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サヨナラ、オキナワ

3月×日

 一緒に仕事している女の子(沖縄県人)から、「お彼岸近いんで、現場気をつけてくださいね」とお達し。
 現場帰り、いつものスーパーに寄ってみると

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お彼岸の菓子コーナーが特設されている。
沖縄のスーパー、旧正月に十六日、お彼岸と、旧暦行事が途切れることがない。

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試しにお彼岸菓子として並んでいる「くんぺん」食べてみました。
味はひたすら「落花生」。

3月×日
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沖縄のおにぎりは四角い。
全国チェーンのコンビニでも、沖縄仕様の四角いおにぎりが売っている。
玉子やツナマヨに、そして欠かさずランチョンミートが挟んである。
現場帰り、小腹が空いたときはよく食べる。
あー太りそう。

3月×日
なんぶトリムマラソン走った。
那覇で「じゅり馬」見た。
明日は祝日休で体休めよう・・・と思ったら、元請担当者様から「明日、現場お願いできますか?」と緊急メール。
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今宵は沖ハムのレトルト「中身汁」で体力回復。
こちら沖縄では、豚ホルモンの汁を「中身汁」と呼ぶらしい。

3月×日
仕事のため糸満市へ。
本日の作業で、長かった沖縄業務も終わり。
名護市に戻った後、仕事用の資材やウイークリーマンションの生活用具等々、数多くの荷物の発送作業に追われる。

沖縄滞在最後の夜。
ウィークリーマンションの灌木に、名護青少年の家でもらったナゴランの苗木を着生させる。
山形に持っていっても、東北の自然環境には耐えられないだろう。
いつか花咲きますように。

3月×日
山形に移動する日。

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今まで通勤を見守ってくれた、ウィークリーマンション玄関のシーサーに挨拶して出発。
沖縄での生活は終わり、また山形での日々が始まる。

じゅり馬祭り ~女たちが支えた琉球文化~

沖縄の旧暦に関する行事を見てみたい。

よそ者の立場で、ようやくその機会を得たのが沖縄県那覇市・辻で開催される「じゅり馬祭り」である。

旧暦の1月20日、二十日正月(ハチカソーグヮチ)という正月の祝い納めとして開催される「じゅり馬祭り」。

現在は各種風俗産業が立ち並ぶ那覇市・辻地区。
その昔1672年、琉球王府によって辻遊郭が公設され、そこで働く遊女たちは「じゅり」と呼ばれていた。

遊郭といっても、江戸の吉原のような性風俗の街並みではなく、今の「芸妓」に近い存在といえようか。
こうして辻地区では「女たちの、女たちによる女たちだけの暮らし」(じゅり馬祭り実行委理事長の言葉)が存在していた。

 親兄弟・家族から離れて暮らす彼女たちが、年に一度だけ、一人前になった自分の姿を披露できる機会、それが「じゅり馬祭り」といわれ、多くの見物人に混じって「じゅり」達の家族が見守っていたと言われている。

 しかし「じゅり馬祭り」は「公娼制度を容認するもの」という某女性団体の抗議により、1989年から2000年にかけて中断する。
 自治体からの支援も絶たれ、「那覇三大祭りの一つ」といわれながら、公的な観光サイトには紹介されず、祭りの開催団体も地元の料亭那覇という民間企業にゆだねられている。
 関係者の尽力により、ようやく復活したという経緯がある。

 私が一番見学したかった、「じゅり」たちの神事は旧暦1月20日、新暦の2月16日に行われ、こちらは残念ながら仕事で見学できなかった。
 奉納舞踊である「じゅり馬」を見学すべく、なんぶトリムマラソンを走り終えてから那覇市・辻に直行。

 あいにくの雨、会場である通りに足を運ぶと、関係者らしき方から、「じゅり馬見学の方ですか?今回は料亭の中で行いますので、料亭に入って下さい」と促される。

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那覇市・辻の料亭那覇。私のような平民はこんな機会でなければ行けないだろうなあ。

広い宴会室に、見学者でぎゅうぎゅう詰めになりながら、「じゅり馬祭り」は始まる。
とりあえず、クライマックスである「豊年じゅり馬」(一部)の動画がこちらです。↓


唄の内容は、「京の小太郎が作たんばい、やんざい行者馬舞者、みーはーはーとぅー、しーちょんちょん、しだりかチョンチョン、やーチョンチョン、ゆいゆいゆいゆい」

女性たちの声がそろい、馬を操る「ゆいゆい」という掛け声がとても印象的である。

じゅり馬に関しては、日大大学院芸術学研究科出身の浅香玲子氏が研究を進められ、『じゅり馬と辻村女の里(チージ)の研究 -本土(やまと)の春駒から沖縄のじゅり馬へ-』という論文集を発表している。
この論文集において、本土出身の浅香氏が辻という特殊な人間関係の中に飛び込んでいく中で拒絶され苦労された事がわずかに触れられている。

 苦労を重ねて人間関係を構築し、女性にしかできない、女性達で支えられた琉球文化を研究し保存につなげていった浅香氏のような人物こそ、現代の冒険家・探検家と呼ぶにふさわしいのではないだろうか。

2017年 じゅり馬祭り 冒頭の浅香玲子氏挨拶

2017年じゅり馬祭りの開催内容

2017年3月19日(日) 14:00~16:00(予定)
料亭那覇 三階にて開催(雨天のため)
次第
 理事長開会宣言
 理事長挨拶
 浅香玲子先生挨拶
 奉納舞踊
  弥勒節/マラヨウ節、四ツ竹(扇寿会)、貫花(玉扇会)、日舞(黒田節・料亭那覇)、谷茶前/チンボーラー(扇寿会)、黒島口説(料亭那覇)、金細工(玉扇会)、花(J-POPS舞踊 料亭那覇)、日舞(演歌「北の三代目」 料亭那覇)、加那ヨー天川(扇寿会)、稲しり(玉扇会)、古武道シリーズ(薙刀、櫓、ヌンチャク、トンファー、サイ、空手をとりいれた舞踊 料亭那覇)、民謡ショー(料亭那覇)、玻座間ショー、群舞あしびなー(料亭那覇)、じゅり馬の由来(しまくぅとばによる歌 西浜陽子)、豊年じゅり馬からじゅり馬(全員)
 16:20終了、解散

第29回なんぶトリムマラソン出場

沖縄出張で甘いモノと脂っこいモノ喰いすぎたため、腹ごなしに第29回なんぶトリムマラソン10kmコースに出場。

ランネットでエントリーする際、「自己申告タイム」を記入する欄があったので、「あ、これってスタートラインの目安にするやつだよね」くらいの考えでテキトーに遅めに申告してエントリーしたのだが・・・しばらくして要綱を読んで初めて「トリムマラソン」の特徴に気が付いた大馬鹿野郎な私です。

トリムマラソンとは、通常のマラソン大会と異なり、あらかじめ申告していたタイムと差の無い時間でゴールした者が優勝というマラソン大会。レース中、腕時計はもちろん、携帯の類、時間がわかるギアを身に着けていると反則となる。

まあいいや、私が好んで出場する東北の小さい大会には無いレース形式だし、なんといっても会場である

糸満の青い海!

糸満の青い空!

その下で走れるなんて!

そしてレース当日の現実↓

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雨でございました。

10kmにエントリーしたランナー約1200人、メインのハーフマラソンにエントリーしたランナー約2200人、計約3300人が一斉にスタートする。

スタート合図の花火とともに、雨が止んだ。
おおっ、と感動したのもつかの間、なかなか前の群衆が進まない。
あれ?
もしかして俺5kmのランナーに並んでる?
すっごい気になって歩道に飛び出し、前に走ってみると、単なる渋滞でした。
数千人が一斉スタートする大きな大会は違いますな。

灰色の空の下、自分でも気になる程のゆっくりペース。
幅広い片側2車線の国道を完全封鎖して、車道を走る。
はるか彼方に続くランナー達。

ジョギングペースでレースは続く。
灰色の海、灰色の空を眺めながら走り続ける。
沖縄のレースの特徴だろうか、公設の他、私設の給水所もいくつかみられる。

おおっ!
給水ボランティアでしょうか、地元・海邦銀行の女性行員のお姉さんがすっげえ綺麗
見とれていて水もらうの忘れました。(実話)

邪念が頭に渦巻いたせいか、レース後半は再び雨に降られる。
気温も高いせいか体が濡れるのはいいが、頭や顔面から流れる雨水が汗まじりで、目に入ってとてもしみる。
トリムマラソンなので、通常のマラソン大会にある「ゴールまであと○km」という表示が5km地点以外に無い。
自分が何kmまで来ているのか、ゴールまであと何kmなのか感覚が掴みにくいため、通常のマラソン大会とは異なる苦しさ。

おそらく最後だろう、ゴール手前の給水所でもらった水で顔を洗い、カップの半分は口にふくみ、最後のスパート。
前半のスローペースと普段の不摂生のため、こっぱずかしいタイムで完走。

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受付会場兼控え室である体育館のにぎわい

体育館で休憩とストレッチ、水分補給した後、糸満市のケーキ屋フォーリーフハウスに直行。
10km走った後は風呂よりメシよりまずケーキ!

本日は、
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1日100個限定の「ほぼ北海道シュークリーム」を購入。
生クリームと小麦、てんさい糖に北海道産原料を使っていて毎日完売・購入は一人10個までというシュークリーム。
クリームはコクのある甘さでなく、さっぱりした感じの甘さ。
(甘さ控えめって表現、最近嫌いなんだよね)

シュークリームで体力回復した後、次の目的地・那覇に向かいます。

【訃報】 ロイヤル・ロビンス逝去

既に世界各国のクライミングサイトが報じていますが、ロイヤル・ロビンス氏が3月14日、亡くなりました。
死因は明らかにされていませんが、長い闘病の末の逝去との報道です。82歳でした。

Rock climbing pioneer, Modesto’s Royal Robbins, dies at 82 by The modesto Bee 2017.3.14

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若き日のロイヤル・ロビンス

クライマーの皆様には今さら経歴を紹介するまでもありませんが、1957年ハーフドーム北西壁初登、1961年 エルキャピタン・サラテ初登、1962年 センチネルロック北壁初登 等々、ヨセミテのクライミング黄金時代を築いた一人。

筆者はどちらかというとロイヤル・ロビンスと激しく対立していたウォーレン・ハーディングの著書に惹かれていましたが、邦題 『ロイヤル・ロビンスのクリーンクライミング入門』 に影響を受けた方も多いかと思います。ロイヤル・ロビンスが提唱した「クリーン・クライミング」の概念はクライミング史において大きな潮流を巻き起こしたといえるでしょう。
クライミングの偉大な先達の逝去に、哀悼の意を表します。

あの人は今 ロイヤル・ロビンス (当ブログ2008.05.26 73歳当時のインタビュー記事)

またまた沖縄

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またまた名護市民になります。
会社の健康診断も終わったし、また脂っこいもんと甘いモノ喰うぞ~


山形日記 2017年3月

3月×日
 一時帰郷の期間、野暮用は続く。
 本日は会社の健康診断。
  
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やべえ、沖縄出張中にコンビニパンの食い過ぎでしょうか、身体が ↑ こうです。

3月×日
 会社から休みをいただき、実母の白内障の手術立ち会い・付き添い。
  
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 眼科って、待合室に雑誌・新聞無いんですね。今さら気がついたけど。
 あらためて実母の「老い」を思い知る。

3月×日
 北朝鮮のミサイルが降ろうと、職場でのお菓子試食は忘れません。
 親方がアメリカ南部出張から戻り、事務室のテーブルは
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 お土産のアメリカチックな甘ったるいお菓子でいっぱい。

 その中で絶賛されたのが、
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Sweet taste of Texas の、キャラメルがけのクルミ菓子。
クルミといっても揚げてあるのか、かなりクリスピーな食感でサクサク、表面のキャラメルもアメリカ菓子らしくない控えめな甘さ。
 美味い! 現地を訪れる日本人にも評判いいらしく、ネットで取り寄せる人も多いらしい。

3月11日
 朝、自宅で面倒をみていた実母を実家に送る。
 10時から息子の通院に付き添い。出張の多い身、せめて山形にいる間は子供のそばにいたい。
 とはいえ、ガイドとして某団体様より初心者向けの山域の推薦を依頼されている。
 実母を送り、10時までのわずかな間・隙間時間を利用して近所の里山のアプローチ道を偵察。
 
 息子の通院付き添いがおわった後、地図・資料を携えて山形市・天童市周辺の里山・低山3座の入山口の確認のため車で走り回る。
 いずれも登山経験のある山だが、団体様の大型バスが入れるか等々アプローチ道をあらためて確認。

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昼食を喰う時間も惜しいので、ボー・ションドブレ でホットドッグを買い、喰いながら山道を運転。
 こんな地味な作業も、ガイド業の内。

 山形市西端の山道を走っていると、

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昨晩の雪でうっすらと雪化粧した、我が故郷・山形盆地が一望できた。
ここが自分の故郷なんだなあ、と眺める。

 登山口の偵察が終わった後、沖縄でお世話になっている方々へのお土産を買いそろえるため、山形県観光物産会館へ。
 品物を物色していると、館内放送で
『東日本大震災発生の時刻が近づいて参りました。黙祷に御協力下さい。黙祷。』というアナウンス。
県外者も大勢訪れているだろう館内、アナウンスとともに皆立ち止まり、館内BGMも止まり、皆が黙祷を捧げる。

ああ、やはり東日本大震災は、人々皆の共通体験なのだ、と思う。

 買い物もおわり、自宅で10分ほど仮眠をとった後、実母、家族を連れて某回転寿司へ。
 移動途中、スマホが鳴る。
 沖縄業務の元請け担当者様から、来週の業務内容と道具についての連絡。
 某回転寿司屋、息子はラーメン、娘はエビ天ぷら、私はカレーを喰う。いったい何しに寿司屋に来ているのか?
 実母を実家に帰し、家族を自宅に帰し、私一人、夜の会社に出勤。
 さきほど電話連絡をうけ沖縄で使う予定の、追加の道具を取り出し、ようやく自宅に戻ったのが夜8時。

 さすらいの作業員、明日から再び沖縄に向かう。

あれから6年

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Photo by Clotilde Cht

インドのクライミング技術は欧米諸国を越えた 【ネタです】

さすがインド5000年の神秘!!

映画『MERU』で感動に浸っている日本全国のクライマーの皆様!

ウィル・ガッドやスティービー・ハストンも真っ青なクライマーがインドにあらわる!

詳細は動画をどうぞ↓

おおーっ、あのコメディ映画『バーティカル・リミット』よりすげー!(棒読み)

インド・ヒンズーポップスのMVらしく、字幕のスタッフ名から必死に調べたのですがインドの著名な映像ディレクター Anjali bhushan が関わっている以外、歌手・俳優不明です、すんません、、、

今年もまた

一時帰宅。
不良社員の私に仕事など溜まっている訳もないが、会社の健康診断、会社から支給される安全靴の試着、沖縄業務での精算や総務との金銭のやりとり等々・・・やたらと野暮用が続く。

ふと気がつけばもう3月。
毎年恒例、

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4月始まりのビジネス手帳の購入。

ちょっと変化を求めて、書店の店頭に並んであるいろいろな会社の手帳・ビジネスダイアリーを閲覧する。
今年から発売されたらしい、ガントチャート・月間予定表に特化したダイゴーの『プロジェクトダイアリー』がとても魅力的だったのだが、いろいろ考えた末、やはり二ヶ月分のガントチャートが一覧できる、毎年使用している能率手帳A5版を購入。

月間カレンダーを掲載している手帳が多いが、現場作業員と山岳ガイドの時間軸を生きる私には、一目で二ヶ月分の予定が目視できる能率手帳のガントチャートが手放せない。
今年はどんな予定が書き込まれることやら。

ブナ雪原探検隊2017 2日目

朝。
いつものように、参加者よりも早く起床し、外に出て観天望気。

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気温マイナス7℃、放射冷却現象で駐車場の車は真っ白。
沖縄暮らしが続いたので、凍り付いた自分の車に一瞬戸惑う。

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 朝日少年自然の家からは、眼下に最上川・大江町の街並みが一望できるのだが、今朝は彼方の山並みまで雲海に覆われていた。
 自然の家の素晴らしいスタッフ、仲間と一緒に行動させていただき、私はあと幾度、こんな美しい景色を見ることができるのだろう。

朝食とパッキングを済ませ、バスで月山中腹・志津温泉へ移動。
本日のガイドは月山朝日ガイド協会・私のブナ林ガイドの師である横山さん。

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月山本峰は雲に隠れていたが、湯殿山がくっきり見える晴天。

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穏やかな天候の下、みんなで「一本ブナコース」を進む。

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ヤママユガの繭やウサギの糞・小便跡など「フィールドサイン」を観察したり、

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横山さんからブナ原生林の解説を聞きながら、今年も一本ブナに到着。

冷たい風が吹いているため、昼食は毎年利用しているピークではなく、少し下りた凹地に行く。
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今年も雪穴掘り。
自然の家スタッフの神保さん、サポ仲間のマロ、同じガイド仲間の細谷さんが汗だくで一生懸命掘る一方、私は上で掘られた雪ブロックを周辺に捨てる係。はっはっは。

3mまで掘り下げる。ゾンデ棒を刺してみると、積雪深は5.5m。
掘った穴は子供達に大人気。
みんなで集まる様子は、まさに昨日スライドショーで読み聞かせた『てぶくろ』そのまんま。

帰路、横山さんの指示で私がラッセルを引き受ける。
昼近くになり、好天で重くなった積雪をスノーシューで踏みつけて進む。
トレースの無い雪の斜面を進むと、一昨日までの沖縄の気候・風土を忘れ、やはり自分は雪国の人間だ、と思う。

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下山路は例年のようにキャットで圧雪されておらず、なかなか尻すべり遊びができませんでしたが、それでも斜面を見つけては滑って遊ぶ子供達。

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ブログラムも無事おわり、帰路の弓張平センターでは玉こんにゃくを振る舞ってくださいました。

玉こんにゃく食べた後の串を片付けるべく、自然の家の土屋所長が真っ先に自らビニール袋を調達してきて皆から串を集めている。ホスピタリティと行動力という点で、土屋所長にはいろいろ教えられる。

昨年の記事に書いたが、指定管理者制度が始まり従来のような活動ができるか不透明な状態だったが、良き仲間、スタッフの皆様のおかげでこうして今年も子供達と自然の中を歩くことが出来た。

『来年もまた来たい』
そんな子供達の一言が私にとって無形の報酬であり、子供達はもちろん保護者の方々にも自然の素晴らしさを体験してもらう。それが今の私にとってのガイド活動の動機付けである。

ブナ雪原探検隊2017 1日目

沖縄から戻った翌日、山形県朝日少年自然の家主催 『ブナ雪原探検隊』 にサポーター参加。

私が沖縄に行っている間、大雪に見舞われた山形だったが、3月に入るとやはり近年の暖冬であった。

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 小雨の中、スノーシューに慣れるための試し履きを兼ねて、自然の家周辺を散策。
 
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 散策後は雪を利用してアイスクリーム作り。
 
 今回私が担当する班は、宮城県から参加されたご家族(お父さん・お母さん・女の子)と、地元の男の子(小5)1名。
 男の子と同じ学校の子が他の班にいるため、班の中で彼が孤立したり他の班で遊びほうけてしまうことに気を配っていたが、ご家族参加のお母さんにも終始気を配っていただき、班としてまとまって行動できた。

 あいにくの雨、アイス製作は体育館の中で行ったが宮城からのご家族は初めての体験とのことで、女の子も大喜び。
 夜は翌日のブナ林訪問に備え、月山の四季・ブナ林のスライドショー。

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ウクライナの民話『てぶくろ』の読み聞かせから始まり、懐かしい昨年の月山夏山登山や秋のトレッキング企画が上映される。
 こうして第1日目はおわり。

 ここ数年、スタッフの寝床は広い和室をあてがわれていたが、今回は参加者と同じ、二段ベッドのある宿泊室。
 久々に自然の家の宿泊室にて横になる。
 沖縄出張の疲れもあり、懇親会も中座して眠りについた。

ピオレドール2017 生涯功労賞にジェフ・ロウ

ピオレドール2017、生涯功労賞(ワルテル・ボナッティ賞)に、ジェフ・ロウが選出されました。

Jeff Lowe recibirá el Piolet de Oro 2017 por el conjunto de su carrera by Desnivel

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全盛期のジェフ・ロウ

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筋萎縮性側索硬化症に類似した病と闘病中の、現在のジェフ・ロウ

 各国クライミングサイト共通してアイガー北壁「メタノイア」をとりあげていますが、なんといってもジム・ドニーニらと組んだラトック1峰北壁が印象に残ります。
 名著『アイス・ワールド』を手にした日本のクライマーも多いことと思います。

 その傑出したクライミングテクニックだけが取りざたされますが、私が愛知県の登山用品店「穂高」の鈴木清彦氏(愛知学院大山岳部)からお勧めいただいたビデオ『Alpine Ice』では、地味な滑落停止や尻セードなどの基本技術も披露しています。
 先鋭的な行動でクライミング技術を押し上げただけでなく、ジェフ・ロウがビデオのようなメディアを通じて多くの登山者・クライマーを啓蒙していった面も忘れてはならないと私は思っています。

帰郷

現場はしばらく休工。
職場の皆様のお心遣いにより、私も一時帰宅。

始発のバスを乗り継ぎ、名護から那覇空港、大阪経由で山形へ。

日の暮れた山形は気温1℃。
JALの機内アナウンスでも、「暖かい大阪からいらしたお客様、体調を崩さぬよう・・・」とアナウンス。
いや俺、沖縄から来てんだけど。

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山形市内に向かうシャトルバスから山形盆地の景色を眺める。

心は山形県人、身体はすっかり沖縄県人。
今の私には暖冬とはいえ、すっげえ寒い。

シャトルバスの停留所で、迎えにきたカミさんと合流。

私「疲れた。ユンケル買いたいからツルハドラッグ寄って」
カミさん「家に買ってある」

私の行動パターンが完全に読まれている・・・
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自宅に戻ると、雛飾り。そして夕食には
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あさりのお吸い物。

食べてみた

山形から増援のK君が現場に来訪。
歓迎会と打ち合わせを兼ねて、グルメサイト有料会員Yさん一押しの「満味」へ。

沖縄北部「やんばる」産の豚の16種類の部位が食べられる、豚専門の焼き肉屋。

こんなもの食べてみました。

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3月某日
 たまたま名護市内でベーグル屋を見つける。
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ベーグル屋ミスリ ブログはこちら

仕事を終え、早速とつにゅ~

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本日は「紅芋と黒胡麻ベーグル」で「キューバサンド」を注文。

あー、そういえば「雪山大好きっ娘。」のえのきど。さんが「キューバ最高」とか言ってたな~という理由で0.3秒で注文を決める。え?主体性?なにそれ美味しいの?

620円、値段は張りますが美味しいっす。

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