト:
映画クライマー 公式ツイッター チェザレ・マエストリが寄せたコメント

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