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【訃報】ニコラス・クリンチ氏 逝去

1958年、ヒドンピーク(ガッシャブルム1峰 8068m)初登頂を果たしたアメリカ隊を率いたニコラス・クリンチ(Nicholas Clinch) 氏が去る6月15日、カリフォルニア州のホスピスにて亡くなりました。85歳でした。

RIP: Nicholas Clinch, 85, Led Only American First Ascent of an 8000er by ROCK&ICE 2016.06.15

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晩年のニコラス・クリンチ氏と奥様のベッツィーさん Photo courtesy Mountaineers Books

 1958年ヒドンピーク初登に成功したアメリカ隊は、酸素ボンベを使用したもののコンパクトな登山隊で8000m峰初登に成功した点が評価されています。
 ニコラス・クリンチ氏の著書『A WALK IN THE SKY』がナカニシヤ出版から邦訳・出版されたのは1998年、8000m峰14座の初登に関する記録本としては最も遅い邦訳・出版となりました。

 ROCK&ICEの記事にあるように、日本人が当時未踏のガッシャブルムⅠ峰の許可取得に動いているという未確認情報が流れる中、ニコラス・クリンチ氏はじめとするアメリカの岳人達が未踏の8000m峰をめざすべく立ち上がり、実現したのが1958年の「ヒドンピーク」隊。

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 カウボーイハットをかぶった隊員達がカラコルムの氷河をキャラバンで進みました。

 登頂は7月5日、アンディ・カウフマンとピート・ショーニングが果たします。
 前述のように、1958年のアメリカ隊に関しては邦訳されている資料が少ないのですが、私の蔵書にあった8000m峰14座登山史に関する古い書籍(もちろん池田某老人の本じゃござんせん)では、アンディ・カウフマンが頂上で掲げているのが国連旗だったりします。当時の冷戦事情を思わせる一枚ですね。

 またニコラス・クリンチ氏といえば、南極のビンソン・マッシフ初登も果たした人物として名前がしられていますが、1960年にやはり隊長として隊を率い、難峰マッシャブルム初登を成功させた人物でもあります。こちらの方がステーブン・ベナブルズらに高く評価されているようです。
 名伯楽はアメリカ山岳会会長など重責を担い、6月15日、永遠の眠りにつきました。

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