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ロシア隊、グレートトランゴ南西壁に新ルート「インシャラー」開拓

去る7月23日、ロシア・クラスノヤルスク隊がグレート・トランゴ(6286m)南西面に新ルート「インシャラー」開拓に成功しました。

Сибирские альпинисты в составе сборной совершили первопроход в горах Пакистана by sib.fm 2017.8.14

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今回ロシア隊が拓いたのはナンバー9、オレンジ色のライン。ルート名称は「インシャラー(神の思し召しのままに)」

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登攀の様子

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登攀に成功した3名(左から右に)イゴール・スツダルツェフ、イワン・テメレフ、アントン・カシェフニク 

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3人は11日かけて標高差1500mの壁を登り切り、南峰を踏んで下降しました。
毎日の降雪に悩まされ、食料制限も行い登り切ったとのこと。
上記画像はチョコを口にして6時間下降を続け、最後の懸垂下降を終えてお疲れの様子。

グレートトランゴ南西面は上記画像のように既成ルートが多く、ロシアのクライミングサイトでは今回の「新ルート開拓」に関して、既成ルートの継続ではないかと少し議論になっているようです。
それでも壁の「空白」地帯を登るため、イワン・テレメフのコメントでは90m進むのにスカイフック130回掛け替えたりと、かなり苦労した模様。

今シーズンのロシア人クライマーは、ベテランのセルゲイ・ニーロフらがバフィン島に入山、順調に登っているので続報が待たれます。

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神々の享楽  【古郡神楽 山形県鶴岡市 古郡 池神社】

8月15日、山形県鶴岡市 古郡(ふるごおり)地区 池神社で開催される「古都神楽」を見学させていただく。

 実は今まで獅子踊りの類いはあまり関心が無かったのだが、民俗行事を調べていくうちに、どうしても山岳文化と切り離せない分野であると知る。
 山形県の北方、鳥海山周辺や最上地方では、神楽(かぐら)、番楽(ばんがく)など様々な名称で神々に奉納される踊りが受け継がれている。

 文献を調べるうちに、特に古都神楽に心ひかれたのは、そこでは高度な曲芸が神社に奉納されるという。
 しかもその曲芸は、芸人のようなプロ集団ではなく、一般住民、市井の人々が修練を重ねて芸を身につけたという。
 盆休みの貴重な山行の機会でもあったが、この日を逃せばまた来年まで見学の機会を待たねばならない。
 古郡神楽を見学すべく、静かな古郡集落を訪れた。

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開催直前、準備が進む池神社の境内

午前11時、太鼓と笛の音で開催が告げられる。

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平成29年の古郡神楽の開催内容

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神社の片隅で、神楽会の男性が曲芸に使う三間梯を掃き清めている。

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「堅(た)て物」と呼ばれる芸の一つ、「刀の三挺つぎ」
抜き身の刀を三本、鍔の穴に刃先を差し込み、弓なりにつないで、その重たい刃先を顎で受けて立つ。

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刀立て。 抜き身の刀を刃先を顎で受けてバランスをとって立つ。

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今日は明るい曇天だが風が強く、神楽会の皆さんは芸の披露にかなり苦労されておりました。

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操(く)り物。いわゆるジャグリングで、房の付いたバチから始まり、鎌三本、そして上記画像の鎌、鞠、豆の三つを投げ廻し、鎌で豆を割るという難技に挑む。前述のように風が強くて苦労されてました。

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曲芸が見事に決まると、背後で見ている神楽会の男達からも笑みと拍手が出る。
緊張するのだろう、出番前や芸を終えた方々が盛んに喫煙しているのが印象深い。

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廻し物と呼ばれる芸の一つ、卵廻し。
盆や菅笠の上で卵を廻していく。

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皿廻し。細い篠竹で皿を廻し、その篠竹を顔面に乗せる。

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曲芸の中でも最も難しいといわれる「剣三番叟(さんばそう)」。
1mほどの細い棒に皿が付けられ、その上に抜き身の刀二本を交差して置き、その細い棒を顎に乗せ、さらに三番叟(さんばそう・能の踊りの一つ)を舞う。

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このときは太鼓も止み、笛の音だけが続く。緊張の一瞬。今年も見事に演じ終えられ、拍手がわきました。

古郡神楽は、これらの高度な曲芸を、普通の人々、古郡集落の人々が練習を重ねて披露・奉納する。

 もともとは獅子舞のみといわれているが、そこに曲芸が伴う、いわゆる「伊勢屋の神楽」が合流したものと考えられている。
 本来の古郡神楽は30~50人を要し費用も莫大なもので、10~20年おきに開催される盛大なものだった。
 昭和に入ってからは昭和25、26年、45、46年に開催されて途切れたが、平成元年に池神社改修の後、規模を縮小して毎年開催されることになった。
 曲芸は人々を楽しませるだけでなく、作占いも兼ねている重要な芸能となっている。

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 これだけ高度な曲芸が一般住民の手で神々に奉納され、メディアにもとりあげられることもなく、観光協会のウェブサイトに載ることもなく、ムラの行事として、静かに行われていく。
 集まった観衆も、みな顔見知りの集落の人々。
 ライトアップされ、テレビカメラで写され、「村おこし」の名の下に観光イベントになりさがった神事にくらべ、なんともファンタジックな民間芸能ではないか。

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剣舞の出番を待つ子供達。
彼らも、彼らの親兄弟がそうだったように、この高度な曲芸を受け継いでいくのだろうか。
それとも、少年期の夏の思い出になるのだろうか。

動画による記録はこちらです↓

参考文献 : 無明舎出版編 『庄内の祭りと伝統行事』 無明舎出版、 藤島町伝統芸能振興協会編 『藤島町の伝統芸能 -獅子踊と神楽- 』

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山形県朝日少年自然の家 チャレンジキャンプ Tシャツ アーカイブ

 私がお世話になっている山形県朝日少年自然の家では、毎夏、長期キャンプとして「チャレンジキャンプ」を開催しています。
 毎回、スタッフと子供達はオリジナルTシャツを着用します。
 ここでは2010年から2017年までのオリジナルTシャツを紹介します。
 デザインは昨年まで自然の家職員として勤めておられた服部裕一さん。

 2009年以前もオリジナルTシャツはあったと記憶しているのですが、私の場合「月山登山だけの参加でオリジナルTシャツを着用するのはおこがましい」と遠慮していましたが、登山講師をお願いされるようになって子供達との一体感を出すために2010年から毎年購入させていただきました。

Yamagata pref. Asahi Youth Outdoor education Center hold summer camp'Challenge Camp'. The 'Challenge Camp' is the popular event in summer every year. It's staff and children wear original t-shirts. It was designed by Yuichi Hattori. In this article, I introduce t-shirts from 2010 to 2017.

以下紹介

2010年
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2011年
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2012年
2012t

2013年(カメラが古いので色ムラありますが、現物は綺麗なグリーンです)
2013t

2014年(カメラが古いので色ムラありますが、現物は綺麗なイエローです)
2014t

2015年
2015t

2016年
2016t

2017年
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山形県朝日少年自然の家では、随時サポーター(ボランティアスタッフ)を募集しています。
アウトドアの経験の有無などよりも、子供達と一緒に自然を楽しめる方に来ていただければと思っています。
詳細は山形県朝日少年自然の家にお問い合わせください。

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大賀ハス

8月12日、土曜日。
諸事情で夏季休暇を使い果たしていることもあり、出勤。
今日、職場は私一人。

仲間達のたまった作業着をまとめて洗濯。
それが終わってから、会社敷地内でトレーラーの運転練習。
苦労して取得した牽引免許だが、長らく運転していないと勘が鈍る。
トレーラーの方向転換をひたすら練習。それから書類作成。

17時、後片付けをして会社を退出。
空は今にも雨が降り出しそうな曇天。

帰る途中、会社近くの「大賀ハス」栽培地を訪問。

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私はヤマハハコのような素朴な花が好きだが、蓮の花の美しさは別格だ。

もう薄暗い曇天の下、激しいセミの声が聞こえる中、蓮の花を眺めて一息つく。
7月・8月は山の仕事も会社の仕事も駆け足でした。

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ちょっとのんびりしてから、自宅に向かう。

盆休み、皆様どうぞ楽しくお過ごしください。

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花笠の夏

小学6年の息子が通う小学校の学年親子行事で、山形の「花笠まつり」に出場することになった。

カミさんは娘の時に出場したし、長期出張で家を空けて息子と過ごす時間も少ないので、私が息子と共に出場することにする。

父兄・子供合同の練習期間は7月22日、23日、26日、30日、8月2日、4日の6回。
この6回で花笠踊りをマスターしなければならない。
短期間でまったく知らない芸事をマスターしなければならない、「芸能人 かくし芸大会」みたいな世界である。

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7月22日、練習初回。
百人近く参加する「父兄」といいつつ、ほぼ皆さん「母親」の女性たち。
父親参加は私を含め10人前後。
女性たちに囲まれてウハウハというより、完全アウェイ状態。

花笠踊りのエキスパート「昇龍舞連(しょうりゅうぶれん)」の皆さんを講師に、体育館で踊りの練習が始まる。

息子の通う小学校で踊る踊り方は、「寺内(てらうち)流」、「上町(かんまち)流」、「飛び波」の三つを合わせたタイプ。
自主練習のための動画がこちら↓

動画の踊りは 寺内 → 上町 → 飛び波。

22日、23日は土日なのでなんとか参加できたが、なかなか覚えられません。
お母さん方も「わからない。。。」と言いつつ、懸命に練習している。

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練習の帰り道、歩きながら「友達の○○君来てた?」と息子と話しながら帰宅。
このブログを書き始めた頃にはまだ生まれていなかった息子。
いつまで息子とこうしていられるのだろうか。

26日は平日。
練習時間は19時~21時。
あいにく酒田市で仕事をしているため、会社に戻るのが19時過ぎ、後片付けやらなにやらで練習に駆けつけられるのが20時半。
残り30分でも練習に駆けつける。
しかし他のお母さん方との踊りのレベルの差がますます開いてく。

練習のおわり、PTA学年部長担当のお母さんの挨拶で、
「どうしても踊りがうまくできないという人のために、「大うちわ」という役割もありますので・・・」
という一言を耳にする。

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その一言を聞いた瞬間の私の心象風景↑

練習終わったあと、PTA役員のお母さんのところに行き、
「すみません、建設会社勤務で練習になかなか出られないので、大うちわ専属でやらせてほしいんですが・・」
と交渉。

実は「大うちわ」をやる人がいなくてPTAでも困っていたので、すんなり私の申請が通る。
あーこれで踊り間違いを気にせずに済む。

この大うちわ、隊列や見物のお客さんめがけて巨大なうちわでひたすらあおぐ、という役。
実際に持ってみると、「これお母さん方に持たせるの無理でしょ」というくらい巨大で重いうちわ。

8月に入り、踊りの日程が決まる。
8月6日、第一集団の6番め。
この日は山形県朝日少年自然の家の「最上川」イカダ下り」の手伝いをする日。
日程をギリギリ調整して、自然の家職員のJさんには午前中だけの参加としてお願いする。
最上川イカダ下りの手伝いから急ぎ帰宅し、一時間ほどで食事と休憩をすませて花笠踊りに出場することになる。

8月2日、隊列を組んでの練習。
私は大うちわを手にして、隊列に風を送る役。
昇龍舞連の会長さんから、「大うちわ、たまにお客さんにむけてあおぐと喜ばれるんですよ。」などなど、直接アドバイスをいただく。

8月4日、大事な最終練習日。
この日は朝日少年自然の家の月山登山引率のため、欠席。
練習する息子に立ち会っていたカミさんから情報収集。

そして8月6日。
午前中は少年自然の家の最上川イカダ下りのサポートに集中。
子供たちの昼食休憩をサポートしたところで、職員の方々に挨拶し退出。
帰宅して急ぎシャワーを浴び、花笠踊りの恰好に着替え、いざ出陣。

体育館の出発式では、「休憩時の給水時間が2分半しかない。このときを逃したら熱中症になる危険が高い。かならず給水するよう、踊り手は給水係にアピールすること」
と、かなりしつこく言われる。
最終練習の8月6日はわざわざ給水係の練習までやったらしい。
私はぶっつけ本番となる。どうなることやら。

大型バス3台に分乗し、スタート地点に近い山形市民会館に乗り込む。ここがパレード出場者の控室となる。

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市民会館は踊り手でいっぱい。

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そして定刻。市民会館から徒歩で移動し、山形市の七日町大通りにスタンバイ。
ここから1.2kmの距離を踊りながら移動。

なにぶん自分は「大うちわ」なんで、あまり緊張せず本番開始を迎える。
この日は涼しい強風。
大うちわの存在意義もあまりなさそうな日。

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花笠踊りパレードで「大うちわ」をふるう筆者

本番の花笠踊りパレードが始まり、中間地点あたりで最初の休憩。
給水係のお母さんが凄い勢いで走ってきて、担当エリアの踊り手に飲み物を配る。
配るはず・・・なのだが、なぜかしゃがみこんだまま、何も渡される気配がない。
駆けつけてみると、ドリンク類が完全凍結していて、まったく飲めない状態になってましたw

不幸中の幸い、この日は涼しい強風が吹いていたので、水分補給なしでもなんとかこなせる状態。
休憩時間はまたたくまに過ぎ、次の踊りが続く。

進めば進むほど、沿道の観客が多くなる。
私も景気づけに子供たちにむけて大うちわであおぎながら、ゴール地点の山形旧県庁に到着。

そこで記念撮影後、再びバスに乗り小学校に戻り、解散。
役員の皆さま、参加された保護者の皆さま、子供たち、本当にお疲れ様でした。

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正直、私は山形の花笠踊りにはあまり思い入れは無い。
無いというよりも、あまり好きではない。
今回参加したのは、「息子と一緒の時間を過ごしたい」ただそれだけだった。

花笠踊りに強い思い入れをお持ちの方々の「思い」を否定するつもりはまったくないのですが、山形新聞社というローカルメディアが自治体と癒着して作り上げた観光イベントに「祭り」としての魅力はさほど感じない、ということです。

とはいえ、今回実際に参加してみてわかったのは、花笠踊りって「眺める」よりは「参加する」方が楽しいもんだなあということ。

花笠祭りは「東北四大祭り」と言われ、人によっては「東北三大祭りを無理やり「四大祭り」にしたてあげた」という。
実際のところはどうなのだろうか。
息子の学年行事に関わったついでに現在の「花笠踊り」の歴史を調べてみる。

昭和38年に開催された「蔵王夏まつり」に端を発する花笠パレードが、現在の「花笠祭り」の原型である。
そもそも「東北三大祭り」とは、当時の国鉄が誘客企画として考案したフレーズだった。
昭和39年、花笠パレードの可能性に賭けた実行委員会が国鉄東北支社山形出張所を訪ね、「どんな手続きをすれば「四大まつり」に採用してくれるか」打診したのが嚆矢と思われる。

国鉄側は東北支社に話を廻し、さらに上層の秋田鉄道管理局に話が廻る。
そこで出た回答が「急な話で今年や来年ですぐ「四大まつり」とするわけにいかない。国鉄が関係する以上、一日だけの祭りでは意味がない。少なくとも三日開催してもらいたい」という回答が返ってくる。
今現在の「花笠まつり」が三日間開催される由来はここにあるらしい。
実行委員会の方では、うまく成功すれば「四大祭り」として認められる、と前向きに考え、さらに当時の東京オリンピック選手村慰問団もからめて花笠祭りの開催を継続。
昭和40年の第3回花笠まつりから、「東北四大まつり」が「認知」されたとのこと。

ちなみに当時、関係者が宮城県庁・仙台市役所に挨拶に行ったところ、「四大まつりとは何事か、三大まつりの「七夕」だから仙台に観光客が泊まる。四大まつりで花笠などとなれば観光客の泊りは全部山形になってしまう、とんでもない話だ」と猛反発を受けたという。
現在では、山形自動車道・各種交通網の発達により、山形での宿泊数が減っているのだが。

「四大まつり」という呼称を嘲笑するのは容易だ。
しかしその呼称の陰に、幾人もの人々の労苦があることも知られていいのではないだろうか。

参考文献 山形花笠まつり30年史刊行委員会 編 『紅の里に笠が舞う 山形花笠まつり30年のあゆみ』

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River of No Return

8月6日、山形県朝日少年自然の家・夏季キャンプ「最上川イカダ下り」の手伝いに出動。

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あちこちにクルミが実る夏、今年も子供達のアシストに最上川へ。

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子供達手作りのイカダ。
川岸に運びスタンバイする作業から1日が始まる。

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諸注意を受け、ライフジャケットで水に浮く体験後に出発する子供達。

サポーターは数班に分かれ、私と職員Jさんペアは先回りして浅瀬でイカダを引っ張り・押し、進ませる役割。

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雨の少ない日々が続き、今年の最上川は水位が浅い。
時折現れる急流に「(イカダに)つかまれー!」と注意を促しながら見守る。

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途中の補給地点にて。
籠の中身はクーリッシュ(アイスクリーム)。

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彼方から流れてくるイカダ、子供達。

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子供達も上手く差し入れを受け取りました。

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昼食会場の設営、後片付け。

昼食会場の後片付け、それから人手が足りなくなったので急遽、昼食後に出発するイカダの手伝い。
今年は都合により、私の夏キャンプの手伝いはここまで。
ペアを組んでいた職員Jさんは午後の準備に奔走のため先に出発。
残った職員Tさんらに挨拶して私は退出。

なお、子供達は皆無事にゴールできました。
朝日少年自然の家・2017チャレンジキャンプに関わった職員の皆様、スタッフの皆様、サポーターの皆様、お疲れ様でした。

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曇天を突き抜けて。

山形県朝日少年自然の家主催事業「チャレンジキャンプ2017」の月山登山引率を、今年もご指名いただく。

あいにく7月下旬から日本海岸某所の現場に日帰り・通いで勤務。
朝6時に家を出て、帰宅は20~21時という生活。
息子の通う小学校のPTA行事の準備、息子にせがまれカードゲームの対戦相手等々をこなすと、平日の自分の時間は約1時間。
その間に月山登山の準備を進める。

今年はここ数年に比較して残雪が多い。
7月30日、ようやく確保できた休日に月山に下見に入り、雪渓の様子を確認。
雪渓の状況により、歩くコースを変える必要があるためだ。
子供達が感じるであろう高度感などを確かめるため、他の登山者には怪訝な顔をされながら、姥ヶ岳、牛首各所の雪渓を何度も登り降りして確かめる。

朝日少年自然の家・夏キャンプ月山登山の場合、私は前日入りを原則にしている。
参加する子供達の様子を確認するためだ。
当日も現場作業を終え、帰宅したのは19時40分。
それから家族と夕食を共にし、装備を再確認して出発、高速道路を使ってチャレンジキャンプ会場の月山・志津キャンプ場に到着できたのが21時45分。
ちょうどスタッフ・ミーティングの真っ最中で子供達の様子を伺うことができた。
この日は現場疲れもあり、用意していただいたテントに1人で爆睡。

翌朝4時半、いつものように観天望気のため外に出る。
月山は灰色のガスの中。
熱中症対策を前提にした装備に、手袋など子供達の防寒対策のスペアを加える。

キャンプ場を出発。
姥沢リフト下駅にバスが到着すると、灰色のガスが晴れて強い日差し。
私たちは雲海の上に来たのだ。
スタッフみんなで急遽、日焼け止めを塗りまくる。

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雲海の上を行く姥沢リフト。もう子供達は大興奮。

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姥ヶ岳山頂の木道で休憩。庄内側に流れ落ちる雲海をみんなで眺める。

「あっ!天使の羽根みたいだっ!」
子供達には、絹層雲はそう見えるらしい。

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サポーター仲間、学生サポーター、自然の家職員の皆様、多くの方々のおかげで今年も無事登頂を果たし、時折冷たい風が吹く山頂でお昼。

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キャンプ場に戻ってからも、大事そうに雪渓の雪を手にしていた女の子達。

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今日の夕食は豚汁に豚丼だよ!

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子供達もおなかぺこぺこです。
昨年、一昨年はキャンプ場帰着後、トイレで吐いていたりテントに横になる子供達がいたので注意深く観察していたが、今年の子供達は皆元気で一安心。

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毎夏恒例の写真。
大鍋一杯の豚丼具材は、子供達の食欲でこうなりました。

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ボンファイヤーにて。
子供達とマイムマイムを踊り、元職員の工藤さんにお誘いいただき、「肝試し」の脅かし役にまわる。

今年もおかげさまで子供達と一緒に月山から無事下山できました。
不慣れな登山で班付サポーターの大任を果たしてくれた学生の皆様、サポーター仲間、職員の皆様には深く感謝申し上げます。

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