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『MOUNTAINS IN MY HEART』 ~先鋭登山家の喜怒哀楽~

Gerlinde ガリンダ・カルテンブルナー(GERLINDE KALTENBRUNNER ゲルリンデ・カールセンブラウナー)、カリン・シュタインバッハ共著『MOUNTAINS IN MY HEART』を読む。
この本はオーストリア人女性登山家であるガリンダ・カルテンブルナーが8000m峰14座無酸素登頂を果たすまでの道程を、カリン・シュタインバッハによる70時間以上におよぶインタビューをベースに、ガリンダの自叙伝という形式でまとめられた本である。

 ガリンダの高所登山の出発点は、1994年のブロードピーク遠征。当時の遠征はいわば「古き良き時代」の遠征隊で、面倒な登山許可取得から隊費捻出のため登山隊Tシャツを売るという活動をこなしながらの登山である。
 この登山ではガリンダは前衛峰(8027m)が最高到達点なのだが、「8000m」を超えた喜びに満ちた登山となった。

 そう、ガリンダの高所登山の始まりは「死の地帯」への恐れはみじんも無く、「楽しさ」と「喜び」に満ちあふれている。
 読み進めるうちに、ガリンダの盟友である竹内洋岳君に想いを巡らせた。
 私は竹内君とは初期の8000m峰2座の登山を共にしただけであり、幾つもの困難な峰、困難なルートを共にしたガリンダと竹内君が過ごした充実した時間と人間関係には遠く及ばない。

 彼女が記している8000m峰登山の喜びを読んでいると、竹内君が初めての8000m峰登山の報告書に書いた「あぁ面白かった、またやりたいなぁ」という一節が思い浮かんだのだ。
 当時は登山隊の中で竹内君は最年少、それゆえの苦しさ・悔しさ・疑問はあったはずである。
 しかしこの本を読んでいて、8000m峰を登る喜び、その感性、なるほど2人は気が合ったんだろうなあ、と考えさせられた。

 2001年のマカルー遠征。
 登頂を果たしたガリンダは下山途上、頂上直下で、「高度障害のため、もう頂上しか眼中に無い」クライマーを説得できず、頂上に向かう彼を見送ることになる。そして彼はそのまま行方不明となってしまう。
 この出来事は彼女に大きな衝撃を与えることとなる。
 日本語の某ウェブサイトではガリンダは看護師であり人の死に慣れているかのように表記されているが、そうではない。医療関係者ゆえ、山で人が死にゆくのを止められなかった事に深くショックを受けている。

 この本は、ガリンダ・カルテンブルナーという1人の女性の喜怒哀楽がよく描かれている。
 高所登山の喜び、そしてクライマーが死んでいく哀しみ。
 そしてガリンダはよく「怒り」もする。

 印象深いのは2003年のナンガ・パルバット遠征の記録である。
 この遠征ではシモーヌ・モロー隊はじめ、デニス・ウルブコを含むカザフ隊と一緒に登山活動を展開することになる。
 ガリンダはカザフ隊からクライマーと認知されず、BCを訪れたトレッカーと勘違いされてしまう。
 さらにデニス・ウルブコの余計な一言がガリンダの怒りを爆発させることになる。
 「ごめんごめん、あまり気にしないでくれ。カザフ人にとって女性は家で料理してるもんで、登山するなんて思いもしないんだ」
 翌日からガリンダは先頭切ってルート工作に活躍することになる。
 そこでルート工作に使うロープを切るため、渋るウルブコからナイフを借りるガリンダ。
 彼女はバネ仕掛けの折りたたみナイフを力任せに開こうとしてバキッと壊してしまう(笑)
 ウルブコは「これだよ!もう女にナイフなんか貸さない!」とロシア語で叫ぶ。

 しばらく後、弁償として彼女はスイスアーミーナイフをお返しとして持っていくが、そのときウルブコは歯の詰め物が取れてしまい、ヨダレが口から漏れ出す程に歯の具合が悪化。
 そこは看護師であるガリンダ、シモーヌ・モローの現・奥様で当時彼女だったバーバラが未使用の生理用品(タンポン)を細工してウルブコの歯に詰める治療を施してあげる。

 ガリンダの活躍は止まらない。
 ナンガ・パルバットのサミットプッシュが続き、カザフ隊隊員も頂上に向かう。
 下山でヨレヨレになったカザフ隊員をフォローすべくガリンダはザックを背負うことを申し出るが「死んでも女性にザックを背負わせられない」と断られてしまう。
 隊員に無理な行動を強いるカザフ隊隊長にガリンダの怒りが爆発。
 渋る隊員に「ちょっとあんたの隊長と話しさせなさい!」と迫り、ウルブコ経由でカザフ隊隊長と直談判。ガリンダ達がカザフ隊隊員をフォローし、無事下山させる。
 この一連の活躍で、ガリンダはウルブコからK2登山隊への誘いを受ける。そして「シンデレラ・キャタピラー」という名称も。

 このナンガパルバットのエピソードで注目すべきは、当初トレッカーと勘違いされていた女性登山家がK2登山隊に誘われる、というサクセスストーリーではない。
 先頭切ってのルート工作。折りたたみナイフを巡るやりとり。歯の治療。カザフ隊隊員への献身的なサポート。
 積み木を一つ一つ重ねていくように、大小様々なやりとりを重ねながら、次第に周囲の信頼を得て、人間関係を構築していく。
 その様子が抜群に興味深い。

 痛快なストーリーを紹介していくと、そのままこの本の内容を綴ることになりかねないのでここまでとしよう。
 繰り返すが、この本にはガリンダ・カルテンブルナーという高所登山家、1人の女性の「喜怒哀楽」にあふれている。
 大人数の登山隊に参加するスタイルから、自分で登りたい山を選択しルートやタクティクスを決断していくクライマーへと変貌する姿。
 登山団体が組織する登山隊の参加から、個人同士が組んで8000m峰に向かう姿。
 1990年代後半から2000年代にかけ、ヒマラヤの高所登山のスタイルがダイナミックに変わる時代を彼女の姿は象徴しているといえよう。

 長々と綴ってきたが、同書で私が最も印象に残ったのは8000m峰登山の章ではない。
 ガリンダがまだ専業登山家になる前、看護師として病院に勤務していた頃のエピソードだ。
 病院で知り合った職場の同僚がやはり山屋で、病室でベッドメイキングをしながら山の話をしていた、という記述がある。
 静かな病室で、ベッドメイキングをしながら、彼女達はどんな山の話を、どんなヒマラヤの話をしていたのだろう。

 密室ともいえる病室の中で、ガリンダ・カルテンブルナーはヒマラヤの夢を育んでいったのだ。
 勤労にいそしむ我ら凡人登山者も、大いに刺激を受けるエピソードではないか。

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