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盛岡市 横澤パン

今日は平日。
岩手山から下山した帰り、盛岡市内の横澤パンに寄り道。

よく拝見させていただいている登山愛好家のブログで絶賛されていたパン屋さん。

今まで私が岩手山を訪れるのは土日利用の夜行日帰り。
日曜は定休日のパン屋なので、なかなか訪れる機会が無かったのだ。

で、お店に到着。

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中に入ると狭い店内、15時という時間帯もあって、置いてあるパンはほんのわずか。
店のおばさんに「食パンありますか?」と尋ねると、店の奥から取り出してきてくれた。

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本日は食パン半斤と、

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バターロール五個入り袋を買って帰る。

岩手山登山中はわずかな行動食しか口にしてなかったので、東北自動車道を走りながらバターロールを食べる。
車内に広がる濃厚なパンの香り。
食べて気がついたのは、凄いモッチリ感。
普通、登山の帰りは身体が水分不足なことが多く、腹が減って市販の調理パンなんかを買い食いすると、口の中でパサつくことが多いのだが、このバターロールはそれが無い。
大手製パン会社のバターロールとは明らかに異なる食感、風味。(←美味しいって意味です)
結局、東北自動車道・宮城県に入る前にバターロール全部食べてしまった。

持ち帰った食パンはトーストして食べる。
娘からも、「いつもの食パンより美味しい」とお墨付きをもらう。

普通のパン屋と違い、調理パンなど無いパン屋ですが、普段の食事にパン食取り入れてる方、ぜひぜひ寄り道してくだされ。

参考サイト 横澤パン公式ウェブサイト

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1770mのロシアンティー

昨年から、現場仕事で雨に打たれ、泥にまみれ、考えていた。

「景色のいい山で、ロシアンティーが飲みたい。」

一人、岩手山の山頂へ。

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高気圧の張り出しを期待して31日に登山日を設定したが、山頂付近は雪煙舞う暴風。
クライアント率いる登山であれば確実に引き返す強風。
のんびりロシアンティーを作って飲む目論みは潰えた。

頂上稜線で、耐風姿勢でひたすら風が弱まるのを待つ。
両側は火口壁、確実なアイゼン歩行で前進。
もう何度、耐風姿勢を取っただろう。
風が弱まった隙に山頂へ。

身の危険を感じる強風。
山頂標識の下でうずくまるような格好でテルモスのコーヒーを二口飲み、わずかな行動食を口にし、早々と下山。
下山中に不動平を眺めると、途中で追い抜いた4人パーティーが下山していくのが見えた。
それが正常な判断だろう。
今日の私は、ちょいとやりすぎた。

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山頂稜線、地蔵様にびっしり付いたエビのしっぽ。稜線はまだ冬です。

不動平は無風だった。
標高1770m、8合目避難小屋のベンチで休憩をとる。

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本日のお楽しみ、ロシアンティータイム。
テルモスの冷めた湯を沸かし直し、紅茶を作る。

今日の登山は、やりすぎた。
くたびれきった古いグローブは保温性も減り、両手の小指の感覚が無い。
私は過去に手指の凍傷をやらかしているので、通常の方々よりも手指が寒さに弱い。
湯を沸かしている間、小指の血管に血流が戻る激痛が走る。
何度経験しても慣れない、脳髄に突き刺さるような痛み。
強風下、強引に登頂した戒めとして、指の痛みを受け取ることにする。

今回は紅茶にジャムを入れるのでは無く、別添えでジャムを舐めながら紅茶を飲むロシア方式。
奮発して買ったアヲハタのイチゴジャムをスプーンですくい、舐めながら紅茶を飲む。

岩手山6合目のガレ場から山頂で引き返し避難小屋まで、ほぼノンストップで行動し続けてきた。
果肉たっぷりのアヲハタジャム、そして紅茶が消耗した身体に美味すぎる。

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身体が飛ばされそうな強風の稜線とは大違い、無風の8合目避難小屋で、こんな風景を眺めながらロシアンティーを味わう。

なんでロシアンティーかって?
若かりし頃、海外登山を夢見て毎年初冬に富士山に通っていた頃。
仕事の取引先からバラのジャムをもらったので、それでロシアンティーを作りテルモスに入れて登った。
鼻を突き刺すような冷えた空気の中、冬富士でテルモスの蓋を開けると、ふぁっとバラの香り。
無機質な、岩と氷と雪しか無い世界で、バラジャムのロシアンティーが強烈に印象に残ったのだ。

さあ、下りよう。
途中のガレ場等々、気が抜けない箇所は多い。

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登山口間近まで下山。
雪は解け、枯葉が積もった道が露出し、山麓は春の雰囲気。

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下山後、車道から撮影した岩手山。

私にとって積雪期の岩手山は、費用と時間をかけても登る価値がある山の一つだ。

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What Are You Doing The Rest Of Your Life ?

日曜。

休日といっても、自分の時間は無い。
午前中は母と家族を連れ、彼岸の墓参り。
少し休憩してからスーツに着替え、先週亡くなったガイド仲間、私が所属するガイド協会事務局長である仙道さん宅へ弔問。
出張先では担当者から現場を任され、いつ失うやもしれぬ「信頼」とやらの下で仕事をしている以上、現場を離れる訳にいかない。
告別式にもでられず、日曜の今日、ようやくの訪問。

静かなご自宅、悲しみの癒えないご様子の奥様。
段に飾られた遺影と対峙し、ああもう仙道さんと会えないんですね、という実感。

帰り道、ビル・エバンスのWhat Are You Doing The Rest Of Your Life ?を聴きながら、どんよりした曇り空の下、国道を自宅に向かう。

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3月日記 2016

3月×日

 広島から山形に移動。
 JR広島駅の土産物屋は、「もみじ饅頭」の山・山・山。

 あえて言う。
 広島土産は、『川通り餅』が最高であると。(梶原一騎風)

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 「川通り餅」は串に刺した胡桃入り黄な粉餅なのだが、これが美味い。
 その由来は南北朝の時代、毛利元就のご先祖様が川を馬で渡ろうとした際、あぶみにひっかかった小石を神社に奉納し(この石は現代に伝えられている)、その小石を餅にみたてて食べる風習が基になったといわれる。

 ・・・という説が和菓子関連の書籍では一般的である。
 地元の民俗学研究者である神田三亀男氏によれば、比婆郡東城町には「師走の川にこけませんように」と唱えて両膝にご飯粒を置く習慣があり、そこに由来する「膝塗り餅」が「川ぞうり餅」となり、その呼び名から「川通り餅」になったという説を唱えている。
 太平洋戦争前は半紙に書かれた「川通餅」の旗が店の軒先に吊されるという季節商品だったらしい。
 
 「もみじ饅頭」ばかり有名になってしまったが、甘党山岳ガイドとしては広島土産に「川通り餅」を推します。

3月×日
 山形での休日。
 あいかわらずの出張暮らしで葬儀に参加できなかった義祖母の法事のため、上山市へ。

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 暖冬を経て、山形でも梅の花が盛りでした。

3月×日
 山形の自宅での生活はすぐにサヨウナラ、仙台の現場へ。
 年度末で複数の業務が重複したため人手不足。
 今回は我が部署の精鋭部隊のエースY君とペアで仙台滞在。
 出産を控え入院中の奥さんを置いてのY君には申し訳なく、現場半ばには気分転換と慰労を兼ねて二人で牛タン屋へ。

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伊達の牛たん本舗」某店にて、牛タン定食を食す。

今まで数え切れないほど仙台出張に来ていて、「どうせ同じ牛だろ」と吉野屋牛丼くらいしか牛肉食ってない私。
実は牛タン屋を訪れるのは初めて。

い や 、 う め え。 

今までブログで「牛タンしか取り柄の無い街」とか書いてごめんなさい。

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Requiem for a Mountain Climber

Requiem for a Mountain Climber
(youtube にリンクしています)

From Japanese Movie "The Story of Naomi Uemura " Soundtrack.

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ブナ雪原探検隊 2016 2日目

2日目、9時半に月山山麓・志津の清水屋旅館裏からブナ雪原探検は始まる。

引率は私のブナ林ガイドの師である、月山朝日ガイド協会事務局の横山さん。

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志津集落に接する、凍結した五色沼からスタート。
 
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積雪で折れ、再び成長してねじ曲がったブナも、子供達には良いベンチ。

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本日は薄曇りながら高温、雪はグサグサに重い雪。

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子供達も疲れてきた頃、目標の一本ブナに到着。

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駆け抜けていったばかりのリスの足跡。

リスの足跡をたどると、目前の木にいるらしい。
100m彼方に誰かがリスの姿を見つけた。
小さいリスの姿が、木から木へ、そして雪原を走り去っていく。
その姿に、「疲れたー」とか言っている子供達も電池を入れ替えたように活き活きとなり、大興奮。
さらに目の前の木、頭上に一匹のリスを確認。
我々人間に囲まれているためだろうか、何度も姿を現して他の木に移りたい様子。
その様子に子供達もまたまた大興奮。

ブナ林の説明、木々と環境のお話よりも、一匹の野生動物の姿に子供達はあっというまに引きつけられる。

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休憩中の一コマ。
初日に途中参加した6年生の女の子が他の3人組から離れ気味だったので、心配して様子を伺っていたのだが。
補食(行動食・配布されるお菓子のこと)をめぐって、

小6 「私キットカット食べたいんだけどなあ」
小4 「じゃあ私のあげる」
小6 「え、いいの?」
小4 「私カントリーマアムの方が好き」
小6 「じゃこれあげる」

お菓子がコミュニケーションのツールになっている。

一本ブナからさらに登ったところで昼食。
昼食を済ませ、職員の増川さん、神保さん、私の3人で、雪面をひたすら掘る。
3mのゾンデでは地面に届かなかった。

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2.5mまで掘ってみたが、下はもうカチカチの堅雪で携帯用スコップでは厳しくなったところで終了。
さらにゾンデを刺してみると、積雪4.5mほど。
子供達は喜んで雪の縦穴に入る。

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下山途上、BCスキーヤーを運ぶキャットのコースを行く。
そこから湯殿山、姥ヶ岳、月山が明瞭に見えた。
冬季はこんなに眺められることはそう無い。

 このキャットのキャタピラ跡を利用して、子供達はあらかじめ配られた大型ビニール袋をソリ代わりにして滑っていく。
 見ていると、興奮の子供達以上に、一緒に参加されたお父さん・お母さんの方が大興奮して滑り降りて行く。
 各要所要所に立って交通整理をするのが、私たちサポーターと職員の皆さんの役割。

 こうして無事、旅館の清水屋さんのところに戻り、プログラムは終了。

 このブナ雪原探検隊で、1年のプログラムは終わる。
 来シーズンから、山形県朝日少年自然の家は指定管理者制度による管理・運営が始まる。
 一つの時代の終わりでもあり、始まりでもある。
 過去10年以上にわたり、お世話になった方々には感謝してもしきれない程の体験・経験をさせていただいた。
 来季からの関わり方はまだ思案中だけれども、また私は子供達と自然を通じて活動できる場を求めることになるだろう。

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ブナ雪原探検隊 2016 1日目

山形県朝日少年自然の家『ブナ雪原探検隊』にスタッフ参加。

 一泊二日の日程で、スノーシュー履いて子供達を月山山麓のブナ林に連れ出す企画。
 例年だと初日は自然の家施設前で「雪灯籠作り」を楽しむのだが・・・

 雪 が 無 い !
  
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 わずかな雪をつなげて、なんとかスノーシューを履く練習、そして慣れるための散策。

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 今回参加した子供は8名と少ないのだが、好奇心いっぱいの子が集まって飽きずに散策を楽しむ。

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 雪が無いため「雪灯籠作り」に代わり、今年はアイス作りを実施。
 気温は10度超。
 こんな高温でアイス作りの経験はなかったが、塩を混ぜた雪はガッチリ冷えてくれました。
 画像は職員の増川さんから作り方を聞く子供達。
 調理器具の使い方になると、女の子の顔が輝きますなあ。

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 うまくシャーベット状にできました。

 夕食後は残雪期のブナ林のスライドショー、それから明日に向けてのパッキング。
 一組、お父さんが一緒に参加されている子供さんがいたので、宿泊部屋を訪れ、子供達のパッキングの確認、それから参加されているお父さんに色々話しを伺う。

 前線が近づいているけど、明日は晴れてくれ~

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仏の顔も五度

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 広島を離れる夜。
 「あーめんどくせー、お好み焼き屋で飲もーぜ」

 かくいうわけで、今夜は「スペシャル」(イカ・エビ入り)を食す。
 だいぶヘラでお好み焼き食うのも慣れました。

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茶の環 チャフェ

本日もまたまた悩める現場作業員。
今回の広島出張は甘いモノ屋の新規開拓は放棄、定番の店へ。
広島に来た時は必ず立ち寄る茶の環、2Fのカフェ「チャフェ」で憩いの時間。

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今回は「ほっと抹茶ぜんざい」を注文。

早春の山のような新緑の泡で覆われた抹茶の容器を茶碗に傾ける。
真夏の深緑のような、濃い緑色の抹茶が流れ出る。

しっかりした苦みの抹茶を味わってから、今度は抹茶をぜんざいにかけて食べる。
ぜんざいの甘みと抹茶の苦みが合わさって美味しいのだ。

閉店時間近い店内で、ふあーっと深呼吸する作業服姿の私。
苦い抹茶でシメてから席を立ち、再び夜の広島、雑踏の中に歩いて行く。

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憩いのカルダモンチャイ

本日もあーすれば良かった、こーすれば良かったの連続。
悩める現場作業員、仕事が終わってから風呂にも入らず、飯もくわず、広島に来た時には必ず立ち寄る喫茶店『午前10時午後3時』へ。

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今夜はカルダモン・チャイ。

普段、ビジホの部屋で飲む安いインスタントコーヒーと違い、ふあーっとため息をつき、憩いの時間を味わう。
数年ぶりに訪れてみると、ご主人は白内障を患っているということで、支払時は金額を口頭で伝えなければならなかった。お店が続けられますように、回復を心よりお祈りしております。

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