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2015年末 冬日記

11月某日
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 勤務先の農業部門の偉い人から、「カブ持っていけ!」と声がかかる。
 けっこうでかいカブ。
 聞けば「聖護院カブ」で、会社敷地で栽培したもんで売り物にならないからテキトーに持っていけとのこと。
 「ええ~京野菜じゃないですか~」とありがたく頂戴する。

 つい今し方掘り出して土も付いたカブ。
 さっそくカミさんに調理してもらう。
 シチュー、粕汁、漬け物。
 普段は野菜をあまり食わない子供達も美味しいという。 「採りたて」という時間の調味料は素晴らしい。

12月某日
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 実母が知り合いからもらったらしい「加美代飴」をもらう。
 加美代飴とは、香川県の金刀比羅宮で売られている名物飴。

 その特徴は、

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 パッケージに同封されている、ミニチュアハンマーで扇形の飴をたたき割って食べるのだ。
 たたき割ると、口が切れるんじゃないかというくらい鋭角に割れるが、そこはやはり飴。
 かすかな柚風味がする、べっこう飴。
 べっこう飴好きな子供達とたたき割りながら、あっという間に消費しました。

 12月某日
 ちょいとハードな現場仕事が続いて脳みそ停止中。

 12月某日
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 職場の休憩室に突如現れた、赤い缶。
 聞けば、アメリカ出張帰りの本社勤務の方が持ってきたお土産。
 アメリカのJo's candies のSALTED CARAMEL TOFFEE BARK。
 なにぶんウチの部署は職人集団なもんで、横文字はあまり詳しくない人が多い。
 私は缶に書いてある「SALTED」で不吉な予感(笑)
 中身は、塩キャラメルの上下をチョコで挟んだ分厚いプレート上の菓子が二枚。
 
 職人・現場作業員の集団とはいえ、ウチの若い衆は女性社員以上に甘いモノにはうるさい。
 「これってスニッカーズのノリだよね~」
 と、現場作業で疲れた身体でみんなで食す。

 12月某日
 出張班が各地から戻ってくる。
 それぞれの現場もおわり、ようやく今年も終わろうとしている、12月末。

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ダイゴダイゴ (山形県天童市 荻野戸地区)

12月20日、日曜。
天童市 上荻野戸地区・八幡神社で開催される「ダイゴダイゴ」に参列。

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「ダイゴダイゴ」の会場となる山形県天童市 上荻野戸地区 八幡神社と公民館

「ダイゴダイゴ」とは、社殿において神事の後、氏子、参拝者に大根と豆腐の煮物が振る舞われ、全員で一斉に「ダイゴダイゴ」と叫び声をあげ、その声が上荻野戸地区より北に位置する石倉地区まで届けば豊作間違いなしといわれる、いわば作占い、そして豊作と家内繁栄を祈願する儀式である。

廃れつつある昔からの神事・・・
そんなイメージを抱いて現地を訪れるが、なにやら結構な人数。

しきり役の方から神社脇の公民館に入るようにいわれ、中に集合。
中央に学生服姿の若者。

 私はまったくプロ野球に興味が無いので知らなかったのだが、今年のドラフト会議で広島カープに7位指名され入団が決定した、山形中央高野球部・青木陸さんがこの荻野戸在住ということで、今年の「ダイゴダイゴ」は地区役員の判断で急遽、青木選手の入団祝いと祝賀壮行会を兼ねた行事になったらしい。
 そういうわけで上荻野戸地区だけでなく、近隣の地区代表の方も招集されたらしく、例年と異なり人数が増加したらしい。
 神事の際の社殿への立ち入りは地区役員など関係者のみとされていましたが、近隣役員の方がたまたま私の実父の葬儀で大変お世話になった方だったため、社殿の中に入らせていただきました。

 通常の神事のとおり、神主の詔、玉串奉奠がつづく。

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 狭い社殿は満員

 神事の後、社殿の中の参列者に次々と小皿と箸が配られる。

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 これが本日の主役、大根と豆腐の煮物。
 煮物の皿と一緒に、縁起物の炒り豆も配布される。
 皿が配られたところで、全員起立の声がかかり、皆でいっせいに社殿奥、石倉地区の方向に向かい、

 『ダイゴ!ダイゴ!』
 と叫ぶのだ。
 そのときの様子はこちら↓

 前述のように、本日は青木選手の祝賀会も兼ねているため、他の地区からいらっしゃった方から
 「こんな行事毎年してるのかい」
 「昔っからやってるのかい」
 という声がちらほら聞かれる。
 なるほど、数百メートル離れて地区が違えば、古来から続く伝統行事もあまり知られていない様子である。

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 この「ダイゴダイゴ」の後は、あらためて青木選手とお母様が中央に座られて、青木選手の成功を祈願する神事が執り行われました。(画像中央の学生服姿が青木選手)

 「ダイゴダイゴ」は、伝承によれば山寺・立石寺を開山した慈覚大師の従者6名が移住したことにまつわる。
 この6人は荻野戸六人衆と呼ばれ、各家で氏神が祀られ、後にこの六在家、六社明神に感謝するために始まった行事といわれる。
 
 変わった名称「ダイゴダイゴ」には大きく2つのいわれがある。
 美味しい、の意味の「醍醐」、それから大根の呼び名がなまった「ダイゴ」、である。
 振る舞われる料理、特に「六人衆」に対する振る舞いの献立は、古文書をとりまとめた「干布村郷土資料」に詳しい。江戸時代からのそれを調べると、今と違い飯・汁物がついているが、豆腐・野菜を中心とした質素なものである。
 
 私が心を動かされるのは、「非常に質素にした料理にした訳は、どんなに不景気でも祭典を中止することなく実行しうるようにしたのである」(村山、2009)という背景である。

 今年は土建業繁忙のため訪問できないのだが、山形県庄内・三川町で「茄子汁・豆腐汁」という行事がある。盆と年末、子供達が町内を「なーすーじーる!」と声をかけまわり、シンプルな茄子汁(年末は豆腐汁)を人々が食べる、という行事である。 
 やはり、どんな不作の年でも行事が続けられるよう、献立は質素なものになったといういわれを聞いた。

 今、メディアではCool Japan と称し、きらびやかな日本食に外人が目の色輝かせているテレビ番組をよくみかける。
 そんな華やかな日本食で知られる日本の都市部を支えてきたのは、山形のような農村だと私は認識している。
 
 その農村部で、古来から人々のコミュニティを保つべく、いかなる不作の年でも催行可能なようにと考えられた献立。
 本日いただいた大根と豆腐は、スルメでダシをとったシンプルなものです。
 もちろん日本の文化の粋である華やかな日本料理も素晴らしいものですが、子々孫々の未来も考え、いつまでも行事が続くようにと願いが込められた質素な煮物も、素晴らしい料理ではないでしょうか。

 数百年も昔から続けられてきた伝統行事、「ダイゴダイゴ」。
 今年は、プロ野球というとても厳しい実力社会にのりだそうとする若者を送り出す行事も併せて行われました。
 それはたまたまの巡り合わせなのかもしれませんが、こんな風にして伝統行事は地域社会の中で続けられていくんでしょうね。

参考文献:
 村山正市 「六社明神「ダイゴダイゴ」の行事-その由来と賄-」 山形民俗 第23号 平成21年11月
 野口一雄 「天童再発見 人びとのくらし」 村山民俗学会 平成19年6月

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日米決戦!!贅沢は素敵だ!

日本の陸上自衛隊とアメリカ陸軍が、その誇りと面目を賭けて激突!

・・・するのが、日米両部隊の連携強化活動「YAMASAKURA(山桜)」の一環として行われる、料理コンペ「アイアン・シェフ」。あのテレビ番組「料理の鉄人」からパクったネーミングらしい・・・

Japan Self-Defense Forces and U.S. Army face off in Iron Chef-styled cooking competition  by Rocketnews24 2015.12.16

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 競技内容は、制限時間2時間以内にフルコース料理を調理し、審査員が採点するというもの。

 今年は12月5日に開催され、アメリカ陸軍が勝利した模様。

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 競技の模様はこちら↓

 私の知る自衛隊内輪話ネタでは、日米合同演習なんかの際にそれぞれの国の部隊が用意した携帯食なり食事なりを口にするわけですが、

 『あいつら、あんなにいいもん喰っていた』

 と、「隣の芝生はよく見える」状態になるらしいです(笑)

 あ、私の勤務先でかつて行われていた新人研修先が陸上自衛隊。
 後に新入社員のお守り役としても参加したので、二度ほど陸上自衛隊にはお世話になってますが、はい、その節は美味しい御飯をいただきました。

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2015年末、飽和した韓国アウトドア市場の行方

 韓国の登山学校に通ったのをきっかけに、日本より遙かに飽和したアウトドア市場の実態を眺めてきました。

 あらゆるメディアを通じて流される、芸能人を多用したアウトドア用品のCM。
 登山用としても、タウンユースとしても消費される韓国国内外メーカーのアウトドア用品。
 一部のメーカー商品を対象に、若者や学生が恐喝まがいの犯罪に走る過熱ぶり。

 日本とは異なる過熱ぶりに、韓国のアウトドア市場の行く末はある意味、「膨らみすぎたカエルの腹」を思わせ、非常に私の関心をひくものでした。
 成長率も低下しつつある韓国アウトドア市場のベクトルに関して、月刊MOUNTAIN誌12月号が興味深い記事を掲載しています。

[診断]もう単調なマーケティングの束縛から抜け出さなければならない! by 月刊MOUNTAIN2015年12月号


以下引用開始
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[診断]もう単調なマーケティングの束縛から抜け出さなければならない!
 新しいマーケティング戦略、‘ブランド ジャーナリズム’と国内アウトドア業界の現況 クォン・サンジン記者

 近年、企業のマーケティング戦略は絶えず発展して多様化した。
 伝統的な媒体を通した単純なマーケティングは少しずつ影響力を失い、インターネットやSNSなど強力な拡散性を持つ新しい媒体が登場し、これを通じた多様な方法によるマーケティングの比重が次第に高まりつつある。

 このような傾向の中で登場した「ブランド ジャーナリズム(Brand Journalism)」は影響力ある新しいマーケティング戦略と評価されている。最近脚光を浴びているブランド ジャーナリズムの正確な意味と国内アウトドア企業の活用現況を調べる。

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 最近、様々なアウトドア企業が経営難に苦しめられ倒産する事例が増加している。今、ブランドのイメージに直接的な影響を与える「ブランド ジャーナリズム」が注目されている。

 今日の消費者は賢い。
 インターネットが発達してオンライン上で情報を得ることが容易になり、これを通じて消費者は「賢いショッピング」を楽しむ。言い換えれば、伝統的な媒体(新聞·TV·ラジオ·雑誌)に掲載された『私たちの製品は良い。この製品を買え!』 という形式の、単調な広告はその効果が落ちているのだ。

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 したがって、最近の企業は単純にある製品だけを広報するのではなく、「企業自らのイメージ」を消費者に伝達する広告形態を見せている。
 これは最近のマーケティング分野の主流である「ストーリーテリング(Storytelling)」とも相通じる。 企業は自分たちの製品を直接的に広報することから抜け出し、消費者の関心を呼び起こす物語を拡散して広報効果を引き出す。これを「コンテンツ マーケティング(Content Marketing)」という。

ストーリーテリングとジャーナリズムが結びついたマーケティング戦略

 「ブランド ジャーナリズム(Brand Journalism)」は、このコンテンツ マーケティングがさらに発展した概念だ。
 ブランド ジャーナリズムは2004年当時、マクドナルドのCMO(総括マーケティング責任者)であったレリー・ライト(Larry Light)がニューヨークで開催された広告カンファレンスで初めて言及した用語で、2000年代初期に株価が暴落して危機を迎えたマクドナルドのブランド価値を再び活性化するための一つのマーケティング戦略だった。

 彼は会社を蘇生するために最優先で消費者に集中した。マクドナルドを利用する顧客の特性と生活を把握して、ブランドのアイデンティティを再確立した。結果は大成功し、彼はマクドナルドが「誰でも合理的な価格で外食を楽しむことができる幸せなところ」という認識を消費者に成功裏に植え付けさせ、ブランド価値を引き上げた。

 この経験を通じてレリー・ライトが提示したブランド ジャーナリズムは、企業の単純なマーケティング戦略でない、個人と社会に肯定的な影響を与える役割を果たさなければならないという意味である。簡単に言えば「ブランド ストーリーテリング」と「ジャーナリズム」が結びついた、新しいコンテンツ マーケティングである。

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 マクドナルドの総括マーケティング責任者であったレリー・ライトは2004年、「ブランド ジャーナリズム」という用語を初めて用いた。

 マクドナルドの成功事例以後、アメリカを含む全世界のグローバル企業はブランド ジャーナリズムに多くの関心を持ち、各自の特性に合うように利用していった。
 代表例として、コカコーラは2012年にオンライン新聞·マガジン形態のサイトである「Coca-Cola Journey(www.coca-colacompany.com)」を開設、数多くの自社製作コンテンツを掲載し始めた。 様々な食べ物·文化·スポーツ·音楽·映像などライフスタイルの全般的な部分を扱った。
 このサイトは開設されて1年もたたないうちに920万人の訪問者数と、2380万件のアクセス数を記録、ソーシャル メディアを通じて5万4千回以上にわたりコンテンツが共有され、もう一つのブランド ジャーナリズム成功事例に数えられた。

 成功した「ブランドジャーナリズム」の運営方式を見れば、収益創出を目的に置かず、専門的なコンテンツを生産して企業の信頼度を積み、社会的に意味があるキャンペーンを進めたり、ある主題に対する深みのある推察と取材を通じたコンテンツを製作して、すべてのコンテンツに制作者の名前を掲載するという点などで伝統ジャーナリズムの形式をそのままなぞっている。

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「コカコーラ ジャーニー」サイトは、成功したブランド ジャーナリズム事例とされている。


国内アウトドア市場に定着したブランド ジャーナリズム

 このようなブランド ジャーナリズム戦略の運営方法は、ただコカコーラだけでなく全世界の多くの企業に定着した。 国内企業も同じである。
 サムスン電子とLG電子、現代自動車など国内有数の企業はブランド ジャーナリズムを専門に担当する特別チーム(ニュースルーム)を構成し、専門情報を提供するオンライン チャンネルを運営している。
 これらは色々な媒体と広告代理店に報道資料を送り、ニュースを生産する方式を次第に減らし自主的に情報を生産する方式を採択している。

 1990年代末に形成された国内アウトドア市場は、登山人口の増加で2000年代後半を基点に急成長し、2013年には6兆ウォン台を突破するなど絶頂期を成し遂げた。 だが、それにより市場はやはり飽和し、2年前からは成長率が急激な下落傾向を見せ始めた。
 このような現象が長期化すると、急速にアウトドア企業は経営難に陥り、ついに最近では倒産する企業も一つ二つと増えている。

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過去6年間の国内アウトドア市場の成長率と売上額 (出典:サムスンファッション研究所)

 このような状況で、国内アウトドア企業には新しいマーケティング戦略が必要となり、多数の業者がブランド ジャーナリズムに目を向けた。
 ネパはブランド ジャーナリズムの核心であるニュースルームを創設して、自主的に自社の情報を消費者に知らせている。 同社は「Move Now(アウトドアから自由に自然を楽しめ)」 や 「暖かい世の中(私たちの社会を暖かくした美談の主人公に感謝の気持ちを示す」 などのキャンペーンを進め、消費者に明るくて暖かい企業イメージを植え付けている。 このような広報はネパのメディアセンター(ホームページ)と各SNSチャネル(フェイスブック、ブログ、インスタグラム、ユーチューブ、カカオストーリー、ツイッター)によって速く伝えられる。

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ネパは社会における美談の主人公に感謝の気持ちを伝える「暖かい世の中」キャンペーンを広げて企業イメージを構築している。

 ブラックヤクはブランド アイデンティティ確立に最も精魂を込める業者だ。設立(1973年)初期から今まで欠かさず「ヒマラヤ」という文言を使って彼らの挑戦精神を強調している。
 2013年からは正しいアウトドア文化形成と情報提供のためのアウトドア専門家(シェルパ)を募集して、体験·教育プログラムを進め、最近ではアウトドア総合情報サイトである「マウンテンブック(www.mountainbook.co.kr)」を開設し、利用者各自のアウトドア経験を互いに共有する環境を作るなど「アウトドアのポータル化」に力を注いでいる。

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ブラックヤクはアウトドアのポータルサイト「マウンテンブック」を運営している。

 ノースフェイスは、オンライン チャンネルを通したコンテンツ マーケティングに集中している。
 特に昨年9月にはユーチューブ チャンネルを通じてアウトドア活動を奨励する内容の「再び、探険の中に」という映像を公開したが、この映像は現在(2015.11.22現在)まで何と1230万を越えるアクセス数を記録して大きな反響を呼び起こした。
  また、先月に公開された「マクマード南極探険」映像は一ヶ月ぶりに430万のアクセス数を記録してユーチューブ チャネル マーケティングの強みを継続している。これを通じてノースフェイスは若年層の大きい反応を得て「挑戦精神」旺盛なブランドイメージを強烈に残した。

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ノースフェイスのコンテンツ マーケティングの一つであるユーチューブ映像は1230万を越えるアクセス数を記録した。

 コーロンスポーツは「アンタークティカ、ペンギン飛ぶ」というストーリーテリング マーケティングをリリースした。
 オン・オフラインで同時に進行されるこのキャンペーンは、南極の象徴であるペンギンに対する関心と親しみを高めるために企画されたもので、11月14日に始まって以降22日までオンラインだけで1000人を越える人々が参加するなど、熱い関心を集めている。 この他にもミレー、トランゴ、ブラックダイヤモンド、K2、慧超旅行社など、多様なアウトドア業者がオンライン チャンネルを通じてコンテンツ マーケティングを広げ、市場での位置を守っている。

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コーロンスポツは最近「アンタークティカ、ペンギン飛ぶ」というストーリーテリング マーケティングを広げて自然に親しむイメージを伝達している。

 だが、現在の国内アウトドア企業は海外の先進企業に比べ、ブランド ジャーナリズムを容易に適用できずにいるのが現実だ。
 劣悪な市場環境で財政が不安になり、ブランド ジャーナリズムで強調される専門的で客観的な情報よりも、企業中心の情報伝達に汲々とするためだ。
 それでもマーケティングの側面においてストーリーテリングの重要性はますます大きくなっており、その延長線上にあるブランド ジャーナリズムもやはり国内アウトドア業界で次第に拡張され、成長していくと予想される。

 もう企業自らが単調なマーケティングの束縛から抜け出さなければならない時期であることが明らかである。

クォン・サンジン記者 dhunhil@emountain.co.kr

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以上引用おわり

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チベット自治区ラサに、あの店が出店

超ウルトラスーパー久々にチベットネタ。

チベット自治区ラサに、ついにケンタッキーが出店の模様です。

Tibet to get first KFC next year, amid China expansion by REUTERS 2015.12.9

チベットに初の「KFC」誕生へ 10年前にはダライ・ラマ氏による「圧力」も by サーチナ2015.12.11

 KFCのチベット侵攻・・もとい進出は2004年に一度計画されました。
 上記リンク記事によれば、当時はダライ・ラマ猊下が反対の意向を示し、KFC側が「採算が取れない」という名目で再進出の可能性を残し巧みに退き、今回あらためてチベット進出を図ったものです。

Kfc
Photo by REUTERS

 今回KFCが再進出を図った理由として、2004年当時に比べてラサの経済事情も様変わりしたこと、China Dailyなど中国系メディアはチベット自治区のGDP上昇を報じています。

 私の個人的な意見としては、チベットを訪れる漢民族の富俗層が狙いなんでじゃないでしょうか。
 ラサ在住のチベット人の声として「ピザは好きだがフライドチキンや他のファストフードはあんまり好きじゃない」という声を載せた報道もあります。
 
 KFCチベット自治区ラサ支店のオープンは来年早々を予定とのこと。

当ブログの関連記事

ついにあの国にKFCとピザハットが進出 by 当ブログ2009.10.9

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2015年ピオレドール・ロシア、クリスタルピーク、スチール・エンジェル賞発表

ロシア山岳界の3大アワードである、

「ピオレドール・ロシア」(ロシア山岳連盟主催)
「クリスタル・ピーク」(ロシアの山岳雑誌主催、クライミング、アウトドア、社会事業、ベストハイクの4部門がある)
「スチール・エンジェル」(ロシア山岳連盟主催、旧ソ連圏の女性クライマーによる成果を対象とする)

の選考結果が去る12月5日、モスクワ博物館を会場に発表イベントが行われました。

選考の結果は次の通りです。

【2015年ピオレドール・ロシア】

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中国・キルギス国境の天山山脈に位置する『白髪の衛兵』峰(5481m)東バットレス『第9の波』ルートを初登した、セルゲイ・ニーロフ、ドミトリー・ゴロフチェンコ、ドミトリー・グリゴリエフの3名が選ばれました。

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会場で「金のピッケル」を手にするドミトリー・グリゴリエフ、ドミトリー・ゴロフチェンコ


【2015年クリスタル・ピーク賞クライミング部門】

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 ネパール・ヒマラヤ、タルン峰(7429m)北西バットレスを初登したウクライナ隊(ニキータ・バラバノフ、ミハイル・フォーミン)に決定しました。
 一般投票でも6割を占める、ぶっちぎりの支持を得ての決定です。

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クリスタル・ピーク賞トロフィーを手にするニキータ・バラバノフ、ミハイル・フォーミン。
なおウクライナ本国のアワード、「ゴールデンピーク賞」も受賞しています。


【2015年スチール・エンジェル賞】

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ブローク峰(5239m キルギスタン カラフシン渓谷) 西壁Gun'koルートを登攀した、マリーナ・ポポーワ、オレシャ・バブシュクナ、ユリヤ・バブーソワ、アレクサンドラ・メントフスカヤに決定しました。

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本年のスチール・エンジェル賞は代理者が受賞。


 彼女達の登攀の模様は、オレシャ・バブシュクナがyoutubeにアップしています。
 最近流行のプロ級の動画と違い、素人っぽい記録動画がかえってビッグウォールの迫力を感じさせます。

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アワード発表会場となったモスクワ博物館会場の様子。

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広大なロシア各地を対象とした賞だけに、巨大な地図にノミネーターらの写真が貼られ、活動地を示しています。

ピオレドール・アジアに続き、ピオレドール・ロシアも今年はデモ動画を公開しています。
内容は今までの受賞者・山域を簡単に紹介した内容となっています↓

 さて、2008年から継続してピオレドール・ロシアはじめロシア登山界のアワードをウォッチしてきましたが、アメリカと西ヨーロッパ偏重の日本の山岳メディアに接しているとどうにも「隔靴掻痒」の感がまぬがれません。
 今回は、ロシアの山岳月刊誌編集長であり山岳ジャーナリストのイリーナ・ドミトレンコ女史にコンタクトをとり、今年の3大アワードに関する「一言コメント」を頂戴しました。

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クリスタルピーク賞授賞式で司会を務めるイリーナ・ドミトレンコ女史(中央)

『ネパール大地震の影響を私たちも受けていましたが、登山に関してはとにかく前向きであったと思います。私たちはキルギスの山域に非常に親しんでおり、今年のロシアのクライマーの多くはそこに集中したようです。もちろん、そればかりではありませんよ。』

イリーナ・ドミトレンコ女史からは以上の一言コメントを頂戴しました。

Thank you for your comment and kindness, Ms Elena Dmitrenko !!

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地球温暖化だから何なんですか? (棒読み)

もう一度書きます。

地球温暖化だからって何なんですか?(棒読み)
とゆーわけで、こちらの動画をご覧下され↓

アウディのクワトロといえば、スキージャンプ台をぴゅーっと登ってくCMが強烈だったんですが・・・

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【訃報】The North Face創始者のダグラス・トンプキンス氏死去 (2015.12.10 訂正)

 既に日本のメディアも報じていますが、ノースフェイスの創始者であるダグラス・トンプキンス氏がカヤック事故で亡くなりました。72歳でした。

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North Face co-founder turned ‘eco baron’ Douglas Tompkins is killed in Chile kayaking accident by The Washington Post 2015.12.9

 12月8日、南米チリ・パタゴニアの湖で仲間4名とともにカヤックで航行中に悪天のため転覆、当日に救出・最寄りの病院にヘリ搬送されたものの、既に意識がなく無呼吸状態で、重度の低体温症により死亡と伝えられています。

 アウトドア愛好家や山屋の皆様には既にご承知の通り、~最近の若い方には映画『180°SOUTH』の方がおなじみかもしれません~ シュイナードと共にフィッツロイ登攀などを果たしたクライマーで、後にノースフェイス社を立ち上げました。
 69年には映画製作のため同社を売却、その後はファッション業界に身を投じ、ブランド「エスプリ」を立ち上げ成功、89年には日本の出版社・朗文堂からデザイン関連書『ESPRIT: The Comprehensive Design Principle』を出版しています。 その生涯の多くの時間は、環境保護に捧げられました。

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 フイッツロイ登攀中のダグラス・トンプキンス(1968) シュイナードの著書『Climibng Ice』掲載の写真で、このでっかいサングラスが強烈に印象に残ってました。

 ちなみに私、過去の高所登山ではその信頼性からノースフェイスのウェアを愛用してます。
 その最期の瞬間まで大自然に身を投じていた、偉大な先達の死に哀悼の意を表します。

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2015.12.10
 当初「(ノースフェイス社を)育て上げた」という表現を用いましたが、私の早とちりでございます。
 コメント欄に「69年には売却」というご指摘をいただき、あらためて調べ直した記事に書き換えました。

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【吉報】 キム・ジャインちゃん結婚決まる 【朗報】

私的2015年クライミング界最大の話題はこれで決まりだ!

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「クライミングクイーン」キム・ジャイン、消防署員と12月12日に結婚 by 中央日報(韓国語版) 2015.12.01

以下記事引用開始
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画像提供:オール・ザット・スポーツ

「クライミング・クイーン」キム・ジャイン(27歳、スパイダー・コリア)が来る12月12日、百年佳約を結ぶ。
(訳者注 : 百年佳約とは、韓国語で「夫婦が一生を共にすることを誓う美しい約束」を意味する)

 キム・ジャインのマネジメント会社であるオール・ザット・スポーツは1日、「キム・ジャインが12月12日、ソウル汝矣島グラッドホテルで、家族や友人、知人などを迎えて結婚式を挙げる予定」と明らかにした。
 新郎は2013年から3年余りの間交際していた、同い年の消防署員である。オール・ザット・スポーツは、「海外での大会出場が多いクライミング選手と、非常時待機と緊急出動が頻繁な消防署の公務員だが、二人は時間を割いてはデートを続けてきた。二人は普段から互いの仕事に対する尊重と愛情が格別だ」と伝えた。

 キム・ジャインは、「結婚には早い年齢かもしれませんが、競技生活を送りながら多くの力になってくれる本当に良い人に会って、迷わず結婚を決めました。今後は一人ではなく、素晴らしい配偶者と一緒に、より幸せにクライミングをすることができるようで嬉しい」と心境を話した。

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以上引用おわり

 私生活も充実してますますのご活躍を期待しています。
 결혼 축하합니다!

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狼の残像

マラソンで訪れた宮城県岩沼。
大正時代、岩沼に住むマグロ漁師、網元達が資金を出し合って鳥居を奉納したのが、かつて存在した「山津見神社 槻木遙拝所」。

福島・宮城から岩手にかけての太平洋沿岸では、ニホンオオカミが信仰されていたのだ。

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宮城県柴田町・槻木遙拝所に奉納されていた、3頭の狼を描いた絵馬 (現在は村田町歴史みらい館所蔵のものを筆者撮影)

 山岳信仰に詳しい方はご存じのように、関東地方、特に秩父の三峯神社や青梅の御嶽神社などは狼を御眷属としており、東北の福島・宮城・岩手の太平洋側で崇拝されている狼信仰は、これら関東の神社から伝わったものといわれる。

 従来、宮城県丸森町で犬または狐と思われていた木像が、郷土史研究家の石黒伸一朗氏により、実は日本では数少ない「ニホンオオカミ」の木像と判明した。

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宮城県丸森町 青葉山神社に祀られている狼像(2号像)

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宮城県丸森町 佐野山神社に祀られている狼像
※いずれも、村田町歴史みらい館での展示会で許可の下、筆者が撮影したもの

そして東北の狼信仰の中心的存在だったのが、福島県飯舘村の山津見神社である。残念ながら、震災後の平成25年4月1日、火事で本殿とともに貴重な狼が多数描かれていた天井画も焼失してしまった。

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かつての山津見神社を飾っていた狼の天井画

 狼は火難避け・盗難よけ・害獣避けとして御札が重宝されたり、仕事の安全祈願、祈願成就として崇拝を集めていた。

 その狼崇拝の痕跡は見事に東北の太平洋側に集中している。
 私の住む山形では、ニホンオオカミは害獣として知られてきた。
 あの戸川幸夫の名作『高安犬物語』でも、蔵王連峰・竜山の麓に「山犬」としてその悪さぶりが記載されている。
 近年、古文書で確認された山形での被害は次のような事例が記録されている。

 元禄15年(1702年)5月 現・上山市金谷で6歳の女子が喉を喰われ、蔵王上野で11歳、9歳の男子が喰われた。
 享保19年(1734年)8月 現・山形市柏倉で子供が喰われ、鉄砲を手配。
 元文元年(1736年)9月 12歳男子が襲われ、牙の痕跡を確認、医師の治療を受ける。
 元文4年(1739年)7月 上山・山形の境で狼と遭遇、これを斬り殺す。
 史料『年寄部屋日記書抜』より

 見事なまでに狼信仰の痕跡が太平洋側に集中していることから、奥羽山脈をへだてて
 太平洋側・・・狼は神
 日本海側・・・狼は害獣
 という対立構造を勝手に想像したのだが、実際は違うようだ。

 市村(2015)によれば、山形市の蔵王山麓・宝沢集落では昔から福島県飯舘村の山津見神社に参拝しており、震災後は御札を郵送してもらっているほどに敬っている存在である。参拝は山仕事の安全祈願、家内安全を祈るものである。

 太平洋側では漁師達がこぞって大漁と航海の無事を願い、奥羽山脈を越えた山形の地でも、人身に被害をもたらしてもなお神としてあがめられていたニホンオオカミ。
 明治38年に捕獲された個体を最後に絶滅したといわれるニホンオオカミは、ここ東北では朽ちかけながらも、山奥の神社の木像として、土蔵の御札として、ひっそりと生き続けていたのだ。

参考文献資料
石黒伸一朗 「宮城南部の狼信仰」 東北民俗第48号 平成26年6月
石黒伸一朗 「柴田町の山津見神社槻木遙拝所 -山と海をつなぐ狼の信仰- 」 仙台郷土研究 復刊第40巻第1号 平成27年6月
村田町歴史みらい館企画展『オオカミ現る 東北南部の狼信仰』配付資料
市村幸夫「堀田氏時代のニホンオオカミ」 村山民俗学会 第289号 平成27年11月1日号

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岩沼、再訪。

日曜、宮城県岩沼市へ。
第24回いわぬまエアポートマラソンの10km部門に出場。

岩沼を訪れるのは、2011年4月以来

震災から4年、市民ランナーとして戻ってきた。
指定された駐車場は、まだ数多く残る仮設住宅の駐車場を借用しての催行である。

P1
ゼッケンは333。
悪魔の数字か、吉兆の数か?

実は先週から、右顔面に謎の吹き出物が発生。
あまりに異常な腫れ方なので皮膚科を訪れたところ、ヘルペスではなさそうだが、なにか雑菌に感染しているらしいとのことで点滴を受け、抗生物質の軟膏と錠剤を処方される。
抗生物質を服用しながら、仕事のため大型トラックで山形から埼玉・東京を往復。
山形に帰着後、すくに数十年ぶりに会う高校山岳部の飲み会に出席。

タイトなスケジュールと疲労でカミさんに心配されるが、彼女はまだ理解してないらしい。

Terminator
立正大学山岳部のT-800たる私に「DNS」(スタート前棄権)の三文字は無い。

というわけで、前夜まで抗生物質を服用してレースに臨む。
いわぬまエアポートマラソンは10kmがメインのロードレースだが、5kmで35分経過していると足切(バスに収容され強制送還)となる、割合にガチなマラソン大会。
どうにかこうにか足切タイム数分前に5kmを通過し、無事完走。

津波に耐えた松林を眺めながら、冷たい強風の中、岩沼の町外れを走りきる。
名物のホットレモンを飲み干し、参加賞の「フジパン」黒コッペパンが消耗した身体に美味い。
レース後はすぐに山形に引き返し、少しの休息の後、某教育系講演会&シンポジウムを聴講。
全力疾走の休日がおわり、明日からまた現場作業の日々です。

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