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【訃報】 ジャン・アファナシェフ氏 二つの祖国と煙草を愛した男

 フランスの登山家・カメラマンであるジャン・アファナシェフ氏が1月10日、癌のため亡くなりました。61歳という若さでした。

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Jean Afanassieff, premier Français sur l’Everest, s’est éteint by Le dauphine 2015.1.10
(↑上記ニュースサイトは勝手にニュース動画が流れるので音声注意)

 1970年代、グランドジョラス北壁やドロワット北壁はじめヨーロッパアルプスで先鋭的なクライミングを展開。
 1978年にはピエール・マゾー率いるフランスのエベレスト登山隊に参加、マゾーらと共に「フランス人初」のエベレスト登頂を果たし一躍有名になります。

Af2
 エベレスト登頂を果たし下山直後のジャン・アファナシェフ(中央)、ピエール・マゾー(左)、故ニコラ・ジャジェール(右・1980年ローツェ南壁単独登攀中に行方不明)

 前述で 「フランス人初」 とカッコ書きにしました。
 訃報を伝えるフランスメディアや過去のクライミングサイト、ウェブ上では「フランス人初の登頂」とされていますが、ジャン・アファナシェフの両親は父はロシア・サンクトペテルブルグ出身、母は現ウクライナのオデッサ出身。
 幼少の頃に両親がフランスに移住、祖父母、両親皆が家庭の中でロシア語を交わす中で生まれ育ちました。
 東欧某国のクライミングサイトがフランスとロシアの出自に関してインタビューし、彼はこう答えています。

「私はフランスという美しい国を愛しています。そしてロシアという国も理解しようと、ロシア各地を訪れました。東西南北、極東までね。」

 ジャン・アファナシェフはクライマーとして幾つかの8000m峰に足跡を残す一方、ドキュメンタリーカメラマンとしての道を選びます。
 彼の映像カメラマンとしての作品リストを確認すると、シベリアのアムール虎の生態からガスプロム(ロシアの天然ガス企業)まで、幅広いテーマでロシアの自然、社会を撮り続けていたことがわかります。
 そして2002年、ロシア軍の原潜クルスク号の沈没事故をとりあげたドキュメンタリー『Le destin du Koursk』 (クルスク号の運命) で国際的な賞を受賞します。
 軍の原潜事故という国家機密に触れるテーマで、プーチン政権が発足した初めの頃だから可能だった、今ではもう撮影は困難だろう、とコメントしています。
 カメラマンとして、もう一つの祖国ロシアを見つめ続けていたのです。

Af1
2006年、ピエール・マゾー(右)とともにスキーを楽しむジャン・アファナシェフ

 二つの祖国を愛したクライマーは、もう一つ、煙草もこよなく愛していました。
 エベレスト登頂後の言葉、まず「煙草に火をつけたい」が語りぐさになっています。


 エベレスト8300m地点からスキー滑降をも果たし、ベースに下山後、動画の最後で煙草をくゆらすジャン・アファナシェフの姿がしっかり映っています。

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 クライミングを通じてフランスという祖国を愛し、カメラマンという仕事を通じてもう一つの祖国ロシアを愛した男の安らかならんことを。

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