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狼の残像

マラソンで訪れた宮城県岩沼。
大正時代、岩沼に住むマグロ漁師、網元達が資金を出し合って鳥居を奉納したのが、かつて存在した「山津見神社 槻木遙拝所」。

福島・宮城から岩手にかけての太平洋沿岸では、ニホンオオカミが信仰されていたのだ。

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宮城県柴田町・槻木遙拝所に奉納されていた、3頭の狼を描いた絵馬 (現在は村田町歴史みらい館所蔵のものを筆者撮影)

 山岳信仰に詳しい方はご存じのように、関東地方、特に秩父の三峯神社や青梅の御嶽神社などは狼を御眷属としており、東北の福島・宮城・岩手の太平洋側で崇拝されている狼信仰は、これら関東の神社から伝わったものといわれる。

 従来、宮城県丸森町で犬または狐と思われていた木像が、郷土史研究家の石黒伸一朗氏により、実は日本では数少ない「ニホンオオカミ」の木像と判明した。

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宮城県丸森町 青葉山神社に祀られている狼像(2号像)

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宮城県丸森町 佐野山神社に祀られている狼像
※いずれも、村田町歴史みらい館での展示会で許可の下、筆者が撮影したもの

そして東北の狼信仰の中心的存在だったのが、福島県飯舘村の山津見神社である。残念ながら、震災後の平成25年4月1日、火事で本殿とともに貴重な狼が多数描かれていた天井画も焼失してしまった。

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かつての山津見神社を飾っていた狼の天井画

 狼は火難避け・盗難よけ・害獣避けとして御札が重宝されたり、仕事の安全祈願、祈願成就として崇拝を集めていた。

 その狼崇拝の痕跡は見事に東北の太平洋側に集中している。
 私の住む山形では、ニホンオオカミは害獣として知られてきた。
 あの戸川幸夫の名作『高安犬物語』でも、蔵王連峰・竜山の麓に「山犬」としてその悪さぶりが記載されている。
 近年、古文書で確認された山形での被害は次のような事例が記録されている。

 元禄15年(1702年)5月 現・上山市金谷で6歳の女子が喉を喰われ、蔵王上野で11歳、9歳の男子が喰われた。
 享保19年(1734年)8月 現・山形市柏倉で子供が喰われ、鉄砲を手配。
 元文元年(1736年)9月 12歳男子が襲われ、牙の痕跡を確認、医師の治療を受ける。
 元文4年(1739年)7月 上山・山形の境で狼と遭遇、これを斬り殺す。
 史料『年寄部屋日記書抜』より

 見事なまでに狼信仰の痕跡が太平洋側に集中していることから、奥羽山脈をへだてて
 太平洋側・・・狼は神
 日本海側・・・狼は害獣
 という対立構造を勝手に想像したのだが、実際は違うようだ。

 市村(2015)によれば、山形市の蔵王山麓・宝沢集落では昔から福島県飯舘村の山津見神社に参拝しており、震災後は御札を郵送してもらっているほどに敬っている存在である。参拝は山仕事の安全祈願、家内安全を祈るものである。

 太平洋側では漁師達がこぞって大漁と航海の無事を願い、奥羽山脈を越えた山形の地でも、人身に被害をもたらしてもなお神としてあがめられていたニホンオオカミ。
 明治38年に捕獲された個体を最後に絶滅したといわれるニホンオオカミは、ここ東北では朽ちかけながらも、山奥の神社の木像として、土蔵の御札として、ひっそりと生き続けていたのだ。

参考文献資料
石黒伸一朗 「宮城南部の狼信仰」 東北民俗第48号 平成26年6月
石黒伸一朗 「柴田町の山津見神社槻木遙拝所 -山と海をつなぐ狼の信仰- 」 仙台郷土研究 復刊第40巻第1号 平成27年6月
村田町歴史みらい館企画展『オオカミ現る 東北南部の狼信仰』配付資料
市村幸夫「堀田氏時代のニホンオオカミ」 村山民俗学会 第289号 平成27年11月1日号

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