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それで冬季ナンガパルバットはどうなった?

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2014/2015年シーズン、未踏の冬季ナンガパルバット峰を目指すクライマーの死闘と人間関係。

複数の登山隊が絡んでいるので、当ブログ流に概要を時系列で記します。

2014年年末、トマシュ・マツキェビッチ(ポーランド)、エリザベート・レヴォル(フランス)のペアが入山、メスナー・ハンスペータールートから登攀開始。

遅れてイタリアのダニエル・ナルディがディアミール側・ママリリブを目指して入山。

ロシア隊はルパール側、シェルルートに取り付く。

2015年1月9日、トマシュ、エリザベートのペア、頂上めざしBC出発。

1月14日、ダニエル・ナルディ、「トマシュ・マツキェビッチらと一緒にママリリブを登る計画だったのに、彼らはさっさとメスナールート登っていきやがった!協力関係も解消だっ!」と激おこぷんぷん丸。コンビ解消だというメールをトマシュらペアおよびパキスタンの登山エージェントに配信。ヨーロッパのクライミングサイトにも両チームの仲違いとして配信される。

1月17日、激おこぷんぷん丸だったダニエル・ナルディから、「トマシュらと連絡取れない状態が10日以上続き、安否が心配」というメッセージが各方面に伝えられる。ヨーロッパのクライミングサイト、一斉にトマシュらの安否を懸念する見出しで伝える。
 17日同日、トマシュ・マツキェビッチ、エリザベート・レヴォルの両名は7800mに到達。冬のナンガパルバット登山としては、96/97シーズンのポーランド隊に次ぐ高度に到達。二人はそこで登頂断念を決定。

1月19日 BCにトマシュ、エリザベート下山、ダニエル・ナルディも安堵。

トマシュは下山途中6500m付近でクレバスに転落したものの生還。肋骨を骨折、足先に凍傷を負い、今季の登山活動を断念。

エリザベートはダニエル・ナルディに 挨 拶 も 無 く BCから下山。治療のため入院するトマシュを残し、1月23日、旦那の待つフランスに さ っ さ と 帰国。

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下山後、速攻でお帰りあそばされたフランスのエリザベート・レヴォル


トマシュ・マツキェビッチが配信した2014/2015冬季ナンガ峰の要約動画

1月25日 中国当局により不許可となった冬季K2計画から一人転進、スペインのアレックス・チコンがパキスタンのムハンマド・カーン、ムハンマド・アリ・サドパラと共に冬季ナンガパルバット登頂を目指しBC入。

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BC入りしたアレックス・チコン、ムハンマド・カーン、ムハンマド・アリ・サドパラ

1月31日 ビザ発給に関するトラブルで入山が大幅に遅れたイラン隊、C1を5100mに構築。

その後、アレックス・チコンとイラン隊が協力しあうことを決定。
2月4~5日 アレックス、イラン隊共同でC2構築、フィックスロープ工作中。

2月6日 ロシア隊、7150mに設営したC4を最高地点として日程・時間切れのため登山活動終了を宣言。
ジャヌー北壁直登の強力なメンバーで構成されたロシア隊ですが、気象情報で風速100kmと伝えられる強風には勝てず。

2月6日現在、ダニエル・ナルディ C3構築のため6100mまで到達

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ママリ・リブを目指すダニエル・ナルディの進捗状況

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協力してルート工作することを決めたアレックス、イラン隊。

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ディアミール側・キンスホーファールートを行くイラン隊。

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