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ベンツに乗るキム・ジャイン

 日本全国1億2千万のキム・ジャインちゃんファンの皆様、こんにちわ。

 今夏からメルセデス・ベンツ コリアが自社のブランド広報大使を5名選定してPRを始めたのですが、その5名の中にキム・ジャインちゃんが選ばれました。

Be
画像:メルセデス・ベンツ コリア

ベンツコリア、キャンペーン大使に「クライミングクィーン」キム・ジャイン選手 by 中央日報(韓国語版)2015.8.11

「The Best in My life」とタイトルが付けられたベンツのPR活動。
「おもしろいからクライミングを追求する」、とシン​​プルでありながら独自の人生哲学を持ち、自信を持って答えるキム・ジャインの姿勢が、メルセデスベンツが追求する「進取的な現代人」の精神とマッチすると判断された模様です。

 ブランド広報大使に決定後、メルセデス・ベンツ コリアのfacebookやinstagramで画像や短い記事が公開されていたのですが、9月に入りキム・ジャインを取材したベンツのPR動画が公開されました。

 30秒と2分の各バージョンがあるのですが、2分バージョンをどうぞ。

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ツラギ峰(7095m)、ロシア隊により初登さる

 信頼できるロシアの山岳関係者筋が明らかにしていますが、9月25日、ロシア・サンクトペテルブルグ隊がネパール・ヒマラヤ、マナスル山群に残された未踏峰ツラギ(Thulagi Chuli 7095m)の初登に成功した模様です。
 ルートなど詳細は明らかにされていませんが、計画・入山時は西稜からアプローチしたようです。

 メンバーはアレクサンドル・グコフ(タムセルク南西壁初登、2014年ピオレドール受賞)、ワレリー・シャマロ(昨シーズンは冬季ナンガパルバットにトライ)、イワン・ダジデフ(2011年ラトックⅢ峰西壁初登)、ルスラン・キリチェンコら4名で構成された強力なチーム。

 2008年に日本隊(西稜)、2010年にはセルゲイ・ニーロフらのロシア隊(北西壁)がトライしたものの、いずれも登頂はなりませんでした。

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秋日記2015年9月

9月某日。
 息子が突然 「山寺の階段登りたい」 と言い出す。
 どちらかというと太り気味の息子、ダイエットを目論んでいるらしい。

 本当は羽黒山の石段に連れて行きたかったのだが、カミさんと協議、まずは山寺が無難ではないかとの結論に至る。
 で、山寺の立石寺へ。

P3
さあ、1050段の階段が始まる。

 1050段の石段といっても、普通に山やっている方にはハイキング程度だと思うのだが、子供は気分が急(せ)いてしまうらしい。息子に何度も
 「あわてない、ゆっくり、ゆっくり」
 と声をかけるのだが、つい早歩きになる息子。
 普段の運動不足も相まって道半ばで息切れ。
 途中、幾度か休憩を挟み、私が保冷剤と一緒に背負ってきたコーラを飲ませながら、ようやく奥の院へ。

 「あー疲れたー」
 が、息子の感想。

 山寺を訪れるのは、その昔、今のカミさんじゃない女の子を連れて訪れて以来。
 たどり着くまで険しく頼りないハシゴを通る釈迦堂に好んで登ったのだが・・・・今は頑丈な鉄柵で封鎖されていた。
 クズのような思い出は封じて、奥の院に登って心が折れている(笑)息子を連れて五大堂へ。(テレビの紀行番組で必ずリポーター役のタレントが訪れる景色のいいお堂)

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 栗の木、山寺のお堂、眼下の静かな農村に秋の到来を知る。

9月某日。
 外出しようと玄関に出ると、植えられた紫蘇の花が目についた。

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 昼食のそうめんの香りになってくれるのか。
 昨年訪れた伊香保温泉で食べた天ソバの紫蘇の実天ぷらを思い出す。

9月某日。

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 娘手作りの餃子。
 うめえうめえと残らず喰いまくったら、「私まだ食べてないんだけど」とカミさんに怒られる。
 「じゃあお父さん食べていい範囲明示しろ!」
 と言い返すが・・・・ 範囲を明示しろ、とか完全に現場作業の安全対策用語になっているのが恐ろしい・・・

9月連休。
 え?
 連休ってなんですか?中国語?
 諸般の事情で、前々から画策していた「義父母を寿司屋に連れて行こう」ということでカミさん妹夫婦と合流、山形市内の「廻るけど、けっこう高級」な寿司屋に行く。
 休養日を経て、連休最終日は地元地区の神社の大祭。
 町内会・子ども会・青年会総出で神輿担ぎの手伝い。

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 この神輿担ぎ、結構距離が長く、出発から神社に戻るまで約2時間。
 結構ハードで体力不足の息子の疲労を心配したのだが・・・
 身長の低い息子、そんなに力を入れる必要が無いポジション(笑)のためケロッとして帰ってきた。
 夏日に近い暑さ、迎えに来たカミさんと息子と3人で屋台のシャーベットアイス買って食う、秋の空。

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けん引免許教習記 そして卒検

卒検の日。

朝8時30分集合といわれて早めにきたものの、けん引の卒検は10時から。検定受検者は私一人。
結果発表は12時から、という冗長なタイムスケジュール。

担当の教官は、以前に大型免許取得でお世話になった方。
「大滝さん、よろしければ・・・」
けん引卒検の前に行われる大型車卒検の手伝いをしてほしいと言われ、集合は9時40分となる。
それまでひたすらイメージトレーニング。
イメージトレーニングの中でも方向転換に失敗する姿が思い浮かび、どうしたものやら。

9時40分。
大型車卒検を受ける若い方、担当教官と共に大型車に乗り込む。
私が受験した三年前と規定が変わったとのことで、大型車の卒検でも普通車のように第三者を乗せて運転・卒検をするようになったらしい。
私の役目は、大型車のシート背後にビスで無理矢理設けられた「お座敷シート」に座り、「第三者」の役割。
三年前の私がそうであったように、これから大型車卒検を受ける若者の緊張感が私にまで伝わってくる。
教習コースにでるまで、お互い全く口をきくこともなく、無言のまま時間が経過する。

大型車の卒検開始。
受験者の若者は、緊張しながらも確実に周囲確認動作を行い、大型車を運転していく。

「いやあ、大滝さんも三年前を思い出すでしょ?」
と担当教官が笑いながら話しかけてくるが、目の前では若者が緊張しながら運転してるし、私自身、これから卒検の身で満足に受け答えする気力が無い。

「え、まあ、そうですねー」

と力の無い返事をする。

大型車の卒検がおわり、3人してトラックを降りる。
緊張しきった若者に「お疲れ様でした」と声をかける。
三年前は、私も同様だったのだ。

「はい、それではけん引の卒検始めます」
教官と二人でトレーラー教習車に乗り込む。

車線変更。
スピードアップして時速40km出さなければならないところ、普通車の検定車がいたので速度を落とす。
S字カーブも脱輪せずクリア。
踏切越えもクリア。
見通しの悪い左折もクリア。

そして方向転換。
私がどちらかといえば苦手な、左後方への方向転換。

H7_2
本番でなんとか綺麗に収められました。

気を緩めずコースをまわり、停止線もトレーラーを停めるタイミングとラインに注意して停止。
「はい、よくできました。それでは駐車場までお願いします。」
あー、おわったー、と大声で叫びたい気分。

12時、卒検の結果は無事合格。
自動車学校の受付で、別途に免許センターでの免許証手続きで必要となる合格書類、申請書類を受け取り、事務員の綺麗なお姉様方皆さん起立して「お疲れ様でした」とお見送りをいただく。

所要日数、日曜を含めて8日間、太陽自動車学校にお世話になりました。

 もぉー卒検の緊張感から解放され、帰りの車を運転しながら頭の中で流れていた曲がこちら↓

 こうして自動車学校卒業、あとは免許書き換えだー!と思ったら・・・もう現場作業に人手が足りないのでしばらく免許センターはお預け。

 一週間後、「今日はいいから、大滝、免許センター行ってこいよ」と親方から有り難い配慮をいただき、免許センターにて書き換え。

Imgp2319
 こうして職場の皆さんの協力と配慮のおかけで、「け引」の文字が私の免許証に加わる。
 これからも安全運転に努めたいと思います。

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 最初に教習を受けた教官から「余計な知識をつけて変な癖は付けないほうがいい」とアドバイスを受け、その通りにしたのですが、細かい動作や今後の業務で身につけておくべき知識も知りたいので、けん引免許取得に関する参考書は買って読んでました。

K
木村 育雄著『けん引第一種・第二種免許―合格の基本と秘訣 』

 普通車や大型免許と違い、けん引免許取得に関する書籍は少ないのですが、こちらをアマゾンで購入
 方向転換や幅寄せの方法など、やり方は様々あるようですが、まずはスタンダードをおさえたい、教習所でも教わらない基本の基本をおさえたいと思い購入しました。

 また、けん引免許取得された方が様々な体験記をウェブにアップされています。

 私の場合、教習3~4日目あたりが何回やってもうまく方向転換できない、という壁にぶつかり、とにかく回数こなして身体で覚えるしかない、と覚悟決めて数をこなしました。

 ちょっとしたヒントをつかむのに、他の方の体験記を閲覧するのもいいのではないかと思います。
 
 ちなみに卒検前夜、私は無駄なあがきは止めて 『魁!男塾』 読んでさっさと寝てました。

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けん引教習記 6日め

教習6日目の前日、日曜日。

 朝6時、勤務先の工場に行き、会社敷地内でトレーラーを運転して自主トレ。
 教習車とは違う車長、教習所と違い目印の標識もないので、ハンドル操作のタイミングが微妙に違うのだが、折り曲げた車体を元に戻すタイミングをつかむべく、誰もいない工場でトレーラーをひたすら運転。
 
 ウチの職場は車にうるさい人が多く、休憩室でテレビニュース見てる最中も、中国や北朝鮮軍の軍事パレードの映像が出ようもんなら

 「おい、あの核ミサイル積んだ大型トレーラー、タイヤ交換とか大変そうだよな」
 「あの車体の長さで切り返しとかできんのかね?」
 
 という話題でもりあがる。皆さんのツボはそこですか・・・
 そんな職場の方々の前でトレーラーの練習しようもんなら
 「おらおらハンドル切り方足りねーぞ」
 「もっと寄せてからだろ」

 とハイエナやピラニアのようにギャラリーが寄ってくるのは必定。
 もっとも普段の現場作業では、資材の置かれた現場や狭い車道で大型車を扱わければならない。
 それだけでなく、日常的に車載の移動式クレーンを使うため、吊り荷と車体重量とのバランスも考慮して大型車を限られたスペースに突っ込んだりと、シビアなものが要求される。
 職場の若い仲間や古参社員は、OJTでそれを身につけてきた。
 情報のあふれた今は、むしろ有り難い時代なのかもしれない。

教習6日め
 卒検を翌日に控え、少し緊張しながら自動車学校へ向かう。
 今日の教官は強面ながら、とてもやさしい指導をしてくれる方だった。
 卒検が明日ということで、教習コースで卒検をイメージしたコースを走る。

 S字カーブも指導を受けながら、1回脱輪したけどクリア。
 踏切越えも指導を受けながらクリア。
 そして問題の方向転換。
 少しだけアドバイスを受けたものの、自力でなんとか成功。

H72_2

 私が受ける第一種のけん引免許では、

 ・方向転換は、右か左のどちらか一つだけやる。
 ・とにかくトラクタとトレーラーをまっすぐ直線に収めることが要求される。
 ・車庫入れスペースに車体が平行にならなくてもいい。方向転換ができれば良い、という考え方。車体を平行にすることを要求されるのは二種免許。
 ・方向転換で失敗しても、2回までは切り返してのやり直しが許される。
 
 などなどアドバイスをいただく。
 今までで一番穏やかな物言いの教官で、励まされて6日目の教習はおわる。
 あー、明日は卒検。

 私のように全く自信の無いまま卒検に臨もうという方への、徳川彦左衛門先生からのお言葉。

P6
『あの人は、万に一つの可能性を発見したら、それを信じて沈着冷静に行動する人だ。それが男というものじゃよ』 宇宙戦艦ヤマト 第3話「ヤマト発進!! 29万6千光年への挑戦!!」より

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けん引免許教習記 3~5日目

教習3日目

 教習は毎日教官が替わる。
 替わっても、教官皆さん必ず、教習前に

 「けん引って、難しいんですよね~」

 「けん引って、頭こんがらがりますよね~」

暗い顔 で言うのはやめてくれ~

 教習内容はひたすら左右の方向転換のみ。
 あいかわらず、

H5_2

だったり、

H6_2

あーあ。
ヘコみながら教習所から帰宅。

教習4日目
 あと4日後に卒検があるというのに、あいかわらずの習熟度。
 最初に車体が曲がるきっかけとなる逆ハンドルは身体が覚え、自然にできるのだが、トレーラーを車庫スペースに押し込みトラクタを修正する動きがどうにも進歩しない。

 見かねた教官から、
 「じゃあ、あの反射シールみえますよね?あのシールが見えたらハンドル切ってください」

 それでもうまくいかないと、
 「じゃあ、ミラーに映っている車体の下からタイヤ半分みえたところでハンドル切って下さい」

 と目印作戦となる。
 どうも教習車でしか通用しない気がするのだが、とにかく卒検パスを目的に教育が続く。

 それでも難しい。
 (私はきわめて他人に比べて不器用な方だ)
 10回に6回くらいは上手くいくようになってきたが、まだまだ車体が変な方向に向いてしまう。

教習5日目
 卒検は3日後。
 最初の数回は方向転換が上手くできたのだが、回数を重ねる内に車体があさっての方向を向く。
 今日の教官はスパルタ式 (言葉じゃ無くて教え方が) らしい。
 何も具体的なアドバイスを言わず、
 「あなたはとにかく回数重ねて身体で覚えなさい」
 と、教習所コース内の通行規則を無視して近道を走り、ひたすら方向転換を教習時間内に何回も繰り返す。

 方向転換の冒頭、車体を折る動作は自然にできるようになってきたのだが、車庫スペースにトレーラーが入ってから、トラクタとトレーラーを直線にそろえるタイミングがまだまだつかめていない、というのを自覚したまま、何度も繰り返すが上手くいかない。

 「トレーラーの動きをよくみて、ハンドルを細かく操作していかないとダメだよ」

 「ほら、逆、逆」

 「はいはい、ハンドル切りすぎ」

と厳しいお言葉を頂戴しながら何度も方向転換にトライ。
今日をふりかえると、教官のアドバイス無しで上手くできたのは10回中3回くらい。
ああ卒検どうなる・・・

 本日の教習もおわり、厳しかった教官からいつもの言葉をかけられる。

 「けん引って、頭こんがらがるよね。」

 私のように教習半ばすぎても上達する気配がない皆様に送る、曹操孟徳先生からのお言葉。
 
 P1
『失敗はよいことなのである。 失敗が成功の方法を教えてくれる。』 (三国志Three Kingdoms 第4部 荊州争奪 43話より)

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けん引免許教習記 1日目、2日目

教習初日。

「あれ、以前、ウチで大型(免許)とりませんでしたっけ?」
教官Aさんから開口一番言われる。

三年前、この太陽自動車学校で大型免許を取得したのだが、厚労省の教育訓練給付金制度を利用したのは開校以来、私が第1号。

多くの教官から「以前来てましたよね」と言われる。
わたしゃ、そんなに手のかかる生徒だったのか?

けん引免許の教習は、1日2時間までと決められている。
1時間め、教習所のコースに出ること無く、駐車場でひたすらトレーラーのバックの練習。

普通車しか乗らない一般の方はわからないと思いますが、トレーラーって、普通の感覚でバックすると、まずまっすぐにバックできない。
トレーラー(後ろのけん引されてる荷台の事。駆動輪が付いている車の方はトラクタと呼ぶ)が右や左に勝手にそれてしまうのである。

トレーラーが右に曲がってきたら、普通車の感覚なら左にハンドルを切って修正するが、けん引の場合、右にハンドルを切って(いわゆる逆ハンドル切って)修正しなければならない。

こまめに逆ハンで修正し、ひたすら直進バック。

ちなみに太陽自動車学校で保有するトレーラーの教習車は2台。
2台それぞれ車体の長さが違い、運転感覚が異なるらしい。
検定用に使われるトレーラーは特に車体が短い。

一般の方には長大なトレーラーの方が運転困難と思われるかもしれないが、実際は違う。
車体の短いトレーラーは少しのハンドル操作で車体がすぐに動くため、運転のタイミングがとても難しい。

2時間目、早くも教習コースに出て「方向転換」(バックして右折・左折すること)の練習。
これがメチャメチャ難しい。

例として、右方向変換は次のとおり。

H1
 トレーラーの運転席が目印(太陽自動車学校では標識を目印として教わる)にさしかかるあたりでハンドルを左へ一回転する。これでトレーラー(荷台)が曲がるきっかけを作る。

H2_2
 トレーラーが少し折れたところでハンドルを戻し、少しずつバック。
 
H3
 ハンドルを右にめいっぱい回し、トラクタとトレーラーをまっすぐにする(車体を伸ばす、と言われる)

H4_2
 車体の折れ具合をみながらハンドルを左に戻し、トラクタとトレーラーを直線にして凹スペースに車体をバックさせ、完了。

 と、書けば簡単なのだが、実際にハンドルを握ると普通車の感覚に脳が支配されているので、ハンドルを逆にまわしたり、回しすぎたり。

私がやると、

H5
 トラクタを戻すタイミングが遅すぎて「ジャックナイフ」状態になったり、

H6
 トラクタとトレーラーを「伸ばす」タイミングが遅く車庫スペースからはみ出たり。

 教習車のトレーラーが短いことも相まって、まずうまくいかない。
 こうして2時間目、第1日目の教習は終わる。

 教習初日ということで、教官からいろいろアドバイスを受ける。

・けん引免許取得で最も難しいのは「方向転換」。教習もひたすら方向転換の練習になるだろう。

・とにかく逆ハンドルが普通車の感覚が残っているので難しい。身体で覚えるしか無い。頭で判断しているのは遅い

・動画サイトや本などで覚えてくる人がいるが、まず止めた方がいい。教習所の車、コースで身体で覚え、変な癖は付けない方がいい。

・これから日ごとにいろんな教官に教わることになる。教官によって教え方が違うから混乱するかもしれない。けれども到達点は一つ(方向転換をこなすこと)なので、いろんな教官の教えを上手く消化してほしい。

などなど。
 
 今更ながら、「俺って「けん引免許」というパンドラの箱を開けたのか?」とさい先が思いやられる。
 とりあえず今日は、「けん引免許取得がいかに困難か」がわかった。

 けん引免許教習第1日目にうちひしがれている皆様に送る、男塾塾長・江田島平八先生のお言葉。

P3_2
『男気である!!』

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神 通 力

山形県朝日少年自然の家トレッキング企画において、月山登山を引率。

今回は姥沢から山頂経由、羽黒側に降りる変則的なコース。
(通常のツアー登山は羽黒側→姥沢側というコース)

気圧配置図を何日も前から眺め続け、上空の寒気分布も考慮、湿った空気の流れを妄想すると、でる結論は「雨降るのか降らないのかわからないグズグズの天気」。

そこで今年は昨年の秘密兵器に加え、

P7
登山ルックのくまモン登場。

そして当日は、出発点の姥沢は霧雨から小雨、風。
山頂に到達したとき、

Gassan20150920
ガスが風で吹かれて、青空。

下山中もガスガスでしたが、時折訪れる晴れ間の下、月山北東面の大湿原の光景に参加者から歓声。
喜んでいただけることが、ガイドの報酬です。

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けん引免許教習記 プロローグ

8月末、けん引免許取得のため、自動車学校で手続き。

ウチの職場には、工事機械を運搬するための大型トレーラーが1台ある。
しかし、職場で「けん引免許」を持っているのは3人だけ。

「会社に貢献」などという忠誠心はカケラも無いが、今の職場の仲間内では戦力になりたい。
けん引免許もっていれば、今の会社クビになっても役に立つこともあろう。

とゆーわけで、以前に大型免許を取得した際に利用した厚生労働省の「教育訓練給付金」の3年縛りが解ける8月に、けん引免許教習を申し込む。

学校は山形市の太陽自動車学校
(山形市で大型、けん引免許を取得できるのはここだけ)

学費は130000円。
後日、教育訓練給付金制度でハローワークから支給されるのが、経費除いた学費125000の20%、25000円。
よって実質105000円。
よく「自動車学校でなんぼ割引きしてもらった?」と聞かれるのだが、教育訓練給付金制度利用の教習はハロワ通じて国に金額明細を報告することになるため、学費130000円という金額設定は変えられない事になっている。

私は生命保険の健康祝い金やカミさん内緒の裏金を積み立てて学費を工面した。

今の職場の雰囲気を三国志 Three Kingdoms、「関羽、華雄を斬る」風に表現すると、

P1誰か華雄の首けん引免許を取る者はおらぬか! (袁紹)

P2一同沈黙(そして1年経過)

P3リストラ寸前不良社員の私がとってまいりましょう。

P4はあ?リストラ寸前不良社員の分際で何を言うか!(袁術)

P5まあまあ袁術殿、この面構えでは自動車学校の教官もリストラ寸前不良社員とは思いますまい。 (曹操)

9月2日から、ブログ更新も休んで自動車学校に教習開始。
さてどうなることになりますやら。
つづく。

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ナッツ回収器具 LittleHammer

 クラッククライミングで用いられる「ナッツ」。
 あれを回収するために、「ナットツール」とか様々な名称でフック型の器具が各社から販売されてますが。

 え?
 クライミング嫌いの私がなんで知ってるかって?

 大昔、山形の城跡「霞城公園」の石垣をよじ登り、ナッツをキメる練習してたら取れなくなって(笑)
 四苦八苦しているうちに、遠足で通りがかった幼稚園児の集団から

 「おにいちゃんあぶないよっ!」

 と大声で叱られた黒歴史(以下省略)

 戯れ言はさておき、工業デザインの学位を持つオーストラリアのクライマー、ティム・プレストンが開発したのが『LittleHammer』。
 現在、クラウドファンディングにて資金募集中です。

LittleHammer kickstarter.com

Nuts1

形状は従来のナッツ用フックと似ていますが、強力なスプリング仕掛けになっているのがポイントです。
従来のタイプでは、ツンツンとフックで突いて回収というやり方ですが、これだと無用な力を要して手を痛めたりしてしまう。
 そこでスプリングの力で錘をはじき、クラックに食い込んだナッツに衝撃を与えて回収しよう、というアイデアです。

Nuts2

使用方法の詳細は、こちらの動画をごらんあれ。↓


うーむ、これで幼稚園児に注意されないうちに回収できそうだ・・・

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秋 色

Imgp2313
 ハードな現場作業の息抜き。
 月山は既に秋色。

Imgp2310
 まだハクサンイチゲの花が頑張っておりました。

Imgp2317_2
 今シーズン、鹿児島出張で眺めることが叶わなかったオゼコウホネ。
 御田原参篭所のオゼコウホネお守りで、安全登山の祈願とします。
 

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マルチツール Clippa

ほれほれ、独身の男性山屋諸君。
彼女へのプレゼントに、こんなのどうだ?

Hear4
ヘアピン型マルチツールClippa(クリッパ)。

Hear1
詳細はこんなツール。

Hear2
小型ドライバー、カッター、メジャー等々の役割を果たします。

Hear3
Clippa(クリッパ)の他、クリッパレディ、クリッパブラックフィンの三種あり。
販売価格は9.99$。

デモ動画はこちらです↓

制作・販売は工業デザイナー集団「Monkey Business」。
ウェブサイト→ Monkey Business Clippa- Mini tools clip

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【訃報】ロシアのアレクサンダー・ルチキン、ヴャチェスラフ・イワノフ遭難死

 ロシアのトップ・アルパインクライマーであるアレクサンダー・ルチキン、ヴャチェスラフ・イワノフのペアが、トライ中だったペルーアンデスのワンドイ南峰5300m地点で遺体で発見されました。

 Ruci
アレクサンダー・ルチキン(Александр Ручкин)

Bace
ヴャチェスラフ・イワノフ(Вячеслав Иванов)

 アレクサンダー・ルチキンは1963年に現在のカザフスタン出身、クライマーとしての足跡はロシア国内のみならずヨーロッパアルプス、ノルウェー、北極圏、そしてヒマラヤに数々の困難なルートを開拓していきました。
 2004年はあのジャヌー北壁直登のロシア隊メンバーとしてピオレドール受賞。
 中国奥地にも精力的に通い、2009年にはコンガ山(Mt.edger 6134m)にミハイル・ミハイロフと組んで新ルートから登頂、2009年のピオレドール・ロシアを受賞。
 2013年には今回のパートナーであるヴャチェスラフ・イワノフと組んでネパールのクスム・カングル南西壁を初登、同年のピオレドール・ロシアを受賞するなど、ロシアのアルパインクライミングを牽引する立場のクライマーでした。

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2009年、中国四川省コンガ山(Mt.edger 6134m)にアレクサンダー・ルチキンらが拓いたルート

ヴャチェスラフ・イワノフは1983年生まれのサンクトペテルブルグ在住、ロシアのスポーツマスターの称号を持つと共にロシア国内での「登山競技」(アルパインクライミングの困難度を競うもの)で3度チャンピオンに輝いた実力派、アレクサンダー・ルチキンと組んで海外の困難な壁に挑み続けてきました。

 2人は資金不足から今季のパキスタン遠征を断念、その代替案としてペルーアンデスに飛び、ワンドイ南峰南壁に8月から新ルート開拓をめざしてトライ。
 8月27日、「5時間かけて25m進む」という困難な状況でビバークを重ねていることなどを伝えるメールが最後の連絡となり、9月2日、ペルー現地のガイドによって遺体が発見された模様です。遭難の明確な原因は未だ報道されていません。

 ロシアの強力なクライマー達の事故に、哀悼の意を表します。

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デナリ改称で微笑むのは誰か

山屋な皆様には既にご承知な名称ですが、北米大陸最高峰のデナリが正式名称となりました。

北米最高峰マッキンリー、「デナリ」に名称変更 by 読売新聞 2015.8.30

 この報道に関して、日本の大手マスコミはベタ記事扱い、CNN日本語版などは「先住民に敬意」などと報じています。
 ツイッターでも多くの方々が、先住民族の名称が復活した!と手放しで喜んでいる方が多いようです。

 しかし、本当に先住民族への敬意からデナリは改称されたのでしょうか?

 私がこの報道を目にして先ず思ったことは、「マッキンリーからデナリへの改称は法的に困難な状態にあったはず。 何故、オバマ大統領、そして内務省長官のサリー・ジュエルがこの時期に、あえて法的困難を克服して改称に踏み切ったのか?」ということです。

参考記事
 カネと、誇りと。 by 当ブログ2015.02.15 

 前掲記事に書いたように、従来の名称の由来である第25代大統領ウィリアム・マッキンリーの出身地オハイオ州では山の名称変更を不可とする法案が提出済みだったはず。

 今回のオバマ大統領によるデナリ改称を受け、オハイオ州のメディアや議員、次回大統領選の立候補者ドナルド・トランプ氏らは痛烈にデナリ改称を、「マッキンリー大統領の偉業、記念としての名称を消し去る行為」として批判しています。
 政治に詳しい方ならご記憶かと思いますが、オハイオ州は大統領選挙でも「同州で勝利した者が大統領選を制する」とされるほどデリケートな地域。
 オハイオ州有権者の反感を買ってまで、なにゆえオバマ大統領はデナリ改称に踏み切ったのか?

 よく考えれば、今回のデナリ改称は単に「先住民への敬意」だけで実現された事案とは到底思えません。

 そのヒントとなるのが、

Alaska_oil
Photo by Daniella Beccaria, AP通信

U.S. lets Shell drill for oil off Alaska by USATODAY 2015.8.18

 去る8月17日、連邦政府すなわちサリー・ジュエル長官率いる内務省から最終許可が下りた、ロイヤル・ダッチ・シェル社によるアラスカ北西沿岸での石油開発である。
 今年度だけで1200億円が投じられているシェル社の石油開発、内務省による調査では埋蔵量220億バレルといわれる。
 このアラスカ油田開発成功が意味するものは、紛争地帯である中東へのエネルギー資源依存度の低下、中国・ロシアへの対抗策のカードの一つとなりうる開発である。

 ロイヤル・ダッチ・シェル社は2012年に試験掘削において事故を起こし、このことから各環境保護団体が神経を尖らせている理由の一つになっているが、内務省長官サリー・ジュエルは「シェル社は事故から多くの教訓を学んだ」と評して今回のGOサインを出した。
 以前に当ブログでも掲載し、アメリカのメディアでも強調されているが、REIの元CEOにして、かつての石油技術者だったサリー・ジュエルは「一夜にして再生可能エネルギーへの転換など不可能」が持論の現実主義派。

 先住民族の名称「デナリ」改称は、アラスカの住民への懐柔策の一つではないだろうか?

 なお明記しておくが、サリー・ジュエルは長官就任直後から、アラスカだけでなく北米各地に在住するネイティブの生活環境問題にも精力的に関与し、活発に現地を自身で訪れ、住民のための政治を行っている。

 だが今回のアラスカに限ってオバマ大統領自身が声明を出し、動いたのは、何を意味するのか。
 大統領を動かしたのは、国益に値する豊富な埋蔵量を誇る「原油」の存在ではないだろうか

参考サイト
 サリー・ジュエルが政界入りする意味【OUTSIDE誌】 by 当ブログ2013.02.21

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