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UP AND ABOUT

事実は小説より奇なり。

1930年代のイギリス。
若い女性が占い師に未来を占ってもらった。
占い師は語った。
『輝くボタンが付いた服を着た男性と結婚して、3人の子供を授かるだろう。 長男はとても高い所、世界を見渡すような高いところで災難に遭うだろう。』

女性はやがて、光るボタンの制服を着た警察官と結婚した。
3人の子供を授かり、長男は成長し、やがて登山家になった。
登山家は1975年、世界最高峰エベレストの南西壁を初登攀し、夕暮れの頂上に立ち、南峰でシュラフも酸素ボンベも無しのビバークを迫られることになる。
まさに、世界を見渡すような、高いところで。
その登山家の名前は、ダグ・スコット。

『UP AND ABOUT』。
イギリスの登山家、ダグ・スコットの自伝である。

Up 既に『ビッグウォール・クライミング』や『ヒマラヤン・クライマー』などの名著を書いたダグ・スコットだが、自らの出自を書くのはこの書が初めてということで、イギリスのクライミングサイトでも話題になった同書。

 几帳面な性格らしく、その生い立ちから詳細に記されている。

 自伝を読んであらためて思うのは、アルパインスタイルの確立者として日本では知られるダグ・スコットは、そもそもはビッグウォール・クライマーだということだ。
 休暇の範囲で通える手頃な山域として北アフリカ・モロッコのアトラス山脈に通い続け、次第にヨーロッパ各地の岩壁に挑むようになり、やがてアメリカ・ヨセミテに渡る。
 
 時代はまさにロイヤル・ロビンスやウォーレン・ハーディングがバリバリ活躍していた頃。

 ロイヤル・ロビンスが、イギリス人クライマー達がプロテクションとして使う工業用ナットに興味を示す。「これなんだい?」
 ドン・ウィランスが答える。「今、イギリスでこれが流行っているんだ」

 クライミングギア・ナッツが製品化される前の一場面である。
 ナッツ等のギアに関する話だけではない、ヨセミテのビッグウォールクライミング黎明期の雰囲気が活き活きと描かれている。
 ダグ・スコットは世界各地をまわり、各地の山や岩壁で経験を積んでいく。
 その出発点は、幼少の頃から地理・歴史の教師に多大な影響を受けたことに始まる。
 本書の各所に各国の社会背景や歴史事情がちりばめられていることからも、そのことがうかがえる。

 日本の山屋ならかなり多くの人が読んでいるだろう名著『ビヨンド・リスク』。
 その中でダグ・スコットは日本人のヒマラヤ登山をかなり辛辣に批判しているので、私は正直あまりいい印象を抱いていなかった。
 しかしそれは大きな誤解であることがわかる。
 本書を読んで特に印象に残るのは、日本および日本人との交流の場面である。

 1967年、ダグはヒンズークシュのコー・イ・バンダカー(6812m)南壁を登攀した際、同時期に入山していた日本の中央大学山岳部隊に親切に接してもらう。
 それが縁で、ダグはイギリスの自宅に中央大学山岳部隊の隊長「イタクラ」教授を招く。
 
 しかし時は1960年代、ダグの近所には、太平洋戦争時にシンガポールの捕虜収容所で日本軍から虐待を受けた元軍人が住んでいた。
 その元軍人から「なんでジャップがお前の家にいるんだ?」
 と詰め寄られる。
 ダグは冷静に、アフガニスタンでいかに親切にしてもらったかを語る。
 単なる登山家ではなく、国際人としての見識をわきまえた人物、それがダグ・スコットである。

Itakura
1967年、ヒンズークシュにて中央大学山岳部「イタクラ」教授との交流

 この自伝は「伝説」のバインターブラック峰遠征は収録されておらず、エベレスト南西壁登攀成功までが描かれているのだが、エベレストに関する記録、特に日本山岳会隊の南西壁の記録はクライマーの人名まで事細かに記されている。
 自身の南西壁遠征にあたり日本隊の記録は相当研究していたはずだが、立教大学ナンダコット遠征から始まる日本登山史の概要まで記されており、エベレストにとどまらず日本の登山界に相当の関心があったのだろう。

Dohal
第6キャンプを出発、エベレスト南西壁を登り頂上を目指すドゥーガル・ハストン

 本書の圧巻はなんといっても1975年のエベレスト南西壁遠征である。
 ハミッシュ・マッキネスはじめ猛者ぞろいの遠征隊。
 微妙な人間関係の中でクリス・ボニントンがリーダーシップを発揮、そしてダグ・スコット、ドゥーガル・ハストンが頂上をめざす。

D
1975年、エベレスト南西壁遠征時のダグ・スコット

 日本でダグ・スコットを尊敬するクライマーは多い。
 だがそれは、岩雪あたりのクライミング記録を目にしただけの結果ではないだろうか。(私もそうでした)

 そんな皆さんにはぜひダグ・スコット自伝『UP AND ABOUT』を読んで欲しい。
 クライミング・遠征記録にはでてこない、ダグ・スコットのあらたな魅力「人間像」が明らかになるだろう。
 ダグ・スコットを知らない若い世代にもぜひ読んで欲しい。
 ヒマラヤにおけるアルパインスタイルを確立した、「真の登山家」の姿を知ることになるだろう。

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