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東 京 夜 曲

セックスと暴力に彩られた犯罪都市・新宿から電車で30分。
小田急・多摩線の栗平駅に到着。

「M田さんの三回忌墓参行くぞ」

大学山岳部のY江先輩からのメールを受け、上京。
毎度の長期出張のため、山岳部部長であったM田さんの葬儀に参加できなかった私は、それが後悔に似た心残りだったのだ。

この日集まったOBのF川さん、S原さん、Y江先輩の4人で墓参に行く。

Mo1

OBのF川さんはトレッキングでネパール滞在中、先日の大地震に遭遇。
いろいろと話を伺う。
墓参後、新宿で茶でも飲んでから解散しようということで、栗平駅に戻る。

F川さんは私が現役当時 「鬼のF川」 と呼ばれた方。
彼女もいない19歳の春、F川さんと北鎌を登り終え、上高地に戻ってほっとするまもなく、小梨平で

「おい、合宿控えて北鎌のどこにフィックス張るか、考えてんのか?ああ?」

と、説教タイム。
おかけで数十万年経過した今でも、小梨平は私にとってトラウマの場所である。

そして現在。
栗平駅に戻り、新宿に向かうため一度階段を登って向こうのホームに行かなければならない。
私、Y江先輩、S原さんが階段に向かうとF川さんが後ろから、

「なあ、あっちエレベーターあるよ、エレベーター。」

嗚呼、人は歳をとっていくものなのですね・・・・

新宿の喫茶店で山談義の後、解散。
S原さんと2人で、新宿で飲んでいくことにした。

 S原さんとは10歳離れており、私が現役時代に山行を共にすることは無かったのだが、新人歓迎会などにはマメに来て頂いていた。
 出身も今のお住まいも福島ということで、震災談義から山岳部現役時代の話まで語り合う。

 S原さんは90年代、立正大学ワンダーフォーゲル部が東崑崙山脈最高峰ウルグ・ムスターグ峰に遠征した際、その技術と経験を買われて山岳部から助っ人参加した実力派。
 その後、立正大学山岳部は部員が途切れ、私が入部したことで1年から4年までようやく揃った小さなクラブだった。
 79年、21世紀の今もなお未踏を誇り欧米のクライマーが虎視眈々と初登を狙うカラコルムのリンク・サールに山岳部が遠征。その中心メンバーが「コーチ会」となり、S原さんも私もボロクソあいやもとい、愛の鞭を暖かく頂戴することになる。
 当時のコーチ会への思いや、決して一枚岩ではない山岳部OBメンバーへの想いを、歳が10以上離れたS原さんと私がなんの抵抗もなく語ることができる「大学山岳部」という組織の不思議。

 あまり飲めない私ですが、普段は山岳部OBに関する話をする相手がいない私、S原さんと思うところを話し、すっげえ美味いビールで過ごす。

 その後、S原さんはご家族の待つ渋谷方面へ。私は夜行バスに乗るべく、東京へ。
 八重洲ブックセンターにて、東北では入手できない遠隔地の地形図を仕入れ、それから夜行バス停留所向かいのマックに居座る。
 コーヒーとアップルパイ、iPhoneから流れるビリー・ジョエルで東京の夜を過ごす。

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