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死霊のこもる山へ行く 庄内・モリ供養

死者と出会える山。
死霊がこもる山。

それが、山形県鶴岡市に位置する三森山。
古くから「モリ供養」として信仰を集める山である。

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国道7号線からのぞむ清水集落、背後の三森山(121m)

死霊がこもる山として、普段は地元の方も立ち入らない三森山がにぎわうのが8月22、23日に行われる「モリ供養」の期間だ。

 ここ庄内では、死後一定の期間は近隣の里山に死者の霊がとどまり、それから格が上がって月山や鳥海山にこもって山の神になるという民間信仰が存在した。
 この月山や鳥海山に昇る前の死霊がとどまる山は「モリ」と呼ばれ、庄内地方各地に「モリの山信仰」が存在したものの近代に入って急速に廃れた。今では鶴岡市清水地区含む2箇所に風習が残っているのみである。
 
 以前に当ブログでもとりあげたが、昭和初期は「両親が存命中の者は登ってならない」など厳格な禁忌があったらしい。
 あの記事を書いて5年。
 一昨年に父が亡くなり、今年の23日は日曜でなんとか時間がとれた。
 亡父の供養も併せて、「モリ供養」の実際を見てみたい。

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 中清水集落に入ると、三森山の案内図が立っている。この看板のところから農道に入る。

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 農道を進んだところにある学校跡地が駐車場になっている。
 ここから林道を詰め、山道へ。
 標高121mの里山なので、私のペースで10分ほどで稜線へ。

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 稜線にはお堂が幾つも建っている。
 子供達の賑やかな声がする「仲堂」の方向を目指す。

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 「仲堂」の様子。
 左が仲堂、勢至堂とも呼ばれる。中に石仏が祀られ、参拝者の受付になっている。
 中央奥は仲堂を管理する寺院・天翁寺の関係者が仕切る休憩所、右が祭壇。

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 祭壇の様子。
 参拝者の備える供物、生花がいっぱい。祭壇で準備中の若衆に、背負ってきた供物を渡す。

 お堂で受け付け。
 僧侶や寺院関係者らしき方が3名体制で受け付け中。
 若い僧侶から「案内のハガキお持ちですか?」と聞かれる。
 天翁寺の檀家しか受け付けないのでは、と少し心配だったが、「余所から来た者で、初めて伺います。」と素直に答えたところ、受付用紙に住所氏名を記入して下さいと言われる。来年から「モリ供養」の案内ハガキを送っていただけるらしい。

 参拝料は気持ち・・・というわけではなく、「平成27年度協定価格表」なるものが貼ってある。
 内容は、

 仏板1枚 100円
 梵天 1本 300円
 施餓鬼供養料 4000円
 埋骨供養料 3000円
 墓供養料 3500円

 と明記されてある、明朗会計。
 ちなみに私の場合、仏板(供養に供える卒塔婆の形をした板。大きさは割り箸袋大) に大滝家先祖、亡父の戒名、無縁仏それぞれの供養として3枚。梵天1本。施餓鬼供養料。合計4600円也。

 平成27年のモリ供養スケジュールは、8月22、23日いずれも6時、8時、10時、15時の1日4回の供養が行われることになっている。
 今は9時15分。
 お堂の脇の休憩所で休むことにする。

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画像左が休憩所。天翁寺の若奥さんらしい庄内美人が取り仕切る。
小学生の子供達が3~4人集まり、お椀を手に
 「よし、ミョウガ汁に挑戦するぞ!」
 と意気込んでいて賑やかだ。

 この休憩所ではジュース150円、ミョウガ汁100円。缶ビールも置いているようだが、私がきた時には早くも品切れだった。
 子供達が美味しそうに食べているので、私もミョウガ汁を注文。

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 庄内の味、ミョウガ汁。
 具はミョウガと麩だけ、シンプルな醤油汁。
 あまり煮込んでいないミョウガは鮮烈な味。
 単管パイプを組んでブルーシートを張った簡素な休憩所で、ミョウガ汁を味わい、涼しい風を受ける。
 振り向くと、

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 庄内の田んぼ、里山。日本の夏。

 9時40分頃には祭壇の前にブルーシートが敷かれ、檀家の方や参拝者達が座り始める。
 私も一緒に座る。参拝者は、ざっとみわたして30人超。
 背後から「今日は満員御礼だな」と声が漏れ聞こえる。
 10時、施餓鬼供養の開始。
 誰とも無く正座し始めると、「あ、正座は焼香が始まってからでいいですよ。楽にして下さい」と声がかかる。
 読経が始まり、やがて焼香の香炉が廻ってくる。
 ほどなくして、参拝者達が収めた仏板が一枚一枚読まれていく。各々の名前、故人、無縁仏の他に水子霊を供養する方も多いようだ。
 仏板が読まれると、祭壇脇に立っている若衆が
 「花水ささげます!」
 「茶湯水あげます!」
 と大声を出しながら、水を祭壇にかけていく。

 供養は25分ほどで終わり、10分ほど天翁寺のご住職の法話を聞く。
 最近の悲惨・凶悪な殺人事件を受けてか、「輪廻転生」から人はなぜ生きるのか、命は与えられたもの、という趣旨のお話。
 また人口減、檀家や参拝者の高齢化から、この「モリ供養」も行われているお堂は今や二箇所だけ、もう一箇所は一日のみの実施(本来のモリ供養は4日間かけて行われていた)という現実をお聞きする。

 「みなさんは供養のため電話かけたり人に頼むでも無く、実際に苦労してこの山に登ってこられた。それは厚い信仰の心なんです」
 
 標高121mの里山。
 登山をやっている方にとっては、わずか10分程度の登りであり、ハイキング程度にもならないだろう。
 私の周囲に座っている高齢の方々は、杖をついたり、タオルで汗をぬぐいながら登ってきた。
 標高121mの山でも、「苦労して」、「信仰のために」、「供養のために」、汗をかいて登ってくる方がいる。
 山に登るってなんだろう。
 住職の法話を聞きながら、あらためて「人にとって、山に登る意味」を考える。

 施餓鬼供養が終わると、周辺で遊んでいた子供達の楽しみの時間。
 子供達は「ヤッコ」と呼ばれ、参拝者が喜捨、施しをしていくのがならわしなのだ。
 これは「仏の山から現世に戻るには一切の物品を持ち帰ってはならない」という禁忌から、参拝者が喜捨を行うという意味合いがある。
 先ほどの法話の中でも、ご住職は「死者への供養として、ここにいる子供達に施しをしてあげてください。」と話されている。
 
 もっとも、子供達にとっては「モリ供養」はお小遣いが稼げる大事な日だ。

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 施餓鬼供養終了後、並ぶ子供達に喜捨をする参拝者たち

 私も小銭入れを小銭でパンパンに膨らませてきたのだが、あれ?子供達こんなにいたっけ? 
 なんとか最後の子が手にする布袋に小銭をいれたとき、ちょうど私の小銭入れもスッカラカンだった。

 こうして仲堂を離れ、三森山の稜線をつたっていくことにする。

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 仲堂から先には地蔵堂、観音堂、大日堂とお堂が並んでいるのだが、長く使われていない様子。
 先ほどの法話のとおり、人口減少が叫ばれる中、この「モリ供養」もいつまで続くのだろう。

 お堂が使われていないといっても、参拝者達の信仰心に変わりは無い。
 無人のお堂にも賽銭箱には小銭と米(仏供米)が入っており、通り行く人々は手を合わせていく。
 画像右が「梵天」。神社の御幣ですね。梵天は色紙で作ってあります。

 三森山の稜線はゆるやかに低くなり、下清水集落の奥に下山。
 ここから農道をたどり、入山口である中清水集落奥の駐車場へ。

 稲穂が垂れ始めた田んぼ、庄内名物だだちゃ豆の畑を眺めながら、死霊のこもる山から現世へと戻りました。

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2017年9月7日追記

コメントをお寄せ頂きましたので、森山へのアプローチを下図に示します。

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 中清水集落奥、学校跡地から続く農道から林道に入って森山にとりつきます。

 この林道から森山の稜線に登山道が続いているのですが、2017年現在、詳しい状態は私も記憶が薄れてしまいまして、この程度の情報提供しかできない点、御容赦ください。

 なお、地元集落ではモリ供養の時期以外は、この山に入ることを「餓鬼にとりつかれる」「凶事がある」ということで禁忌としているということをご留意ください。
 森山の無人のお堂をみていただくよりは、8月のモリ供養の日に訪れていただくことをお勧めいたします。人々の信仰の姿に敬服させられるものがありました。

 参考資料として、山形市立・県立図書館に所蔵してある、平成21年・山形県教育委員会編集・発行の 「庄内の
モリ供養の習俗」 という調査報告書をご覧になると、モリ供養の様子もわかりやすく掲載されています。報告書といっても堅苦しいものではなくわかりやすく、記録DVDも付属しています。

 私のブログ記事も訂正しなければならないのですが、「モリ供養」という行事自体は鶴岡の三森山だけでなく、庄内地方の広い範囲で、寺院などで様々なスタイルで受け継がれています。

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コメント

おばんです。

信仰の山って、気張らなくても
こんな生活の一部にちゃんとあるんですね。
私の両親はまだ存命ですが、かなり高齢です。
いつか、見送るときが来るのは確か。

覚えておきたいと思います。

投稿: は。 | 2015.08.24 20:29

re: は。様

<<信仰の山って、気張らなくても

 鶴岡ICから車で10分ほどのところなんです。
 身近な里山で供養する人々の中に座っていると、険しい山岳修験の山だけが信仰の山ではないんだとあらためて考えさせられました。

 私も無茶してた年頃と異なり、盆や彼岸を意識する年代になってきました。どうぞご両親を大事になさって下さい。

投稿: 聖母峰 | 2015.08.24 22:59

 私の母は、鶴岡市加茂の生まれで、今年92歳になるところでしたが、惜しくも正月5日に急逝してしまいました。去年は、加茂と庄内全域を舞台にした森敦さんの『われ逝くもののごとく』をノートをとりながら読み、その小説世界の全貌を把握しようと、今年2018年、その舞台の一か所一か所を訪れてみようと思っていました。それで、小説に出てきた事物をネットで調べていましたら、「死霊のこもる山へ行く 庄内・モリ供養」を発見。今年の夏に訪れようとしていたのです。(母が生きていたら行くのを躊躇したかもしれませんが・・・)森さんの小説では、「森の供養」がハイライトシーンになっています。ご存知かもしれませんが、『われ逝くもののごとく』では、多くの登場人物が、逝ってしまいます。生き残った登場人物と作者と思しき人物が森の供養で出会い、死んだ人たちとそっくりの人に会ったりします。そこには施餓鬼のこどもたちもあらわれます。本ブログでは、料金のことにも触れてあり、夏に訪れるのに参考になりました。今後も、山形・庄内について記していただければ幸いです。

投稿: 後藤重雄 | 2016.02.05 15:19

すみません、今年2016年でした。

投稿: 後藤重雄 | 2016.02.05 15:21

re:後藤重雄 様

 お母様の逝去、謹んでお悔やみ申し上げます。

 森敦著『われ逝くもののごとく』ご教示ありがとうございます。
 実は私、森敦の著作は『月山』しか読んでおりませんでした。コメント頂戴して早速『われ逝くもののごとく』手にしてみました。大著なのでじっくり読んでみたいと思います。

 拙い私のブログですが、いくらかでも参考になれば幸いです。先のコメントにも書きましたが、標高は低いながらも「信仰の山」を感じさせてくれる仏事です。

 なお、元気な「施餓鬼」の子供達が大勢現れますので(笑)、ぜひ小銭はじゅうぶんに御用意ください。

投稿: 聖母峰 | 2016.02.06 00:36

はじめまして。
森敦の『われ逝くもののごとく』を読んで、清水の森山の供養に興味を持ちました。ブログの記事、面白く拝見しました。

私自身も森山へ行こうと思うのですが、中清水集落のどの辺りから森山へ登ればいいのか、調べてもよくわからないという状況です。何かわかりやすい目印のようなものがあれば、教えていただきたいのですが、お願いできますでしょうか。

突然のコメントで失礼いたします。
よろしくお願いいたします。

投稿: まなみ | 2017.09.05 16:56

まなみ様
 コメントありがとうございます。
 
 森山のとりつきに関してはコメントのとおり、わかりにくいかと思います。
 情報を別途メールさせていただこうと思いましたが、登録のアドレスで届きませんでしたので、本文記事に追加という形で返信を記載してみました。

 追加記事にも書きましたが、地元集落ではモリ供養の日以外の時期に入山することは禁忌とされていますこと御留意ください。

 まなみ様のモリ供養への興味が充実したものになりますよう、願っております。また何かございましたらお気軽にコメントお寄せ下さい。

投稿: 聖母峰 | 2017.09.07 00:40

聖母峰 さま

ご丁寧にお返事ありがとうございます。
メールアドレス、間違えて入力してしまったかもしれません。連絡くださったのに、すいません。

モリ供養が行われているときに、行ってみようと思います。
情報、とてもありがたく頂戴いたします。

投稿: まなみ | 2017.09.09 16:17

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