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2015年 スチール・エンジェル賞ノミネート

Angel2015
 
2015年、ロシア及び旧ソ連圏の女性クライマーによる成果を対象とするアワード『スチール・エンジェル』にノミネートされたクライミングは次の通りです。

スチール・エンジェル2015ノミネート ロシア山岳連盟

ブローク峰(5239m キルギスタン カラフシン渓谷) 西壁Gun'koルート 6A  2015年7月20~24日 マリーナ・ポポーワ、オレシャ・バブシュクナ、ユリヤ・バブーソワ、アレクサンドラ・メントフスカヤ
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スターピーク(2265m シベリア・西サヤン) 西壁 5B オルガ・パドチュワ、タチアナ・ミロワツカヤ
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Бокс(ボクシング)峰(4293m キルギスタン・アルアラチャ渓谷) 西壁左ルート 5B オレシャ・バブシュクナ、アレクサンドラ・メントフスカヤ
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ケジュマロク峰(2558m スロバキア タトラ山脈)冬季登攀 5B アンナ・ヤシンスカヤ、オクサナ・レブチュク(ウクライナ)
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クリミア半島 Morchekaルート、Machomboルート 6A イリーナ・バカリーニコヴァ、マリア・スメロフスカヤ
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2015年 ピオレドール・ロシアおよびクリスタルピーク賞ノミネート一覧

 今年もロシアおよび旧ソ連圏のクライミングを対象としたアワード、ピオレドール・ロシア(ロシア山岳連盟主催)、クリスタルピーク(ロシアの山岳誌主催)にノミネートされたチームが出そろいました。
 ノミネートされたクライミングを以下に羅列します。
 
 なおピオレドール・ロシア、クリスタル・ピークにノミネートされたクライミングは重複しており、前者は5隊に絞られていますので、両賞に重複してノミネートされている5隊を先に紹介します。

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ツラギ(7439m)初登頂 ネパール・ヒマラヤ マナスル山群 西壁~北東稜 2015年9月21~27日 アレクサンドル・グコフ、ワレリー・シャマロ、イワン・ダジデフ、ルスラン・キリチェンコ

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ロシア正教1000周年記念峰(4507m) 西壁中央ルート開拓 6B  パミール・アライ カラフシン渓谷 2015年7月23~25日  ミハイル・デビー、アルツェム・チリョームニ

Cp5_2
イスカンデル峰(5120m)南壁右ルート開拓 6A キルギスタン・パミール山域 2015年8月10日  エフゲニー・バシュキルツェフ、デニス・ベレテニン 
 
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ソーク・ジャイラウ峰(4866m)北稜初登 5b-6A パミール・アライ 2015年7月18~20日 エフゲニー・グラツノフ、セルゲイ・グラツノフ、アレクセイ・チュルポ  

Cp8_2
『白髪の衛兵』峰(5481m)東バットレス『第9の波』ルート初登 6B 天山山脈 2015年8月16~21日 セルゲイ・ニーロフ、ドミトリー・ゴロフチェンコ、ドミトリー・グリゴリエフ

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以上がピオレドール・ロシア最終選考に残り、同時にクリスタルピークにもノミネートされているクライミングです。
以下はクリスタル・ピーク賞にのみノミネートされているクライミングです。

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Cp1
タルン峰(7429m)北西バットレス初登 ネパール・ヒマラヤ ウクライナ隊 ニキータ・バラバノフ、ミハイル・フォーミン

Cp3
ロシア正教1000周年記念峰(4507m) 南西壁中央ルート開拓 6A パミール・アライ カラフシン渓谷 2015年7月8日~11日 アレクサンドル・クレピコフ、スタニスラフ・ラザレフ、イゴール・リホノソフ  
 
Cp7
ウズベキスタン峰(5100m)北壁『氷のネクタイ』ルート初登 2015年9月17日 アントン・カシュブニク、アレクセイ・チュルポ

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モリャン『海』峰2070m 南東壁初登 ロシア・ブリヤート共和国バルグジン山脈 2015年4月23~25日 5B
ダシュ・アユセーエフ、アレクサンドル・バグザ、アントン・フェドータフ、プルボ・ナルボイ

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Север(North)峰2826m サヤン山脈(ロシア・モンゴル国境)北壁初登 5B 2015年8月20日 エフゲニー・グラツノフ、セルゲイ・グラツノフ、アレクセイ・チュルポ

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Mamison峰4319m コーカサス山脈 北壁「トライアングル」中央ルート 冬季登攀6A 2015年2月13~15日 ウラジミール・ロシュコ、ドミトリー・ロマネンコ

Cp12
フリー・コリア峰4777m 天山山脈 北壁左バットレス右ルート冬季初登 2015年3月5~6日 アナトリー・シシュコフ、アルテム・チリュームナ

Cp13_2
クラウンピーク(4860m) 第5峰・第6峰間クーロワール初登 天山山脈アクサイ渓谷 2015年2月28日 アナトーリ・シシュカフ、ニコラス・ツカーチ 

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以上が2015年ピオレドール・ロシア、クリスタル・ピーク賞にノミネートされたクライミングです。
今年の特徴として、ピオレドール・アジアもそうですが大地震の影響によりヒマラヤにおけるクライミングが少ないこと、その分、欧米西側諸国に知られていないロシア国内エリアの記録が集まっています。

 クリスタル・ピーク賞はクライミング部門の他、自転車ツーリングやカヌー等の記録が集う「アウトドア部門」、登山道・岩場整備や障害者スポーツが集う「社会事業部門」、クライミングではなくmountaineeringにカテゴライズされる登山を集めた「ベスト・ハイク部門」の4部門があります。

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 ロシアのクライミングサイトに登録している私も各部門に2票ずつの投票権がありますので、よーく考えて投票したいと思います。

 なお上記に掲載したウクライナ隊以外の記録は、ロシア山岳連盟が行程、トポ、使用ギア、残置ギアその他詳細なレポートをPDFファイルで公開されています。
 ロシア登山界における階級制・表彰制度には批判の声があるようですが、こうしたオープンな姿勢は本家ピオレドールよりマシな対応ではないでしょうか?

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バーチャル・ライフ

Arnoldtotalrecall

 今週は怒濤の現場作業の日々。
 ブログ更新はもとより、PCにアクセスもせず寝ることもある。

 寝るとき、WiFiに繋いだスマホでyoutubeを開く。
 聴くのは決まって『森の音』、『川の水流の音』、『海辺の波の音』。
 これらのキーワードでyoutube検索すると、1~2時間の長い録音が動画として公開されてるんですね。

 鉄骨組み立て・解体作業や高所作業を伴う重労働の日々、寝付けないときはこれら自然の「音」を聴きながら寝てます。リラクゼーションと称してピアノとかオルゴール音が入っているのはダメです。頭が受け付けません。

 でもこれって、ほんと『バーチャル世界』にどっぷり漬かってますね。

 昔、『未来少年コナン』とか『宇宙戦艦ヤマト』で、人間の慰安のため無機質な空間に自然の風景を再現するシーンがありましたが、まさにSFの世界がちっぽけなスマホで実現してるわけです。

 さて前の記事に洋書の感想記事を述べました。
 昨年、一ヶ月に一冊の洋書を読むことを目標にしましたが、私の乏しい英語力ではさすがに無理。
 Bernadette McDonaldの本は、新作が出る情報をキャッチし、発売日と同時にアマゾンのkindle版で購入しました。
 kindle で読むだけでなく、いつも携帯しているiPhoneでも読めるようにアマゾンのクラウドを利用しているのですが、これも良し悪しですね。
 「隙間時間の利用」とかいえば、雑誌『プレジデント』あたりのビジネス関連提灯記事書いてるライターが飛びつきそうですが、あんまり隙間時間を根詰めて利用していると、どうも生活にゆとりが無くなるような気がします。

 それに紙・ペーパーでなく電子データで読書していると、
 「あれ?トモ・チェセンあそこでなんてコメントしてたっけ?」
 と、ちょっと知りたい時、ページをさかのぼるのが面倒。
 kindleには付箋機能もあるようですが、私まだ使いこなせてません(笑)
 
 いったん便利さに慣れてしまうともう後戻りは困難ですが、「これでいいの?」と思うことがよくある今日この頃です。

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Bernadette McDonald著 『 ALPINE WARRIORS 』

Hyo 壮大な、叙事詩である。
 Bernadette McDonald著 『 ALPINE WARRIORS 』 を読了。
 同書は、第二次世界大戦後からユーゴ内戦を経て現在に至るまで、ヒマラヤ登山を中心に据えたユーゴスラビア(新生スロベニア)の登山史をまとめた本である。

 過去に幾つもの高所クライマーの本をまとめているBernadette McDonald女史は、トマジ・フマルの伝記『TOMAZ HUMAL』を執筆するに伴い、西ヨーロッパ・アメリカでも知られざる優秀なクライマーを産みだした旧ユーゴスラビアに関心を持ち、それが本書執筆のきっかけとなったと後記に記している。

 ユーゴスラビアは当時のソ連とも一線を画す独自の社会主義路線を歩む国家であり、国内に険しいユリアン・アルプスを擁し、そこからヒマラヤを目指す多数の優秀なクライマーを輩出した。
 ユーゴ初のヒマラヤ登山として企画されたのは、日本が初登頂を狙っていたのと同年1956年のマナスル。しかしマナスル計画は政府からの援助がカットされ挫折、1960年、インドのナンダデビの許可を取得、しかし手続き上の問題で登山隊はトリスル7120mをめざし、登頂に成功する。
 そしてユーゴスラビアのヒマラヤ登山「黄金世代」が始まる。 

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帰国したトリスル登山隊を迎える、熱狂のリュブリャーナ市民

 同書の特徴として、ユーゴスラビアが産んだ名クライマー、ナイツ・ザプロトニク(Nejc Zaplotnik 1952~1983)とその著書『POT』の文章が本書全般にちりばめられている。

 ナイツ・ザプロトニク。
 日本ではあまりなじみのないクライマーであろう。(私は幸いにもある書籍をきっかけに名前だけは知っていた)
 旧ユーゴの登山関係者では知らぬ者はいない、そしてその著書『POT』 (スロベニア語で道、峠を意味する) は著者Bernadette McDonaldが取材した、あらゆるクライマーが所持していた本であった。
 著者は本書を執筆するため、スロベニア語版しか無かった『POT』をわざわざ翻訳者に英訳してもらう手間をかけ、所々にその文章を引用し、クライマー達の心情とその生涯を描いている。

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 ナイツ・ザプロトニク(Nejc Zaplotnik 1952~1983)、その著書『POT』
 スロベニアの偉大なクライマー、アンドレイ・シュトレムフェリをして、「私の登山人生は二つに分けられる。ナイツ・ザプロトニクの死ぬ前と死んだ後だ。」と言わしめた。

 1960年代半ばには既にローツェ南壁を目指す構想を持っていた彼らは、次の目標としてマカルー南壁を目指す。

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 1975年、ユーゴ隊が成功したマカルー南壁とそのライン

 1975年、ユーゴ隊はマカルー南壁に成功。
 同年、ガッシャブルム1峰の未踏の南西稜に成功。
 1979年、ロー・ラからのエベレスト西稜完全トレースに成功。

 優秀なクライマーと「1人が頂上に立てば、それは登山隊の成功」という組織力で次々と8000m峰に挑み続けるユーゴ登山隊。
 そこに暗雲漂うのが、誰もが知るトモ・チェセンのローツェ南壁登攀である。

 本書のトモ・チェセンに関する記述の多くは、Nicholas O'Connell著『Beyond Risk』のインタビューと重なっており、ほぼ同じ内容である。
 トモ・チェセンのローツェ南壁『疑惑』に関しては、当ブログをお読みでそれなりに山をやっている方には今更説明を要すまい。

 本書で注目されたいのは、トモ・チェセンに対するマルコ・プレゼリのコメントである。
 プレゼリは一連の疑惑に対して力強く 「I believe him.」 と言い切る。

 「(疑惑に対して)皆、写真写真というが、写真などフォトショップでどうにでもできるだろ。それは彼の問題で私の知ったことでは無い。」
 「それが真実だとは私は言わない。私は信じている、と言うんだ。アルピニズムの根幹を成す「信頼」を信じているんだ。何が真実かは彼が背負うべき問題で、私の問題ではない。」
 
 と、コメントの最後はあいかわらず突き放した言い方のプレゼリ節全開である。
 ローツェ南壁疑惑といえば日本では池田常道氏のフィルターを通した「見解」が漂っているわけだが、アルピニズムの根底を支える「信頼」を打ち出して「believe」と言い切るマルコ・プレゼリの見解も深く印象に残る。

 さて、世界各国の登山界を揺るがしたローツェ南壁「疑惑」を受け、ユーゴ登山協会はじめ、既得権を得ていた、それまでの「黄金時代」を支えていたクライマー達も批判の矢面に立たされる。

 「8000m、8000mってうるせーよ、アルピニズムの課題は他にもたくさんあるだろクソ爺!」
 (↑あくまで当ブログ流表現ですが、新旧世代のクライマー間で激しいやりとりがあったのは事実)

 と、新世代として台頭してきたのが皆様ご存じ、マルコ・プレゼリ。
 マルコ・プレゼリ氏に関しては来日経験もあり、そのお人柄も交流あるアルパインクライマーのセンセイ方には知られているので割愛する。

 ローツェ南壁疑惑で揺れる90年代初めから、ユーゴスラビアは不幸な内戦状態に陥っていく。
 そんな中、クライマー達はある者は兵士として、山岳地で兵士を導くガイドとして、ある者は難民として巻き込まれていく。
 戦乱の中でも、ユーゴのベテランクライマーであるビキ・グロシェリはアンナプルナ南壁登攀を計画。
 難民として避難中の岳友を探しだし、南壁に誘う言葉に考えさせられる。

 「おい、戦争のまっただ中より、アンナプルナの方が安全だろ?」

 民族浄化と称する凄惨な婦女子への暴行、虐殺が横行する日常を生き延び、クライミングに生きがいを見いだした者もいる。

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スラビコ・スベティチッチ(slavko svetičič 1958~1995)

 徹底したソロクライマー、生涯にわたり1200ものルートをフリー、エイド、アイス、冬夏問わず単独登攀を続けたスラビコ・スベティチッチ。 日本ではあまり知られていないソロクライマーは、世界各地で驚異的なソロクライムを成し遂げるが、1995年、ガッシャブルムⅣ峰西壁に単独で取り付き、行方不明となる。後日、韓国隊により壁の中で遺体が発見される。

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トマジ・フマル(Tomaž Humar 1969~2009)

 そして、やはり戦乱の中を生き延びてクライミングに身を投じたトマジ・フマル。
 著者Bernadette McDonaldは既に前著で彼をとりあげているだけに、本書後半にてトマジ・フマルが置かれた境遇を詳しく述べている。
 ダウラギリ南壁単独登攀で一躍スーパースターとなった彼だが、登攀の模様を中継したりとメディアに魂を売り渡したと批判され、2005年、ナンガパルバット峰ルパール壁での遭難・救出劇によって「サーカス」とまで嘲笑されることになる。
 失望の中、スポンサーも離れ、離婚して家庭も破綻したトマジ・フマルはアンナプルナ東峰南壁ソロなどの記録を残しながらも、2009年にランタンリルンに単独で取り付き、つきあっていた彼女に「さよなら」を、ベースのコックに「もう終わりだよ」と衛星電話で伝え、生涯を終える。

 Bernadette McDonald著『Freedom Climbers』と同様、本書の最終章は登場したクライマー達、またはその遺族達のその後についても丁寧に取材され記述されている。
 新生スロベニアではマルコ・プレゼリが若きクライマー達を育てる側になり、ハグシュ北壁でピオレドールを受賞、プレゼリもピオレドールのような賞に少し寛容になったと書かれている(笑)

 前著『Freedom Climbers』では、ナチス・ドイツやソ連に国土を蹂躙されたポーランドの岳人達の活躍が描かれていたが、本書では政治的には真逆に国家が分裂、凄惨な内戦を経験した旧ユーゴスラビア、後のスロベニア、クロアチアの岳人達が描かれている。

 かつての日本と同様、「1人が登頂すれば、それは隊全体の成功であり栄誉」と明言するユーゴスラビア初期のヒマラヤニスト達。
 やがて時が進み、「自分が頂きに立ってこその成功」(トマジ・フマル)という世代への変化、8000m峰登頂からより困難な岩壁へ、単独登攀その他クライミングスタイル重視へ、というクライミングの流れ。

 人口2000万人ほどの旧ユーゴスラビア、ヨーロッパの小国がいかにして優秀なクライマーを輩出し、ヒマラヤ登山大国となったのか。
 内戦という政治の混乱に翻弄されながらも、自らの夢、自らが信奉するアルピニズムを信じて行動する男達の、熱い、長い物語が本書にある。
 なお本書は2015年バンフ・マウンテンブックスコンペティション・登山史部門でグランプリ受賞。

参考資料: 柴 宜弘著『ユーゴスラヴィア現代史』岩波新書1996
参考関連サイト:
 TOMAZ HUMAR 当ブログ2011.07.16
 FREEDOM CLIMBERS 当ブログ2012.07.06

マルコ・プレゼリ講演会 「灰とダイヤモンド」 雪山大好きっ娘。2.0 2007年11月7日記事

 ユーゴスラビア隊が手掛けたトリスル峰西壁ユーゴスラビアルートに関して、仙台山岳会が1981年に第2登に成功しており、当時の記録は仙台市在住の登山家・坂野様により公開されております。
 トリスルⅠ峰西壁(7120m)登頂 ウェブサイト東北アルパインスキー日誌

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【映画】Wild 邦題『わたしに会うまでの1600キロ』

Wata 金曜、夜。
 以前に当ブログでも紹介した映画『Wild』 (邦題『わたしに会うまでの1600キロ』)を、上映最終日のレイトショーでようやく鑑賞。

 ストーリーは、

 薬物とセックスに狂ったマザコンのバカ女が山道を歩いて考え事をするおはなし。以上。

 である。(え、ぼく何か事実と異なること書いてます?)

 当ブログ流・映画評のとおり、結論から書く。
 
 なかなか良かったよ。

 映画に関しては賛否が激しいようですが、私にはあっという間の2時間でした。

 製作から上映に至るまで、山形県朝日少年自然の家サポーター仲間で、日本人としてロングトレイルの第一人者である 斎藤正史さん とは、

 「今度映画化なるみたいですね。」
 「夏から公開みたいですよ。」

 と顔を合わせる度、映画の話題になっておりました。
 ロングトレイルには無知な私、映画の所々に現れる入山者登録ポストや休憩所、ボラでウォーカーを世話する人、補給物資の受け取り方・場所など、新鮮な光景でした。

 それはさておき映画の内容ですが、まあ私は主人公のようにドラッグ中毒でもないしセックス中毒でもない(一応)のですが、じゅうぶん感情移入することはできました。
 この映画、ロードムービーという体裁ですが、描かれているのは家族と人生です。
 私とはかけ離れた境遇の主人公ですが、一昨年、実父を亡くした経験からなんでしょうね。
 母親を描いたシーン、実はPCTの光景よりも印象深く受け取りました。

 この映画を評すると、どうしても他の方の映画評を評してしまうことになるのですが、長旅の終わりなんて、あっさりしたもんですよ。
 なんの変哲もない鉄橋で、彼女の旅の終わりが暗示され、彼女のモノローグで映画は終わる。

 冒険にでるわりに主人公は無知無謀、準備がなってない、という評をあちこちで目にするのですが・・・
 おいおい、それこそ高体連登山部の教師みたいに

 「布地は鏡のようにテントはピシッと張れ!」とか、
 「調理中は常にコッヘルの蓋をおさえる!」とか、

 主人公がスムーズに道具を使いこなしバリバリPCT歩いて行ったらドラマにもなんにもなんねーだろ。
 
 だいたい人間なんて、長旅いっぺんしたくらいでそんなに変わらねーよ。
 そんなところ、物語後半で主人公が行きずりの男に身をゆだねる場面によくあらわれてます。

 私は主人公のように歩く旅の経験は無いけれど、長旅はチャリンコと海外登山で幾度か経験してます。
 その経験から言って、この映画のストーリーの柱となる「主人公の記憶のフラッシュバック」の入れ方が非常に巧い。

 エロエロなシーンもあるので万人には勧めませんが、ロードムービーとして私にとっては自然に受け入れられる映画でした。

 旅を志す若者には『モーターサイクルダイアリーズ』を。
 (まちがっても『イントゥ・ザ・ワイルド』とかいうクソ映画ではない)
 旅を志す中高年には『星の旅人たち』を。
 悩み多き方々には、どうぞこの映画を。

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防菌がどうした! 納豆菌ウェアの時代が来る!(かも)

 その昔、ヒマラヤ某峰で食糧係やってたときのこと。

 納豆を食する習慣の無い九州出身の大先輩から、
 「おまえ~、こんなにインスタント納豆汁いらねーだろー」
 「えーそうですかー」
 と、ドクターからもらった乾燥納豆をボリボリ喰っていた無反省の私。

 そして時代は21世紀!
 納豆菌を利用してベンチレーター作用が働くウェアが開発されようとしています!

 Natto

Workout Shirt Has Vents That Open Automatically When You Sweat by Popularmechanics.com 2015.11.9

 今回のネタは当ブログでよくある怪しげなネタではなく、ノーベル賞受賞者を多数輩出している名門MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究グループが開発を進めているもの。
 従来アウトドア用品メーカーで利用されてきたゴアテックスに代表される透湿繊維は様々な化学溶液を用いた製品でした。

 既にスポーツ用品メーカー・ニューバランスと提携しているMIT研究チームは、納豆菌の成分が湿度に応じて分子レベルで拡張・収縮する性質を応用した素材を開発中。
 上記リンクで引用した記事でも、ちゃんと英語で「Natto」と記されています。
 デモ動画では、菌を含んだフィルム加工した素材を着用したダンサー、彼らが発汗すると共に、ウェアのベンチレーター、布地そのものが開閉し、通気性をよくする様子が描かれています。

Biologic from Tangible Media Group on Vimeo.

 納豆菌という「生命体」を生活素材に組み込む事には、いわゆる「遺伝子組み換え農産品」なみの倫理問題が伴うような予感がしますが、どうなりますことやら。
 私としては、動画の3分50秒あたりから登場する 「飲み時お知らせティーバッグ」 の方がさりげなく可愛らしいですね。こっちを早く製品化してほしいです。

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むじなのむかさり

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11月8日、日曜日、雨。
山形県村山市、楯岡馬場地区で行われる「むじなのむかさり」を見学するため、馬場地区の八幡神社へ。

「むじなのむかさり」とは、独身男性が花嫁に、独身女性が花婿に扮して模擬結婚式を挙げ、町内を練り歩く、という子孫繁栄と豊作を願う伝統行事である。伝統行事とはいっても、始まりは大正年間らしい。
 文献によれば、ここ楯岡にある里山・楯山でみられたという狐火を大正当時の小学生達が松明を灯して再現したり、当時は男性だけで結婚行列に扮して行事を執り行っていたという。
 時代の変化に伴い祭列に女性も加わり、今の行事になったといわれる。

 さて、華やかな観光客向けのイベントではないので、八幡神社を訪れても誰もいない。
 向かいの公民館で準備している男性や、通りすがりの住民の方に尋ねながら、ようやく「結婚式」の会場である高梨様宅を探し当てる。

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 18時30分すぎ、もう結婚式の儀式はあらかた終わり、村山市長の挨拶が始まっていた。

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 「式」は一般民家で行われる。
 誰が花嫁・花婿を演じるかは当日まで秘密にされている。
 ちなみに化粧・着付は山形県美容業生活衛生同業組合の方が取り仕切っているとのこと。

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 結婚式も終わり、会場から八幡神社まで、町内を花嫁・花婿行列が練り歩く。

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 行列の前後を歩くのは、狐面をかぶった小中学生達。
 松明の炎と相まって、妖しい雰囲気を醸し出す。

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 沿道の家から人々が見守り、お祝いを行列の担当者に渡す。
 振る舞われる御神酒と餅。

 松明の炎の明かりと燃える臭い。
 人々のざわめき、参列の唄い。
 ふるまわれる御神酒の、日本酒の香り。
 それらは、文献やネット、動画に触れているだけではわからない。
 訪れて初めて実感できる、祭りの雰囲気がある。

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 八幡神社に到着した行列は、ここで写真撮影タイム。この後、花嫁・花婿・関係者の皆さんは向かいの公民館で二次会へ。

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一方、松明を持った狐面の子供達は、新しい松明に持ち替えて神社から楯山へと登っていく。

 実は今日は、この山に登っていく狐面の子供達を見届けたかったのだった。
 
 サードマン現象やら、このブログには書いてない山での怪現象とか、いろいろ見聞き・体験している私だが、「狐火」というものは見たことが無い。
 狐火とは、もしかしたら、こういうものなのだろうか。
 そんなことを思いながら、雨の中、楯山の奥へと登っていく狐面の子供達を見送った。


本日撮影した、式場から出発直後の花嫁行列。
1分20秒過ぎから花嫁・花婿が通過していきます。

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ピオレドール・アジア2015 今年の受賞者は、 【Piolet d'or Asia 2015 , No award】 (2015.11.16 追記)

 韓国の山岳月刊誌『人と山』主催の第10回ピオレドール・アジア選考発表会が11月6日、韓国・ソウル市ヤンジェドンATセンターにて開催されました。

2015アジア黄金ピッケル賞授賞式盛況に開催 by 月刊『人と山』ウェブサイト2015.11.6

 結論から書きますが、今年のピオレドールアジア 該当者無しという結果となりました。

 今年ノミネートされたのは、

Liu
中国・四川省のスークーニャンにて新ルート開拓後、残念ながら下山中に遭難死した柳志雄、胡家平のペア

Jac1
日本山岳会青年部による、Dzanye(ザニェ)Ⅱ峰6318mの全員登頂 (真下孝典、宮津洸太郎、芦刈新之介、木村健太、橘井駿、野澤岳大)

 以上の2チームです。
 選考によれば、中国ペアは下山中に遭難死した点、日本隊は従来受賞のチームと難易度を比較した結果、今年は該当者無しと決定された模様です。

 ピオレドールアジア・生涯功労賞には日本山岳会副会長・日本山岳協会会長を務められた神崎忠男氏が選ばれました。

Pio20152
今年のピオレドールアジアにノミネートされた真下孝典(日本隊)​​、ワン・ヨン(中国隊の代理出席)
※画像・キャプションは月刊『人と山』より

Pio2015
左から月刊『人と山』ホン・ソクハ代表、神崎忠男顧問(アジア山岳連盟)、イ・インジョン会長(アジア山岳連盟)、川崎深雪代表(日本の山岳専門誌『山と渓谷』)
※画像・キャプションは月刊『人と山』より

 今年のピオレドールアジアは『月刊「人と山」 2015ピオレドール・アジア』と題したプロモ動画が公開されています。ナレーションは韓国語ですが英語字幕が入ってますので、特に柳志雄ら中国ペア、JAC青年部の登山の様子など理解しやすいかと思います。


【2015.11.16 追記】

 ピオレドール生涯功労賞は、大韓山岳連盟会長のイ・インジョン氏もUAAA(アジア山岳連盟)での功績から神崎忠男氏と共同受賞となりました。

 併せて発表されたゴールデンクライミングシューズ賞は、日本の野口啓代さんが選出されました。
 活躍が著しい韓国の若手チョン・ジョンウォン、ソン・ハンナレもノミネートされておりましたが、野口さんの場合はW杯での活躍の他、韓国メディアによれば外岩での活躍も選出のポイントになった模様です。

参考関連サイト 野口啓代、Golden Climbing Shoes Awardを受賞 by 雪山大好きっ娘。+ 2015.11.14

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10th Piolet d'or Asia 2015 , No award.

Information source : 2015 아시아황금피켈상 시상식 성황리 개최 by Mountainkorea.com 2015.11.6

2015 nominated team

Chinese team
Liu_2
Hu Jiaping and Liu Zhixiong
Hu and Liu succeeded Mt.Siguniang (6,250m) south face, but they died November 29 while descending.

Japanese team
(Japan Alpine Club East Nepal Students' Expedition 2015 )
Jac1_2

The jury decided "there is no prize winner this year"

Lifetime achievement Piolet d’Or Asia winner is Tadao Kanzaki (Japan Alpine Club former vice chairman).

Please watch promotion video. (with English subtitles)

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ウクライナ隊、Talung峰(7349m)北西バットレスを初登

 2013年春にチェコのマレク・ホレチェク、故ズデェニク・ハルビーのペアが初登した、ネパールヒマラヤのTalung峰北西面。 関連ページ チェコ隊、Talung峰(7349m)北西ピラーを初登 当ブログ2013.5.31

 2015年10月、世界各地の名峰をターゲットにしているウクライナ、チェルカースィ山岳会のミハイル・フォーミン(Михаила Фомина)とニキータ・バラバノフ(Никиты Балабанова)のペアがアルパインスタイルでTalung峰北西バットレス初登を果たしました。

R1
Talung峰7349m、左の黄緑ラインが2013年チェコ隊のライン(2500m M6+ WI6)、右の赤ラインがウクライナ隊のライン(2200m M6 WI6 A3 )

P2
 登攀は6日かけて行われ、新雪と薄氷に悩まされドライツーリングの技術を駆使してのクライミングだったとか。ミハイル・フォーミンいわく15kg体重が落ちたとのこと。
 
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 2人は11月1日、ウクライナ・キエフに無事帰国、待っていた家族からピラフとケーキで歓迎を受けました。

参考サイト Russianclimb.com

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子供達と化石掘り 2015

日曜。
山形県朝日少年自然の家 『地球の歴史探検隊 ヤマガタダイカイギュウと化石掘り』にサポーターとして参加。

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山形県朝日町某所にて、山形県立博物館の伊藤先生から地層の解説を受ける。

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約800万年前の「葛沢シルト層」にて、参加者40名と共に露頭をハンマーとタガネで掘りまくる。
採掘した化石を山形県立博物館の石黒先生に鑑定してもらう参加者。
ワクワク感が伝わるひととき。

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隣から職員の工藤さん・服部さんの歓声が聞こえるなあ・・・と様子を見に行くと、大物がゴロゴロ。

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「全然化石でてこないよー」
という子供達をフォローするため、彼らのすぐ脇で掘る。
画像のような「生痕」化石(底棲生物の巣穴の化石)があちこちでみられるのだが、やはり子供達のお目当ては二枚貝や巻き貝 _| ̄|●il|li

本日は朝方は冷え込み、周囲の蔵王、朝日連峰、月山いずれも真っ白けでしたが日中は快晴、気温も上がり、よいランチタイムでした。

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参加者皆さんが弁当を食べている昼休み、職員の皆さんと私たちサポーターで、山形県立博物館からお借りした地質調査用ハンマーとタガネを洗浄。

「このハンマー、ドイツ製で高いんすよね~」
と私がポロッと発言したものの、ハンマー底にはしっかり「Made in USA」と書いてありました・・・記憶違いの知ったか野郎ですんません(笑)
たしか昔のICI石井のカタログで、なぜかクライミングハンマーの項目にドイツだかイタリアだかの地質用ハンマーが紛れ込んで掲載されてたんだよね~(言い訳)
エスチング社の地質調査用ハンマー41本、博物館側もこの日の行事のために御用意していただいたらしく、未固結層用のチゼルハンマーと岩石用ピックハンマー入り交じっている。
職員の工藤さんが洗浄、私たちサポーターが雑巾で水を拭き取り、箱に収納。

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朝日町の美しい棚田を眺めて、化石掘りの現場から退出。
天候にも恵まれ、参加者皆さんにも怪我も無く、行事も無事終了。
朝日少年自然の家に戻り、「別れの集い」、職員・サポーターミーティングを終えて解散。

子供達だけでなく、一緒に参加した保護者の方も夢中になっている化石掘りでした。

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毎年この時期楽しみにしている、自然の家前の紅葉。
今年は黄色が強いのでしょう、鮮やかな赤は周囲の色彩に埋もれ気味。

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今回の私の成果。
約800万年前、アフリカあたりで人類が猿から進化し始めた頃の、二枚貝の稚貝です。

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夏から秋にかけて「化石掘り」のキーワードで訪れて下さる方が多いようですので、過去の記録を以下に掲載します。

子供達と化石を掘る。「地球の歴史探検隊」 (2012年の記録)

息子と化石掘り (2013年の記録)

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