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『One Day as A Tiger : Alex Macintyre and the Birth of Light and Fast Alpinism 』

One_day John Porter著『One Day as A Tiger』を読了。副題にあるとおり、イギリスのクライマー、アレックス・マッキンタイア(Alex Macintyre)の伝記であり、アレックスの生涯を通じて登山史におけるアルパインスタイルの芽生えと発展を描いた作品。著者のJohn Porterはイギリスのトップクライマーであり、1977年のコー・イ・バンダカー、そしてアレックス最期の山である1982年のアンナプルナ南壁を共にしていた、まさに本書を書くにふさわしい方である。

 私が若かりし頃、たしか穂高の滝谷だったか、とにかく崩れやすいアプローチのガレ場を下っていた時のこと。
 同行していただいた山岳部の大先輩から、
「アレックス・マッキンタイアみたいに、こうなるなよ」
 と、大先輩は落石で頭がグキッと折れ曲がるジェスチャーで私たち現役部員を脅かしながら、岩場の取り付きを目指していた。

 冒頭からアンナプルナ南壁での惨劇から始まる。
 フランスのルネ・ギリニとアンナプルナ南壁を登攀中、落石を頭に受け亡くなったアレックス・マッキンタイア。
 ほんの拳(こぶし)大の石が頭部に当たり転落という、まさに不運としか言いようのない事故死であった。
 本書はイギリスにおけるヒマラヤ登山、クリス・ボニントンによる大遠征隊のマネジメントの様子など登山隊組織の背景から細かく説明され、いかに「アルパインスタイル」が芽生えたかが描かれている。

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アレックス・マッキンタイア(Alex Macintyre 1954~1982)近影
本書ではこの写真のキャプションとして「食糧もシュラフも無く、一晩中歌を歌っていた」とある。
アレックスが活躍した70年代、彼が好んだザ・フーなどUKパンクロックの名前も同書を彩る。

 アレックス・マッキンタイアといえば、ポーランドのボイティク・クルティカらと組んだ成果が伝えられ、「ボニントン一家」と称されるイギリスの一派とはまた違う「国際派」といった印象を受けていた。
 その背景には、イギリスのBMCとポーランド山岳会の深い交流が続けられていたことが記されている。
 ポーランドのタトラ山脈での厳しいクライミングを通じてイギリス、ポーランドの岳人たちはお互いを認め、合同登山を組むことになった。
 イギリス側のメンバーに家庭の事情で参加できない者がでたため、たまたま参加することになったアレックス・マッキンタイア。そこから運命の歯車が動き出していく。

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ヒンズークシュ山脈のコー・イ・バンダカー(Kuh-e Bandaka 6812m)北東壁 1977年、ボイティク・クルティカ(ポーランド)、イギリス側はアレックス・マッキンタイア、ジョン・ポーター(本書の著者)らが初登

 イギリス・ポーランド合同隊が目指したのは、ヒンズークシュ山脈のコー・イ・バンダカー。率いるはポーランドのアンジェイ・ザワダ。
  登山隊ははるばる陸路からソ連経由でアフガニスタン、ヒンズークシュを目指すのだが、時は折しも東西冷戦のまっただ中。
 トラブルを避けるため、イギリス側のメンバーは書類上ロシア人風の偽名を使ったりと裏技を駆使して、登山隊はアフガニスタンを目指す。
 この過程、「鉄のカーテン」に閉ざされたソ連圏を鉄道で横断するための苦労、アフガニスタンに至るまでの描写が非常に長く感じられる。
 「白い雪山が見えた」などというところは、(遠征登山を経験している方ならわかっていただけると思うが)読んでいてホントに拳を握ってしまう、そんな苦労を経て登山隊はヒンズークシュ山脈に入る。

 移動の列車の中で、クルティカから北東壁登攀のプランをうちあけられる時の様子が印象に残る。

 クルティカ 「あのさ、バンダカーなんだけど」
 マッキンタイア「え、なにそれ、暖かいやつ?冷たいやつ?」
 クルティカ 「ちがうよ、山だよ」

 こんな調子なのだが、彼らは雨あられと降る落石をかいくぐり、コー・イ・バンダカー北東壁を登り切った。
 下山後のマッキンタイアがイギリス側のメンバーにこっそり漏らした感想は、
 「あいつら俺たちを殺す気か?」

 とはいえ、二人はこの登山で信頼関係を築き、1978年クルティカに誘われチャンガバン南壁を共に登ることになる。
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チャンガバン遠征隊(左から、ボイティク・クルティカ、クシストフ・ジュレック、ジョン・ポーター(本書の著者)、アレックス・マッキンタイア)

 ヒマラヤ登攀の記録のみならず、BMCにおいて果たした役割、そして彼を巡る幾人もの女性関係など私生活にまで踏み込み、アレックス・マッキンタイアの人生が描かれている。
 彼の人生はすなわち、徹底的に装備も人も切り詰めた「アルパインスタイルによるクライミング」の進化の記録に他ならない。
 アルパインスタイルといえば、日本では即メスナーという固定観念にとらわれているクライマーの爺が多い。
 物量・人数にモノを言わせた大遠征隊の一方、少人数・ワンプッシュのクライミングをヒンズークシュからヒマラヤ8000m峰の未踏ルートに見事に開花させたイギリス、ポーランドの岳人達の足跡が事細かに記録されている。
 
 タイトルの『 One Day as A Tiger 』 は、『One Day as A Lion』 (羊として1000年生きるより獅子たる一日を生きよ)という古くからの格言を言い換えたもの。
 まさに夭折としか表現できない、アレックス・マッキンタイアの短い人生。
 彼がアルプスでアイスクライミングを初体験してからアンナプルナで死ぬまで、わずか10年ほどの出来事なのだ。
 
 無知無教養なマスゴミが商業登山の成果をもてはやす一方、先鋭の若手クライマーには常識となったアルパインスタイル。本書はその黎明期の貴重な記録であり、日本ではその成果しか知られていないアレックス・マッキンタイアの、短くも輝ける日々の記録。本書は2014年バンフ・マウンテンブックフェスティバルにおいてグランプリ受賞。

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人 間 以 外

 今回榛名山を登るに際し、最高峰をおさえたくて掃部ヶ岳を選んだ。
 その一方で、とても興味をひかれた山が、以前登った水沢山と榛名湖の中間、榛名火山の外輪カルデラの一部である「相馬山」だった。

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凍結して白い榛名湖、均整のとれた榛名富士、榛名富士の中央に少し頭をのぞかせているのが相馬山(1411m)。
榛名山は1400年の歴史を誇る榛名神社を中心に、篤い榛名信仰、そして山岳修験者の修行の場であった。
その険しさから、特に修行の場として知られたのがこの相馬山である。

この相馬山には、様々な「怪現象」が報告されている。
その現象とは、次のようなものである。

・五合目の鉄ハシゴを越えてから、急に体が重くなり動けなくなった。

・山頂で参拝した後、同行の修験者が神憑りとなる。

・江戸時代、修験者の夢枕に立った相馬山神をもとに、赤城村の石工が石像を造った。完成した石像は、中村集落の一人の村人が「神憑り」となり、一人で山頂まで背負いあげた。(現在、相馬山山頂に安置されている3体の神像の中央の石像)
 村人が後から追いかけると、頂上に石像が置かれているだけで背負いあげた村人の姿は無く、それきり行方不明となった。
 明治時代、中村集落で火事が頻発、巫者(霊能者)に調べてもらったところ、 「石像を背負いあげた村人の供養がされていないのが原因」 と言われた。そこでお宮が祀られたところ、火事の頻発はおさまった。
 昭和になって郷土史研究家が調べたところ、確かに中村集落で石像が造られた年に亡くなったとされる村人の存在が判明した。

・相馬山山頂にある黒髪神社奥社を参拝した際、神前の鈴がひとりでに2度鳴った。

・山頂社内で扉を閉めて拝んでいる最中、複数の人々の騒がしい声がするので扉をあけてみると、誰もいない。

等々である。

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掃部ヶ岳の帰路、沼の原を走るバス車中から撮影した相馬山

 前述の事例は全て、怪しげなライターによる怪奇現象本の記事や噂などではなく、群馬県立歴史博物館主任専門員の小山友孝氏が実体験として、群馬のローカル誌『上州風』に寄稿した内容である。
 博物館勤務という性質上、地元の方々と深く関わり、その中で明らかにされた「怪現象」。

 大自然の中には、やはり人智を越える何かが存在するのだろうか。

 実は昨年、ブログにアップしようと思いつつ仕事にかまけてアップしなかった記事がある。
 スイス連邦工科大学ローザンヌ校、オラフ・ブランケ教授らの実験による、「幽霊もしくは何からの存在」が実験によって再現できた、という報道である。

Do Ghosts Live in Our Brains? by Discovery.com2014.11.6

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オラフ・ブランケ教授らによる霊現象感覚の「再現」実験の様子。
自分の指の動きが、タイムラグをおいて背中に再現されるというシンプルな実験。
これにより、人間の脳が「自分以外の何者かの存在」を意識したという。

 このオラフ・ブランケ教授は、NHKが放映した「サードマン現象」に関する番組でも中心的な役割を果たした研究者。
 ご存じの方も多いと思いますが、「サードマン現象」とは、人が窮地にたたされたりした際、自分以外に「いるはずのない人」「既に亡くなった人」の声や姿を見聞きする現象。
 詳細は省きますが、アルパインクライマーの大センセイ方と違ってたいした山などやってない私でも、国内外の山でサードマン現象を経験しているため、非常に強い関心を持っています。

 実験で「人間の脳の機能による」可能性が大きいとされたサードマン現象もしくは霊現象。

 前述の小山氏の実体験も、人によっては「単なる偶然」、「気圧や温度による自然現象」、「神憑りイコール自己催眠」と片付けられるかもしれません。
 人を説得するだけの根拠はありませんが、サードマン現象や様々な怪現象を脳の機能の結果と結論づけるには、この自然はあまりにも神秘に満ちている。
 人々はそこに神や信仰、畏敬の念を見いだす、と私は思うのです。

参考文献 : 季刊『上州風』2003年秋号 No.16 上毛新聞社刊

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榛名山・掃部ヶ岳(かもんがだけ) 1449m

休日、榛名山の最高峰・掃部ヶ岳(かもんがだけ)1449mに登る。

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榛名湖湖畔からのぞむ掃部ヶ岳(左のピーク)

 不勉強で知らなかったが、榛名山とは榛名湖周辺一帯の複数のピークの総称。
 ヤセオネ峠からの沼ノ原~榛名富士~榛名湖を囲む「榛名公園」は、昭和天皇ご成婚を記念して大正13年に御料地を借り受けて制定された、群馬県で最も古い県立公園。
 昭和10年に群馬県が払い下げを受け県有地となり、現在に至る。 

 今回は「榛名山」の最高峰・掃部ヶ岳を目指す。
 渋川を出発時はどんよりと曇り空、バス経由地の伊香保温泉から上は、全く視界の効かないガス。
 ヤセオネ峠を越えた途端、青空がひろがる。
 幾つもの峰々が立ち並ぶ群馬、天候は複雑だ。

 青空の下、白い平原が広がる。完全凍結した榛名湖だ。このあたりは我が家の夫婦仲なみに冷え切っているらしい。
 ピーク時には一日に数万人のスケート愛好者が押し寄せたという。
 今は若い旅行者の一団が、凍結した湖面を面白がって記念撮影している程の静かな湖だ。

 閉鎖された国民宿舎「吾妻荘」の裏から取り付く。
 キックステップも効かないカリカリに凍った登山道、そして春らしい硬雪の斜面。

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 雪の斜面がおわり、頂上手前は日差しを受けてドロドロの泥道。
 登山口から歩くこと1時間で山頂に到着。
 わずか1時間ながら、凍結した道、泥道、ヤセ尾根と変化に富んだルート。

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 山の彼方にうっすらと見えた、真っ白な浅間山

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 マグカップを朱塗の漆器にしてみました。
 コーヒーの温もりと、木の温もり。
 おはぎ食べながら山頂のひとときを過ごします。

参考文献 : 吉田茂作著『群馬の自然公園』 昭和61年 みやま文庫

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590円の幸福

月曜から連日遅くまでハードな現場が続き、心身ともに疲労。

木曜、たまたま作業が18時前に終了。

仕事の相方と「よし行こう!」
宿に帰らず、現場から 永井食堂 に直行。

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客席はカウンターのみ。
注文を待つ間にも、何人もの人が入れ替わり立ち替わり、持ち帰り用のモツ煮「もつっこ」を買っていく。
凄い人は「20個ちょうだいっ!」と大量に買い込む人も。

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すごい客の回転率。
客がぎっしり座れるように、お膳も横にせず「縦に置いて食べて下さい」と言われる(笑)
私が注文したのはもつ煮定食普通盛り590円。
普通盛りと大盛りはライスではなく、もつ煮の量が違う。

客層は我々のような現場作業員、長距離運転手、家族連れ、カップルと様々。
もともとは「ドライブイン」として労働者向けなのだろう、御飯は結構な盛り。

で、喰った感想は

Geki

さあ明日も現場だ!
やっぱり気分転換って大事ですね。

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ピオレドール2015 プレ・リスト発表

 ピオレドール2015のプレ・リストとして、昨年2014年に行われた、「主要な」クライミングの候補リストが発表されました。
 選者はVertical誌のクロード・ガルディアン氏とアメリカン・アルパインジャーナルのリンゼイ・グリフィン氏。

 なお候補に挙げられたクライミングは約60隊におよぶもので、例年のように画像とキャプションを掲載するのは

Mendou
(北斗の拳 風)

 興味のある方は、本家ピオレドールのウェブサイトをご覧下さい↓

Preliminary list of major ascents during 2014 by Pioletsdor.com

 アジアのクライマーとして、日本の横山勝丘、長門敬明、増本亮の3氏によるK7西峰(6858m)・バダルピーク南東稜登攀、韓国のアン・チヨン氏にらによるガッシャブルム5峰初登が挙げられています。

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またまた焼きまんじゅう。

さすらいの土木作業員、しばらく群馬県にて生活します。

前回に引き続き

Kotake

 またまた小竹焼きまんじゅうにて焼きまんじゅうを食す。

 今回はお店で食べる。
 「焼きまんじゅう一つ」と注文して座っていると、少し経ってから店のおばちゃんが「もうすぐできますからね」と言う。
 ちょうどそのとき店に入ってきた常連らしいおじいさん、店に入るなり、

 「 あ、 ぼ く も 二 つ 」

 す、すげえ・・・他にも焼きそばとか、餡入りまんじゅうとか、お品書きがあるのに、何も聞いてないのに「ぼくも二つ」・・・
 ハードボイルド小説に出てくるバーのやりとりのような(笑)

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 前回は持ち帰りで食べたんですが、店で焼きたてを食べると美味しさが全く違う!
 香ばしさと柔らかさ、生地の発酵に用いた麹の香り、焼きたてが最高です。

 とゆーわけで、明日から群馬の強風に叩かれる日々を過ごします。

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さすらいの作業員、関東へ

2月14日。

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カミさんからの生チョコと、会社の女の子からの義理人情チョコを堪能中。

日々、多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。
さすらいの土木作業員、日曜も潰して関東地方におでかけです。
阿鼻叫喚の現場作業の予感のため、またまた更新テキトーになります。

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デニス・ウルブコ、ポーランドの市民権を取得

 去る2月12日、ロシア(時にはカザフスタンと記される)のデニス・ウルブコがポーランドの市民権を取得しました。

 Denis Urubko obywatelem Polski by wspinanie.pl 2015.2.13

Denis
 2月12日、ポーランドのドルヌィ・シロンスク県、トマッツァ・スモラザ知事からポーランド憲法、国旗、パスポートを受け取るデニス・ウルブコ。

 移民等で人々の往来が激しいヨーロッパでは日本の場合と異なり、「国籍」と「市民権」は法的に別れていますが、私自身法律には詳しくありませんので、当ブログ記事タイトルでは無難に「市民権取得」と訳しました。
 報道では「パスポートを取得した」とありますので、ポーランド人と表記しても間違いはないでしょう。

 デニス・ウルブコはもともとロシアのスタヴロポリ地方の街 ネビノムイスク出身。その後カザフスタンに移り、2013年にはロシア国籍を取得、現在の住まいはイタリアと各地を転々としてきました。

 インタビュー記事ではもともとポーランドの人と風土、登山を続ける上での環境にシンパシーを寄せていたようですが、もちろんそれだけではなく、将来的に冬季K2を狙うポーランド隊に加わる可能性をwspinanie.plの記事は示唆しています。
 もっとも、登山を追求するために軍に入隊、様々な生活環境を転々とし人生の全てを登山に賭けてきたようなデニス・ウルブコの生き方を知る者ならば、今回のポーランド市民権取得もさほど驚く事ではないでしょう。

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風に吹かれて、ナオミ・ウエムラ。

中央ヨーロッパ某国のクライミングサイトでは、故・植村直己氏の特集記事。

 記事トップを飾る画像、「Naomi Uemura」というキャプションがつけられながら、画像は映画『植村直己物語』劇中でモンブランを登っている西田敏行氏だったりする。
 おそらく検索サイトで出てきた画像を、そのまま植村直己氏の画像として引用したものだろう。

早速、画像は日本映画『植村直己物語』の一シーンであること、写っているのは俳優の西田敏行氏であること、を指摘するとともにエベレスト日本人初登頂当時の植村直己氏の画像を添付、訂正依頼メールを送る。

 深夜の作業だったが、時差の関係でクライミングサイトの編集部からは即返信が帰ってきた。
 画像もすぐに差し替えられている。

 今、その国はロシア絡みで戦乱の最中にある。
 訂正依頼のメールの最後に、「平和が訪れることを祈ります」と付け加えていた。

 戻ってきた返事には、その国では日本映画および西田敏行氏は知られていないこと、指摘への感謝、そして最後に、ロシアの横暴・不当な暴力を私たちは克服できると信じる、と明記してあった。

 考えてみれば、もともと旧ソ連圏の国、クライマー同士の交流もある一方で、戦火を交えているのだ。

 極東の島国の、一土木作業員の兼業ガイドには、ただ祈ることしかできない。

 

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Berghaus consumel panel 新年のお題は

出張先でメールチェックしていると、Berghaus イギリス本社から、consumel panelの新たなお題が到着。
今年初めのお題は、ずばり「環境」。

Berg201501

 今回は9題程度の簡単な設問。
 環境に配慮するメーカーとして、何を重視するか?などの設問の他、印象的だったのは、10個ほどのエコ・リサイクルをイメージさせるシンボルが並び、「どのシンボルが一番環境に配慮したメーカーと思うか?」
 という設問があったこと。
 とりあえず私は「リサイクル」をイメージさせるシンボルを選択。

 今回のBerghausのアンケートとは直接関係ありませんが。
 環境に配慮だの岩を傷つけないだのと論議になる一方で、毎年山岳メディアでは 「今年のアウターウェアの最新モデルはこれだ!」 などと、普段は環境環境とうるさいアウトドアライターと称する輩が消費を促進する記事を書きまくり、それが紙面を飾る。 それっていいの?

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進化するアヒル

私はまだ乗ったことないんですが。

Ahi
湖とかの観光地でみかける、アヒルボート(またはスワンボート)
ペダルの足こぎ式で推進し、ハンドルついて操縦するボートですね。


これが今は、

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えらくかっこいい「水上バイク」が出現してるらしい・・・・・

ちなみにお値段は9450ドル、約113万円。

軽快に走るデモ動画はこちら↓

メーカーはSchiller Sports。

参考サイト Schiller Sports (閲覧すると自動的に動画が始まるので音声注意)

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カネと、誇りと。

地名にまつわる、実に対照的な報道が流れてきました。

まず初め。
イギリスのピーク・ディストリクト国立公園が、近年激増する中国人観光客のため、公園名・地名に「新たに」中国語名を付け加える、という報道です。

Peak District will get new name in March – for Chinese visitors by grough 2015.1.7

Peakdistrict
イギリスのピーク・ディストリクト国立公園

 これは英語の地名をそのまま中国語に翻訳してもほとんど無意味であるとの考慮から、あらたに「造った」中国語名を地名に置き換えるとの配慮とのこと。これら中国語の地名は今年3月に発表される予定。

 この背景には、2013年にはイギリス訪れる海外からの観光客の中で、(記事の中では具体的な数値は示されていませんが) 観光業の市場において中国人が最も重要な地位を占める → 最大の顧客となったことにあります。
 イギリスメディアを検索すると、ロンドンの高級商店街いわゆるブランド品の商店では、中国人観光客の『爆買』によって多大な利益をあげていることが報道されています。

 いやあ、これって、世界史に詳しくない方でも、隔世の感がありますね。
 かつて植民地として世界中を荒らし回った大英帝国、苦力(クーリー)として中国人をこきつかい多大な収益を得た大英帝国。
 「チョモランマ」 「サガルマータ」と地元の山名があったにもかかわらず勝手に測量長官の名前を世界最高峰に命名した大英帝国。
 百年以上経った今、膨大な数が押し寄せる中国人観光客のカネを目当てに、自国イギリスの国立公園の地名に中国語名をつけるなど、誰が想像したでしょう。

 ちなみにこの報道は今年の1月7日に報じられ、以来反響を観察していたのですが、イギリスメディアではさほど騒がれることも無く時間が経過しています。

 さてもう一つは、アメリカ最高峰デナリの山名に関するニュース。

Alaska pushes to have Mount McKinley renamed Denali by The telegraph 2015.2.09

Mountmckinley
北米最高峰デナリを擁するデナリ国立公園

 いまだに「マッキンリー」という地名を使っている方もいらっしゃいますが、近年はアルパインクライマーはじめ先住民の呼び名である「デナリ」が定着しつつあります。

 マッキンリーとは、オハイオ州出身の第25代大統領ウィリアム・マッキンリーの名前から命名したもの。
 アメリカの政府機関「アメリカ地名委員会」がマッキンリーの名称を使いつつけているため、法的には両方が混用されている現状があります。
 
 この現状を変え、先住民の地名「デナリ」に変えるべく、アラスカ州選出の共和党上院議員リサ・マーコウスキー、ダン・サリバン上院議員が山名を変更する法案を立ち上げ、議会に働きかけているという報道です。
 以前にも法案をたちあげたものの実現ならず、昨年の上院での共和党勝利の勢いに乗じて、ふたたび法案可決を目指して活動している模様です。

 しかしながら、マッキンリーの出身地オハイオ州の議員からは山の名称変更を停止する法案が議会に既に提出されているとのことで、アラスカ州議員達の法案実現はまだまた困難な模様。

 観光客の利便性を図るという名目の下、自国の地名に新たに外国語の地名を付け加える国もあれば、一方では先住民の地名を取り戻すべく働きかける人々がいる。
 という、なんとも対照的な話題でした。

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お仕事&休日日記 2015年2月

2月×日
 先日に引き続き、福島出張。
 今度は福島県の北端、新地町へ。

 国道沿いは、津波対策の堤防工事やJR常磐線再建工事の真っ盛り。
 ガソリンスタンドの給油レーン全てに、大型ダンプがズラッと並んでいたりする。
 夕方、休憩で国道沿いのコンビニを訪れる。
 街のコンビニとは違い、女子高生の姿もなく、鳶ズボンを履いた男達が店内にひしめきあっている。
 コンビニの駐車場は、土建会社御用達のキャラバンやハイエースでいっぱい。

 さて、今夜の宿は

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 宿の手違いで、私一人、宴会用大広間に泊まることになる。
 すんげー広い大広間の真ん中に、布団がぽつんと敷かれている(笑)
 宿の人が気を利かせて冷蔵庫、ポット、テーブルは置いてくれた。
 家族経営の宿で、無線LANはあるのだがパスワードについて旦那さんもしどろもどろの対応。
 めんどくさいのでiPhoneのテザリングで仕事上のメールとファイルの確認を済ませる。
 気温の低い夜、宿の人が気を利かせて宴会場のエアコンを稼働させてくれるのだが、止め方がわからないまま眠りにつく。 
 エアコンの音、何かに似ていると思ったら、沢のそばで幕営した時の、流水の音に似ているのだった。
 明日も又、現場作業の日々。

2月×日
 急遽休みが取れ、かつ快晴の日。
 息子を蔵王スキー場に連れて行く。
 先日の天童高原スキー場では頼りない滑り方だったが、先週の小学校のスキー教室を経て別人のようになった息子。「もっとスキー滑りたい」というリクエストに応え、蔵王・上ノ台スキー場へ。

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 息子はプルークボーゲンで結構急な斜面もグイグイ滑っていく。
 リフト乗り場に直行、そしてまた滑る、の繰り返し。子供はスタミナの塊だ。

 休憩のため上ノ台ゲレンデのレストラン・チアリーに行くと、「ミス花笠」のタスキをかけた女の子二人が座っていた。え!?彼女たちは何なんだ!?
 休憩後、再びやる気満々の息子と共にリフトに乗り込むと、

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ゲレンデには長蛇の列。
ミス花笠相手に、「ミス花笠とのジャンケン大会」なるイベントがあるらしい。
え~、ミス花笠なんだからさ、レストランの一般席じゃなくて控え室くらい用意してやれよ・・・

2月×日
 今日も山形市内某所でロシア語教室の受講。

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 先週は福島出張で欠席したため、一日の遅れは大きい。
 早めに会場に行き、宮原先生に先週分の教材プリントをいただき、速攻で目を通す。
 本日は文法の学習に突入。
 まだまだ子音の発音がパッと頭に思い浮かばず、完全な足かせになっている。しくしく。

 宮原先生から息抜きの話題として、ロシア人のフルネームの構成「名・父称・姓」について話を聞く。
 言葉も文化の一つ、と思う時。
 動詞の格変化、男性名詞、女性名詞、中性名詞の変化に、「嗚呼、日暮れて道なお遠し」。

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それで冬季ナンガパルバットはどうなった?

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2014/2015年シーズン、未踏の冬季ナンガパルバット峰を目指すクライマーの死闘と人間関係。

複数の登山隊が絡んでいるので、当ブログ流に概要を時系列で記します。

2014年年末、トマシュ・マツキェビッチ(ポーランド)、エリザベート・レヴォル(フランス)のペアが入山、メスナー・ハンスペータールートから登攀開始。

遅れてイタリアのダニエル・ナルディがディアミール側・ママリリブを目指して入山。

ロシア隊はルパール側、シェルルートに取り付く。

2015年1月9日、トマシュ、エリザベートのペア、頂上めざしBC出発。

1月14日、ダニエル・ナルディ、「トマシュ・マツキェビッチらと一緒にママリリブを登る計画だったのに、彼らはさっさとメスナールート登っていきやがった!協力関係も解消だっ!」と激おこぷんぷん丸。コンビ解消だというメールをトマシュらペアおよびパキスタンの登山エージェントに配信。ヨーロッパのクライミングサイトにも両チームの仲違いとして配信される。

1月17日、激おこぷんぷん丸だったダニエル・ナルディから、「トマシュらと連絡取れない状態が10日以上続き、安否が心配」というメッセージが各方面に伝えられる。ヨーロッパのクライミングサイト、一斉にトマシュらの安否を懸念する見出しで伝える。
 17日同日、トマシュ・マツキェビッチ、エリザベート・レヴォルの両名は7800mに到達。冬のナンガパルバット登山としては、96/97シーズンのポーランド隊に次ぐ高度に到達。二人はそこで登頂断念を決定。

1月19日 BCにトマシュ、エリザベート下山、ダニエル・ナルディも安堵。

トマシュは下山途中6500m付近でクレバスに転落したものの生還。肋骨を骨折、足先に凍傷を負い、今季の登山活動を断念。

エリザベートはダニエル・ナルディに 挨 拶 も 無 く BCから下山。治療のため入院するトマシュを残し、1月23日、旦那の待つフランスに さ っ さ と 帰国。

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下山後、速攻でお帰りあそばされたフランスのエリザベート・レヴォル


トマシュ・マツキェビッチが配信した2014/2015冬季ナンガ峰の要約動画

1月25日 中国当局により不許可となった冬季K2計画から一人転進、スペインのアレックス・チコンがパキスタンのムハンマド・カーン、ムハンマド・アリ・サドパラと共に冬季ナンガパルバット登頂を目指しBC入。

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BC入りしたアレックス・チコン、ムハンマド・カーン、ムハンマド・アリ・サドパラ

1月31日 ビザ発給に関するトラブルで入山が大幅に遅れたイラン隊、C1を5100mに構築。

その後、アレックス・チコンとイラン隊が協力しあうことを決定。
2月4~5日 アレックス、イラン隊共同でC2構築、フィックスロープ工作中。

2月6日 ロシア隊、7150mに設営したC4を最高地点として日程・時間切れのため登山活動終了を宣言。
ジャヌー北壁直登の強力なメンバーで構成されたロシア隊ですが、気象情報で風速100kmと伝えられる強風には勝てず。

2月6日現在、ダニエル・ナルディ C3構築のため6100mまで到達

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ママリ・リブを目指すダニエル・ナルディの進捗状況

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協力してルート工作することを決めたアレックス、イラン隊。

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ディアミール側・キンスホーファールートを行くイラン隊。

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曲がるアイゼン

イギリス、ヨーロッパでの話題です。
オークションサイトebayにおいて、容易にフレームや爪が曲がる粗悪かつ危険ななアイゼンが出回り、BMC(British Mountaineering Council)が警告しています。

Dangerous crampons being sold online by British Mountaineering Council 2015.2.5

Baa
フレームが曲がるアイゼン

ブツはペツルのアイゼンに似せたデザインで、BMCが把握しているだけでも、下記URLのサイトで粗悪品が確認されています。

Ba1_2
http://tinyurl.com/nfngqc3

Ba2_2
http://tinyurl.com/kf3whgf

Ba3_3
http://tinyurl.com/k7uj69r

特徴として日本円で3000~4000円と、正規品では考えられない安い価格設定になっています。
BMCも推奨しているのは、アイゼン購入の際は信頼できる小売店で、自分の登山靴を持ち込み実際に合わせてみることを勧めています。

 上記サイトを見る限り、日本からの購入はできないようになっているようですが、このネット社会、どういう経路でどんな品物が廻ってくるかわかりません。
 田舎の山形の全国チェーン古着屋でも、どうみても正規品ではないアークテリクスの極薄ウインドブレーカーが出回っていた事実があります。
 ネットで登山用品を購入することについて否定はしませんが、短くない期間登山をやっていた者として、アイゼンなど命に関わるギアは実際にお店で、信頼できるメーカーの品を購入することが肝要だと思います。

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