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ヒルナンデス

本日の紫尾山で参ったのが、

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山ヒル。

 紫尾山の取り付きにも錆び付いた看板で「ヒル注意」とあったが、行程もさほど長くないし、大丈夫だろうとスパッツを着けずに入山、それが鹿児島特産の黒砂糖より大甘な考えでございました・・・

 紫尾山往復で、両足に吸い付いた20匹以上の山ヒルをはじき飛ばしたり、叩き落としたり。
 奴らは凄い吸着力でトレッキングブーツを這い上り、スマートウールの靴下の上から中から吸血されまくり。

 山形県の山で山ヒルってあまりいないもんで、想像力が働きませんでした。反省です。
 ヒルを叩き落としても、血を吸われた跡はなかなか出血が止まらず、結局傷の洗浄と消毒・止血のため宿に戻る。
 その間、運転中も両足首には滴るくらいに出血し、赤く染まったティッシュの山ができる。

 今でこそ悪者扱いのヒル。

 たしか私が幼い頃、親戚の家で父が背中にヒルを何匹も吸い付かせ、「悪い血をとってもらっている」場面を記憶しています。
 そのままヒルに血を吸わせ、吸い玉(半球形のガラス玉)をヒルごと背中に当てていたことも覚えています。
 いわゆる瀉血(しゃけつ)というやつですね。
 今現在は衛生上の問題で、ヒルを治療に使うことは無くなったようです。

 私の足首からたっぷり血を吸って、まるまるとしたヒルを見てそんなことを思い出しました。

 一週間ぶりに晴天の予報が出たのに、私以外誰一人登山者がいない紫尾山。
 地元の方はヒルの多さを熟知してたのかなあ。

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紫尾山 徐福伝説の山を行く

紫尾山(しびさん)1067mを目指す。
私が今住んでいる鹿児島県北部・北薩地域の最高峰。

 紫尾(しび)という変わった山名の由来には諸説あるが、遙か昔、秦の学者・徐福が日本に渡り、冠の紫の紐を奉納したという説がある。

 徐福とは、秦の始皇帝に「不老不死の薬があるので探しに行く」事を具申し、数千名の人間を連れて東方に船で旅立ち、そのまま『平原広沢』の地で王となりそのまま住み着いた、といわれる人物。
 この徐福という人物に関しては日本各地に渡来説が残っているのだが、ここ九州・薩摩の地にも伝説が残っている。
 本日はその山を目指す。

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 一週間にわたり雨が降り続いた鹿児島、本日は晴天の予報なのだが、山は厚い雲の中。

 この紫尾山、山頂に各放送局の中継アンテナ施設が林立しており、西面から車道が山頂まで通じているのだが、そこは山屋、登山道の通じる東面、登尾口から取り付く。

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 登山口からすぐの所にある「千尋の滝」。

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 千尋の滝上部を橋で渡る豪快なコースはいいのだが、濡れていて滑りやすく神経を使う。

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 歩き始めて40分程で尾根へ。ガスガス。

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 密林のような広葉樹の樹林帯を行く。
 木々は苔むして色彩に乏しく、モノクローム写真の中を歩いているようだ。
 視界も効かず、ガスで薄暗い中、鳥の声が聞こえるのが慰めだ。

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 紫尾山頂上直下の上宮神社に近づく。
 上宮神社付近はアカガシの巨木が並ぶ。
 そもそも紫尾山は修験者が修行した霊山であり、上宮神社参拝、上宮メイ(参り)でも知られた山。
 近隣の市町村の住民はこぞって山に登り参拝、直来を楽しみ、この日が男女の出会いの機会でもあったという。
 
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 頂上間近、放送局のアンテナ施設脇を通過。
 周囲は九州では貴重なブナ林。

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 山頂にて。
 視界は全く効かず。心眼で景観を見る(笑)

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 本日の行動食は、鹿児島銘菓「春駒」。
 もともと「馬んまら」(馬のキン○マ)という名前だったのが、大正天皇に献上した際に名前を聞かれ、とっさに「春駒」と答えたというエピソードがある。
 堅めの蒸し羊羹という感じで素直に食べられます。
 鹿児島銘菓では「かるかん」に次ぐ人気菓子だとか。

 徐福、という存在を知ったのは、小学生の頃。
 少年向け漫画雑誌で、徐福をとりあげた単発読み切り漫画があったのだ。

 あらすじは、こうである。
 ワガママな始皇帝に「四神」の本物を持ってこい、と命じられた徐福。
 四神とは、東西南北の方角をつかさどる霊獣、すなわち東の青竜・南の朱雀・西の白虎・北の玄武をさす。
 徐福は南アジアにおもむき、朱雀→クジャク、白虎→ホワイトタイガー、玄武→大型リクガメと巨大ニシキヘビを入手。しかし青竜は手に入らない。
 徐福は始皇帝に対して、東の青竜は始皇帝ご自身です、といいくるめ、不老不死の薬があるらしいので探しに行くことを具申。
 実は徐福は四神探索の旅の途中、恐竜の生き残りらしい「竜」を目撃していたのだが、暴君である始皇帝に愛想を尽かしていた徐福はあえてそのことは言わず、不老不死の薬探索と称して国外逃亡を図る、というストーリーだった。

 そもそも歴史家の間では徐福の存在を疑問視する見方も多く、始皇帝に対して「不老不死の薬」の話をもちかけるなど詐欺師同然の扱いをされている。
 もっとも、暴君・始皇帝に仕えるには詐欺師同然の優秀さが必要だったであろう。

 むしろ、私にとってはなにゆえ薩摩のこの山に徐福伝説が根付いたのか、そちらの方に興味がある。
 (この点に関しては地元の民俗学研究者が様々な方面から解釈されているのだが、本記事では割愛)

 本日は最初から最後まで、ガスの中。
 隆盛を誇った山岳信仰の気配もなく、誰ともすれ違うこともない、静かな山行でした。

参考文献:
 山と溪谷社編著 『新版 九州百名山』 山と溪谷社 2002年
 九州の山研究会編著『九州の山歩き 南部編』海鳥社 2011年
 甲斐素純、他共著『九州の峠』 葦書房 1996年

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鹿児島神宮 御田植祭

韓国岳から下山後、鹿児島県霧島市に向かう。
霧島市隼人町の鹿児島神宮で行われる祭事「御田植祭」を見学させていただく。

「米どころ」である私の住む山形県はじめ、日本各地に五穀豊穣を祈る「御田植祭」は行われている。
平成25年のデータでは鹿児島県は米生産量は全国28位、山形の4分の1程であるが、御田植祭という祭事は鹿児島県各地の神社で行われている。

これはどういうことか?
そこには、稲の伝搬ルート、また古くからの稲をめぐる南方系文化が色濃く残っているのではないか。

民俗学者である下野敏見氏の著書を調べるに伴い、ぜひ実際に見てみたいと思い、韓国岳登山をすませて鹿児島神宮に向かう。

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神事が行われる「斎田」。鹿児島神宮の裏手、神宮が位置する丘の麓、車道と民家に囲まれている。
形状は三角形。
これは車道と民家に囲まれた事情に基づく形状ではなく、そもそも三角形は「鋸歯紋」(ノコギリの刃)に通じ、邪気を払い聖域を意味する形状であり、聖なる田は三角形が多いといわれる。

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「田の神」石像前で奉納される「田の神舞」。
舞の動作を観察するに、足耕(そっこう)の動作に似ている。
これは鋤を用いず足で田を耕す稲作技術で、南方からの稲作伝搬の影響ともいわれる。
鹿児島神宮の御田植祭では、早乙女・早男が斎田に入る前に田の神が鋤をもって耕す神事も行われる。

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少年少女、地区の大人で構成された約30名の早乙女、早男が田に入る。
二組に分かれ、田の中央に向かい合わせにならび、中央から苗を植えながら後ろに進んでいく。

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加治木町木田地区の方々によって構成された「トド組」(トド→田堵たど)の方々が唄う田歌を背景に、苗が植えられていく。

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神事がおわり、関係者が立ち去った斎田 
平成27年の御田植祭のタイムラインは、次の通り
12:30頃 神宮本殿で早乙女・早男、関係者の本殿参拝、記念写真撮影、その後斎田に移動
12:57~ 斎田脇の祭殿で神事開始、田の神舞奉納
13:30 早乙女、早男、斎田に入る
14:00 斎田の田植え終了、その後各地区総代、関係者による祭殿への玉串奉納
14:18 儀式終了の挨拶

鹿児島神宮で行われる御田植祭は、全国各地にみられる「囃田(はやしだ)」系と異なり、伊勢神宮の「伊雑宮(いぞうのみや)」祭りに類似していることが指摘されている。
稲作技術を含む南方文化を色濃く残す祭礼に、東北で生まれ育った私はあらためて日本列島の「広さ」を感じた次第でした。

記録した動画はこちらです↓


0:00~0:32 神官、田の神、早乙女、早男が神田に入場
~1:02 田の神の舞 (足耕儀礼の影響がみられる)
~2:36 田の神の祝言 (その一部を撮影したもの)
~3:47 早乙女、早男による田植儀式

参考文献:下野敏見著『鹿児島の伝統文化シリーズ1 南九州の伝統文化Ⅰ 祭礼と芸能、歴史』 南方新社 2005年

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韓国岳 火の山、緑の山

霧島連山の最高峰、韓国岳(からくにだけ 1700m)を目指す。

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えびの高原・えびのエコミュージアムセンター駐車場から望む韓国岳(右、左は硫黄岳)

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登りはじめはアスファルト舗装された、過剰なまでに整備された遊歩道を行く。
立木は苔に覆われ、南国の湿潤な気候が伺える。

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今の時期、コガクウツギの白い花があちこちに。

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登り始めて1時間ほどで8合目。
時期も遅いし、鹿児島は連日の雨、すっかり諦めていたミヤマキリシマが少しだけ咲いていてくれました。

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荒々しい岩を踏み、頂上へ。

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山頂からのぞむ新燃岳(平成23年1月26日噴火により立入禁止)。
テーブル状の噴火口のあちこちから白煙が上がっているのが見えます。
奥の鋭鋒は高千穂峰。

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本日の行動食は鹿児島銘菓「かるかん」。
もともとは大名が口にした高級菓子。山芋の風味が新鮮です。

登山口から山頂まで、単独行、グループ問わず、若い女性登山者が多いことが印象的。
お話を伺うと、近隣から毎週のように通っている愛好者もおられる様子。

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山頂から大浪池方面に下山。
見下ろすような急斜面に、延々と木製の階段が続く。
私もそれなりに日本各地の山々を登ってきたが、これほどの距離・急傾斜に木製階段を施工している例は知らない。
賛否はあろうが、崩壊しやすい火山性斜面の登山道として大胆な整備である。

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大浪池から韓国岳中腹をたどる登山道は、緑濃い森の中を行く。
えびの高原からの登山道と異なり、登山者も少ない静かなルート。
元気な女子高生6人グループとすれちがったかと思うと、今度は顧問らしい方に引率された男子高校生グループ。
こんな雄大な山で活動できる高校山岳部はいいですね。

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ひたすら静かな森の中を歩き続ける。
あ、ギンリョウソウだ。
みんな「青白い」 「薄気味悪い」とかいうけど、私は結構好きなんだよね~
あれ?
このギンリョウソウ、ちょっとピンク色がかってる・・・
後に調べてみると、九州以外ではあまりみられないベニバナギンリョウソウでした。

正直「火山だし、どうせ岩岩な山なんじゃね?」と勝手に思い込んでいた私がバカでした。
荒々しい火山、中腹の苔むした緑濃い森の山。
多様で素晴らしい自然の姿を見せてくれた韓国岳は実に魅力的な山でした。

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2015年 月山山開きおよび羽黒側の県道開通日

鹿児島住まいですが、ここのところ当ブログに検索で訪問される方が多いので2点情報提供。

◎月山山開き
 月山の山開き(姥沢側)は毎年、曜日に関係なく7月1日となっております。

◎月山・羽黒側8合目駐車場に通じる県道「月山公園線」開通日
 羽黒側からの登山口「8合目駐車場」に通じる県道「月山公園線」の今年2015年の開通日は6/25(木曜日)午前10時からとなっております。
 県道「月山公園線」は幅員が狭い道路ですので、マイカーでお越しの方は対向車には十分注意の上、お越し下さい。
 7月に入りますと、「講」(山岳信仰の参拝者)の方々を乗せた大型バスが多数往来します。時期によっては交通規制がかかる場合がありますので、地元観光協会にご確認ください。

参考サイト:山形県鶴岡市羽黒町観光協会

 月山を訪れる方にとって、今年もよりよい登山となりますように。

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仕事場にて

二日間かけて、山形から工事機材積んだ車で鹿児島に移動。

月曜、現場仕事が始まる。

鹿児島や熊本から来ている業者の方々と作業が始まり・・・


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鹿児島弁の『スピードラーニング』、 もし売ってたら速攻で買う。

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韓国インスボンで巨大落石、1名死亡6名重軽傷

 去る6月13日午前9時51分、韓国のインスボン、シュイナードBルートにて巨大落石が発生、1名死亡、6名が重軽傷を負う惨事が発生しました。

インスボンから巨大落石で1人死亡6人が負傷 by 月刊MOUNTAIN 2015.6.13

以下記事引用開始
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 13日午前10時頃、インスボンで巨大落石が発生、1人が死亡、6人が重軽傷を負った。
 落石発生地点はインスボン・シュイナードBルート取り付き上部約5メートルの地点で、約5トンの巨大な岩が落下、クライミングの準備をしていた人々を襲ったことがわかった。

 死亡者はA山岳会メンバーの50代女性で、負傷者は手足骨折2人など重傷者を含めて計6人と判明した。当日のシュイナードBルート下部には、A山岳会が運営する登山学校の卒業登山のため、30人余りの人々が集まっていたことがわかった。
 一方、事故の後、インスボンは全面登山が禁止されている。この日現場にいたミン・ヨンシク韓国山岳会企画取締役は
 「インスボンのクライミングのためアプローチしている際に事故が発生しており、すぐにヘリが飛び、大規模な救助隊が出動した」と状況を伝えた。
 インスボンでは、昨年3月にも巨大落石が発生して1人が死亡、1人が負傷した事故があった。
 このような理由から3月末までに管理公団で雪解け時期の登山を禁止して、山岳団体と一緒に落石防止作業を行っている。
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以上引用おわり

Insfall
国立公園管理公団が公表した、落下したとされる岩の様子

 韓国の岩場として人気のあるインスボンは、昨年春も人気ルート・インスAにおいて巨大落石が発生、死亡事故が起きています。

韓国インスボンにて大規模な落石、2名死傷 by 当ブログ2014.3.17

 上記の月刊MOUNTAIN記事の他、韓国の一般メディア記事を調べましたが、インスボンでよくみられる巨大なフレーク状の岩がそのまま落下、惨事となった模様です。
 現在登攀禁止のインスボン、国立公園管理公団がインスボンだけでなく雪岳山はじめ全国一斉に落石点検に乗り出したとのこと。

 MERSコロナウイルス騒ぎの最中ですが、夏や秋の連休にインスボンを目指している方、どうぞ現地情報をよくご確認下さい。
 また日本のネットの一部では「ライトアルパイン」と称してなかばゲレンデ扱いのインスボンですが、過去幾度も落石による死亡事故が起きていることは留意すべきでしょう。

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離 別

昨日より、妻子と別居。

登山を続ける生き方と、専業主婦のカミさんとの人生の価値観があわず、
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             


というわけではなく、さすらいの土木作業員、本日から鹿児島県にてしばらく生活します。

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今回はちょいと長期滞在。
嗚呼、今年もまた花盛りの初夏の月山を見ぬまま時が経ってしまふ・・・

またまた怒濤の現場作業の予感なのですが、戊辰戦争の仇敵・薩摩から情報発信したいと思います。

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山形県東根市 藤助新田 菖蒲叩き

6月7日夕方。
山形県東根市、藤助新田地区で開催される伝統行事「菖蒲叩き」を見学させていただく。

菖蒲叩きとは、菖蒲を棒状にまとめたものを激しく地面にたたきつけ、無病息災・豊穣を祈る行事である。
東日本では各地にあったらしいが、各種伝統行事のように廃れてしまい、ここ東根市の藤助新田地区では保存会が結成され、今に伝えられている。
なお使われている「菖蒲」は青い花が美しいアヤメ科の菖蒲ではなく、サトイモ科の「菖蒲」である。

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開催1時間前の16時半に藤助新田公民館に到着。
地元の方々がブルーシートを敷いて、行事用の「菖蒲」作りの真っ最中。

やけに高齢者の方ばかりだなあ・・・と思っていると、地区の住民の方らしい30~40代の若い男性が公民館からぞろぞろ出てくる。
「おとこ結びできないんだよね~」

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庄内地方、羽黒山の行事の記録映像でも、やはり地元の若い方が「おとこ結び」の習得に頭を悩まされていましたが、どこも同じなようです。

 この「おとこ結び」、菖蒲をたたきつけてもどんどん締まる結びなんだそうです。
 菖蒲を作っておられる年配の方同士でも、
 「あ、長い方をわっかにするんだっけ」
 などとわいわい思い出しながら作られている様子。

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 製作を待つ、刈り取られた菖蒲

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 完成した「菖蒲」。
 中に木の枝を一本芯にしてあります。

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 地区内を廻り、各所で「菖蒲叩き」をするらしいのですが、その前に公民館敷地内で「相撲」が展開されます。
 子供達を二組に分け、互いに「菖蒲叩き」を披露し、元気な方が勝ち、という相撲。
 記録した動画がこちらです↓

 子供達の掛け声は「しょーぶたたき、しょーぶたたき、やまんば(山姥)、金時(おたふく風邪の意味)、くーんなくんな(来るな)」。

 地元の方の話ですと、以前は二組の環になり、やはり互いに菖蒲叩きの元気さを示すものの、そんなに勝ち負け決めていなかったような・・・とも伺いました。

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「相撲」が終わった後、地区内を廻っていく皆さん。

 地方によっては「菖蒲打ち」とも呼称される行事、菖蒲叩き。
 邪気や災いを払う「菖蒲」の在り方を今に伝える伝統行事でした。

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鳥獣戯画 和紙と墨の魔術

今は亡き山岳部部長の墓参のため、夜行バスで上京。
東京着が午前6時。
午前の空き時間を利用して、国立博物館の特別展「鳥獣戯画 京都 高山寺の至宝 」を見学。

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 普段公開されている絵図はレプリカ。
 本物を見学できる機会はおそらくそうないでろあう。
 それゆえ、ひどい時には待ち時間6時間といわれる同展。
 上野駅のロッテリアで焼きたてパンの朝食を済ませ、隣のファミマの端末でチケットを購入し、国立博物館に到着したのが7時15分。
 既に100人程の行列ができており、後ろに並ぶ。
 バッグにはkindle、立川談志の古典落語4話が入ったiPhoneと時間を潰す小道具は万全だ。
 開館まであと2時間以上あるが、登山と土木作業で鍛えた足腰に頑張ってもらうことにする。

 8時30分に入り口ゲートが開場。この時点で、私の後ろには千人近く並んでいる。
 ゲートからは4列に並ぶよう指示され、4列縦隊で展示会場の平成館に誘導。
 予定より15分早い9時15分に平成館が開館。
 前に100人並んでいるといっても私は先頭集団に位置しており、それからはスムーズに見学することができた。

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 鳥獣戯画といえば、ウサギとカエルが相撲に興じる「甲巻」が有名である。
 私の周囲にいる女性の多くが
 「かわいい」
 「いきいきしている」
 を連発。

 小難しい評論家の解説よりも、彼女達の直感であるその言葉の方が正しい評価なのではないか。
 実物の鳥獣戯画を目にして、まさしく活き活きとした動物たちの姿に目を奪われる。

 鳥獣戯画は作者不明、目的不明、それだけでなく絵図の全貌すらも未だ解明されていない、謎に満ちた絵図である。
 月山のブナ林ガイドとしていろんな生き物を目にしてきた私が思うこと。
 カエルやウサギの見事な擬人化をみて、絵師は人間と動物の両方を、かなり観察した人物ではないだろうか、と感じる。
 しかも鳥獣戯画は西洋絵画などと異なり、墨と筆で一気呵成に動物たちが描かれているのである。

 ウサギとカエルの相撲の場面も見事なのだが、同じ甲巻に描かれている上記掲載画像の「ウサギとカエルが弓矢をつがえる」場面を拝見するに、人間の特徴、カエル・ウサギの特徴がバランス良く取り入れられているとがわかる。
 併せて展示されている高山寺の仏画も見学したが、鳥獣戯画の墨絵の方が人の心を引きつけるのは明らかである。

 800年の歳月を経て、今もなお多くの人々を魅了する絵図。
 現代芸術とやらと異なり、何の解説も要さず、動物たちのユーモラスな絵が人々の心をとらえる。
 これを和紙と墨の「魔術」といわずして何というのか?

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東 京 夜 曲

セックスと暴力に彩られた犯罪都市・新宿から電車で30分。
小田急・多摩線の栗平駅に到着。

「M田さんの三回忌墓参行くぞ」

大学山岳部のY江先輩からのメールを受け、上京。
毎度の長期出張のため、山岳部部長であったM田さんの葬儀に参加できなかった私は、それが後悔に似た心残りだったのだ。

この日集まったOBのF川さん、S原さん、Y江先輩の4人で墓参に行く。

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OBのF川さんはトレッキングでネパール滞在中、先日の大地震に遭遇。
いろいろと話を伺う。
墓参後、新宿で茶でも飲んでから解散しようということで、栗平駅に戻る。

F川さんは私が現役当時 「鬼のF川」 と呼ばれた方。
彼女もいない19歳の春、F川さんと北鎌を登り終え、上高地に戻ってほっとするまもなく、小梨平で

「おい、合宿控えて北鎌のどこにフィックス張るか、考えてんのか?ああ?」

と、説教タイム。
おかけで数十万年経過した今でも、小梨平は私にとってトラウマの場所である。

そして現在。
栗平駅に戻り、新宿に向かうため一度階段を登って向こうのホームに行かなければならない。
私、Y江先輩、S原さんが階段に向かうとF川さんが後ろから、

「なあ、あっちエレベーターあるよ、エレベーター。」

嗚呼、人は歳をとっていくものなのですね・・・・

新宿の喫茶店で山談義の後、解散。
S原さんと2人で、新宿で飲んでいくことにした。

 S原さんとは10歳離れており、私が現役時代に山行を共にすることは無かったのだが、新人歓迎会などにはマメに来て頂いていた。
 出身も今のお住まいも福島ということで、震災談義から山岳部現役時代の話まで語り合う。

 S原さんは90年代、立正大学ワンダーフォーゲル部が東崑崙山脈最高峰ウルグ・ムスターグ峰に遠征した際、その技術と経験を買われて山岳部から助っ人参加した実力派。
 その後、立正大学山岳部は部員が途切れ、私が入部したことで1年から4年までようやく揃った小さなクラブだった。
 79年、21世紀の今もなお未踏を誇り欧米のクライマーが虎視眈々と初登を狙うカラコルムのリンク・サールに山岳部が遠征。その中心メンバーが「コーチ会」となり、S原さんも私もボロクソあいやもとい、愛の鞭を暖かく頂戴することになる。
 当時のコーチ会への思いや、決して一枚岩ではない山岳部OBメンバーへの想いを、歳が10以上離れたS原さんと私がなんの抵抗もなく語ることができる「大学山岳部」という組織の不思議。

 あまり飲めない私ですが、普段は山岳部OBに関する話をする相手がいない私、S原さんと思うところを話し、すっげえ美味いビールで過ごす。

 その後、S原さんはご家族の待つ渋谷方面へ。私は夜行バスに乗るべく、東京へ。
 八重洲ブックセンターにて、東北では入手できない遠隔地の地形図を仕入れ、それから夜行バス停留所向かいのマックに居座る。
 コーヒーとアップルパイ、iPhoneから流れるビリー・ジョエルで東京の夜を過ごす。

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レッドブル、『キム・ジャイン缶』発売

 日本全国1億2千万キム・ジャインちゃんファンの皆様こんばんわ。

 韓国において、この度レッドブルの『キム・ジャイン缶』が発売となりました。

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キム・ジャインの姿入『レッドブル・ヒーロー缶』発売 韓国人初 スポーツTODAY(韓国) 2015.6.1

以下記事引用開始

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[スポーツTODAY イ・サンピル記者]
  レッドブルは「岩壁のクイーン」キム・ジャインの2014スポーツクライミング世界選手権リード部門優勝と世界ランキング1位を記念するため、スペシャルエディションである「レッドブル キム・ジャイン ヒーロー缶」を発売すると1日明らかにした。
 
 「レッドブルヒーロー缶」は、スポーツ、文化など各分野で優れた業績を達成した人物を記念するために製作されているスペシャルエディションである。世界的にも数える程度に発売されていた。韓国でのヒーロー缶発売は今回が初めてで、キム・ジャインがその主人公となった。
 困難なクライミングの動作を簡単に、優雅にこなす「岩壁のバレリーナ」と呼ばれるキム・ジャインは、ここ数年スポーツクライミング・リード部門の世界ランキング1位を守るトップクラスの選手だ。
 特に昨年は負傷にもかかわらず、世界ランキング1位とともに韓国人初の世界選手権リード優勝を果たした。今回の「レッドブル キム・ジャイン ヒーロー缶」は、これを記念するものである。

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画像/オール·ザット·スポーツ提供

 新たに発売される「レッドブル キム・ジャイン ヒーロー缶」は、キム・ジャインがクライミングする姿と2014年の世界選手権を受賞した姿が描かれ、世界チャンピオンになった当時の感動を込めた。また缶の上部には、キム・ジャインのサインと一緒に 「小さな手で世界を登る」 などのフレーズが書かれているのが特徴である。
 スポーツクライミング世界チャンピオン、キム・ジャインの2015年新シーズンの善戦を祈願する「レッドブル キム・ジャイン ヒーロー缶」は、合計20万個の在庫が売り切れとなるまで販売予定である。1日から主要コンビニエンスストアなどで購入することができる。容量と価格は、既存のレッドブル缶と同じである。

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以上引用おわり

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自分の姿が描かれた缶を飲んでいるキム・ジャイン選手©Scoop (http://www.redbull.com/kr/ko)

 これ東京あたりの韓国食材店にまわってこないのか!?

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