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『One Day as A Tiger : Alex Macintyre and the Birth of Light and Fast Alpinism 』

One_day John Porter著『One Day as A Tiger』を読了。副題にあるとおり、イギリスのクライマー、アレックス・マッキンタイア(Alex Macintyre)の伝記であり、アレックスの生涯を通じて登山史におけるアルパインスタイルの芽生えと発展を描いた作品。著者のJohn Porterはイギリスのトップクライマーであり、1977年のコー・イ・バンダカー、そしてアレックス最期の山である1982年のアンナプルナ南壁を共にしていた、まさに本書を書くにふさわしい方である。

 私が若かりし頃、たしか穂高の滝谷だったか、とにかく崩れやすいアプローチのガレ場を下っていた時のこと。
 同行していただいた山岳部の大先輩から、
「アレックス・マッキンタイアみたいに、こうなるなよ」
 と、大先輩は落石で頭がグキッと折れ曲がるジェスチャーで私たち現役部員を脅かしながら、岩場の取り付きを目指していた。

 冒頭からアンナプルナ南壁での惨劇から始まる。
 フランスのルネ・ギリニとアンナプルナ南壁を登攀中、落石を頭に受け亡くなったアレックス・マッキンタイア。
 ほんの拳(こぶし)大の石が頭部に当たり転落という、まさに不運としか言いようのない事故死であった。
 本書はイギリスにおけるヒマラヤ登山、クリス・ボニントンによる大遠征隊のマネジメントの様子など登山隊組織の背景から細かく説明され、いかに「アルパインスタイル」が芽生えたかが描かれている。

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アレックス・マッキンタイア(Alex Macintyre 1954~1982)近影
本書ではこの写真のキャプションとして「食糧もシュラフも無く、一晩中歌を歌っていた」とある。
アレックスが活躍した70年代、彼が好んだザ・フーなどUKパンクロックの名前も同書を彩る。

 アレックス・マッキンタイアといえば、ポーランドのボイティク・クルティカらと組んだ成果が伝えられ、「ボニントン一家」と称されるイギリスの一派とはまた違う「国際派」といった印象を受けていた。
 その背景には、イギリスのBMCとポーランド山岳会の深い交流が続けられていたことが記されている。
 ポーランドのタトラ山脈での厳しいクライミングを通じてイギリス、ポーランドの岳人たちはお互いを認め、合同登山を組むことになった。
 イギリス側のメンバーに家庭の事情で参加できない者がでたため、たまたま参加することになったアレックス・マッキンタイア。そこから運命の歯車が動き出していく。

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ヒンズークシュ山脈のコー・イ・バンダカー(Kuh-e Bandaka 6812m)北東壁 1977年、ボイティク・クルティカ(ポーランド)、イギリス側はアレックス・マッキンタイア、ジョン・ポーター(本書の著者)らが初登

 イギリス・ポーランド合同隊が目指したのは、ヒンズークシュ山脈のコー・イ・バンダカー。率いるはポーランドのアンジェイ・ザワダ。
  登山隊ははるばる陸路からソ連経由でアフガニスタン、ヒンズークシュを目指すのだが、時は折しも東西冷戦のまっただ中。
 トラブルを避けるため、イギリス側のメンバーは書類上ロシア人風の偽名を使ったりと裏技を駆使して、登山隊はアフガニスタンを目指す。
 この過程、「鉄のカーテン」に閉ざされたソ連圏を鉄道で横断するための苦労、アフガニスタンに至るまでの描写が非常に長く感じられる。
 「白い雪山が見えた」などというところは、(遠征登山を経験している方ならわかっていただけると思うが)読んでいてホントに拳を握ってしまう、そんな苦労を経て登山隊はヒンズークシュ山脈に入る。

 移動の列車の中で、クルティカから北東壁登攀のプランをうちあけられる時の様子が印象に残る。

 クルティカ 「あのさ、バンダカーなんだけど」
 マッキンタイア「え、なにそれ、暖かいやつ?冷たいやつ?」
 クルティカ 「ちがうよ、山だよ」

 こんな調子なのだが、彼らは雨あられと降る落石をかいくぐり、コー・イ・バンダカー北東壁を登り切った。
 下山後のマッキンタイアがイギリス側のメンバーにこっそり漏らした感想は、
 「あいつら俺たちを殺す気か?」

 とはいえ、二人はこの登山で信頼関係を築き、1978年クルティカに誘われチャンガバン南壁を共に登ることになる。
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チャンガバン遠征隊(左から、ボイティク・クルティカ、クシストフ・ジュレック、ジョン・ポーター(本書の著者)、アレックス・マッキンタイア)

 ヒマラヤ登攀の記録のみならず、BMCにおいて果たした役割、そして彼を巡る幾人もの女性関係など私生活にまで踏み込み、アレックス・マッキンタイアの人生が描かれている。
 彼の人生はすなわち、徹底的に装備も人も切り詰めた「アルパインスタイルによるクライミング」の進化の記録に他ならない。
 アルパインスタイルといえば、日本では即メスナーという固定観念にとらわれているクライマーの爺が多い。
 物量・人数にモノを言わせた大遠征隊の一方、少人数・ワンプッシュのクライミングをヒンズークシュからヒマラヤ8000m峰の未踏ルートに見事に開花させたイギリス、ポーランドの岳人達の足跡が事細かに記録されている。
 
 タイトルの『 One Day as A Tiger 』 は、『One Day as A Lion』 (羊として1000年生きるより獅子たる一日を生きよ)という古くからの格言を言い換えたもの。
 まさに夭折としか表現できない、アレックス・マッキンタイアの短い人生。
 彼がアルプスでアイスクライミングを初体験してからアンナプルナで死ぬまで、わずか10年ほどの出来事なのだ。
 
 無知無教養なマスゴミが商業登山の成果をもてはやす一方、先鋭の若手クライマーには常識となったアルパインスタイル。本書はその黎明期の貴重な記録であり、日本ではその成果しか知られていないアレックス・マッキンタイアの、短くも輝ける日々の記録。本書は2014年バンフ・マウンテンブックフェスティバルにおいてグランプリ受賞。

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