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ナーレ・フッカタイバル、韓国焼酎とキムチ鍋が好き

 2016年に世界最難ボルダー Burden of Dreams(V17) を初登したフィンランドのナーレ・フッカタイバル(Nalle Hukkataival) がプライベートのクライミングツアーで韓国を訪れました。
 韓国の山岳メディアが放っておくはずもなく、同行したオーストラリアのクライマーAndy Mckilliam氏の手記、インタビューという形式でその模様が掲載されています。

【訪韓人物】 V17ボルダラー ナーレ・フッカタイバル 風のように現れ、風のようにクライミングをしていった世界最強のボルダラー by 月刊「山」2017.6.13

以下引用開始
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9日間、釜山・慶南地域を巡り、12本のボルダー初登

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 世界最強のボルダラーであるフィンランドのナーレ・フッカタイバル(Nalle Hukkataival 30歳)が今年3月、韓国を突然訪問した。故国フィンランドで世界最難であるV17の「Burden of Dreams 夢の重荷」を2年に渡り4,000回以上のトライの末、初登の栄光を手にした彼は明らかに世界最高のボルダラーだ。

 現在、ボルダリングの最高難度はV17で、韓国で主に用いられているヨセミテ・グレードに換算すると5.15cである。V17は、現在の人間が完登した最高の難度となる。ナーレが初登した「Burden of Dreams」は未だ再登者はなく、V17という評価に誰も異論を唱えなかった。

 ナーレがフィンランドで体育の授業で人工壁クライミングを初めて経験したのは、12歳の時だった。
 彼はクライミングの魅力にとりつかれ、毎日室内の人工壁で過ごし、困難な課題をクリアしていった。「神童」としての能力を表わしたのである。しかし人工壁の指定されたプラスチック製ホールドだけを使用して登ることが「一直線にマラソンをするのと同じだ」と感じてクライミングをやめた。

 1年後、外岩でのボルダリング経験が彼の人生を変えた。以降、フィンランド・ヘルシンキの自宅近くの岩を登るために通い続けた。彼は優れた技量を携えて世界各国を旅し、新たな岩でより困難なボルダリングの課題を開拓してきた。

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(左)密陽・白雲山ボルダー群で開拓中のナーレ。スラブ状の岩で「グレードを容易に決めることができないほど難しい」と評価した。(右)ホールドをクリーニングするナーレ。愉快そうな彼の表情から、ボルダリングを純粋に楽しむ精神が表れている。

 彼はロックランズのV15級ハイボール「Living Large」、Maltatalの「Bugeleisen Sit(V15)」、マジックウッドの「The Understanding(V15)」などの高難度クライミングを続け、昨年秋には彼の長年のプロジェクトであるV17級の難度に世界で初めて成功し、議論の余地のない世界最高のボルダラーとして認められている。

 韓国訪問の前に、フランスのフォンテーヌブローで非常に困難なボルダリング課題の34連続完登(Black ED + circuit in Cuisiniere)を世界に先駆けて達成した。また常に湿っていることで悪名高いスラブ状のボルダー「Duel(決闘 V11)」を完登し、ヨーロッパのクライミングツアーを終えた。

 ナーレの訪韓の目的は、韓国でボルダリングを体験をし、新たに困難な課題の開拓の可能性を探り、今年の年末頃に再び韓国にボルダリングツアーとして訪問する。いわゆるボルダリング視察のために韓国を訪れたものだ。

 筆者は過去に韓国に数年滞在し、韓国でのクライミング経験を生かして、今回のナーレの韓国ボルダリングツアーに同行した。しかし残念ながら、9日間の短い旅では悪天候のため当初立案した計画をすべて実行することはできなかった。私たちはよく話し合い、既存のよく開拓された地域の代わりに、長い間解決されないでいるプロジェクトが残る、あまり開拓されていない場所を探すことにした。

 最初の3日間は、智異山国立公園の渓谷を踏査した。ピアゴル渓谷南の公園入口から4kmの川岸に位置する2つの巨岩がある所に行った。身体をほぐすため既存の課題を幾つかこなした後、初登が待たれる「Pitsch Patsch(V10)」にとりついた。

 正確に足の動きをつなげ、高度の緊張感が要求されるオーバーハングの不安定な壁をスメアリングで登った。小さなホールドをつま先でとらえ、精巧なクライミングで初登を果たした。

 彼が関心を示したのは、谷上部の巨大なオーバーハングボルダーであった。筆者がナーレと2014年にピアゴルボルダーを開拓したときに、この巨大な岩に目を奪われた。あまりにも難しそうで、登れる可能性は疑わしかった。下降しながらクリーニングしホールドを調べた後、「スタート時は非常に滑りやすいし幾つかのムーブはとんでもなくパワー系のムーブになりそうだが、クライミングは可能だろう」と言う。

 同行者がホールドのクリーニングとムーブをつなぐ練習をしながら、2時間が過ぎた。ナーレが下部を繋ぐムーブを完成させた。しかし残念ながら日没のためクライミングは続けることができなかった。今回の旅行の目的は、ボルダー探索目的の旅であり、明日は別の場所でのクライミングのために体力を温存しなければならず、次の訪問までの課題とした。
 この日の夕方、私たちは、智異山西に移動し眩しく美しいチルソン渓谷に到着した。

 巨大な単独ボルダーが立ち並ぶ谷で、会話やコーヒーに長い朝の時間を過ごした後、私の長年のプロジェクトである「Seven League Gloves(V6)」にとりついて体をほぐした。ナーレがルートのムーブを幾つかのダイノ・ムーブで減らし、直線につなげ、V11の難易度にアップグレードさせて完登し、見守っていた人々を驚かせた。

 チルソン渓谷下流の小さな中州に位置している巨大な岩を発見し、しばらくの間、調べてみた。しかし岩の上に松が育つなど、何か神聖な感覚を抱き、登ることは控えようと判断した。谷の少し上の既存のボルダーがある場所に移動した。

 ナーレは、これまで私たちが力を尽くして完登を目指してきた課題を迅速かつ容易に解いてしまった。初登者を待つ困難なボルダーさえ全て解決して、私たちを虚脱感に陥らせたが、世界最高のクライミングを見る楽しみの方が大きかった。

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1智異山ピアゴルの「Pitch Patsch(V10)」を慎重に登るナーレ。墜落に備えるスポットはクリストフ・ハーパー。2 「Boots(V11)」の上部を爆発的なジャンプでホールドを掴んだ瞬間。3智異山チルソン渓谷下流のV11ルートをクリーニングするナーレ。彼は韓国の美しい自然や食事、焼酎、フレンドリーな文化を非常に好んだ。

プロボルダラーは酒もプロのように飲む!

 3日目、天候が悪化する兆しを見せ始めた。もっと南へと車で移動し、私たちの長年の課題として残っていた素敵なオーバーハングボールダーがあるジュンサンリに場所を移した。着地点を整理して、ホールドをクリーニングした後、クライミングを開始しようとしたときに雨が降り始めた。今やらなければ、今回の旅行でこの岩は登れないことがわかっていたのですぐに岩にとりついた。

 岩に身を縮めてとりつき登り、非常に小さなピンチホールドに頼り、奇妙なダイノムーブで最後のホールドをつかみ「Dry Finish(V12)」を初登した。小雨はすぐに大雨に変わった。村に車で降りて、ビールとラーメンでささやかながら初登を祝うパーティーをした後、釜山に戻った。

 「気泡状の特異なホールドが多い花崗岩の智異山ボルダーがとても印象的」と言うが、過去3日間は滑りやすい岩と格闘していた彼は、残りの日程ではもっと綺麗でフリクションの効くボルダーを望んだ。

 翌日、密陽付近でクライミングすることを決めたが、岩があまりにも濡れていたため、私達はナーレを連れて釜山観光に訪れた。チャガルチ市場などで刺身と焼酎、三枚肉などで愉快な一日を過ごす。彼は「プロボルダラーは酒もプロのように飲むのさ」と焼酎が大好きだった。

 翌日は天気が回復し、新たに開拓された密陽・白雲山近くのボルダリングエリアに向かった。「世界のどこにも見られなかった形の、非常に魅力的なボルダーがある」と言う。いくつかのボルダーは、スイスの有名なボルダリングエリアであるクレシアーノにある岩と非常に似ているとして気に入ったようだ。

 ナーレはこれまで他のクライマー達が数ヶ月に渡って解けなかったムーブを解決し、多くのルートの初登をやり遂げた。「Duende」スペイン語で「妖精」と呼ばれる新ルートをスラブ状の岩に開拓したが、難易度を簡単に決められない程に難しかった。彼は人気のあるダイノムーブのプロジェクトである「Dr. Nick(V7)」を見事に解決するムーブを示し、クライミングツアーを終えた。

 ナーレと同行したクライマーは、すべての難易度V10以上を登るクライマーであり、ネウォンサ地域や金井地域などで多くの岩を開拓した釜山・慶南地域の在韓外国人である。ナーレは彼らが登れなかった課題を訪韓中に解決し、12本のルートを初登、世界最強のボルダラーらしい姿を示してくれた。

 彼は 「韓国のボルダリングは本当に素晴らしい場所が多い」 「様々なクライミングスタイルと様々な形状の岩が印象的」と言う。 「多くの国を巡ってボルダリングをしてきたが、多数のボルダーでは同じ動作を繰り返すことになり、結局は退屈なクライミングになった」 「韓国は、様々なタイプのクライミングができる国」と語る。しかし最も魅力的なのは、クライミングそのものよりも、大自然の美しい場所にボルダーがあること、市内からのアクセスが容易であること、独自の文化体験、素晴らしい料理と人々の優しさ、と話していた。

 雪岳山・蔚山岩付近の写真を見ては、束草地域のボルダリング調査に関心を持った。国立公園区域は、クライミングの制約が厳しいという現実に、国立公園側とボルダリング愛好者が対話を通じて開放のための努力を続けて、世界的なボルダリングエリアの扉が開かれるようにしてほしいと語った。彼は「より深みのある調査と開拓のために早く韓国に再訪したい」と約束した。

インタビュー ナーレ・フッカタイバル

Q 韓国でのボルダリングはどうでしたか?

 全ての経験を楽しめたし、様々なタイプのクライミングが良かった。いくつかの国では、クライミングの単調さにすぐにうんざりしてくる。韓国は全く違う。この点が非常に魅力的だ。また、私が韓国で訪れたすべてのボルダリング地域がとても美しかった。

Q 韓国でボルダーをさらに開拓しますか?

 もちろん、その可能性が高い。私は一部を見ただけだ。余裕のある日程で戻ってこられるか、調べている。韓国で過ごす時間は、私にとって非常に素晴らしい経験だからだ。

Q 韓国で特に記憶に残るクライミングは?

 非常に多い。私が開拓した密陽の「Basic Instinct」は、風変わりなクライミングの一つだ。スイスに似た岩塊で、独特のムーブ、狂ったように上下にニーロックを繰り返す必要がある。その横の「Hump and Pump」は韓国だけで見ることができる、本当に特別な岩だ。また智異山ジュンサンリの「Dry Finish」も記憶に残る素晴らしいボルダーだ。

Q 韓国で時間がなくて完成できなかったプロジェクトはありますか?

 密陽で開拓したボルダーだ。非常に困難なスタートが要求される「Tree of Perdition」を必ず登ってみたい。私がブラシでクリーニングした智異山ピアゴルの印象的なハイボール(ハイボルダー:高さ5mを超える岩)は、本当に難しそうだ。今回の旅行中、意図してあまりに深くクライミングに没頭しなかった理由は、可能な限り多くの可能性を調べるためだ。

Q 他のクライマーたちに勧めしたいところはありましたか?

 混雑するところではなく、興味深いクライミング対象地を探しているなら、韓国を誰にでも強く勧めるだろう。しかし、ほとんどの韓国のボルダリングエリアはまだ開拓の初期段階にあるようだ。ガイドブックを持っていても岩はあまり手入れもされていないし、多くのクライミングをするために入るにはちょっと難しいようだ。

Q 韓国料理は口にあいましたか?

 韓国料理は本当に美味しい。石焼ビビンバは旨いし三枚肉はとてもおいしかった。最も旨かった料理は、蔚州・彦陽近くでクライミングした後に食べたキムチ鍋だ。

Q 韓国にまた戻ってきますか?

 もちろん! この次は韓国の他のエリアにも巡ってみたい。雪岳山やソウルなどの北部にも行ってみたい。

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以上引用おわり

あ、ボルダラーの皆さんすんません。
私の場合、ナーレ・フッカタイバルが「韓国焼酎好き」 「キムチ鍋が好き」しか頭に入ってない記事でござんした。

でも韓国を訪れた経験からして、韓国料理はやっぱ焼き肉より鍋料理ですよ。鍋、鍋。

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