« 2017年1月 | トップページ

夜のひととき

平日、現場作業が終わる。
ウィークリーマンションに帰れば、部屋では書類作成や翌日の作業準備が待っている。

Img_1849
今日の帰り道、産直で大宜味村産の「島らっきょう」を購入。
土も付いているが蟻も付いている(笑)

島らっきょうの浅漬けでも作ろう。

Img_1850
下ごしらえのため、島らっきょうの薄皮を剥く。
iPhoneで静かな音楽を流しながら、ひたすら薄皮を剥く。

あーなんか落ち着く。
旨いモノを食べるには、手間をかけることを惜しんじゃいけないんですね。

島らっきょうの青い葉の部分は、常食している納豆、蕎麦の薬味にします。
皮を剥いた島らっきょうは二つに分け、塩をふったもの、もうひとつは

Img_1852
かつおだしつゆで浅漬けにしてみます。
山の話題は、ちょっとおあずけです。

名護岳、再び。

日曜、快晴。
3年前の山行に続き、再び名護岳(345m)を目指す。

Moon
名護城公園の寒緋桜も満開から散りかけ。
桜に月。

名護岳登山口になっている名護青少年の家事務室で、入山届と挨拶を済ませます。
下山したら下山届として名簿にチェックを入れるシステム。
名護青少年の家を経由しなくとも山頂にアプローチできる車道はありますが、万一の事態を考えれば青少年の家に立ち寄り入下山届を行うことをお勧めします。

2度目の登山、前回とは全く異なるコース取り、山と渓谷社分県登山ガイドにはないコースで山頂をめざします。
往路は名護岳南側・南展望台コースを登ります。

Imgp2772
分県登山ガイドに掲載されている「Aコース」に比べ、南展望台コースはあまり刈り払いされておらず、期待どおりワイルドな登山道が続く。

Imgp2779
シダと細竹が続く単調な植生の中で、突然現れた白い花。名前不明。

Imgp2780
リュウキュウイチゴが一輪咲いていました。

南展望台コースはポピュラーな「Aコース」に途中で合流。ここでひとやすみ。
本日の行動食は、
Imgp2781
沖縄の菓子「タンナファクルー」。
名称は製造元元祖の名前「玉那覇(タンナファ)」と色黒「イルクルー」からきているとか。
食感は本土の「みそパン」、味は黒糖味です。

合流点から前岳(前衛峰)を通過し、約20分ほどで頂上へ。
Imgp2783
木漏れ日の中、木々に囲まれた山頂稜線を歩きます。

Imgp2785
山頂の標識がみえてきました。
山の大小・季節を問わず、頂上間近の高揚感はいいですね。

誰もいない・誰も来ない山頂でコーヒーを飲みながら過ごします。

Imgp2792
前回は曇天とガスの中で登った名護岳。
今日は周囲の山と海が一望です。

Imgp2787
光の具合でよく映っていませんが、辺野古の海も見えます。

沖縄に住み着いて今日で一か月、基地問題だけでなく沖縄の戦跡についても考えさせられることが続きますが、これはまた改めて書きましょう。

下山路は名護岳北面に下り、やはり前回未踏の「沢コース」を下ります。

Imgp2790
白い花もあれば

Imgp2791
赤い花もあり。

Imgp2796
名護岳北面はトラロープがフィックスされた急傾斜。
注意しながら下り、少し車道を歩いて「沢コース」へ。
入口ではマングースが目の前を横切っていきました。

「沢コース」といっても沢を下るわけではなく、
Imgp2805
渓流沿いに整備された道が続き、ときおり流れを横断していきます。

Imgp2804
名護岳だけでなく名護城のあちこちでみかける大きな貝殻。
これはオカヤドカリの殻。残念ながら生きた中身はまだ見たことがありません。

Imgp2803
なんの写真かまるでわかりませんが、草に覆われた細い入口の奥は広いスペースになっています。
炭焼き場の跡。
名護岳は昔から人の手が入り木々が伐採され、その植生を大きく変えてきた歴史があります。

Imgp2806
「沢コース」を抜け、青少年の家に通じる遊歩道を進みます。
頭上をみれば、ヒカゲヘゴの大木に覆われてます。

青少年の家を出て帰着するまで、ちょうど2時間の山歩き。
さらに徒歩でウィークリーマンションに戻り、昼食と休憩。

午後は理髪店で髪を切り、図書館で文献を調べ、スーパーで夕食のおかずを買って帰り、部屋の掃除と洗濯。
観光目的で滞在している訳ではないので、日曜はゆっくり、やりたいこととやるべきことを済ませ、また明日から仕事です。

仕事の合間に

2月×日

 仕事で糸満市へ行く。

 大事なとこなので、もう一度書きます

 仕事で糸満市へ行く。

 時間は昼前の11時45分。
 車両に積んだ資材をさっさと下ろそうか、午後にしようか一瞬ためらう。

 取引先の人たちは皆、弁当箱を手にしていたり弁当を買いに行く準備をしていたりしている。
 ああこれが沖縄時間ってやつですかね・・・

 仕事の相方のYさんも、財布の入ったカバンを車の助手席に置いて食堂に行く気満々。
 いや俺たち仕事に来てんだけど・・・とカリカリきても仕方ない。ここは沖縄。

 というわけで、Yさんの誘導で糸満の道の駅に行く。

 P1
 道の駅に隣接した、糸満漁業協同組合「お魚センター」、ここがお刺身天国heart04

 ずらっと並んだ店舗には刺身の盛り合わせ、握りずし、各種水産物などがならび、客は自由にチョイスして向かいのベンチで食べられるシステム。

Img_1835
私のチョイスは、奥から生ガキ(300円)、沖縄産タカラガイ(250円)、沖縄産イラブチャーの刺身(250円)、それと御飯(100円)という900円ランチ。

海外からのお客様も多く結構なにぎわいでした。
刺身と御飯だけでなんとなく物足りないので、揚げ物屋ものぞく。
そこに「うむくじ天ぷら」とある。
「おじさん、うむくじって何?」
「紫芋を練って砂糖で味付けしたやつですよ」
「あ、それください」
P2
というわけでイカ天と「うむくじ」天ぷらお買い上げ。どっちも美味でした。
えーえー、午後はそりゃもう働きましたよ。(自己申告)

2月14日
 毎日毎日、山の中の現場作業。曜日すら忘れそうになる。
 一緒に働いている女の子(沖縄県人)から義理チョコもらう。

Imgp2760
チョコと一緒に波照間島の黒糖もいただく。
義理チョコも沖縄風です。

晴天、山には行かない日。

2月12日、昼から晴天となる。

Img_1833
でも山には行かない。

今日は旧暦の1月16日。
沖縄では「十六日祭(ジュールクニチー)」、または「グソー(後生)」の日。
すなわち、『あの世の正月を祝う日』。

沖縄出身の人と仕事をしているのだが、その人いわく、
「旧正月と十六日祭は沖縄の人は山に入りません」という禁忌があるとのこと。

今たずさわっている仕事でも予定では山に入らざるを得ない状況だったのだが、諸事情により旧正月の日は休工、十六日祭の日は日曜ということで、仕事では山に入らずに済んだ。

昨日も休工だったのだが、月曜の作業の下準備のため了解を得て山中にある現場に入らせてもらった。
途中、車で通りかかった大宜味村や国頭村の墓地では、十六日祭に備えてであろう、墓周辺の掃除をしている人が目立つ。
今日は日曜。
調べ物のため名護市立図書館に向かう途中、名護市内の霊園を通りかかる。

旧暦の行事も廃れつつあるのか、地域差があるのか不勉強でわからないが、民俗学の本で紹介されているような、墓地で盛大に重箱を広げてお参りする、という風景は見られなかった。
それでも名護市内の墓地では、幾つかの家族連れが墓を掃除したり、花を持ってお参りしている光景がみられる。

私は余所者として、さすがに「墓参り」という行為にカメラを向ける神経は無い。
しかし十六日祭という行事は、スーパーマーケットで身近に感じることができる。

Img_1832
「十六日祭御供え」として、惣菜コーナーには煮物や餅、果物コーナーには果物籠、レジの近くには餅菓子が大量に並べられてある。
大陸の文化を反映しているのだろうか、容器が「八卦」を連想させる八角形の樹脂容器であることが興味深い。

名護市立図書館で調べ物をしていると、スマホにショートメールが入る。
一緒に仕事をしている沖縄出身の方からだ。
『今日は山には入らないでくださいね』
はい、郷に入れば郷に従えです。

晴天下、のんびり徒歩で図書館からウィークリーマンションに戻る。
その途中、
Img_1830
イートイン可のパン屋さんで昼食。
キャベツとチーズを織り込んだパンが激ウマでした。
パン工房きしもと にて。

ナゴランを育てよう

Nago 土曜、名護青少年の家主催『ナゴランを育てよう』に参加。 少しでも沖縄の自然を知りたい。
一昨年に名護岳に登った際、その存在を知ったナゴラン。その講習、着生の実習も行うというので参加してみた。

P1
ナゴラン。花の時期はまだなので写真で勘弁くだされ。
その名前は、18世紀に名護市の名護岳で発見されたことに由来する。
しかし可憐な花形と特有の芳香から乱獲にあい、さらに太平洋戦争の戦火により沖縄県内の自生地ではほぼ絶滅したとされている。
絶滅危惧種1A類とは、「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの」を意味する。

P2
本日の講師は沖縄県立北部農林高校・園芸工学科の金城先生、そして同校の女子高生6名がアシスタントとして講師を務めた。
北部農林高校ではナゴランはじめ様々なランの培養・栽培を研究している。

本日の参加者は約10名。
ラン栽培とあって、知識も経験もプロ級の方が幾人かおられました。
ナゴラン栽培の概略説明のあと、「着生」実習の説明。

P4
金城先生が「着生」のお手本を示してくれます。
「着生」とはナゴランの根を他の樹木の枝に縛り付け、定着させること。

あくまでもお手本として細い観葉植物の幹を使ってます。
ポットで栽培したナゴラン、根についたミズゴケをとり、麻縄で縛り付けます。

P5
ティーバッグに油かす(肥料)を入れ、これもナゴランの上に縛り付けます。雨天時に雨水で養分がナゴランに流れる仕組みです。
画像は準備してくれている北部農林高校の生徒さん達。

ひととおり説明をうけたところで、参加者に用具、そしてナゴランの苗が2つ渡されます。
P6

P7
まずは慎重にポットからナゴランを抜き出し、根を傷めないようにそーっとそーっとミズゴケを取り払います。

Imgp2740
準備OK。用具を持って、青少年の家駐車場の立ち木に皆で移動。

このナゴラン講習は名護青少年の家主催行事として10年以上続けられており、今までの観察結果からもっとも開花率の良い立ち木を選びました。金城先生によればリュウキュウコクタン(クロキ)が適当とのこと。
P9
昨年、一昨年に着生されたナゴラン。しっかり根が枝に張り付いています。

P10
参加者には盗難防止用メッセージボードも渡され、私もボードと一緒にナゴランを着生させました。

P12_3
苗2本目はこんな感じで。

P11
あまり直射日光のあたらない場所をえらび、みなさん思い思いの場所にナゴランを着生させます。

 講義の中で、「ナゴランは着生した樹木から養分をとっているわけではなく、ただくっついているだけ」という説明がありました。
 あれ? じゃあナゴランはどうやって養分を調達しているんだろう?
 そばにいた金城先生に質問してみると、「ナゴランの根は空気中の水分を吸収して、そこから光合成などで養分を調達するんです。だから育ちにくいんですよ」という答えをいただいた。

 ランには2種類ある。
 地面に根を張って生きる「地生ラン」と、樹木や岩に根を張り生きる「着生ラン」だ。
 ナゴランはじめ着生ランの種子は他の植物と異なり、種子内に成長するための養分を含んでいない。
 それが、いったん自生地が失われると復活も困難で絶滅に瀕している一因ともいわれる。
 今回会場にデモンストレーションとしてもちこまれたランの苗も、フラスコの中で、栄養分が含まれたゼリーの上で「培養」された苗たちだ。

 荒々しい大自然の中でしぶとく生き残る「雑草」もあれば、なんとデリケートな植物もあるのだろう。

P13
 代々、名護青少年の家でナゴランを着生させている木。
 画像の女の子達は講師アシスタントを務めていた北部農林高校の二年生達。今日はお世話になりました。

 ナゴランはここ名護市の名護小学校、名護中学校の校章や校歌にも使われている。
 いつかナゴランが復活しますように。

 行事解散後、徒歩でウィークリーマンションに戻る。

Img_1827
帰る途中、名護岳の麓から名護市を見下ろす。
気温10度、山形では初春の気温だが、沖縄ではとても寒い日になる。他の参加者の方はダウンジャケット姿だった。
厚い雲間から海に光が差し込んでいる。
「あー、しばらくこの街で暮らすんだなあ」と街並みを眺める。

本日の行事、お土産として参加者には貴重なナゴランの苗が配られた。
探偵ネロ・ウルフみたいに、マンションの一室でラン栽培してみようか。

沖縄生活日記 飲食編

2月×日

 ウィークリーマンションで満1億8千万歳の誕生日を迎える。
 Img_1816
 他に誰も祝ってくれる人もいないので、毎日通うスーパーにある「ケーキバイキングコーナー」でモンブランをゲット。
 別件で自宅に電話したら、子供たちから「誕生日おめでとう」と言われる。ほっ。

2月×日
 仕事の相方のYさんから、塩もみした島らっきょうをもらう。
Img_1819
「まだ辛いかもしれない」と言われたが、試しに喰ってみると辛みも塩気も抜群の旨さ。
米軍基地とっぱらって島らっきょう栽培して、中国人に高く売ろうよ。

2月×日
 今の生活でマイブームなのが、
P14
「島とうふ」。
実は山形にいた頃から沖縄の「シマトウフ」の本を読んでいたのだが、ただの味濃い豆腐だろ、と思っていたのが間違いでした、ごめんなさい。
口にするとかすかな塩気。
その塩気が豆腐の味を引き立てているような気がします。夕食に欠かせない一品。

2月×日。
 飲んでみた。
Img_1820
 スーパーに行くと、「飲む玄米」という飲料が多種にわたり置いてある。
 本土では色んな土地に出張したけど、こんなのみたことない!
 で、飲んでみました。
 ・・・・関西の「ひやしあめ」の黒糖バージョンのような・・・どろっとした舌触りです。
 原料は玄米、黒糖、それにショウガを効かせた飲料です。
 ん~たぶんあと買わない。

2月×日。

Imgp2759
ウィークリーマンション暮らし。
一人暮らしは別に苦にならないが、ビジネスホテル住まいと違い、ゴミ出し、掃除、そしてシンク排水口の生ゴミ掃除がついてまわる。
週末は排水口の掃除日。
はいはい女性のみなさん、主婦は偉大です。

嘉津宇岳はシークヮーサーの香り

諸事情により月曜休工。
いろいろ頭の痛い問題を抱えつつ、気分転換に山へ。

今私が住んでいる名護市から目立つ山稜を描く、嘉津宇岳(かつうだけ 452m)を目指す。

Imgp2725
名護市の石灰鉱山から望む嘉津宇岳

Imgp2702
車で行ける最奥、登山口はグラウンドのような広さ。

Imgp2706
整備された石段はすぐに亜熱帯特有の密林の道になります。
多くの入山者がいるのでしょう、踏み跡は明瞭なため迷う心配はありません。

Imgp2707
名称不明。米粒ほどの花がたくさん枝に付いていました。

Imgp2708
「板根」を見ると、沖縄の山に来てるんだなあと思います。

Imgp2715
登山口から30分ほどで山頂到着。
強風、あまりぱっとしない曇天のため、早々に戻ります。

Imgp2717
山頂を彩るタチアワユキセンダングサ

登ってくるときに「え?」と思いましたが、登山道に柑橘類の皮が無数に散乱している箇所がありました。
ずいぶんマナー悪いなあ・・・と思いつつ、どうもあまりにも散乱しすぎてるなあ・・・とあたりを観察したら、

Imgp2720
柑橘類が自生してました。
名前がわからなかったのですが、途中の木に看板があり、シークァーサーと判明。

Imgp2719
早朝からの強風で落ちたのでしょう、無傷な実があったので食べてみました。
みかんの原種のような、酸味は強いけれど甘い味です。
シークァーサーといえば「すだち」のように緑色の実をイメージしていたのですが、自生していたものだからなのか、完熟するとミカン色になるようです。

食べた皮は捨てる訳にいかないので、しばらく右手に持って足場の安定したところでザックに入ったビニール袋にいれましたが、もう右手は柑橘系の香り。
単調な石灰岩の下り、時々右手のシークァーサーの香りを楽しみながら下りました。

大正時代頃までは沖縄本島最高峰と信じられていた嘉津宇岳。
山頂の展望はなるほど、そう信じてしまうような見事な眺めでしたが、私にとっては東北の山では体験できない、柑橘系の香りの山でした。

ひんぷん山羊料理店

名護市内から作業現場への通勤。

毎朝すっげえ気になるのが、国道沿いに貼ってある「ヤギ汁」 「ヤギさしみ」の看板。
沖縄の人はヤギも好んで食べるらしい。

で、やってきました。
Img_1814mini
ひんぷん山羊料理店

出張で来ているらしいサラリーマンの団体様で小さい店はいっぱいでしたが、カウンター席になんとか座らせてもらう。

本日は、
Img_1812mini
山羊汁をいただきます。

ネットでは「臭いがダメ」という声も多くみられますが、私は大丈夫でした。
中国・ネパールあたりで羊・山羊喰った経験があったからでしょうか、さほど抵抗なく食べられました。
中身はヤギの骨付き肉、内臓、皮付き脂肪など、ほとんどの部位が入っているようです。
底に沈んでいた、たぶんフーチバ(ヨモギ)が見た目にも味わいにも良いアクセントになってます。

店は二人のおばちゃんでやっており、日曜の夜、お客さんいっぱいだったせいか、ちょうど私のヤギ汁でご飯が品切れ。
おとなりのサラリーマン団体様は「ヤギのさしみ」で話がもりあがってました。
ヤギのさしみは、今度来たときの楽しみにとっておきます。

沖縄の人々にとってヤギは売買の対象ではなく、農閑期や年中行事での栄養食という位置づけ。
飼育頭数は昭和10年の15万4千頭をピークに、平成11年のデータでは1万4千頭とされている。
一方、現在のヤギ肉の輸入量はヤギ7千頭に相当する180t。
研究者によれば、沖縄県におけるヤギ肉の需要は減少しているとは一概に言えないという。
現に、スーパーの食品売り場ではオーストラリア産のヤギ肉やレトルト山羊汁があったりと、まだまだ人気は根強いようだ。

 昔は妊婦の栄養食として、また梅雨があけた時には「体に溜まった湿気を抜く」と称して厚着をして汗をかきながら山羊汁を食べたという。
 たしかに脂っこいヤギ汁でしたが、さて、来週も仕事がんばろう。

参考文献:名護市史 本編9 民俗Ⅱ 自然の文化史 名護市史編纂委員会

UP AND ABOUT

事実は小説より奇なり。

1930年代のイギリス。
若い女性が占い師に未来を占ってもらった。
占い師は語った。
『輝くボタンが付いた服を着た男性と結婚して、3人の子供を授かるだろう。 長男はとても高い所、世界を見渡すような高いところで災難に遭うだろう。』

女性はやがて、光るボタンの制服を着た警察官と結婚した。
3人の子供を授かり、長男は成長し、やがて登山家になった。
登山家は1975年、世界最高峰エベレストの南西壁を初登攀し、夕暮れの頂上に立ち、南峰でシュラフも酸素ボンベも無しのビバークを迫られることになる。
まさに、世界を見渡すような、高いところで。
その登山家の名前は、ダグ・スコット。

『UP AND ABOUT』。
イギリスの登山家、ダグ・スコットの自伝である。

Up 既に『ビッグウォール・クライミング』や『ヒマラヤン・クライマー』などの名著を書いたダグ・スコットだが、自らの出自を書くのはこの書が初めてということで、イギリスのクライミングサイトでも話題になった同書。

 几帳面な性格らしく、その生い立ちから詳細に記されている。

 自伝を読んであらためて思うのは、アルパインスタイルの確立者として日本では知られるダグ・スコットは、そもそもはビッグウォール・クライマーだということだ。
 休暇の範囲で通える手頃な山域として北アフリカ・モロッコのアトラス山脈に通い続け、次第にヨーロッパ各地の岩壁に挑むようになり、やがてアメリカ・ヨセミテに渡る。
 
 時代はまさにロイヤル・ロビンスやウォーレン・ハーディングがバリバリ活躍していた頃。

 ロイヤル・ロビンスが、イギリス人クライマー達がプロテクションとして使う工業用ナットに興味を示す。「これなんだい?」
 ドン・ウィランスが答える。「今、イギリスでこれが流行っているんだ」

 クライミングギア・ナッツが製品化される前の一場面である。
 ナッツ等のギアに関する話だけではない、ヨセミテのビッグウォールクライミング黎明期の雰囲気が活き活きと描かれている。
 ダグ・スコットは世界各地をまわり、各地の山や岩壁で経験を積んでいく。
 その出発点は、幼少の頃から地理・歴史の教師に多大な影響を受けたことに始まる。
 本書の各所に各国の社会背景や歴史事情がちりばめられていることからも、そのことがうかがえる。

 日本の山屋ならかなり多くの人が読んでいるだろう名著『ビヨンド・リスク』。
 その中でダグ・スコットは日本人のヒマラヤ登山をかなり辛辣に批判しているので、私は正直あまりいい印象を抱いていなかった。
 しかしそれは大きな誤解であることがわかる。
 本書を読んで特に印象に残るのは、日本および日本人との交流の場面である。

 1967年、ダグはヒンズークシュのコー・イ・バンダカー(6812m)南壁を登攀した際、同時期に入山していた日本の中央大学山岳部隊に親切に接してもらう。
 それが縁で、ダグはイギリスの自宅に中央大学山岳部隊の隊長「イタクラ」教授を招く。
 
 しかし時は1960年代、ダグの近所には、太平洋戦争時にシンガポールの捕虜収容所で日本軍から虐待を受けた元軍人が住んでいた。
 その元軍人から「なんでジャップがお前の家にいるんだ?」
 と詰め寄られる。
 ダグは冷静に、アフガニスタンでいかに親切にしてもらったかを語る。
 単なる登山家ではなく、国際人としての見識をわきまえた人物、それがダグ・スコットである。

Itakura
1967年、ヒンズークシュにて中央大学山岳部「イタクラ」教授との交流

 この自伝は「伝説」のバインターブラック峰遠征は収録されておらず、エベレスト南西壁登攀成功までが描かれているのだが、エベレストに関する記録、特に日本山岳会隊の南西壁の記録はクライマーの人名まで事細かに記されている。
 自身の南西壁遠征にあたり日本隊の記録は相当研究していたはずだが、立教大学ナンダコット遠征から始まる日本登山史の概要まで記されており、エベレストにとどまらず日本の登山界に相当の関心があったのだろう。

Dohal
第6キャンプを出発、エベレスト南西壁を登り頂上を目指すドゥーガル・ハストン

 本書の圧巻はなんといっても1975年のエベレスト南西壁遠征である。
 ハミッシュ・マッキネスはじめ猛者ぞろいの遠征隊。
 微妙な人間関係の中でクリス・ボニントンがリーダーシップを発揮、そしてダグ・スコット、ドゥーガル・ハストンが頂上をめざす。

D
1975年、エベレスト南西壁遠征時のダグ・スコット

 日本でダグ・スコットを尊敬するクライマーは多い。
 だがそれは、岩雪あたりのクライミング記録を目にしただけの結果ではないだろうか。(私もそうでした)

 そんな皆さんにはぜひダグ・スコット自伝『UP AND ABOUT』を読んで欲しい。
 クライミング・遠征記録にはでてこない、ダグ・スコットのあらたな魅力「人間像」が明らかになるだろう。
 ダグ・スコットを知らない若い世代にもぜひ読んで欲しい。
 ヒマラヤにおけるアルパインスタイルを確立した、「真の登山家」の姿を知ることになるだろう。

« 2017年1月 | トップページ

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ