« 2015年 1月日記  | トップページ | 2015年1月日記 週末編 »

『鳥海山の空の上から』

Cho 三輪裕子 著・佐藤真紀子 絵 『鳥海山の空の上から』を読了。
以前に当ブログにも書いたように、私は児童文学というやつが 大 っ 嫌 い なのだが、この本はなんとなくタイトルと表紙に描かれた水彩画の鳥海山に惹かれて手に取った。

 ストーリーは、東京に住む小学5年生の小松翔太が、ひょんなことから鳥海山山麓・秋田県矢島町に住む親戚・波江おばさんの家に滞在しなければならなくなる。
 初めての一人旅。
 なにより、なんだか怖そうな波江おばさん。
 正体不明の親戚の少女ユリア。
 
 児童文学とは思えない、大人が読んでも十分楽しめる本である。
 不安に包まれたまま矢島町を訪れ、滞在する翔太の前に、次々と色んな血筋の人々が現れる。
 地方都市ならではの、ややこしい人間関係がよく表現されている。冠婚葬祭の時はホント頭悩まされるんだよ、地方都市の親類縁者の人間関係は・・・

 本書の前半に強く印象に残るのは、波江おばさんの家を訪れた翔太が目にする、幾枚もの遺影が飾られている仏間の光景だ。
 波江おばさんの家に滞在することになる翔太が初めて泊まった翌朝、波江と共に仏壇に飯と水を捧げ、線香をあげる場面がある。ここで波江からご先祖様の話を聞かされる。
 そんな細かい描写に、地方都市のごく普通の光景がよく描かれている。

 某ご神体の滝をクライマーが登った騒動の折、幾人かの著名なクライマーがウェブで 「普段は信仰心など無いくせに」 「仏教神道など関心も無いくせに」という意味の発言をしていたが、所詮はクルクルパーな連中なのだろう。
 仏壇職人の家に生まれ育ち、仏教系の幼稚園で育ち、今現在も神棚や仏壇に御飯や水を捧げるのが日常の私には、仏間と仏壇というのは地方都市の日常において欠かせない風景だ。 

 なにより、ストーリーの背景であり軸でもある鳥海山が大きな存在感を誇る。
 ふとしたことから、翔太、ユリア、波江の3人は鳥海山山腹にある鳥ノ海を目指して鉾立から登り始める。

 そこで重要な役割を果たすのが、ニッコウキスゲである。
 鳥ノ海を見渡せる場所で昼食をとりながら、波江は語る。

 『ニッコウキスゲの花言葉はね、日々あらたに。心安らぐ人。今あたしは花いっぱいの、こんな天国みたいなところにいて、ほんとうに心安らいでいるわ。これもみんな、あんたたちのおかげだね。ありがとう。』
 そして波江はニッコウキスゲの特徴である「一日花」のことを翔太とユリアに教えてくれる。

 まったくの偶然なのだが、昨夏の少年自然の家長期キャンプで月山登山を断念した際、子供達に話したのが、ニッコウキスゲの「一日花」の特徴、そして登山断念から気持ちを切り替えてもらいたいという一心で伝えたのが、花言葉「日々あらたに」だったのだ。

 鳥海山と共にニッコウキスゲも、ストーリーに関わるキーワードになっている。(これ以上はネタバレになるので書きません。)
 ご自身も山屋・テレマーカーである著者・三輪裕子さんにとってニッコウキスゲは特にお気に入りの花であり、本のカバーを外すと、中の表紙はニッコウキスゲで彩られているという凝った装丁になっている。

 大事件もなく、異性が現れるいうのに色恋沙汰もなく、小学5年生の翔太の一夏が淡々と描かれているのが、かえって余韻の残るストーリーとなっている。

 この夏、鳥海山を目指そうとしている方にお勧めしたい「児童文学」の一冊。

|

« 2015年 1月日記  | トップページ | 2015年1月日記 週末編 »

山岳ガイドが読む本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21370/61005889

この記事へのトラックバック一覧です: 『鳥海山の空の上から』:

« 2015年 1月日記  | トップページ | 2015年1月日記 週末編 »