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バリ島・アグン山の花

パッサルアグン寺院に下山してみると、見覚えのある黄色い花。

私 「へえ、インドネシアにもニッコウキスゲ咲いてるんですね」
部長 「あれ、カンゾウだろ」
会 話 終 了

今回アグン山でみかけた花の一部を掲載します。
残念ながら名前は不明です。

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葉っぱがそのまま岩や地面に付着しているような植物。森林限界より上部の岩場に沢山みかけました。

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アグン山の虹

深夜1時、パッサルアグン寺院に到着。
ここで日本語ガイド・アユさんから朝食用弁当と500ccペットボトルの水2本を支給される。
そして登山ガイド、マディさんと初対面。
我々が下山するまで、ドライバーさんとアユさんは寺院の駐車場で待機するという。

階段を登り、パッサルアグン寺院の門前でマディさんがバリヒンズー式のお祈り儀式を始める。
私たちも供物と線香を受け取り、手を合わせ、安全祈願と神への祈りを捧げる。

さあ登山開始だ。
樹林帯の中を、ヘッドランプの光を頼りに歩く。
普通ならガイド、足の弱い初心者、しんがりをベテランが務めるわけだが、おそらく部長の脚力では先頭を歩くマディさんと距離が開いてしまうことを予想し、私が中間に入り、マディさんと部長とのパイプ役、部長の誘導ガイドを兼任する。

よく聞く現地ガイドさんのように先走ってしまうわけではないのだが、マディさん、なかなか休憩を取らない。
私はいつものガイド山行のように体温が暖まったあたりを見計らい、マディさんを呼び止め、部長に衣類を調節してもらう。
「ん~これ入らないな~、大滝頼む」
部長のリュックは長らく愛用のカリマー25リットル。部長のシャツと弁当を受け取り、私のザックに入れる。
先に進むほど荷物が増える。まるで私のサラリーマン人生の如く。

出発から2時間ほどで樹林帯を抜ける。周りは低木になってきた。
進むにつれ、道が溶岩の岩場になっていく。

しかし、人が多い。
人気なのか、ガイドに連れられた欧米人パーティーと何組とも抜きつ抜かれつしながら、先を進む。
里山でトレーニングしてきたという部長、時折休憩をお願いするが、足取りはしっかりしているので大丈夫そうだ。

3時間ほど登ったところで、岩場も少し急峻になってくる。
クライミングという程では無いが、一手ホールドを掴んだり、微妙にバランスを要求される箇所が少しでてくる。
そこを通過した後、ちょっと気になっていた金髪の女の子を含むパーティーの姿が見えなくなった。
岩場で引き返したのだろう。

岩場といっても、三点支持を必要とするほどでは無いが、二本足出歩くには微妙にバランスを要求される、中途半端な角度。
暗闇の中、ひたすらそんな岩の上を登り続ける。
5時22分、大きな溶岩の亀裂だろう、窪みでほぼ全パーティーが休憩している。
風も吹いている。私がデジタル温度計で測定すると気温11度。
部長はモンベルのTシャツに長袖シャツ、フリースを着用。
私はファイントラックのスキンメッシュに夏用長袖シャツ、ゴアの雨具着用でちょうど良い。

濃いガスに包まれた。
ヘッドランプに照らされて雨粒も時折見える。
ここで退却のタイミングに迷う。
雨になれば、今まで登ってきた岩場は濡れ、最悪のコンデションになるだろう。
決断は早くしなければと思う一方、落ち着いて天空を眺めてみる。
ガスの合間に、星空が見える。
このガスは一過性だ。根拠は無い。私の勘にすぎないのだが。

部長の息が整った頃合いを見て、3人でまた登り出す。
はるか頭上にヘッドランプの光が見える。
「あそこまで結構あるよなー」と部長と話しながら、登り続ける。

5時35分。山頂の印である、神棚が目に入る。
山頂だ。

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「いやー、ホントに登れたー」が、部長の第一声だった。
部長、そしてガイドのマディさんと握手を交わす。
山頂には既に先行パーティーが多くいて、続々と他のパーティーも登ってくる。
山頂直下のスペースを確保し、休憩タイム。
BML社から渡された弁当の中身は、バナナ2本、ゆで卵2個、チョコバー1本、大きめの菓子パン1個(青豆餡のあんパンデニッシュ)。
部長は登山中、日本から持ってきたミニ羊羹を食べていたらしい。私も羊羹を頂戴する。
バリヒンズーの儀式をすませたマディさんが、「ティーorコーヒー?」と尋ねるので、部長と二人してコーヒーを所望。甘くて美味しい、温かいコーヒーをもらい、日の出を待つ。

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夜明け直前の空を眺めながら、朝食。

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世界各国から来たトレッカーでにぎわう山頂。日本人は私たち2人だけだった。

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今回同行してくれた地元登山ガイドのマディさん。
特に花やコースタイムの説明をするわけでも無く、ひたすら先行して歩くタイプのガイドさん。
ただし、岩場の必要な箇所では手を貸したりホールドを示したりしてくれる。
登山途上、頂や下山予定の寺院までの所要時間を尋ねると、正確な時間を返答してくれた。

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アグン山南峰山頂に立つ筆者。

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南峰頂上の右手方向から、主峰(3140m)を望む。ヘッドランプの光が幾度も光り、主峰も登山者でにぎわっていた様だ。

ちょうど日の出の時間、北側からガスと雲がかかってきた。
残念だが仕方が無い。もっとも、私は日の出よりも無事下山することで頭がいっぱいだった。
北側からアグン山中腹に雲がかかってきた。天候が悪化する前に岩場を通過したい。
「マディさん、Go back」
ザックを背負い、ゆっくり休憩している他パーティーに先行して山頂を離れる。

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すっかり明るくなり、登ってきた道を下る。
溶岩流の岩場で、似たような窪みが無数にある岩場をひたすら忍耐で下りる。
こんな形状では、初めて訪れた者なら簡単に道に迷うことだろう。

やがて灌木も多くなり、植生も変わってきたころ、

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虹が私たちの前に現れた。
(吉兆の虹でありますように。皆、無事下山できますように。)

部長もかなり消耗しているものの、足取りはしっかりしている。
ときおり上部をふりかえりながら、
「暗闇で山の姿がみえないから登れたもんで、もしこの岩場見えていたら、精神的にくじけただろうな」
と言う。

とはいえ、闇夜の中を登ってきたために、下山しても「こんなところ通って来たっけ」 「こんなに歩いたっけ」と距離感が伴わない。
部長には途中からストックを使っていただき、休憩を幾度もはさみながら

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ガスの中のパッサルアグン寺院に帰着。
寺院の芝生でストレッチをしながら、部長と2人で登山をふりかえる。
登り約4時間半、下り3時間で帰着。

無事下山できた御礼としてパッサルアグン寺院の方向に手を合わせ、ガイドのアユさん達が待つ駐車場へと向かった。

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アグン山への道

毎年、社員旅・・・じゃなかった、社員研修で単独行動を貫き、気ままに登山を楽しんでいた私。
今年は登山初心者を自称する部長とともに、バリ島最高峰・アグン山を目指す。

Mount
バリ島最高峰アグン山(3140m Photo by Summitpost.org)

部長と登山を共にするため、計画段階から極力リスクを減らすことに専念する。

アグン山には二つの登山コースがある。
ブサキ寺院から主峰(3140m)を目指すコース、パッサルアグン寺院から南峰(2810m)を目指すコースだ。
部長の体力を考慮し、後者を選択した。
パッサルアグン寺院はバリ島最高所にある寺院で標高1400mに位置する。ここから南峰まで高度差約1400m、主峰を目指すコース(高度差約2200m)よりは負担が少なくて済む。
もともと私は主峰にはこだわらず「インドネシアの火山を経験したい」が目的である。

登山エージェントはBMLツアーの「サンライズ登山」を利用した。
深夜1時頃に登山口を出発、夜明け前に山頂に到達し日の出を眺め、下山する、と言う行程である。
ウェブサイトを検索すると、数多くのご来光登山ツアーのサイトが出てくる。
万一のアクシデントに備え、日本語対応可能な同社を選択した。

 日本の社会人山岳会にはなぜかガイド登山を小馬鹿にする方もおられるようだが、私は普通の建設会社に勤める現場作業員であって、余計な手配・準備に時間を割くヒマは、無い。
 インドネシア・バリ島という公共交通機関・通信手段が貧弱な社会において、ホテルから登山口までの移動、ガイド手配をしてくれるエージェントを利用することに全く抵抗は無い。BML社はメールでの問い合わせでも同日中に返信することをモットーにしており、そのレスポンスの速さも選択した理由の一つである。

 同行の部長には不安をかきたてないために伏せておいたが、今年3月にロシア人ハイカーがガイド無し・単独でアグン山に入山、そのまま行方不明となる事案が発生している。(後日、無事救助さる)
 ネットではスニーカーに短パンの欧米人観光客がホイホイ登頂している動画が数多く公開されているが、油断できない山、というイメージを私は抱いていた。
 装備も通常どおりのガイド装備、一方で海外渡航という制限された中での「最低限の装備」の選択に日本出発前夜まで悩まされた。
 ウエアはファイントラックの夏山用ウェア、フリース、雨具、あえてダウンジャケットは除外。
 部長に万一の事態があることを想定し、私が所持している中で最軽量の簡易ハーネス「ランド」に補助ロープを荷物に詰め込む。靴も普段、無雪期に使用しているトレッキングシューズをバリ島に持ち込んだ。

 5月26日23時。
 天空には大きな南十字星が輝く夜。
 ホテルのロビーでBML社日本語ガイド・アユさん(女性)と合流、車に乗り込む。
 車は一路、パッサルアグン寺院へ。
 途中、激しい雨になる。登山コースのコンデションが気になる。
 「あと2時間かかりますので、寝ていて下さい」とアユさんに言われる。
 トヨタの四駆車の後部シートで目をつむった。

 時計を見るともう12時過ぎだ。
 車が止まる。
 「ちょっと待ってて下さい」アユさんに言われ、車の中で待機。
 アユさんとドライバーさんが車外に出て、ヘッドライトで照らされた小さな祠にバリヒンズーの参拝をしている。
 
 アグン山はバリ島民にとって聖なる山である。
 アユさん達が参拝する姿を見ながら、神への畏敬の念よりも、これから聖地に足を踏み入れるのだ、という緊張の方が大きかった。
 そこから登山口となるパッサルアグン寺院は、まもなくだった。

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Summit of Mt.Agung south peak 【2016.5.27】

2016年5月27日早朝、到達したアグン山南峰(2810m)にて。
各国から来たトレッカー、ガイド達とともに山頂で日の出を待つ。

バリ島から帰国して自宅に一泊(笑)、翌日から岩手に泊まり込みで出張のため、登山の詳細はあらためてアップします。

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南十字星の下へ

 私の勤務先、今年の社員旅・・・じゃなかった、社員研修の行き先は4択。

 オーストラリア(ケアンズ)5日間
 ハワイ5日間
 シンガポール5日間
 インドネシア・バリ島5日間

 すべてフリー日程!
 と喜びたいところだったが、今年からクソめんどくせえ会社行事の幹事を仰せつかる。
 
 とはいえ、なんとかバリ島を希望、幹事として旅行社との調整やら現地での各種準備に、仕事も公然とさしおいて忙殺されることになる。

 バリ島行きの目的は、もちろん登山である。

 バリ島は94年に一度やはり社員研修で行ったが、そのときは会社でも新入りだったし、インターネットも普及してなかったので、登山情報も得られず登山は実現できなかった。今度こそは登山を実現したい。

 密かに登山エージェントを物色しているある日、工場で機械整備していたときのこと。
 やはりバリ島に行く部長がやってきて、

 「おい大滝、なにか行き先決めてんのか?」
 「はい、ちょっと山にいこうかと・・・」
 「おお、それじゃ俺も一緒に行こうかな」
 
 「バトゥール山とか、いいんじゃないんですか?」とさりげなく話題をそらす。
 「そこ2時間くらいで登れるとこだろ、つまんねえよ」
 「・・・アグン山とか・・・」
 「もしバテたら途中で待ってるからさ、」
 「いやいやそういうわけには・・・3000m峰ですし。」
 「ま、ちょっと手配とか頼むわ」
 (会話終了)

 というわけで、狙っていたバリ島最高峰アグン山(3140m)に、部長と一緒に登ることになる。

 紆余曲折を経て社員研修の日を迎え、バリ島訪問。

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滞在先は、超ウルトラスーパーゴージャスな滞在型リゾート、Ayodya Resort Bali

その一室で、シコシコと日本から運んできた山道具をパッキングする私。
地元ガイドさんとともに、「サンライズ登山」として真夜中に部長と共にいざ出陣。

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Riders On The Storm

たまにはクライミングの話題をば。

パタゴニア・パイネ中央峰東壁、1991年ウォルフガング・ギュリッヒ、クルト・アルベルトら5名によって開拓された『Riders on the Storm』 (5.12d/7c A3)を、去る2月6日、メイヤン・スミス・ゴバト、イネス・ペパートのペアがフリー化を兼ねたバリエーションルートをたどり、完登した様子の記録動画です。

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山形新聞社 『山のはなし』 募集

今年の「山の日」制定を契機に、山形新聞社では広く「山のはなし」を募集しています。

山のはなし あなたの「山のはなし」大募集 山形新聞社

今年の1月31日付山形新聞朝刊で募集が掲載されておりましたが、締め切りが6月30日までとなっております。

1月31日付山形新聞朝刊より、以下引用
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 登山の思い出、山で出会った動植物や食べ物や風景、暮らしの中での山との関わり・・・など「あなたの山のはなし」を募集します。伝えていきたいエピソードをぜひご応募ください。山形新聞でご紹介します。
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なお、『ご応募いただいた方の中から抽選で「全国百貨店共通商品券」3万円分を20名さまにプレゼントいたします。』とのこと。

上記リンク先で、ウェブ上でも書き込み・応募可能です。
山形県外にお住まいの方でも、山形の山でいろいろな思い出をお持ちの方、ぜひふるってご応募ください。

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やまがた百名山の募集

先日出席した月山朝日ガイド協会総会でも話題になっておりましたので、掲載します。

山形県みどり自然課では今般、地元の魅力に目を向けることと観光振興を目的に、広く「やまがた百名山」を一般公募しております。

参考サイト やまがた百名山の募集~魅力あふれるやまがたの山~ 山形県みどり自然課

 応募資格は、「山形県民及び県内の山に愛着のある方(年齢、国籍は問いません。)」ということで、県外の方でもOKです。
 応募できる山の数は、一人5つ(5座)まで(同一の山、複数回応募不可)。
 また対象となる山は 「県境域で県内に山頂を有しない山でも、山稜線や山域が県内にある山は対象とし、標高の高低は問いません。」 という但し書きもあり、県外にピークがある山でも条件をもみたせばOKです。

 募集要項・書式はこちら(PDFファイル)

 ウェブ上でも書き込み・申し込みが可能です。山形県電子申請サービス

 山形県内外にお住まいの登山者の皆さん、どうぞふるってご応募ください。

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湯沢の山ガイドブック

渋い山がそろっている山形・宮城・秋田県境。

このたび、秋田県湯沢市が湯沢山岳会・酒樹様と協同でパンフレット『湯沢の山ガイドブック』を製作されました。

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収録されているのは、高松岳・山伏岳、虎毛山、神室山・前神室山、東鳥海山、雄長子内岳(おちょうしないたけ)というラインナップです。

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各山のアクセス、コースタイム、携帯電話利用範囲が簡潔に記されています。

特筆すべきは、

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 虎毛山リピーターの方にはなじみ、あの素晴らしい鳥瞰図コースガイドが上質紙の当パンフレットに再掲されています。 この鳥瞰図は盛岡グリズン山想会作成のコースガイドで、とてもわかりやすい内容になっています。初めて虎毛山を訪れる方にはぜひオススメです。

パンフレットに関するお問い合わせは湯沢市産業振興部 まるごと売る課TEL0183-55-8180、e-mail: marugoto▲city.yuzawa.lg.jp (▲は@に置き換えて下さい)

山形県内では登山用品店マウンテンゴリラ (023-653-8864) に置いてあります。

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高い山

5月13日。
山形県の伝統行事である「高い山」の祭日である。
高い山、といっても鳥海山や月山のことではない。

旧暦の4月17日、現在は5月13日。
開運と五穀豊穣を願い、親しい人と共に近郊の里山に登り、お重や酒を持ち込み、宴会を行う。
この行事を終えてから、人々は水田の仕事を始める、農作業の節目ともいわれる。
古来、山形の人々は行事そのものを「高い山」と呼んだ。

この「高い山」行事は、山岳信仰、特に虚空蔵尊信仰の祭日として行われ、山形県中央に位置し虚空蔵尊が祀られている白鷹山(994m)に多くの人々が登る。

そんな行事をこの目で確かめるべく、なんとか休暇が取れた5月13日、白鷹山に向かう。

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白鷹山は幾つもの登山口があるが、この日は山辺町・厳原登山口へ。
集落には大きな幟旗。

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湧水で知られる「五番御神酒湧水」の大木の下で、高齢の男性お二人がシートを敷いて酒を酌み交わしていた。

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お社の脇には、音も無く砂を巻き上げて湧水がこんこんとわき出ている。
この日は朝から気温も高く温暖な日。お話を伺うべくお社に近づくと、
「まあ御神酒飲んでいけ!」
「今日はお祭りの日ですか」
「高い山の日っていうお祭りだ。」
「ここ数年天気わるかったげど、今日はいい天気だがらなー」
「なんだ、今日は祭りの日ってしゃねで(知らないで)来たのが?」
「いえ、高い山っていう行事があるとはお聞きしてたんですけど・・・これから登ってきます」
「じゃあ、これ持ってけ」
と、柿ピーの袋を幾つも頂戴する。
さあ、いざ白鷹山・厳原登山口へ。さきほど少しだけいただいた御神酒で、気分はお祭り状態。

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チゴユリ。

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登山道を彩るスミレ。標高1000mに満たない白鷹山は、花盛り。

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登山口から1時間ほどで頂上。既に多くの人々が集い、休憩所では神事が行われている。
白鷹山は山形市、上山市、南陽市、白鷹町、山辺町の境界に位置するため、自治体の長はじめ官庁職員も登り、「白鷹山山頂サミット」と称している。「高い山」という伝統的な行事名を用いず「サミット」という言葉を用いるところに、醜悪なセンスが表れている。

時間は10時半、どんどん登山者がやってきて、頂上広場はいっぱいになってくる。
地元の消防団の皆さん、登山者の皆さんはあちこちに陣取り、酒盛りや弁当開きの用意をしている。

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そして小学生たち。
山辺町や白鷹町の小学生たちが集団登山、山頂で交流会をするのだ。
先生の話を横から聞いていると、
「他の学校のお友達と積極的に名刺交換するように!」

え?名刺交換?
子供達をよくみると、手に何枚ものカードを持っている。自作の名刺らしい。す、すごい・・・

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私も白鷹山の虚空蔵尊に参拝。
家族の健康からガイド仲間の安全、自分の今季の安全やら何やらを祈る、欲張りな参拝。

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人は多いけれど、私も少しのんびりしよう。
山頂には売店も設けられている。焼きそば400円、玉こんにゃく100円、ワラビ汁200円、ジュース50円。
商魂たくましいというよりも、郷土資料を調べると、昔も「高い山」で里山に露店が出るくらいにぎわっていたらしい。
本日はワラビ汁をいただきます。ワラビと油揚げ、一緒に煮込まれたニシンの切り身がいい味だしてます。

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今日の気象予報では最高気温28度、意外に空気は澄んでいて、月山と葉山の間に鳥海山がうっすら見えました。
庄内地方と違い、山形県の内陸部で鳥海山が見えるというのはなかなか無い。それだけに人々にとっても山の眺めで会話が盛り上がります。
「おい、鳥海山見えるぞ!」
「あの白いの月山だべや」
「んねず、月山と葉山の間に白い山見えんべ!あれ鳥海山だず!」

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各地から集う登山者、そして各地の小学校から来た子供達で山頂はカオス状態。
ワラビ汁で一息いれたところで下山します。

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グループで下っていく方々、そしてこれから登ってくる方々。
登山道はおしゃべりの声が絶えません。

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雪椿を眺めながら、のんびり下りました。

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 この「高い山」行事、民俗学において様々なアプローチがなされているが、飯豊や月山にみられる成人儀式、霊山的な儀式に対して開運・豊作を祈る「作神」的儀式として位置づけられている。
 長い歳月を経て、いつしか宴会としての性格が強くなり近隣の人々と酒と食を共にする行事に変化したとみられている。
 この「高い山」と同様の行事はかつては日本全国でおこなわれ、、世界的には中国西南部の少数民族にもみられる行事である。 しかし現在の山形県において、「高い山」として大々的に行われるのはこの白鷹山の祭日が最も大きいものだろう。
 私にとっては、白鷹山に入山前、五番御神酒湧水でみかけたお二人の静かな酒宴に、本来の「高い山」を見る思いがした。

 最近、『外道クライマー』なる書籍を楽しく拝読した。
 どうにも気になるのは著者その人ではなく、著者をとりまくクライマーとかいう輩の言動である。
 登山の反社会性?
 どっかの探検家ヅラしたライターや、一部のクライマーと称する輩は、登山に反社会性を求めたいらしい。

 山に登り、人々が酒と食事を共にし、開運と豊作という自分たちの生活の未来を祈る風習が今もなお続いている。
 
 東京という都会に住み、記事という情報を右から左へ流す山岳メディアに関わる人々にとっては、山に登るという行為が、人々の生活とコミュニティにとって大きな役割を果たしている現実と歴史をご存じないらしいし興味も無いのだろう。

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参考文献
 菅原健治 「高い山」と「登高」 『置賜の民俗』 置賜民俗学会誌 第20号 2013年12月
 佐野賢治 山岳信仰の重層性-羽前置賜地方「高い山」行事の周辺- 日本民俗風土論 1980
 大江町老人クラブ連合会 大江町の年中行事 1984

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今月のキム・ジャインは、

日本全国1億2千万人のキム・ジャインファンの皆様こんにちわ。

昨年末のご結婚直後、出演していたのがウィスパー・コリアの生理用品のテレビCM。
クライマーとしての身の軽さを、生理用品のイメージとしての「軽さ」と重ねた演出だったようです。

で、今春5月からオンエアされたのが、化粧品メーカー・ランコムのテレビCM。

이호재 어머니에게 "랑콤, 이번엔 사지 마세요"… 랑콤 광고 찍긴 찍었는데 by クッキーニュース2016.05.05

Kim

CMに出演しているのは、『21才のバイオリニスト シン・ジア、26才のクライミング世界チャンピオン キム・ジャイン、30代の女優ハン・ジミン、40代の女優キム・ソンリョン』 という顔ぶれです。

 キム・ジャインのCM出演回数は世界的にも凄いような気がする・・・


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休日日記 2016GW

世間様では5月連休。

5月×日
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娘の作ったお菓子をいただく。
「麩」で作ったフレンチトーストもどきをチョコでコーティングしたもの。

5月×日
 亡父が遺した敷地の草刈り前哨戦。
 だいぶほったらかしにしていたので、まさにジャングル状態。
 そこで目に付いたのが、

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あちこち大量に茂っている、カラスノエンドウ。

 人より1.5倍くらいは長く登山をやっていながら、しかも月山でブナ林ガイドやっていながら 「え?コシアブラってどれ?」程度の知識しかござんせん。
 最近関心を持っているのが、「食べられる野草」。
 カラスノエンドウ、全体も喰えるらしいのですが、伸びきって堅そうだったので、サヤを取りまくる。
 おりからの低気圧と前線通過で風雨が強くなる前に退散。

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 収穫した、ひとにぎり程度のカラスノエンドウのサヤ。

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 ゴミやサヤに付いてる余計な部分、ナメクジに喰われた奴ははじきます。
 農家出身のくせに食べ物にはえらい保守的なカミさん、ちょうど子供連れて実家に行っているので私一人台所でやり放題です。

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 迷わずバターと塩で炒めものに。元の風味を失わないよう、胡椒は少しだけ。
 あー、でもバターは香りが強すぎたかな。
 シャキシャキで野草特有の癖もなく、美味しく食べました。
 器は、野草から取った材料なので土色の皿に盛りつけてみました。

 野草料理の本って、最近のアウトドアブームを反映してか、結構ありますね。
 でも料理法って、野草特有のえぐみ臭みをとるためにテンプラとかが多いようです。

 (料理法はなんか決まってるよなあ・・・)
 と思っている時に一種のカルチャーショックだったのが、京都の有名な旅館「美山荘」の三代目ご主人・中東吉次氏(1993年没)の著書『京 花背 摘草料理』。↓
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 よくある山野草料理の本とは一線を画し、そのへんに生えている草の料理が会席料理風に、しかも器も吟味されて掲載されています。
 この本では、カラスノエンドウは「湯葉と椎茸の炊き合わせ」、「車海老との酢の物」、「花かつおとの浸し物」の三種が紹介されています。
 え、この草がこんな雅な一皿に・・・と読んでいるだけでも楽しい本です。
 平成元年発行の古い本なので、公立図書館などでみかけたらぜひご覧下さい。

5月×日
 本日も読書三昧。
 県外ナンバーの車で登山口は渋滞、登山者であふれている時期の山には近づきません。

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 私、結構熟女好きですが、何か。

5月×日
 父の敷地の草取り第2回戦。
 カミさんと息子も引き連れ、草取り。
 私はノコギリと剪定ばさみを手にジャングル伐採。

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 しぶとく生え残っていたネギが、花をつけていました。

 読書三昧に庭いじり、公立図書館にこもって山と民俗伝統行事の情報収集。
 ただそれだけの、静かな連休。

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男達が荒ぶる時 【宮城県 船形山神社 梵天ばやい】

菩薩像の御開帳が始まると同時に、御神酒とお菓子が居合わせた参加者に配られた。

取材に来ていたNHKのテレビカメラマンや音声さんも、「これ酒じゃない、御神酒だから」と、しきりに御神酒を勧められ困惑している様子が微笑ましい。

そして今日のメインイベント、「梵天ばやい」が始まる。
この「ばやい」とは「取り合う、奪う」という意味だそうだ。

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菩薩像が安置されている拝殿横から、別当が梵天をほうり投げる。

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飛びかかる地元の男性たち。
梵天の竹をグルグル引きずりまわし、最後に地面に立てるのですが、そのときに根元をおさえていた者に梵天の所有権が与えられるようです。

梵天ばやいは4回行われましたが、3回目あたりから、「もういいんねが」との声(笑)。
参加される地元の皆さんはいずれもご高齢の方ばかり。
この記事に「男達が荒ぶる時」とタイトルはつけたものの、参加者皆さんの年齢を反映して少しまったりとした雰囲気の中での奪い合いでした。
この行事も、いつまでも続いてもらいたいものです。

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手に入れた梵天は大きなビニール袋をかぶせて持ち帰るようでしたが、気さくに昔話をしてくれた男性はその場で梵天の竹を細かく割き始めました。

話によれば、こうして竹を細かく割き、梵天の紙垂を付けて集落の人々に配るとのこと。
水田の水口に挿し、豊作祈願とするとのことでした。

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竹を割る人、紙垂を細工する人。

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水田に豊作祈願として用いられるミニ梵天。居合わせた見学者にも配って頂きました。

行事が進むにつれ、ご高齢ながらいきいきとした表情になっていく男たち。
山に潜む菩薩像、そして豊作祈願の「梵天ばやい」に、地元の方々の生活に根ざした信仰を見る思いでした。

梵天ばやいの様子は、動画でご覧いただいた方がわかりやすいと思います。↓

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梵天ばやいも、菩薩像の公開も済み、ひっそりとした拝殿。
また来年の5月1日まで、静かな時を迎えます。

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船形山山麓の集落では、あちこちで「船形山神社」の幟旗が立っていました。
水田には水が張られ、田植えも間近。
山中で男たちが奪い合った梵天の竹も、各集落の水田の隅に立つことでしょう。

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2016年5月1日開催 梵天ばやいのタイムライン

12:05 別当より「神事始まります」の声 参加者一同、本殿前で神事を見守る
12:11 別当、菩薩像を取りに木箱を持って神域へ入る
12:30 別当、菩薩像が入ったと思われる木箱を手に戻ってくる
12:35~12:43 本殿にて菩薩像を祀り、神事が行われる
12:44 菩薩像は拝殿に移され、御開帳
13:00~13:10 梵天ばやい開催
13:20 解散

梵天ばやい、および船形山神社を訪れる方へ
 船形山神社に至る道は完全な登山道で、鎖場、不安定なハシゴ、だいぶ疲弊したトラロープによるフィックスロープが連続する道です。(所要時間10~20分)
 非常に滑りやすい粘土質の道に枯れ葉が厚く積もっている状態のため、足回りはトレッキングシューズや登山靴が望ましいです。
 ヤセ尾根で両側が急斜面になっている箇所もあります。訪問・参拝される方はどうぞご注意を。

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菩薩が微笑む時 【宮城県 船形山神社 梵天ばやい】

山形・宮城県境に位置する御所山 (宮城県名 船形山)。

 宮城側、船形山山腹のどこかに、古代朝鮮・百済から伝わったとされる日本最古ともいわれる金銅仏が祀られているという。
 その仏像は、「梵天ばやい」と呼ばれる豊作を祈る行事の際に、年に1回だけ、人々の前に公開されるという。

 そんな情報を得て、5月1日、雨が激しい東北自動車道を大和町に向かう。

 神社入り口とされる鳥居から、鎖場と疲弊したフィックスロープが連続する険しい山道を15分程登り、船形山神社に到着。
 数十人の人々、地元の方、見学の方が既に集まっている。

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 12時、神事がおわり、お社から出てきた別当が裏手の神域に消えていく。

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 神域とされる奥は、まるで飾り立てられたかのようにタムシバの花で彩られていました。

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 幸い雨は霧雨に、濃いガスで神事と相まって、周囲のブナ林も幻想的な雰囲気となる。

 山中のどこかに菩薩像を取りに行った別当を待つ間、「どっから来たんだい」 「山形です」という会話がきっかけで、地元の方と話を交わす。
 「1キロぐらい歩いてんでないが」
 「んなわけね、そのへんに隠して時間稼いでんだベ」

 このあとに行われる「梵天ばやい」のことで話は盛り上がる。

 「昔はそれこそ2、3百人くらい、この敷地いっぱい入れないくらいに人が来たんだよ」
 「ケンカみたいなもんだから、入れ墨入れた奴とか来てたりな」
 「来る途中におっきな岩あったべ。昔は女人禁制で、女はあの岩までしか来られねんだ」
 「梵天の奪い合いで荒いから、いこん(遺恨)ある奴とかはここに来ないんだ」

などなど、地元の方ならではの生々しいお話を伺う。

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 神域に姿を消して20分経過、別当が木箱を抱えて戻ってきた。
 菩薩像は一度、お社に入れられ、神事を済ませてから、敷地奥の拝殿に安置される。
 人々は一斉に菩薩像を参拝しようと群がっていく。

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 船形山神社敷地奥の拝殿。左に見える小さな木箱に菩薩像が安置されている。右の梵天が「梵天ばやい」の主役。

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 順番がまわってきて、ようやくご対面できた船形山神社の金銅菩薩像。
 菩薩像をご覧になった方々が口々に
 「全身濡れてる」
 と言う。

 この菩薩像、その身体の湿り具合でその年の天候を占うという「作占い」の意味合いもある。
 ちなみに今年は梅雨が長引くのではないかとの判定でした。

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 菩薩像の表情近影。

 この菩薩像は、近年までは盗難など万一の事態を憂慮し詳細発表が控えられてきたが、1978年、地元の方々のご了解を得て本格的な調査が始まった。
 近年の研究成果から、6世紀の百済からの渡来仏、現存する金銅仏としては日本最古の可能性も示唆されている。東北地方には日本海側を中心に、平安時代以前の13体の金銅仏が確認されているが、いずれも7~8世紀のものであり、船形山神社の菩薩像だけが6世紀のものと考えられている。
 
 その特徴は頭部の花飾り、そして柔らかい表情とその笑みだ。

 日本への仏教伝来とほぼ同時代の仏像が、なにゆえ、おそらくは当時の日本の辺境の地である東北に位置することになったのか。
 また、なにゆえ普段は山中に隠され、年に一度の公開という形式をとるようになったのか。
 史学・民俗学の研究もまだ解明には至っていない。

 宮城の登山家である深野稔生氏が著作で推定しているように、当時の中央政府の重要な拠点であった宮城県多賀城、そしてそこに移り住んだ渡来人に由来するのではないかという説があるが、菩薩像と渡来人を結ぶ確たる証拠は無い。

 日本最古ともいわれる金銅像が、人の目にふれることなく山中に潜み続け、年に一度、豊作祈願の神事で人々に笑みをもたらす。

 鈍感な現場作業員にすぎない私にも、古代朝鮮から渡ってきた菩薩像に歴史の流れというものを感じずにはいられなかった。

船形山神社 金銅菩薩像の御開帳までの流れを記録した動画はこちら↓
(お社での神事の場面は割愛しています)

参考文献
 門脇佳代子・渡邊泰伸共著論文「陸奥国色麻郡所在の渡来仏 -船形山神社御神体を巡って- 」 東北福祉大学研究紀要 第40巻
 深野稔生著『宮城 山遊び山語り 栗駒・船形編』 無明舎出版1999

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