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【訃報】 ノーマン・ディーレンファース氏 逝去

 1963年のアメリカ隊を率い、ホーンパイン、アンソールドらによるエベレスト西稜縦走を成功させた、ノーマン・ディーレンファース(Norman G. Dyhrenfurth)氏がオーストリア・ザルツブルグの病院にて老衰のため亡くなりました。99歳でした。

Norman Dyhrenfurth dies; led Americans’ 1963 Everest expedition by TheMercuryNews 2017.9.27

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1960年、ダウラギリをめざすスイス隊に参加したノーマン・ディーレンファース氏

 もともとヒマラヤ登山家・登山史家として知られるギュンター・デーレンファース、女性登山家の先駆者であるヘティ・ディーレンファースの子として1919年にスイスで生まれ、第二次大戦前に一家はアメリカに渡りました。
 UCLAでは映像芸術を学び、スイス出身ということもありカメラマンとして52年のエベレスト隊、55年のローツェ隊、60年のダウラギリ隊に参加、8000m峰の初登・黄金時代を経験します。

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UCLAにてアルフレッド・ヒッチコックと面会するノーマン・ディーレンファース氏(中央)

60年のダウラギリ隊参加の際、ついに1963年アメリカ隊のエベレスト登山許可取得に成功。
1963年5月1日、南東稜から2名登頂、つづく5月21日には西稜~南東稜の初縦走を成功させます。

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母親であるヘティ・ディーレンファース(1892~1972) 1934年にシア・カンリ(7315m)に登頂、女性登山家としての世界最高到達点の記録を20年間保持していました。

1971年にヨーロッパ、インド、日本から精鋭が集った国際登山隊で西稜上部完登と南西壁登攀を狙いますが、個性の強い隊員同士が反目、失敗に終わります。

その後は目立った登山活動には関わらず、映像関係者として『アイガー・サンクション』、『氷壁の女』などの作品でアクション監督を務めました。

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晩年のノーマン・ディーレンファース氏。
手にしているのは、1936年ベルリン五輪においてナチ・ドイツが両親の登山活動に対して授与した金メダル。

ヒマラヤ登山史を飾った人物がまた1人、世を去りました。
膨大な物量作戦の結果とはいえ、1963年に見事な西稜縦走を成功させた先達に哀悼の意を表します。

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