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【訃報】 劉連満氏 逝去

1960年、中国隊の王富州、屈銀華、贡布らによるチョモランマ北面初登。
自らは登頂を逃したものの、3名の登頂を支えた立役者、劉連満(Liu Lianman)氏が4月27日、下肢の血栓が悪化する病のため亡くなりました。83歳でした。

攀登珠峰英雄刘连满离世 by 網易新聞2016.4.30

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晩年の劉連満氏

 1933年河北省出身、幼い頃に父を亡くし、貧しい家庭に育ちました。
 幼少の頃に黒竜江省に移り住み、成長してからはハルピンの工場勤務を経て消防隊にも務めました。この消防隊勤務が後の運命を変えることになります。

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1950年代、エイドクライミングの練習に励む劉連満氏

 1955年から中国の国家登山隊に加入、旧ソ連のエルブルース山、ムスターグ・アタ、ミニヤコンカと高所登山の経験を積み、1960年、チョモランマ北面に挑みます。
 1960年5月24日、王富州、屈銀華、贡布らと共に頂上アタックをかけますが、第2ステップの岩場の通過に苦しめられます。
 他のメンバーが挑み滑落を繰り返したため、消防隊の経験のある劉連満が自らの身体を「はしご」として他の3名に岩場を通過させ、自らは登頂を断念。
 他3名が登頂に向かう間、力を使い果たした劉連満は王富州宛てに「国家登山隊の目的を皆に果たして欲しい、役に立つだろうから、酸素ボンベの酸素を少し残しておく」旨の遺書をしたためます。

 登頂を果たし下山する3名にサポートされ、劉連満は生還を果たします。

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1960年中国チョモランマ隊当時の劉連満氏

 チョモランマ遠征後は登山界から身を引き、劉連満氏は一労働者としてハルピンの工場に戻りました。
 しかし世界最高峰登頂を果たし栄光に輝いた他の3名と異なり、劉連満氏には過酷な運命が待ち受けていました。
 1973年、病身の妻のため栄養をつけさせようと一匹の豚を購入したことが、「資本主義の手先」として糾弾されます。中国は文化大革命の暗黒時代を迎えていました。

 文革の嵐も過ぎ去り、降格処分されたものの、労働者として静かに暮らしていた劉連満氏が「自己犠牲のシンボル」として再びメディアの脚光を浴びたのは90年代以降。
 2009年には黒竜江省登山協会の終身名誉顧問として迎えられます。

 登山では栄光を支えた人物として、文革で辛酸を舐めた苦労人は、亡くなる間際に「皆仲良く、仕事に励め」と言い残したと伝えられています。

晩年は登山に関する資料を紛失したことが報道されたりしてましたが( 当ブログ記事2008年3月28日 ) 実直な労働者として生涯を終えた、中国登山史に残る登山家といえましょう。

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段ボールでピザを焼こう 2016

山形県朝日少年自然の家 毎春恒例行事 『段ボールでピザを焼こう』にスタッフ参加。

ベテランからフレッシュな若手までサポーターが多く集まり、サポーター談話室でも会話が弾む。

今回はサポーター仲間のはじめさんと共に、私は本部付きということで、初めから終わりまで裏方に徹する。
野外で食事をとることを想定してテーブル・椅子の準備から溜まった調理器具の洗浄まで、家族連れも多い賑やかな参加者が集う体育館から離れてひたすら裏方稼業。

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参加者の皆さんがこねたピザ生地を日向で寝かす。

大気が不安定な日、強風と、ときおりパラつく雨。
日差しは強いため、なんとか生地も膨らんでくれる。

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せっかく準備したテーブル・椅子だけど、段ボール釜で焼き終えた後に強い雨。
でもピザ焼き終えた後の雨で助かった-。

最後まで焼け残ったピザを、サポーターの沖津さんが火加減を見て取り出す。
今度は上手く焼けた様子。
体育館の入り口で心待ちにしていた女の子も笑顔。

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自主的に参加する子、保護者の方に連れられてきた子、いろんな子供達。
自分で食べるモノを自分で作る喜び、それを味わってもらうお手伝いに徹した日でした。

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クリス・ボニントン、再婚

去る4月23日、サー・クリス・ボニントン卿がロンドン市内の教会で結婚式を行いました。
81歳にして再婚です。

Sir Chris Bonington to marry today by News&Star 2016.4.23

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サー・クリス・ボニントン卿(左)、右は再婚相手のロレート・マクノート・デイビス(Loreto McNaught-Davis)さん

ボニントン卿は好色エロ爺メスナー氏と違い、長年連れ添ったウェンディさんという奥様がいらっしゃったのですが、2014年に残念ながらALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くなられました。

ボニントン卿と今回のお相手ロレートさんは50年来の知人の間柄、と報じられています。

 イギリスのメディアは詳細に報じていませんが、ロレートさんの旦那イアン・マクノート・デイビス氏は1956年にムスターグ・タワー初登頂を果たしたイギリス登山界の重鎮であり、コンピューターエンジニアとしてBBCにも勤務したマスコミ関係者。
 1960年にはクライミングパートナーのジョー・ブラウン、ボニントンと共に、テレビ中継されて有名になった「ホイの老人」クライミングに関わっています。
 イアン・マクノート・デイビス氏も2014年に亡くなり、お互いの伴侶との死別が2人の仲を深めたとボニントン卿自身認めています。
 ボニントン卿の言葉が全てを物語るでしょう。

『We are both very much in love.』

 どうぞいつまでもお幸せに。

 あー、私も今度結婚するときは山やってる女性と国際結(以下省略)

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オークションサイトebayにて、ペツル社ハーネス「ASPIR アスピル」悪質な改造品見つかる

 大手オークションサイトebayにて、ペツル社のハーネス「ASPIR アスピル」の悪質な改造品が出回っているとして、同社が注意を促しています。

ALERT: MALICIOUS ACTS CARRIED OUT ON ASPIR HARNESSES by Petzl社ウェブサイト2016.4.22

問題となったのはペツル社の「ASPIR アスピル」

Aspirharness

一度市場に出回った同製品が、

As
本来ありえないところに、何者かが勝手に再縫製した箇所が発見されました。
ペツル社ウェブサイトの記事によれば、同社がテストしたところ、本来15 kN (1500 kg)の耐荷重性が必要な箇所において2 kN (200 kg)で破壊したとのこと。

同社はebayに対し販売停止および法的措置をとることを言明しています。

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 常識あるクライマーならホイホイとオークションサイトで入手したハーネスなんぞ使わないと思いますが(思いたい)、ウェブを検索すると、アウトドア用品を対象に輸入代行と称してebayも入手先に含む業者さんっているんですね。

 ここのところ現場作業に忙しいしクライミングギアのリコール情報も皆さん素早いのでもっぱら聞き流していたのですが、既製品のハーネスを勝手に再縫製してネット売買に出すというあまりの悪質さに取り上げてみました。

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いきなり黄金伝説。

佐渡島にて怒濤の現場作業。

仕事が順調に終わり時間ができたので佐渡金山を見学。

大事なところなのでもう一度書きます。

仕事が順調に終わり時間ができたので佐渡金山を見学。
(どうも勤務先の人間もこのブログを見ているらしい・・・)

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佐渡金山、もう蟻の巣のように広く長いのでいくつかの見学コースがあるのですが、もう夕方で遅かったので30分で見学できる「宗太夫坑(そうだゆうこう) 江戸金山絵巻コース」を選択。

似たような業界なもんで、金鉱採掘の現場として興味深く拝見しましたが、

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金鉱労働者達の、休憩と食事の場面を人形で再現した展示。
金の採掘工には様々な職種の人間が携わっているのだが、直接ノミで岩を掘る採掘工は特権的に「むしろに横になれる」権利があったらしい。なんとも過酷な職場である。

ひととおり金鉱跡を見学し、博物館となっている展示資料館を訪れる。
そこにあったのが、

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分厚いアクリル板のケースに置かれた、12.5kgの金塊。平成28年4月現在、6200万円の価値です。

で、この丸い孔から手を入れて、何の道具も使わず素手で、30秒以内に金塊をこの孔から取り出すと純金箔カードプレゼント!今まで成功した人は1908人!と書いてある。

で、さっそく挑戦してみました。

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・・・・私の腕が太すぎて、指すらも金塊に届きませんでした・・・・

文字通り、自 分 の 金 運 の 無 さ を 痛 感 し た 瞬 間 でした。

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佐渡の山は、高いところは雪が残り、山麓は桜はじめ様々な山野草で彩られていました。
昔の金鉱掘りたちも、同じ山野草を眺めて春を感じていたんでしょうか。
そんなことを思うほど、過酷な労働現場を今に残す佐渡金山史跡でした。

参考サイト 史跡 佐渡金山

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島へ

4月16日土曜日、午前中は息子の授業参観、PTA総会・教育講演会を聴講。午後からガイド山行の準備。
仮眠を取り、夜12時、勤務先の工場に出社。
南半球某国に社員旅・・・もとい、社員研修から帰国した社員のバスのお出迎えのため、工場の照明を点けて待機。
午前2時、成田空港からの移動で疲れた社員達の帰宅を見送り、解散。

自宅で2時間ほど仮眠をとり、湯殿山ガイド山行に出動。
ガイド山行から帰宅後、すぐに翌日からの出張準備にとりかかる。

本日は新潟西港から揺られること2時間半、佐渡島へ。
しばらく佐渡島に滞在します。

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佐渡のアウトドア業者が発刊している旅人向け冊子『されDO』
兼業ガイドの宿命か、自宅にいるより出張先の宿の方が落ち着いた時間を過ごせる日々。

今週は佐渡で阿鼻叫喚の現場作業が始まりそうなもんで、またまた更新テキトーになります。

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春 雷

月山エコプロからお声がけいただき、湯殿山ガイド山行に出動。

毎年人気のツアー、今年も3グループに分け、私は3班担当。
先週の下見では、例年に無い暖冬で石跳川の徒渉地点が絶望的と思われたが、いざ出発してみると例年どおりの箇所で通過が可能だった。
温暖な日と降雪の日が交互に繰り返され、スノーブリッジが沈んで安定したとしか思えない。
先週の、どこもかしこも崩壊しそうな石跳川沿いの光景はなんだったのか?

案ずるより産むが易し、ただし油断せず参加者の皆さんの装備や体調を観察しながら進む。

天候はあいにくの低気圧・前線接近。
強風とガス、雨のため、湯殿山南東稜の肩1350m地点で引き返す。

下山途上のブス沼南側の広場で昼食タイム。

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参加者の皆さん、ブナの幹廻りの凹地を巧く活用してランチ。

主催エコプロの真鍋さんの提案で、ブス沼からカワクルミ沼、皮松谷地と沼地・湿地を周遊するコースで下山。
湯殿山から下りた後は、疑似好天だろう、穏やかな天候下で歩くことが出来、お客様たちも楽しく会話しながらのハイク。
本日の主題である湯殿山登頂を断念したとはいえ、それを巧く自然観察ツアーに転換し、お客様達もそれを楽しく満喫しているのは、真鍋さんのパーソナリティに負うところが大きい。
雪面が割れて水面が見える沼地・湿地では、積雪に囲まれながらミズバショウ、リュウキンカが花を咲かせていた。

え?
雪に囲まれた花々の写真ですか?
ブログなんかにゃ載せませんよーだ。
今年も5月1日にオープンします、山形県自然博物園のイベントでぜひご覧になって下さい。

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ちょっと古めですが、熊さんのガリガリした跡。

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いささかスリムな木ですが、熊棚発見。

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結構な太さながら、360度ぐるりと廻って成長したブナを見つけました。

例年の如く、「以前○○山でお世話になりました」と話しかけて下さるリピーターの方、今冬の月山朝日ガイド協会雪崩講習でご一緒した方々、本日エコプロの山行に初参加ですという方、いろいろな出会いがありました。

解散後、月山から下山し車で西川町を抜ける頃には疑似好天が終わり、行く手には黒い雨雲。
相当に大気が不安定なのだろう、行く手の厚い雲から幾度も山形市内に落雷しているのが見える。
山形市内に入る頃には、ワイパーを最速にしなければならないほどの豪雨と強風。

下界では車道一面に桜が散っているけれど、ガイドの私は月山山中のリュウキンカやミズバショウに、春の到来を知る。

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鳥海山・乗り合いタクシーのご案内

酒田第一タクシー株式会社様からのご案内です。

JR酒田、遊佐の各駅からの鳥海山方面行きバスが廃止になった代替便として、予約制の乗り合いタクシーが運行されています。

2016年乗り合いタクシーのご案内 酒田第一タクシー株式会社ウェブサイトより(PDFファイル)

また同社では滝の小屋~鉾立間の運転代行も行っています。

遠方から鳥海山を訪問される登山者の方で、公共交通機関をご利用の方、マイカーでアプローチしたいが別の登山口に下山を計画されている方、どうぞご参考までに。

参考サイト 酒田第一タクシー株式会社ウェブサイト

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早春・月山

日曜。
日中の予定がキャンセルになったため、急遽、月山へ。
ガイド山行を前に、石跳川の様子を偵察。

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早春、というが、暖冬の影響で例年より雪が少なく、石跳川も激しい水面が見えている。
BCスキーヤー、特にボーダーの方はきわどい沢筋のトラバースに難渋していたようだ。

これから月山へ山スキーに行かれる方、例年より雪解が速く進んでます。どうぞご注意を。

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毎春楽しみにしている月山某所のザゼンソウ、すっかり成長してました。
過去のブログをさかのぼると4月下旬に撮影しているんですが、もう開いてます。

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平日でも約9千台の車両が往来する国道112号、月山新道。
だれも目をとめることなく車が行き交う中、道端はカタクリの紫、キクザキイチゲの白で彩られていました。

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サポーターのつどい 2016

 今年から指定管理者制度により新体制でスタートした山形県朝日少年自然の家、引き続きお世話になるべく、『平成28年度朝少サポーターのつどい』 (スタッフ顔合わせ会)に日帰り参加。

 研修を兼ねた、昼食自炊。
 献立は「手打ちうどん」です。

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強力粉を塩水で練るところから始まって、

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麺切包丁で生地を切っていきます。

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綺麗に仕上がりました。

つい昨日までは職場の高速カッターでH鋼材をぶった切り、今日はうどん。

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またつまらぬものを切ってしまった。

実は、サポーター(ボランティアスタッフ)が関わる事業では「手打ちうどん」活動はあまりありません。
そのぶん、新鮮な体験でした。
蕎麦と違い、シンプルな材料・調理過程ゆえ、子供達にも簡単にできると思いきや・・・元職員のトクさんのお話では、あまり説明も聞かずに作り始めるやんちゃな子供達が作ると「小麦粉を煮たモノ」ができるとか。

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茹であげたうどんは流水でしっかり冷やし、所に用意していただいたかき揚げ・エビ天と共に美味しくいただきました。

昼食の後は日本キャンプ協会の石井氏にアイスブレイキング、西澤新地氏・スタッフの皆さんの指導によるツリーイング。
夕食後、今年度の事業説明等を聴講し、私は退出させていただく。

夜の事業説明、高校生Mさんの姿がみえないと思ったら、月曜テストなので宿泊部屋で勉強中とのこと。

Mさんは小さい頃から朝日少年自然の家や山形県自然博物園のイベントに姉妹で参加しており、今回サポーター参加していただいて、私としても感慨深い。

今年度もまた、どんな出会いがあるのだろうか。

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今年も自然公園指導員

先月、仙台の現場から帰宅してみると環境省から大きな封書が届いていた。

中身は、

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環境省自然環境局長名で届いた、自然公園指導員の委嘱通知書と、身分証、「自然公園指導員のみなさまへ」と題する任務内容を簡単に説明したパンフレット。

前回委嘱された時にもらった身分証、ぺらぺらの紙製。
日本山岳ガイド協会から頂戴しているガイド証と一緒にカードケースに入れ、ウェアに付けているんだけど、雨の日にやっぱりずぶ濡れになって痛んじゃうんだよね。

今回届いたのは、薄いプラスチック製カードになってました。
それはありがたいんですが、この任務内容説明のパンフと併せて、

どれだけ税金費やしてるの? と、ついつい思ってしまう。

任務内容は相変わらず 「指導に際しては、利用者に不快な念をいだかせることのないよう懇切丁寧な態度で接すること」 と書いてあります。

前もブログに書いたけど、上から目線で語るつもりはさらさらありませんが、月山も訳わかんない人たまにいるわけですよ。
「そこコース外ですので、恐れ入ります、こちら登山道の方に移動お願いできますか」
程度に丁寧に話しかけたつもりでも逆ギレするおっさんとか。

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私も人間なんで、ごくたまに↑こういう事言いたくなるお方に山で巡り会うこともあります。
立派な身分証やパンフレット配布にみあうよう、自然公園指導員としても、少しはマジメに活動したいと思います。

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イチゴ大福はやっぱり、

日曜。
早朝から、町内子供会主催の廃品回収でバリバリ手伝いに廻る。
一昨年に子供会会長を務めた義理もあり、変わり者で通っている私も一応「世間体」というものがありまして・・・

それから朝食を終え、カミさんとの会話で「娘がイチゴ大福を食べたがっている」と話題になる。

じゃあ、やっぱり菓道八右エ門、開店早々行かないと売り切れるんじゃね?
というわけで、冬季8000m峰なみに冷え切っている夫婦仲のカミさんと2人で八右エ門に買い物。

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八右エ門ファンの皆様に朗報、隣の敷地が更地になっており、「臨時駐車場」になって車が停めやすくなりました。
臨時駐車場なので、いつまで利用できるか不明ですが。

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やはり定番のイチゴ大福。
後続で買いに来ていた方は「10個」とか「20個」とか凄い数でお買い上げでした。職場で召し上がるのかな?

自宅に戻り、家族でイチゴ大福食べましたが、あいかわらずの激ウマです。
ウェブ上では大都市のデパートに出店してほしいという声もあるようですが、どうぞ食べたい方は山形にお越し下さい。

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一緒にヨモギ大福も試してみました。
あんこの部分が薄くて「ヨモギ餅」の風味が存分に味わえます。

イチゴ大福販売は5月まで。

参考サイト 菓道 八右エ門公式サイト

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山の神に出会った日。

2016年4月2日早朝、山形県 最上郡 鮭川村 京塚地区。

山の神は、9人の子供達と共に家々を練り歩いていた。

山の神勧進(やまのかみかんじん)。
山形県最上地方に今なお残る風習である。
普段はお社(地区によっては公民館)に祀られている「山の神」を子供達が背負い、家々を巡り、そしてお社に戻される風習だ。

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「山の神」御神像を背負うのは年長者、「一番大将」といわれ、御神像と共に木製の斧を持つ。
体力的に厳しいのか、ちょうど私が現地に到着したときに背負う一番大将(京塚地区では2人で担当する)が交代中だった。
その他の年下の子は、男根形の御神像を持って歩く。

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御神像の近影。
付き添いの保護者の方に見学のお許しを得たところ、「さあ、どうぞ拝んで下さい。」と言われ、そうする。
御神像の頭部は朽ちている。
訪問先の家々で御神酒をかけられるためだ。(不鮮明ですが、動画に収録してあります)

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子供達は家々を訪問、住民達は手を合わせ、時には柏手を打って山の神を参拝する。
中に入るのは一番大将、他の子は玄関口でその様子を見守る。
子供達の口上は、次の通りだ。

『 山の神の御法楽(ごほうらく)、一升賜り勧進 』

付き添いの保護者の方にお話を伺う。
本日のメンバーは小学1年、3年、5年の計9名。
30~40代くらいのお父さんでしたが、いわく「昔は子供が一学年5~6人いたので30~50人くらいで町をまわっていた。今は少なくなりました。」
女の子の参加は認めていない、という。

2016年4月2日、鮭川村京塚地区で撮影した動画を下記に掲載します。

約100軒近い京塚地区をまわるのは1日がかり、ちょうど子供達が休憩に入ったのを見計らって見学させていただいたお礼を述べ、次の金山町・山崎地区へ向かう。


山形県最上郡 金山町 山﨑地区下の山の神は、

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中学生らしい一番大将はミノをまとい、背負われる山の神は石造りの女性像である。

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金山町を見下ろす雄大な神室連峰は厚い雲の中、強い風の中、子供達は山の神を背負い集落を練り歩く。
二番大将は大きな御神像、他の就学前の幼児たちは小さな御神木を荒縄で引きずっていく。やはりここでも女児の参加はみられない。

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子供達が押す一輪車には、訪問先で御賽銭(御祝儀)を受け取る一升枡。なかなかの年代物である。

金山町山崎地区の山の神勧進を記録した動画はこちら。
こちらの地区の子供達の口上は、

『山の神勧進(かんずん)、三升五合はかれっちょ、はかれっちょ』 です。


動画1分07秒から収録してあるように、歩いている途中、地元の方に「参拝させて下さい」と呼び止められ、参拝していかれる光景がみられた。 地元の方の山の神に対する篤い信仰心がうかがえる場面でした。

山の神勧進は、私が見学してきた他にも様々な地区で行われている。
少子化ゆえ、女児の参加を認めている地区もあれば、子供が少なくても女児の参加は今後も認めない、という厳格な地区もある。

 ここで明記しておきたいのは、私が見学させていただいた光景、御神像を背負って家々を廻るという行為は、「山の神勧進」という行事の一部にすぎないということだ。

 いずれの地区でもお社から御神像を取り出す儀礼(京塚地区では新しい着物を着せる「おめしかえ」という段階を踏む)があり、そして家々を廻ってもらっていく御賽銭(御祝儀)は、多くの場合、大人達は関与せず一番大将を中心とした子供達で分け合う。

 「山の神勧進」は素朴な山の神信仰であると同時に、御祝儀(金銭)のやりとりを通じて実社会へ子供達が踏み出す通過儀礼の役割を果たしているといえよう。
 21世紀の今もなお、農村に脈々と伝わる山の神信仰の一部を見学させていただいた日でした。

 今回の見学行に際して、新庄市商工観光課様、鮭川村観光協会様には非常に詳細な情報を提供いただき、深く感謝の意を表します。
 また鮭川村京塚地区の皆様、金山町山崎地区下の皆様、両地区の子供達に、あらためて感謝の意を表します。 

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山の神を探して。

山の神、と聞いて人は何を想像するだろう。
山の民俗に詳しい方なら、「女性の神」、「醜い神なので、もっと醜いオコゼを御供えする」など知られているだろう。

私の住む山形では、子供達が「山の神」を背負い、集落を廻る行事がある。

その「山の神」に会ってみたい。
私がフィールドとする月山の山麓、特に山深い集落として知られる山形県西川町・大井沢集落では、「山の神おんび」と呼ばれる行事が年二回行われる。
今まで現場仕事の関係で、見学する機会を幾度も逃してきた。
今年こそは、この目で見てみたい。

昨年秋から文献調査を少しずつ重ねていく。
通常の祭りとは異なる集落の行事を、よそ者である私が見学するため、開催日時から確認しなければならない。

西川町役場で得られた情報は、
「今年は集落に就学児童がいないため、行われるかわからない」
というはっきりしないものだった。

西川町役場大井沢支所のご紹介を受け、大井沢集落で「山の神おんび」仕切り役の方の連絡先を探り当てた。

その方に電話をかけ、大変丁寧な対応をいただいたが、頂戴した回答は残念なものだった。
いわく、

 今年は就学児童が集落にいないため、開催するかどうか現時点で不明。
 (山の神おんびは、今年小学生になる児童が山の神を背負う役を担う)

 どのように開催するかまだ未定だが、今年は諸事情で2月16日ではなく、2月20日を予定している。

というものだった。
 
 そもそも「山の神おんび」は伝統的な祭礼日である2月16日に行われることになっている。
 その伝統が崩れたのは、明らかに大井沢小学校の統廃合によるものであろう。
 (今年の2月20日は日曜日、学校の休日である)
 そして、2月20日は私が広島県出張に出発する日である。

 さまざま手を尽くして情報を収集してきたが、私は民俗学の研究者でもなく、一介の現場作業員にすぎない。
 今回は諦めるしかない、と判断する。
 そもそも、「山の神おんび」は地元住民の方々の行事であり、催行されないからといって、よそ者の私がとやかく言える立場ではない。

 2002年11月、民俗学研究者である菊地和博氏が「山の神おんび」を見学した際、当時の大井沢小学校玄関に

 「山の神様 ようこそおこしくださいました。」

と書かれた黒板が立ててあり、職員、子供が一体となって山の神を迎える姿勢に、菊地氏は大変感動したという。

「統廃合」 「合理化」の名の下に、その風景は失われたのだ。

 月山山麓での「山の神」探しは、いったん諦めよう。
 子供達が「山の神」を背負い集落を廻る行事が盛んなのは、実は山形県北部・最上地方である。
 行われるのは2ヶ月先の3月末から4月。
 それまで、私は現場作業員をこなしながら、文献調査に専念することにしよう。

 山形県西川町・大井沢集落の「山の神おんび」を記録したNHKの素晴らしい番組は、ウェブで公開され下記サイトで自由に閲覧できます。この行事をご存じない方は、ぜひ一度ご覧下さい。
 いつか再開されることを祈って。

参考サイト  山の神様おんび NHK for School

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2016年 福島県山開き情報

 毎春、「山開き」のキーワードで当ブログを訪れて下さる皆様、ありがとうございます。

 福島県の山域の山開き情報は、福島民友紙が毎春4月にまとめて公開しています。
 今年2016年の山開き情報も公開となりました。

 山開きで登山シーズン幕開けの方、また山開きの混雑を避けたいという方も、どうぞご参考にして下さい。

参考リンク  【福島県山開きガイド2016】 福島民友 2016.04.01記事

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