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ラインホルト・メスナー、21世紀の闘い

ヨーロッパ・アルプス、イタリア・オーストリア国境に位置するブレンナー峠。

脳味噌空っぽなイギリス人がEU離脱を選挙で決めた大騒動の陰で日本のメディアではほとんど採り上げられませんが、この峠を巡り、ラインホルト・メスナーが極右政党に対して論陣を張って対抗しています。

Südtirol-Sager: Messner legt sich mit Strache an by krone.at 2016.5.6

Mes1
オーストリアの日刊紙Kronen Zeitungのウェブサイトに掲載されたコラ画像。
左がオーストリア自由党党首ハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェ、右が南チロル・緑の党議員のラインホルト・メスナー

 事の発端は、シリア難民問題で揺れるヨーロッパ、オーストリアが難民流入を抑制するためにイタリア国境にあるブレンナー峠の封鎖を進めたこと。
 極右とされるオーストリア自由党党首、ハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェ(以下、本人も用いる略称HCと略)が、 「我々はイスラム化やテロリスト流入に対抗する」 とノリノリで張り切り、あまりに張り切りすぎてブレンナー峠がある南チロル地方に関して「住民自身が決めることだが南チロル統合を願う」と発言。これに対して南チロル地方を擁するイタリア側が反発。
 難民問題と南チロル統合問題が重複してややこしいことになっています。

 これに対してラインホルト・メスナーは「我々が助けずして、難民は誰が助けるのか?」と題された記事で国境封鎖に反対の姿勢を表明。自由党党首HCに対しては、「ポピュリストは南チロルの平和を破壊する」と厳しく批判しています。
 その姿勢には難民援助という人道問題だけではなく、観光収入が財政を支える南チロルの観光客減への懸念も含まれます。

 メスナーとHCが論争している間、国境閉鎖が進むブレンナー峠ではイタリア系住民による国境封鎖反対のデモ隊と警官隊が衝突、ガス弾で鎮圧される事態に至っています。

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ブレンナー峠で対峙する警官隊とデモ隊

 ブレンナー峠でのデモ隊鎮圧の様子↓

 さらに輪をかけて、5月22日に行われたのが当事者であるオーストリアの大統領選挙。
 こちらでは有権者460万人のうち3万票の僅差で、緑の党出身のアレクサンドル・ファン・デア・ベレン氏がHCを破り当選。EU加盟国初の極右大統領当選は僅差で阻止されました。

 南チロル問題に首を突っ込むのは、極東の島国の土木作業員ごときの私には泥沼にはまるのでやめときますが、ブレンナー峠封鎖問題でラインホルト・メスナーが語った印象的な言葉を引用します。
 メスナーがヒマラヤだけでなく、世界各地を冒険、サハラ砂漠横断などの経験を積んでいることを紹介して次のような言葉がオーストリアのメディアで紹介されています。

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Und in der Wildnis gibt es keinen Streit, da würde eine Gruppe alles tun, um den Schwachen, den Kranken, den Verletzten zu helfen, weil die Gruppe besser überleben kann, wenn alle am Leben bleiben

Reinhold Messner

( 荒野では争いは存在しない。病や怪我など、集団で助け合って生きている。なぜならば、集団ならばより良く生き延びることが出来るからだ。 ラインホルト・メスナー )
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 著書『Die großen Wande - Geschichte, Routen, Erlebnisse』(邦題 『大岩壁』)では、ローツェやマカルーなどの未踏の大岩壁を「21世紀の課題」と表現しているラインホルト・メスナー。
 メスナーって、リカルド・カシンがそうであったように、将来老境に入ったら若手を育成してそれら未踏の岩壁に挑むのか?と昔予想していたんですが、実際は政治家の道を進みました。
 
 シリア難民問題、イギリスの離脱によるEU分裂の問題、オーストリア大統領選、そしてラインホルト・メスナーを深く注視していた方はご存じでしょうが、その人生につきまとう「南チロル」分離独立問題。
 これらがいっぺんに重複して噴出したのが、まさに現在。
 ラインホルト・メスナーが「21世紀の課題」として直面したのは、大岩壁ではなく、グローバルな政治的課題でした。
 
 そして7月に入った今、オーストリアでは選挙運営に問題があったとして、憲法裁判所が大統領選挙のやり直しを命じました。前回の選挙直後から選挙無効を訴えていた自由党が返り咲くのか。

 日本のマスコミが報じないところで、まだまたラインホルト・メスナーの政治活動は続くようです。

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月山残雪情報【2016年7月17日現在】

山形県の月山・姥沢口からの登山ルートの残雪情報です。

リフト~姥ヶ岳の間の残雪は消失しました。

金姥~牛首の間の稜線に約40m、約20mの残雪はありますが、平坦でアイゼン不要です。

牛首から1~2分下った箇所に、約40m程の残雪があります。
傾斜はありますが、登山者の踏み跡、スプーンカットをうまく辿ればアイゼン無しで可能です。
雪上を歩き慣れない方、不安な方は軽アイゼンを御用意下さい。

悪天や早朝など気温の低い時は夏季とはいえ残雪は堅くなっています。
また残雪の出入り口は堅く凍結したり、落とし穴状態に内部が空洞になっている場合があります、じゅうぶんご注意下さい。


いやいや、本日も雨、雨、雨。

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そろそろニッコウキスゲも賑やかになってきました。花はまだまだこれからです。

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自分のブログをふり返ると、昨年の今頃に全く同じ事書いてましたが、
「ハクサンフウロには雨の滴がよく似合う。」

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稜線にはミヤマホツツジが花盛りでした。
可愛らしいけど蜜は有毒。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    


山形の女の子みたいですね( ̄ー ̄)

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【訃報】 ノルベルト・ヨース(Norbert Joos)死去

80年代から8000m峰登山で活躍していたスイスの高所クライマー、山岳ガイドであるノルベルト・ヨース氏が、去る7月10日、ビッツ・ベルニナでガイド中に事故死しました。55歳でした。

Tod am höchsten Gipfel der Heimat by nzz.ch 2016.7.11

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ノルベルト・ヨース氏近影

 ノルベルト・ヨース氏は1960年生まれのスイス・クール市出身。
 20歳の誕生日目前にアルプス三大北壁を完登する早熟ぶりで、82年のナンガパルバット峰キンスホーファールートを皮切りに8000m峰詣でが始まります。
 スイス出身の名クライマー、エアハルト・ロレタンと組み、1984年にアンナプルナ東稜初登~北面下降という当時としては画期的な8000m峰縦走を果たします。
 その後も8000m峰に登り続け無酸素で13座に登りましたが、唯一、世界最高峰エベレストは未踏のままでした。
 2008年にやはり無酸素で挑みますが断念、「エベレストはもはや不可能」とのコメントを残しています。

Nor2
1984年、アンナプルナ遠征から帰国した際のショット
右が故エアハルト・ロレタン、左がノルベルト・ヨース

 8000m峰14座を断念してもそこはクライマー、近年はエルキャピタン・ノーズを登るなど世界各地の岩場に意欲的に取り組んでいました。
 今回はガイド中の事故で、目撃者によればピッツ・ベルニナ峰を下降中に発生した事故とのこと。顧客の2名のイタリア人男女は重傷ながら生存と報じられています。

 スイスが輩出した名クライマーの死に哀悼の意を表します。

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流れゆく仏

 平成28年7月10日、「流れ灌頂(かんじょう)」を見学させていただくため、山形県東田川郡 庄内町 荒鍋地区を訪れる。

 流れ灌頂。
 本来は、成仏できないとされる妊婦の霊を供養する儀式である。
 現在では、九州・四国など西日本で、灯籠流しなどの形式で残っているようだ。

 ここ山形県の庄内町(旧・立川町)では、本来の姿とは異なるが「流れ灌頂」という名称で小型の舟を流し、有縁・無縁仏、施餓鬼供養を行う風習が残っている。
 郷土資料の文献を漁ってはみたが、この「流れ灌頂」に関する記述は少ない。
 庄内の祖霊を送る儀式として、この目で見てみたかった。

 午前10時半、荒鍋地区公民館で法要が始まる。
 余所者の私はカメラ等記録用具をスタンバイして外で待つ。
 午前11時、地区役員の方々が「流れ灌頂」の主役であるワラで出来た舟、賽銭箱などを持ち、冷岩寺のご住職を先頭に荒鍋地区を練り歩く。

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ご住職の鳴らす鐘の音とともに参列が練り歩く。

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地区の方々は賽銭をおひねりにしたり、ポチ袋に用意して参列を待つ。

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庄内町・荒鍋地区の流れ灌頂はワラで舟と人形(船頭)を作る。
舟の中にはお供え物がぎっしり詰められている。

荒鍋地区は小さいので、参列は20分ほどで周り終える。
集落を流れる「吉田堰」で舟を流すのだ。

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地区役員の方が供物と船頭(わら人形)が乗った舟を流してやる。

動画を撮影して気がつかなかったが、舟をカメラで追っていくと、
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橋の上には地区役員はじめ、集落の方々が集まり、皆手を合わせている。
有縁・無縁の霊を供養するため、舟は流れていく。

静かな集落の伝統行事のため、余所者の私はかなり目立ったらしい。
参列について歩きながら、役員の方からいろいろなお話を伺うことができた。

Map
「流れ灌頂」の出発点となる荒鍋公民館は、もともとは川除寺(せんじょじ)という尼寺で、数十年前まで尼僧が住み込みで管理していた場所だった。
昔は公民館の裏手がすぐ最上川だったという。
地形図で確認すると、なるほど公民館のすぐそばが旧河道となっている。

そもそも荒鍋地区が開拓されたのが17世紀、以来、氾濫する最上川との闘いの歴史だった。
この川除寺も18世紀の大洪水を機会に建立されたもので、水害よけを祈願したものといわれる。

舟を流し終わった後、「あやしい人でなさそうだし、こうして行事を研究しに来られたので直会も一緒に・・・」と地区の方に声をかけていただいた。
 恐縮している私に、「直会まで参加するのが流れ灌頂です。」とおっしゃっていただいたのが、庄内民俗研究会の方だった。
 そのおかげで、遠慮して見られなかった公民館に入らせていただき、中にある川除寺須弥壇を拝見することができた。

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荒鍋地区公民館内部に設けられている、川除寺、その須弥壇。

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地元の方いわく、神仏混交の時代を反映して、神官像が祀られている。

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祭壇の様子。
出発前はここにワラで出来た舟を置き、法要を行う。
左の角切り野菜が盛られている椀に注目。
庄内一帯では「アラレウリ」と呼ばれ、餓鬼供養のため火を通さない野菜が盛られる。

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荒鍋地区伊藤区長、地区役員の皆様と共に、直会に参加することを許されました。
青菜胡麻あえ、よく味のしみた豆腐とコンニャクの煮物、漬け物などなど、庄内の味です。

口下手な私は皆様の話の聞き役にまわってばかりでしたが、
「大滝さん、内陸でもドジョウ食べる?」
「ええ食べますよ。母が天童出身ですけど、味噌仕立てで・・・」
「おおっ、やっぱり、芋煮でも庄内と内陸で醤油・味噌で味付け違うよね!」
「ドジョウ喰うと精力つくしな」
などなど、静かな農村の話題にあふれていました。

このたびの見学では、情報を提供してくださった庄内町観光協会・観光専門員の齋藤様、突然お邪魔したにもかかわらず、見学では様々な話を賜り、そして直会に列席することを許して下さった荒鍋地区区長伊藤様はじめ地区役員の皆様に深く感謝申し上げます。

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帰路、国道から荒鍋地区をふりかえる。
ここ庄内町(旧・立川町)は、その季節風の激しさから、日本でも風力発電の先駆けとなった土地だ。
テクノロジーの先端ともいえる巨大風車が、幾つも立ち並ぶ。
すぐ近くの集落では、何百年にもわたり霊を見送る行事が続けられ、人々は「祈る心」を忘れずに持ち続けているのだ。

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【全俺が】 台湾映画『太陽的孩子』 【泣いた】

本記事には、映画のネタバレが含まれます。
該当映画は作品の素晴らしさにもかかわらず、日本の配給会社の無能のため商業上映が未だ実現されておりませんのでご了解ください。

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町内子供会の行事のため、家族で蔵王・坊平でバーベキュー。
とりあえず家族サービスは済ませた。
子供会行事終了後、おまわりさんに言えないスピードで車をぶっ飛ばし蔵王から下山、私だけ山形県立図書館で下ろしてもらう。
台湾映画『太陽的孩子 (太陽の子)』を鑑賞するためである。

Sun

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ストーリー

台北でジャーナリストとして働くアミ族のパナイは、父が病に倒れたため帰郷。
久しぶりの故郷の田畑は荒れ果て、観光客目当ての再開発計画が持ち上がっていた。
開発と伝統の二つに分かれるアミ族の人々。
パナイは自分の名前の由来(稲穂=パナイ)である伝統の米「海渡米」栽培を復活させるべく、会社を辞め、故郷に戻る。

行政の無能さと冷たさに抗い、反対する村人を研究者とともに説得し、水田復活のカギとなる水路を再整備し、海渡米栽培を復活させる主人公パナイ。

しかし、行政の不手際で水田が国有地として登録されており、突如、駐車場工事が着手される。
座り込みをして主人公や村人たちは抵抗するが、警官隊に強制排除される。

パワーショベルが水田に向かったそのとき。

今まで、主人公パナイの水田復活に反抗的な姿勢を示していたパナイの娘、ナカウがパワーショベルの前に立ちはだかる。
ナカウは警官に取り押さえられるが、その模様は映像としてネットに流出、テレビニュースでも採り上げられる。
「未成年でモザイクもかけずに・・・」とマスコミの報道に激怒するパナイ。
だが、その報道によって台湾全土に支援の声があがり、まったく売れていなかった海渡米が完売。工事も中止となる。

そして村人たちがアミ族伝統の祭りを繰り広げる夜・・・・

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 台湾には政府認定の少数民族が16民族、存在します。
 その中の一つ、アミ族の人々。
 開発と伝統に揺れる村。
 民族問題、農業問題、台北と地方との格差。
 世界各国が抱える普遍的な社会問題をうまくドラマとして紡ぎ上げているため、この映画はヨーロッパでも高く評価されました。
 日本では残念ながら商業的な問題で日本の配給会社が手を出さないため、ジャーナリスト野嶋剛氏をはじめとする有志が非営利での上映権を取得、日本での自主上映を実現させました。
 この山形市での上映は日本で3箇所めになります。

 私も最近は歳なもんで、

Sun3
 突然に水田で工事が始まり、警官隊が村人を強制排除するシーン。
 老婆が若い警官にむかって
 「ぼうや、あんたもどこの部落なんだい?」
 と語りかけ、同じアミ族らしい若い警官が呆然とし、排除する警官隊の列から離れていく姿に涙がサラッと流れました。

 そしてラストシーン。
 この映画は前編を通じて、主人公パナイと反抗する娘ナカウとの姿を描いた「家族の映画」でもあります。
 ナカウが陸上競技の才能を開花させ、その才能で進学が決まるストーリーが伏線にあるのですが、ラストでナカウは弟に言い聞かせます。
 
Sun2
『お姉ちゃんは台北の学校に行く。お母さんをよろしく。』

 ナカウが陸上競技で推薦されて進学が決まる場面はないのですが、巧妙な演出で観客はそれと気がつきます。そのナカウの決然と語る姿に、やはり涙がサラッと流れました。
 ナカウを演じるのは、現地オーディションで決まったアミ族のウー・イエンズー。監督いわくナカウにはこの子しかいない、と直感したとのこと。そのまっすぐな瞳が魅力ですね。
 この映画は出演者のほとんどが現地住人のため、ロケ地を訪れると普通に映画出演者が歩いているらしい(笑)

 経済、そして教育。
 大都会・台北と、仕事も無い地方都市との格差も、この映画のテーマです。

 全編を流れる、先祖伝来の土地への畏敬の念、稲作と米食への賛歌。

 今秋9月に福岡での国際映画祭で上映が決まっています。
 人の不幸の切り売り映画のような芸術映画と違い、鑑賞後は爽やかな印象とおそらくは各地どこにでも存在する社会問題と家庭の問題を考えさせられます。
 日本人なら絶対観ろ!
 自信をもってお勧めします。

 背景に流れる、アミ族歌手Difan(郭英男)の「酒を飲む老人の歌」をアレンジした曲が懐かしい。
 若かりし頃、台湾を自転車で走っていた時に何度も頭の中でリフレインしていました。

 映画トレイラーを兼ねた、主題歌『不要放棄』動画もお勧めです。
 

 映画『太陽的孩子』正式予告編

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トモ・チェセン、マルコ・プレゼリら、スロベニア政府から受勲 【Tomo Cesen, decorated for the medals for contribute to develop slovenes climbers】

去る6月20日、スロベニア大統領府において国家勲章の伝達式が行われました。
今回勲章を授与されたのは、スロベニアを代表する登山家達です。

Državna odlikovanja slovenskih alpinistov, plezalcev in planincev  by najdi.si 2016.6.21

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今回の受賞者 右から、マルコ・プレゼリ、アンドレイ・プリバー、ボルト・パホル(スロベニア大統領)、トモ・チェセン、トーネ・スカリャ

 今回の叙勲は、長年にわたるスロベニア登山界への貢献に対して勲章が贈られたものです。

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マルコ・プレゼリ氏。
当ブログをご覧の山屋な方には今さら説明するまでもありませんね。幾回ものピオレドール受賞に代表される素晴らしいクライミング以外にも、近年のヒマラヤ遠征にみられる若手クライマー育成もスロベニア登山界への貢献として評価された模様です。

 マルコ・プレゼリ氏といえば、こういった賞の類いを嫌っているイメージがありますが、軍に所属していた頃には、その個性的な性格が災いして酒保のバーテンを務めていた不遇の時代もありました。あのプレゼリが「お通しこちらです」とか、「お会計です」とか、に近いことをやってたんでしょうな。
 クライミングの成果が認められ、軍隊で登山コーチを務めるのはその後になります。軍という国家組織において苦労した経験から、政府からの叙勲はピオレドールとはまた異なった感慨があるはずです。

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今回の報道でもっとも注目すべきは、トモ・チェセン氏の叙勲です。
スロベニア大統領公式ウェブサイトも確認しましたが、80~90年代にわたるソロクライミング(ローツェ南壁に関しては全く触れられていません)、それ以上に、90年代以降におけるスロベニアのスポーツクライミングを世界レベルに引き上げたコーチとしての実績、大会運営への尽力が評価されました。

 トモ・チェセンといえば、いまだに日本では「疑惑の人」呼ばわりされていますが、こうして国家から叙勲される人物を、いつまでも池田某老人の評価をうのみにして詐欺師扱いしてよいものでしょうか?

 息子2人はいずれも世界レベルのアルパインクライマーに育ちました。
 その一人アレシュ・チェセンはマルコ・プレゼリと共にハグシュ北壁でピオレドールを受賞、スロベニアを代表するクライマーとなりました。またトモ・チェセンがコーチを務めたスポーツクライミングでもスロベニア勢の活躍はご存じのとおりです。
 国家勲章の叙勲それ自体はローツェ南壁「疑惑」の払拭にはなんの関係もありませんが、いい年した山屋なら覚えているでしょう、あれだけ世界各国の山岳界を騒がせた疑惑騒動を乗り越えて、こうして登山・クライミングに貢献してきた生き方は評価されるに値すべきものがあるのではないでしょうか。

 東京住まいで仕事も山も立派にこなしている優秀なアルパインクライマーの大センセイ方と違い、私は失敗の多い人生を送ってきましたので、山と渓谷社ウェブサイトに「大悪党」などと侮辱されたチェザレ・マエストリや「疑惑の人」トモ・チェセンの『その後の人生』には非常に興味を持っています。

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トーネ・スカリャ氏は今年79歳、ユーゴ隊によるエベレスト西稜隊隊長はじめ、旧ユーゴおよびスロベニアのヒマラヤ黄金時代を築いた重鎮です。

もう一人、アンドレイ・プリバー氏はスロベニア山岳会における長年のボランティア活動が評価され、今回の叙勲となりました。

叙勲の模様は動画で公開されています。

なお日本で入手できるスロベニア登山史の資料として、当ブログで紹介した Bernadette McDonald著『ALPINE WARRIORS』 があります。マルコ・プレゼリ氏のトモ・チェセン氏に対する見解も興味深いものがあります。

Bernadette McDonald著 『 ALPINE WARRIORS 』 by 当ブログ2015.11.22

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