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人 間 以 外

 今回榛名山を登るに際し、最高峰をおさえたくて掃部ヶ岳を選んだ。
 その一方で、とても興味をひかれた山が、以前登った水沢山と榛名湖の中間、榛名火山の外輪カルデラの一部である「相馬山」だった。

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凍結して白い榛名湖、均整のとれた榛名富士、榛名富士の中央に少し頭をのぞかせているのが相馬山(1411m)。
榛名山は1400年の歴史を誇る榛名神社を中心に、篤い榛名信仰、そして山岳修験者の修行の場であった。
その険しさから、特に修行の場として知られたのがこの相馬山である。

この相馬山には、様々な「怪現象」が報告されている。
その現象とは、次のようなものである。

・五合目の鉄ハシゴを越えてから、急に体が重くなり動けなくなった。

・山頂で参拝した後、同行の修験者が神憑りとなる。

・江戸時代、修験者の夢枕に立った相馬山神をもとに、赤城村の石工が石像を造った。完成した石像は、中村集落の一人の村人が「神憑り」となり、一人で山頂まで背負いあげた。(現在、相馬山山頂に安置されている3体の神像の中央の石像)
 村人が後から追いかけると、頂上に石像が置かれているだけで背負いあげた村人の姿は無く、それきり行方不明となった。
 明治時代、中村集落で火事が頻発、巫者(霊能者)に調べてもらったところ、 「石像を背負いあげた村人の供養がされていないのが原因」 と言われた。そこでお宮が祀られたところ、火事の頻発はおさまった。
 昭和になって郷土史研究家が調べたところ、確かに中村集落で石像が造られた年に亡くなったとされる村人の存在が判明した。

・相馬山山頂にある黒髪神社奥社を参拝した際、神前の鈴がひとりでに2度鳴った。

・山頂社内で扉を閉めて拝んでいる最中、複数の人々の騒がしい声がするので扉をあけてみると、誰もいない。

等々である。

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掃部ヶ岳の帰路、沼の原を走るバス車中から撮影した相馬山

 前述の事例は全て、怪しげなライターによる怪奇現象本の記事や噂などではなく、群馬県立歴史博物館主任専門員の小山友孝氏が実体験として、群馬のローカル誌『上州風』に寄稿した内容である。
 博物館勤務という性質上、地元の方々と深く関わり、その中で明らかにされた「怪現象」。

 大自然の中には、やはり人智を越える何かが存在するのだろうか。

 実は昨年、ブログにアップしようと思いつつ仕事にかまけてアップしなかった記事がある。
 スイス連邦工科大学ローザンヌ校、オラフ・ブランケ教授らの実験による、「幽霊もしくは何からの存在」が実験によって再現できた、という報道である。

Do Ghosts Live in Our Brains? by Discovery.com2014.11.6

 Gos
オラフ・ブランケ教授らによる霊現象感覚の「再現」実験の様子。
自分の指の動きが、タイムラグをおいて背中に再現されるというシンプルな実験。
これにより、人間の脳が「自分以外の何者かの存在」を意識したという。

 このオラフ・ブランケ教授は、NHKが放映した「サードマン現象」に関する番組でも中心的な役割を果たした研究者。
 ご存じの方も多いと思いますが、「サードマン現象」とは、人が窮地にたたされたりした際、自分以外に「いるはずのない人」「既に亡くなった人」の声や姿を見聞きする現象。
 詳細は省きますが、アルパインクライマーの大センセイ方と違ってたいした山などやってない私でも、国内外の山でサードマン現象を経験しているため、非常に強い関心を持っています。

 実験で「人間の脳の機能による」可能性が大きいとされたサードマン現象もしくは霊現象。

 前述の小山氏の実体験も、人によっては「単なる偶然」、「気圧や温度による自然現象」、「神憑りイコール自己催眠」と片付けられるかもしれません。
 人を説得するだけの根拠はありませんが、サードマン現象や様々な怪現象を脳の機能の結果と結論づけるには、この自然はあまりにも神秘に満ちている。
 人々はそこに神や信仰、畏敬の念を見いだす、と私は思うのです。

参考文献 : 季刊『上州風』2003年秋号 No.16 上毛新聞社刊

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コメント

 山奥の森の中、霧雨に包まれて倒木に腰かけ、ゆっくりと休んでいると、何かがやってきて、やがて消えます。“もののけ”かもしれません。私の中の何かが応え、「ゴーストがささやく」という言葉がうかびます。私という個体を示すものは何でしょう? 脳内の化学反応や電気信号だけではないのでは。

投稿: かもめ | 2015.02.27 10:07

re:かもめ様

<<“もののけ”かもしれません。

本記事では割愛したんですけど、地元の修験者の方で「道を導いてくれる「何か」がいるので、夜でも明かりはいらない」と豪語する方もおられるそうです。

仮に脳内の反応だとしても、自然の中に神秘的な「もの」を見せてしまうのはなんなんでしょうね。

地理上の探検はし尽くされたと言われますけど、まだまだわからないことばかりです。

投稿: 聖母峰 | 2015.03.01 11:26

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