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【訃報】 ウーリー・ステック死去

まことに残念な報道です。

スイスのウーリー・ステックがネパール・ヌプツェにて滑落死した模様です。

Ueli Steck dead: Famous Swiss climber killed in mountaineering accident near Mount Everest by Independent 2017.4.30

Steck
ウーリー・ステック近影

 すでに山屋な皆さまはご承知のとおり、ウーリー・ステックは今春エベレスト・ローツェ縦走をめざしてネパール入り、順応活動に入っていました。
 詳細は情報が交錯していますが、ヌプツェ登攀中に滑落した模様です。

 最近になりメディアでのインタビューで、自らのリスクあるクライミングゆえ子供を作らないことに言及していました。
 
 今年のビオレドールでは登頂を示す証拠について議論になり、ウーリー・ステックの果たしたアンナプルナ南壁単独登攀も議論の俎上に挙げられていました。

 韓国の山岳雑誌におけるインタビューにおいて「これからは8000m峰で活動する」と言明、なにより感銘を受けたのは、

 『私の目標は、その変化の過程の中で、登山の楽しさを失わないことです』

 と、世間で取りざたされる「記録」「スピード」とは異なる、「クライミングを楽しむ」ことを第一とした思想にありました。
 これから生み出される記録よりも、希代のクライマーがどのように歳をとり、どのようにクライミングを楽しんでいくのかを注目していたのですが、今回の事故死により、それを見届けることも叶わぬことになり、残念でなりません。
 不世出のクライマーの死に、哀悼の意を表します。

当ブログ記事 「私は機械じゃない」 ウーリー・ステック、韓国で語る 2016.02.03

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段ボールピザ奮戦記

山口から戻った翌日、山形県朝日少年自然の家の恒例行事『段ボールでピザを焼こう』にサポーターとして出動。

段ボール窯でピザを焼く毎春恒例行事。
今年は参加者がふくれあがり、100名超え。
サポーター(ボランティアスタッフ)も少なく、私も一人で三つの班を担当。

基本的に親子連れの参加者で、ピザ生地作りなどはお母さんが腕をふるってくれて見守るこちらも比較的楽なのだが、段ボールピザ窯の作成は皆さん手間取る。
一人で三つの班を、様子をみながら巡回する。ふー。

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今年も皆さんが練った生地を日光の下で寝かせます。

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約100名、32組の親子で参加の皆さんがピザのトッピングに奮闘中。
見守り・指導のスタッフも奮闘中。

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ずらりと並ぶ段ボールピザ窯。
焼け具合をみようかな~と敷いてあるパレットに足を乗せた瞬間、ほんの数センチでしたが段差があったのでしょう、パレットがぐらつき、ピザ窯の中でピザが炭火の中に転がり落ちてしまいました(!)

あーやべえっ!
2015年の時の悲劇が頭をよぎる。
所長の指示を受け、代替のピザを手配すべく厨房に走る。
2015年の時に経験した、参加者の「手作りへの熱い想い」が頭にあったので、厨房で伸ばした生地、トッピング材料を受け取り、ひっくりかえったピザを作ったご家族のところに走り、材料を差し出してもう一度作ってもらうようお願いし、なんとか快く受け取っていただいた。ふー。

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画像は本部スタッフ用に焼かれたピザ

本日はスタッフ用に焼かれたピザ2切れを口にしただけで、あとはひたすら釜の近くで焼け具合の指導と見張り。
個人的にはいくつかのリピーターのご家族がいらっしゃっていたので、サポーター(ボランティアスタッフ)としても嬉しい限りです。

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アフターファイブ日記 in 山口

4月×日
 雨のため、早めに現場が終わる。
 日没までは時間がある。

 「お前の足なら30分でいけるだろ?」
 と親方にも勧められ、小雨の中、山口県光市の峨眉山(117m)にとりつく。

 中国の名山「峨眉山」に似ているということからその名がついたらしい。
 砂州でつながった陸繋島である峨眉山の樹林は、国指定の天然記念物に指定されている。

 旧日本海軍が、代用地も準備せず地権者を追い出して広大な基地を建設した光市、その歴史を考えるに、江戸時代の昔から守られてきた峨眉山の自然は貴重なものといえるだろう。

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峨眉山の道はすべてコンクリート舗装の遊歩道になっている。

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小雨に煙る峨眉山の登山道

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最高点には秩父宮殿下の登山記念碑。
峨眉山、ピークよりも途中の登山道の方が眺めがよさそうです。

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杵崎神社を通過して参道を歩く。
きっちり30分で峨眉山遊歩道を駆け抜け、親方が待つ駐車場へ戻る。
晴れた日ならもっと景観が楽しめそうです。

4月×日
 とりあえず光市の仕事が終わり、元受担当者様、親方と3人で「いろり山賊」へ。
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いかにも「This is Japan」みたいな屋外座敷にて、

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山賊むすびを喰らう。具はシャケ、梅、昆布。米一合くらい使っているのではという巨大なおむすび。

以前に来たときのある親方の勧めで
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山賊焼きを喰らう。

光市の仕事もおわり、明日は空路、山形に戻ります。

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ポーゴパック ~軍事開発とアウトドア用品の間~

 最近は登山装備もだいぶ軽くなりましたよね。

 でもテント泊なんかでザックの重量に悩まされている方もいますでしょうか。

 アリゾナ州立大学のヒューマン・マシン・インテグレーション研究所の研究者、トーマス・シュガー氏が、人体に与えるザック加重の負担を軽減すべく、サスペンション付きのザック『Pogo pack』ポーゴパックを開発研究、試作段階に入っています。

Pogo pack: ASU innovator creates wearable, trail tech — and we put it to the test by アリゾナ州立大学 2017.4.17

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人体への加重を軽減するため組み込まれたサスペンションシステム。

どんな動きをするか、デモ動画をぜひご覧下さい↓


Pogo Pack test on Peralta Trail - Superstition Mountains, Arizona from ASU Now on Vimeo.

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パックはsea to summit 、ショルダーベルトはアメリカ軍用パックの製品を流用した試作品、フィールドテストが重ねられています。

このポーゴパック、サスペンション駆動のためリチウムイオンバッテリーとモーターが使われています。
動画をご覧頂くとおわかりのように、山道を歩いた時の人体の上下動に併せてパックが揺れ、加重軽減を果たしています。

試作品、いくつかの短所があります。
山道を歩いているとモーター駆動の音が「野生動物が怒った声」として周囲に聞こえてしまう。
歩行中に立ち止まったりすると、パックの動きが止まらず体が振られてしまう。
などなど。

さてこのポーゴパック。

もともとは軍用品として、30~50kgのザックを背負う兵士の負担軽減のために開発されたものです。
しかし製作コストが増大したこと、ザック本体の重さが5kgを超えてしまい、アメリカ軍が興味を失ってしまったとのこと。「新兵のシゴキには使えそーだな」とジョークを言われたとか。

このアリゾナ大学のトーマス・シュガー氏、他に開発中の製品として、
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時速24km(フルマラソン2時間切れる)の速さで走れるロボットスーツ

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スパイダーマンみたいに、どこでも登れるロボットスーツ

その他(以下省略)、様々なロボットスーツを開発中だとか。
いやもうロバート・A・ハインライン『宇宙の戦士』のパワードスーツの世界ですね。

 ここで注目されたいのは、いつかはアウトドアの世界に還元されるであろう技術・製品が、軍事用として研究が進められていることです。
 上記アリゾナ州立大学の記事でも、軍民転換の一例として、第二次世界大戦後、軍の余剰物資のイカダの存在がホワイトウォーター・ラフティングの隆盛につながったことが挙げられています。

 先日、日本学術会議が「軍学共同反対」の声明を出しました。
 私個人の意見としては、国家から運営費、国民から学費を得て成り立っている大学が国家の安全保障・平和維持に全く関与せずという姿勢を示すことに違和感を持たざるを得ません。

 私自身が仕事関係で直接伺った話として、ベトナム戦争当時、日本の某大学農学部にアメリカ政府関係者が頻繁に接触を求めてきたという話を聞いていますし(ベトナム戦争、アメリカ軍、農学部といえば何を意味するか、歴史を知る方ならピンとくると思います)、学術研究の成果が大量破壊兵器の開発につながった歴史はもちろん忘れてはならないことです。

 その一方、アメリカで軍用品として開発されたテクノロジー、製品が、やがて民間品としてアウトドア愛好家の手に渡るという現実は、「平和国家」日本の住民として知るべきでしょう。

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コッペパン

ドーナツ一つパクついて虎ヶ岳から下りた後、光市のコッペパン専門店に直行。

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PANCOPPE (パンコッペ) 里の厨店を訪問。

季節商品の桜あんコッペが目の前でどんどん売れていましたが、コッペパンの王道ピーナツコッペを買おうと思いつつ、甘さの誘惑に勝てずベルギーチョココッペを購入。

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フワフワのコッペパンに濃厚なチョコクリーム。

今日は日曜ですが、午後から現場に入り、某県から転進してくる親方の出迎えです。
甘いモノ喰って仕事がんばります。

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乳観音 (山口県光市 小野)

光市の里山に、「乳観音」なるお社があるという。
休日、さっそく訪問してみる。

情報は観光サイトにも何もない。
看板も何もない。
文献資料の略図をもとに探し当てる。

ごくふつうの民家の裏、「え、こんなところ行くの」という細い道をたどると、そこに「乳観音」はありました。

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カメラが傾いたんじゃありません。
普通の民家裏をたどると、全体に傾いた、急な石段。
そこを登ると、

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乳観音にたどり着く。

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鳥居を構えた神社の左脇に、観音堂がある。

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石造りの観音像(右)と、壁に奉納された乳模型。

乳観音の建立時期ははっきりわかっていないが文献から江戸時代中期とされている。
乳の出が悪い人は一対の乳模型を奉納すると、乳の出が良くなるといわれ、願いがかなった人は母乳を奉納すると乳児が無事に成長するといわれている。

観光情報の類いには一切紹介されておらず、知る人ぞ知る、という乳観音。

カミさんの育児を傍からみてきてはいるが、やはり男にはわからない苦しみ・悩みがあるのだろう。
奉納された乳模型に、女性たちの切実な願いをひしひしと感じる。

話は変わるが、山形県の某所、地名を挙げれば山形の人間なら誰でも知っている場所なのだが、その集落の奥にお社がある。
たまたま現場関係の仕事でそのお社をみる機会があったのだが、中を覗いてびっくり。
お社の中には数百はあるだろう、大量の木製の「男根」が奉納されていた。
子孫繁栄、子宝に恵まれるように・・・という願掛けのお社だと思われるが、民俗関係の資料でも一切とりあげられていない。

「性」に関する祈願はタブー視されるということなのだろうか。
時代は変わろうと、子作り・出産・育児は太古からの人間の営みに変わりは無い。
なんの目印も看板もなく、ひっそりとたつ乳観音にそんなことを考えた。

参考文献 : 古川知明著『失われゆく民間信仰 山口県光市にみる日本の原風景 路傍の御仏』

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虎ヶ岳 (414m 山口県光市)

山口県光市の最高峰、虎ヶ岳(414m)を目指す。

東北でも人気の高い虎毛山の資料をあたっているときに知ったのだが、日本の山名で「虎」の字が用いられている山は少ないらしい。
また、山口県光市と下松市を隔てて300~400m級のピークが屏風のように連なっている。
この連嶺のピークとして、ぜひ虎ヶ岳を登ってみたくなった。

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本日は定光寺コースから虎ヶ岳をめざす。

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登山口には何かのおまじないか?積み石が沢山並んでいた。

沢沿いの細い登山道をたどり、やがて杉林の中へ。

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山城の跡か、耕作地の跡か。古びた石垣が幾つも並んでいました。

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道が沢筋から離れると、水の音が途絶え、静寂の世界。時折ウグイスの声が聞こえるだけの、杉林。

登山道として拓かれたのか、道はつづら折りではなく、ひたすら急登をたどります。

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やがて明るい稜線の道。

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陽光の下、新緑の中を進みます。

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虎ヶ岳山頂に至る稜線は幾つもの小ピークを越え、お手軽縦走気分。

登山口から30分程で山頂へ。
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ブログに載せてしまうと、これから登る人の楽しみを奪うような気がしてしまうのですが、標高414mにして山頂の眺めは素晴らしい!光市全域と瀬戸内海を望む。

広島県の山でも思いましたが、山陽地方の山の魅力って、山頂から「海が眺められる」ことではないかと思います。

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山頂にて。登山道のツツジはおわりかけでしたが、山頂のツツジは見事でした。

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また30分ほどかけて下山。
縦走コースとして親しまれているのでしょう、幾人かのハイカーとすれ違いました。

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虎ヶ岳山麓はケマンの花盛り。紫と黄色のケマンが彩っていました。

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おしごと日記 in 山口

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毎日毎日、殺風景な現場でお仕事。ふー。

4月×日、スーパーで買い物帰り、『菓子乃季』に立ち寄る。
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本日は「金魚最中」を購入。
粒餡原理主義、こしあんは死ね!な私には、歯ごたえある粒餡が美味美味。
金魚といっても出目金っぽいなあ。。。と思ったら、金魚は金魚でも山口の郷土玩具「金魚ちょうちん」をモチーフにした菓子だそうです。

4月×日、明日で仕事相方のK君が山形に帰る。
今日から移った宿の徒歩圏内に居酒屋があったので2人で突入。

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定番ですが「ふく」(ふぐ)の唐揚を喰う。

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ついついつられてプーチン大統領も飲んだ「東洋美人」を飲む。
Вкусный!

翌日↓
Drinker

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けんちょう

さすらいの現場作業員、本日より戊辰戦争の宿敵・山口県は光市に滞在。
しばらく安ホテル生活。

今夜のおかずは

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山口県の郷土料理「けんちょう」。
大根の薄切と豆腐、人参を油で炒めて醤油で煮た惣菜です。

名前の由来は税金泥棒が働く公官庁じゃなくて(僕なにか変なこと書きました?)、けんちん汁の名前の由来ともいわれる鎌倉の建長寺からきているらしい。

東北地方だったらガンガンにしょっぱく煮付けるところだけど、西日本らしい甘めの味付けです。
明日からコンビニ依存生活に突入~

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I saw her standing there

月山エコプロの白田さんにお声がけいただき、ありがたいことに今年も湯殿山ガイド山行の助っ人サブガイドとして参上。

 夏道が無く、積雪期しか頂上に立てない湯殿山(1500m)。
 エコプロの湯殿山ツアーは発表と同時に申し込みが殺到するプログラム。
 毎年、JMGAガイド3名体制での催行となる。

 一週間前から天気図を眺め、当日はうまく移動性高気圧の影響をうけるのか微妙な天候。

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集合場所の山形県自然博物園前にて、青空の下、山頂を現す湯殿山。

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森林限界を抜け、湯殿山南東稜にとりつく。風が強い。

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強風の中を登り、風も穏やかになった湯殿山山頂にて。
3年越しでようやく登頂を果たしたクライアントもいて、皆さん満足の表情。

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強風のため山頂では行動食のみの休憩とし、湯殿山から下りて山麓のブシ沼でランチ。
皆さん湯殿山方面を向いているのが微笑ましい。

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帰路はズズーッと尻セードで皆さん奇声をあげながらwブナの森を滑り降りていきます。
今シーズンも、月山エコプロ真鍋氏、伊藤氏のおかげで無事下山・解散となりました。

今回の参加者で、登山ガイド志望の若い女性の方が参加されていた。
2000年始め、東北でJMGAガイド団体が芽生えたときには、各地で活動しているオッサンばかりが集結していたものでしたが。。。。
彼女のような存在に、明らかに登山、そしてガイド業へのイメージの変化を感じる。

解散後、私のシークレットエリアを覗いてみると、
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ザゼンソウはまだ固いつぼみでした。

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国道112号線、だれも見向きもしない車道脇には、キクザキイチゲが白く彩っています。

所用のため月山から寄り道して山形県朝日少年自然の家を訪問。
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少年自然の家近くの耕作地にはツクシの群生。
春ですね。

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春 雨

月山のブナ林へ。

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今年の月山は例年どおりの残雪
(と申しましょうか、昨年が少雪でした)

自然界の出来事とはいえ尾籠な画像でなんですが、
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ヤドリギの種を含んだ鳥のフン。
巧く枝にくっつきました。

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年月が経過すると、こうなります。

でも広大なブナ林で、無数に産み出されるヤドリギの種は
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ほとんどが土に還るんでしょう。

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チンタラ登っていると、熊棚の中古物件を見つけました。
手の届くところで熊棚みられるのも、積雪期のブナ林の魅力です。

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熊の爪痕も、古びたものでした。

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目的の山の天候はご機嫌ななめ。
前線通過で荒れそうなので、とっとと下ります。

やがてアウターに雨粒がぶつかる音。
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しとしと雨が降る。
やはり山も春に向かっている。

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水面をあらわした沼は、まだ早春には程遠い様子。水芭蕉もまだ小さいです。

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本日は月山スキー場オープン日。
車道脇の雪壁はまたまだ高いけれど、フキノトウという忍び寄る春もある。

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東奔西走

平日に公休をとる。

平日の休み、野暮用がピラニアのように押し寄せる。

朝一で山形県総合交通安全センターに行く。
ここで殺しのライセンスもとい、国際運転免許証を取得。
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マッドマックスなみに運転できるよう、普通車から大型・牽引まで全部申請。

国際免許を取得後、すぐに近所の眼科医へ。
最近、近くの文字がてきめんに読めない。
カミさんの強い勧めで眼科で診察。

問診票に「眼鏡製作を希望」と書いておいたのだが、診察前の視力検査ですでに

あ、老眼ですね

とあっさりナースに言われ、

いえ、最近文字が読みにくいんです

いやいや老眼ってまだ診察してねーだろクソババア、と思いながらナースの指示に素直に従い視力検査。

続いて眼科医の診察。
医師から、
「ん~、特に病気はないけど、

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と、ついに死刑宣告が下る。
え~!
俺これでも1970年代の生まれなのに!
学生時代は大型講堂での授業でも黒板の文字が読めて「視力はマサイ族並み」と言われてたのに!

つづいて、眼鏡を製作するために詳細な視力検査。
テスト用の眼鏡をかけ、しばらく周囲の風景を眺めて過ごしてくださいと言われ、待合室でKindleで読書。
たしかに眼鏡をかけた方が文字がはっきり読める。
裸眼では遠くの景色は普通に見えるのに・・・

眼科で診察中の私の心象風景↓
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えっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

眼科でのショックから立ち直れないまま、続いて山形市内の法務局に行き、野暮用を済ませる。
昼食を自宅でとり、それから午前中に診察を受けた眼科に、老母を連れて行く。
今日は、母のもう片方の眼の白内障手術。

手術の立ち会いと送迎を兼ね、待合室でひたすら待機。
その間、読書をすすめ、読書に飽きたところで4月以降の予定を調整。
公休とはいえ、会社行事のうすめんどくさい幹事を担っているため、携帯に電話もかかってくる。

実母の老いを実感しながら、自らの身体のこともあらためて考えさせられた1日。

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総 会

私が所属する 東北マウンテンガイドネットワーク の総会に出席。

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予算案をみんなで検討中

「会則○○ ×条が・・・」
「いや、それは△△で・・・」

という議論になると、つくづく 俺 っ て 組 織 に 向 か な い 人間だわさ~と痛感。

明日は所用を控えているため、ポレポレファームでの美味しい夕食も宴会も辞し、自宅に戻る。

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山はまだまだ雪山です。
国道112号沿いもフキノトウがチラホラみえる。
国道法面に生えていた福寿草のつぼみがまだ固い、4月初旬の月山山麓でした。

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ハブの話

 守秘義務もあり詳細を述べる訳にはいかないのですが、業務のため2か月以上にわたり「やんばるの森」に通っていました。
 3月に入り気温も上がったからでしょうか、遭遇回数が頻繁になったのが「ハブ」。
 今回私は3回ほど遭遇することになりました。

 沖縄の山を登る方もおられるかと思いますので、ハブの話題を少し。

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2回目に遭遇したハブ(ヒメハブ)。
前を歩いていた仕事仲間O君が全くハブに気づかないまま頭を踏みつけてしまい、半分死んだ状態になっていたところに後ろから歩いてきた私が遭遇W

 業務上、血清までは持ち歩きませんでしたが、ハブ毒のポイズンリムーバーは携帯を義務付けられました。

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名護市のホームセンターで購入したポイズンリムーバー。これで4000円近くします。

内容は、
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毒の吸出し器、吸出し器口元のアタッチメント各種、毛深い人のための安全カミソリ、アルコール消毒ペーパー、虫刺され薬ペーパー、カットバンが入ってます。

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3回目に遭遇したハブ。大型で体長1m以上はありそう。

 季節が早かったせいでしょうか、攻撃的といわれる割には遭遇したハブはいずれも動きは鈍く、遭遇場所は沢筋で2回、3回目は乾燥した山頂部と環境もバラバラでした。

山と渓谷社刊『沖縄県の山』にも2ページを割いてハブを取り上げていますが、必要以上におそれず、ただし油断はしない (どこにでも生息すると思ったほうがいい) ことが肝要のようです。
 沖縄の山を登るには、とにかく肌を露出した服装は避けたほうがいいと思います。

 ハブに対して殺傷能力のあるスプレーも販売されています。(1本3000円くらい) 沖縄の山域に入る方で心配な方は購入をおすすめします。
 私が住んでいた名護市内ではホームセンターではみあたらず、JAの資材店で販売されていました。農業用品を扱う店で取り扱っているようです。

 これからの季節、やんばるの森に入られる方、どうぞご注意を。

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