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雪崩事故防止講習会 スタッフ日記 2日目

疲れていようが、スタッフとして迷おうが、朝はやってくる。

ポレポレファームで朝食後、再び弓張平パークプラザに皆で移動。

昨日、ゾンデ棒が凍結で折りたためなくなった方がいたので、弓張平パークプラザの乾燥室に置いてもらっていた。

そのゾンデ棒が気になっていたので乾燥室を訪れると、既に持ち主の参加者の方が自力で折りたためていたようで一安心。

二日目の朝一で、北村山公立病院の國本医師から、医師としての立場からの雪崩対応、低体温症に関する講義を受講。その後、実際の救助の現場を踏まえて消防署員の笹原氏からの講義。

 そして午前から昼をはさんで、各班に分かれ、雪崩現場・埋没事故を想定したセルフレスキューの実習。

 私はスタッフとして、月山朝日ガイド協会会長の奥山さんと共に雪崩想定地域の設定、ペナント設置、雪崩現場の設定、ダミー人形の埋め込み等々・・・
 参加者達は
 「6~7名でスノーシュートレッキング中、雪崩事故発生。1名が埋まったので、捜索・掘り出しを行う」
 という設定で実習。

 その間、奥山さんがストップウォッチを持ち、私はひたすら参加者皆さんの動向を記録。
 ビーコンサーチ開始、プロービング開始、だけでなく参加者各人がどんな声掛けをしていたか等々細かく記録する。
 終了した後は、私の記録を発表、参加者全員で感想意見を述べ合う。
 以上を繰り返す。
 ブログ用の画像を撮影する時間など、無い。
 2回目からは2人が埋没していると想定してダミー人形を2体埋め、再び実習。
 回数を重ねていく毎に、参加者皆さん個人個人がどのように動けばよいか、自身で把握していくのだろう、目に見えて捜索時間が短縮されていく。

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 レスキュー実習の後、初心者の方も多いのであらためてプローブの使い方の説明を受ける。
 それから、消防署員の笹原氏を講師に、実際の遭難者搬送についてデモンストレーション。

 ガイドの師匠から
 「大滝くん、ちょっとここ寝てみてよ」
 「え?オレですか?」
 というわけで、C班をリードしなければならない割に無口な私、最後は雪中から掘り出されて搬送される遭難者役と、最後まで無口で通しますよ、はいはい。

 屋外での実習が終わり、参加者皆さんが各班で「想定」雪崩現場とダミー人形と一緒に記念撮影。
 その間、私はセルフレスキューに使用した様々な用具片付けに着手。
 背後から
 「大滝さん!こっち入って!」
 と記念撮影に入るよう促される。
 C班の皆さん、ありがとう。皆さんの学習意欲に、私も強く刺激される二日間でした。

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 雪崩講習というとやたら熱く語る爺が多いので話を避けてきたのだが。
 2010年、蔵王で発生した雪崩死亡事故に関して現場調査に同行した際、現実の死亡事故現場で巨大なデブリ群に足を踏み入れ、あらためて自然の猛威と無力さを痛感した私。 
 その衝撃は大きく、「雪崩講習に参加する意味があるのか」と感じる程の衝撃だった。

 それから6年が経過。
 ビーコンの性能も、プロービングのやり方も、事故者の掘り出し方もガラリと変わった現在。
 このまま立ち止まってていいのか? スタッフとして能力低かろうが「登山を通じて社会に貢献したい」という俺の想いはどこにいったんだ?
 と言い聞かせてスタッフとしての二日間。
 黒子としての下働きする合間をぬって、講師の皆さんや他のガイドがどんな指導を行い、どんな風にリードしているのか盗まなくてはならない。

 講習全日程が終了後、仙台方面の高速バスに乗る参加者お二人をバス停にお送りしてから帰宅。
 帰路の車中は、気を静めるためにエンヤの楽曲をエンドレスで聴く。
 明日からまた、現場作業員の日々に戻る。

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雪崩事故防止講習会 スタッフ日記 1日目

金曜午後、出張先の長野から車を走らせ帰宅。
準備していた装備にさらに必要なモノを加え、短い睡眠をとる。

土曜。
月山・弓張平で開催される、月山朝日ガイド協会主催の雪崩事故防止講習会にスタッフとして参加。
念のため明記しておくが、スタッフと言っても私が雪崩に精通しているからではなく、例年運営メンバーとして活躍している2名が都合により参加できず、急遽私にガイド協会事務局からお声がかかったもの。

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1日目の午前は座学。
新庄にある防災研の小杉先生から雪氷と雪崩の基礎から学習。

午後からは
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屋外での積雪断面観測。 
その後、ビーコンを使用した捜索練習。

屋外実習はABCDの4班に分かれ、私はC班のスタッフとして活動。
もう私の雪崩講習に関する知識も古かったり忘却の彼方のため、講習進行はガイドの師匠に切り盛りしてもらい、私はひたすら捜索ダミー用のビーコンを埋めたり下働きに徹する。

今年の参加者は登山初心者が多い。
女性参加者から、「ゾンデってなんですか?」と質問を受け、ハッとする。適当に言い回している道具の名前も、慎重に言わなければ、と考えさせられる。

夕刻、本日の講習は終わり、宿であるポレポレファームに皆で移動。
事務局から部屋割りが徹底されてないらしく、コテージを廻ってみると男性参加者の皆さんが「ここでいいんですかね」と不安げな様子。
空気を読み、吹雪の中を歩いて本館で部屋割りを確認。
またまた吹雪の中を歩いていき、参加者の皆さんにこのコテージで宿泊ですとアナウンスする。

スタッフ関係者が泊まる別棟に入ると、「スタッフとしてこれでいいの?目配り心配り足りねんじゃね?」という精神的疲労と、昨日までの長野出張の疲れも少し残っているのか、椅子に座ってひたすら休憩。

夕食後、C班の皆さんと明日のセルフレスキュートレーニングのミーティングを行う。
その後会場は懇親会に突入した模様だが、私は少し休みたくて別棟に向かう。

たまたま月山朝日ガイド協会事務局長であり、私のブナ林ガイドの師匠でもある横山さんも別棟にいらっしゃったので、2人で積もる話を交わす。

 夜、疲れて泥のように眠り込む。

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ちょいと

本日から短期ですが、長野県某所に滞在。
長野といっても、冬山登山初心者のクライアントを連れて・・・・

ではなく、毎年恒例、「さすらいの現場作業員生活」の始まりでござんす。

異常なまでの暖冬の山形、そして日差し強い北関東道のイメージ↓
Beach

関越道から上信道に入り、妙義山を越えたとたん、

Eiger
映画『アイガー北壁』なみの極寒。
まだ日没前で日が当たるのに、素手をさらしているとジンジン痛んでくる寒さ。

しばらく世のため人のため、現場作業に邁進するのでブログ更新またまたテキトーになります。

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鳥追い (山形市 古館地区 2016年1月10日)

1月10日、日曜。
山形市の古館地区で行われる「鳥追い」を見学させていただく。

「鳥追い」とは害鳥を田畑から追い払う行為を模した行事で、子供達が「鳥追い」歌を歌い、地区を練り歩き、無病息災・厄除け・豊作を祈る小正月の行事である。
ウェブを検索すれば、日本全国各地で行われていることがわかる。

しかし、ここ山形県では少子化の影響が大きい。
昭和時代の民俗学文献では山形各地で行われていた「鳥追い」の行事も、子供達の行事として行われているのはここ山形市古館地区のみといわれている。 同じ山形県内・最上地方の赤倉で「鳥追い」行事が行われているが、こちらは勇壮な若者たちの「祭り」として継続されている。 

 村山民俗学会会報によれば「鳥追い」行事は山形県内では古館地区のみとされているが、寒河江市平塩の「御塞神祭」のように「鳥追い」が他の行事に吸収されている例がある。

 「アマハゲ」で知られる山形県遊佐町でも、鳥追いとして各家庭の井戸の周りを子供達が唄い廻る、という鳥追い行事が存在していたのだが、上水道が発達し、少子化の現在は残念ながら途絶している。
 いずれせよ、山形県県内で子供達の行事としての姿を残した「鳥追い」行事は古館地区のみとみられる。

 16時、古館地区の古館集会所へ。
 この行事が行われる日は雪が降るといわれるが、今年は暖冬、冷たい雨。
 子供達をもてなすためであろう、集会所前のタープテント下にはちゃんとしたポップコーンメーカー、コンニャク田楽が用意されており、訪ねてきた子供達にふるまわれる。
 よそ者の私も集会所の入り口をウロウロしていると、「どうぞ食べて下さい」と暖かい豚汁、甘酒をごちそうになる。
 「どうぞ暖かい中に入ってください」
 と言われ、集会所中へ。
 17時前、地区の人々、子供達みんながあつまったところで、「鳥追い歌」の練習が始まる。
 まわりの会話を聞いていると、誰も「鳥追い」とは言わない。
 「ホッツラホーおわってから御飯なの?」
 「ホッツラホーこれからだが?」
 と、「ホッツラホー」と呼ばれている。

P1
 出発前、皆が集まったところで「鳥追い歌」の練習。
 本日は雨のため、集会所内で行われた。
 
 鳥追い歌の歌詞は次のとおり。
 (歌詞は練習時に配布されたプリントからの引用)
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ホッツラホーホー
ホッツラホーのてでは
何経(なんぎょう)読む、心経(しんぎょう)読む
ツッポツッポ竹の子
綾錦(あやにしき)つんばくら
つんばくらの羽根は
一けん間(ま)さ、たんねとで
二けん間(ま)さ、開いた、開いた
ヤーホイ (実際はジャーホイに聞こえる)
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17時過ぎ、「鳥追い歌」を歌いながら古館集会所を出発。

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地区の辻(三叉路、十字路)では立ち止まり、鐘と太鼓を3回鳴らし、恵方に向かって「ホーッ」と叫ぶ。
地区の方が説明して下さったように、ホーッという叫び声は害鳥を追い払う姿を模したものである。

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 最初は練習を兼ねて大人と子供が混在して練り歩き、途中から子供を中心にしたグループを先頭に組み直し、集落の奥へと進んでいった。

 正月行事として、地区の人々が寄り集う。
 年配の方々が集まってくる子供達をみて「あー大きくなったねー」という風景。 「まあまあ御神酒どうぞ」と男達が紙コップで酒を交わす風景。
 少子化と言われる今、昔から続く人々の絆を固める行事を少しだけ覗かせていただいた夜でした。


 0~33秒 出発前、古館集会所内での練習風景
 33~50秒 「鳥追い」歌を歌いながら地区内をまわる
 50~1分3秒 辻(三叉路、十字路)にさしかかると、鐘と太鼓を鳴らし「ホーッ」と叫ぶ。害鳥を追い払う姿を模したものである。

参考文献
 市村幸夫 「古館の「鳥追い」行事」 村山民俗学会会報 第232号 2011年2月
 山形市史別巻 2 生活文化編

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ワルテル・ボナッティ中学校

イタリアの片隅から発信された報道。

あのワルテル・ボナッティ氏の名前がイタリアの中学校に命名されることになりました。

Monza, la scuola media di via Poliziano ha un nome: intitolata a Walter Bonatti by Ilcittadinomb 2015.12.22

 イタリアのモンツァ(Monza)に開校する中学校の名前について、地域住民、学校関係者、保護者、そして生徒自身が5人の候補から投票で選択することになりました。
 この5人の候補とは、

 イラリア・アルピ(Ilaria Alpi) ジャーナリスト、ソマリアの不法廃棄物に関して取材、1994年に33歳にて暗殺される。
 ロサリオ・リバティーノ(Rosario Livatino) 裁判官、1990年38歳にてマフィアに暗殺される。後に法王パウロⅡ世から「殉教者」と呼ばれる。
 アルダ・メリーニ(Alda Merini) 詩人、イタリアで最も偉大な現代詩人と呼ばれノーベル文学賞候補にもなる。2009年没。
 リータ・レーヴィ=モンタルチーニ(Rita Levi-Montalcini) 神経学者、1986年にノーベル医学・生理学賞受賞。2012年没。
 そして、登山家ワルテル・ボナッティという5人の候補です。

 ちなみにモンツァという街は、ワルテル・ボナッティ氏がまだ登山を始める前、体操競技で身体を鍛えていた幼少時に通った学校があった街です。

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 12月12日、中学校で開催された候補者に関する説明会(Photo by Fabrizio Radaelli)

 12月21日・月曜に投票が行われ、翌22日に開票結果発表・校名命名の式典が開催されました。
 投票の結果、校名として選ばれたのは、『ワルテル・ボナッティ』です。

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 12月22日に開催された校名命名の式典の様子(Photo by Fabrizio Radaelli)

 この報道で強調しておきたいのは、この決定が山岳関係者ではなく学校関係者、保護者、そしてなにより子供達の投票の結果であることです。
 ワルテル・ボナッティ氏が生前に示した山への情熱、忠誠、愛、自己犠牲が評価されました。

 なおボナッティ氏以外の4名の御名前は、ノーベル賞受賞のモンタルチーニは理科室、裁判官だったリバティーノは会議室、ジャーナリストのアルピの名はパソコン室など、ふさわしい教室に名前が送られました。

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 昨年、某SNSでワルテル・ボナッティ氏がある日本人登山家に送った私信を拝読する機会がありました。
 それは幾多の山仲間を失ったボナッティ氏だからこその、岳友を気遣う暖かい心あふれる内容だったのです。
 伝記本や山岳ジャーナリストが書いた記事では絶対にうかがい知れない、人間ボナッティの姿が読み取れる文章でした。

 『登山が社会に認知される』って、どんなことだろう、と私は山岳部員だった頃から考えつづけてきました。
 登山人口が増えることなのか?
 オリンピックに競技として認められることなのか?
 テレビやメディアに頻繁に取り上げられることなのか?

 山岳関係者でもない普通の人々、そして子供達からも尊敬され、学校の名前として人々が掲げたワルテル・ボナッティ氏。
 その功績と足跡に関しては諸先輩方が詳しいのでここに書き連ねることはしませんが、死後もなお歳月を経て学校の名前に選ばれるその人生に、私の疑問に対するヒントがあるのだと思っています。

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2016年 明けましておめでとうございます

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2016年 明けましておめでとうございます。

山や自然を愛する皆様方にとって、安全で良い年になりますように。

日々多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。

毎年年頭に書いてますが、当ブログは山岳部OBに酒の席で語るネタの雰囲気で適当に書き散らしているブログです。たまに暴走しますので御容赦下さい。

出張の多い部署で勤務してますので、意識して各地の民俗・風土に関わるネタを増やしてます。

なにはともあれ、今年も皆様にとってより良き年でありますように。

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