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【訃報】 フレッド・ベッキー逝去

人生すべて山。

Fred2

 アメリカのフレッド・ベッキー(Fred Beckey)氏が10月30日、シアトルの親友宅にて、鬱血性心不全により亡くなりました。94歳でした。亡くなる直前まで、高齢にもかかわらず現役クライマーとして活動を続けていました。

Fred Beckey, legendary mountain climber, dies at 94 by Denverpost 2017.10.30

 最近は高齢でも現役を続ける姿が話題になっていましたが、そもそもはアラスカをはじめ北米を中心に活躍した「北アメリカでは最も活躍した探検・登山家」(ダグ・スコット著「ビッグウォール・クライミング」より)でした。

Fred
 北米各地で大岩壁を開拓しまくっていた頃のフレッド・ベッキー

 特筆されるのは、1940年代から60年代にかけて、フリッツ・ヴィースナーら往年の名クライマーを退けてきたバガブー山群の針峰群を次々と開拓していった経歴でしょう。北西部出身のベッキーとヨセミテで名を挙げたシュイナードが組んでサウスハウザースパイア・西柱状岩稜初登などを果たしています。

1970camp
1968年、ヨセミテ・キャンプ4にて クライミングのレジェンド達 クリス・ジョーンズ、フレッド・ベッキー、イヴォン・シュイナード

Bagaboo
バガブー・スパイアからのぞむスノーパッチ・スパイア西壁のルート。×印はビバーク地

近年になって記録映画『DIRTBAG: THE LEGEND OF FRED BECKEY』も製作されました。

フレッド・ベッキーの親友いわく、
「彼は常にやりたいことに満ち満ちていた。」

クライミング、登山の偉大な先達の死に、哀悼の意を表します。

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2017年 ピオレドールアジア・ノミネートチーム

今年も韓国の月刊誌『人と山』主催のビオレドールアジアに、日本、韓国、中国から登山隊がノミネートされました。
ノミネートされたチームは次の通りです。

12th PIOLETS D'OR ASIA 最終候補チームのプレビュー by 月刊『人と山』2017年11月号

以下引用開始
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12th PIOLETS D'OR ASIA

最終候補チームのプレビュー

 純粋で進歩的な登山を展開し、アジアの登山家たちを激励し鼓舞する意図で制定された、ピオレドールアジア賞も今年で12回を迎えた。登山のオスカーと呼ばれるこの賞は過去11年間、アジア山岳文化の発展を牽引し、アジアの登山家たちに未来志向的な登山の方向を提示してきた。
 すなわち、アルパインスタイルの速攻軽量登山、高難度を追求するクライミング、山を畏敬し自然を保護するアルピニズム本来の純度を強調しつつ、酸素ボンベや人為的な補助、固定ロープやシェルパなどの支援を受けて達成した結果がプロセスより重んじられることができないことを知らしめ、また商業主義に染まった登山・破壊的な登山行為にも警鐘を鳴らした。

 ピオレドールアジア審査委員会は今年も、このような基調を実践したチームをアジア山岳連盟加盟国およびアジア各国の登山専門誌から推薦を受けた後、厳正な審査を経て、最終的な候補3チームを選定した。
 夢をかなえるための情熱一つで挑戦と冒険を躊躇しないアジアの若き登山家たちに会ってみよう。

P1
ダラムスラ(6,446m)北西壁新ルート
New Route on the Northwest Face of Mt. Dharamsura(6,446m)
KOREA TEAM

 韓国を代表するアルピニスト、キム・チャンホ隊長率いる「2017コリアンウェイプロジェクト・インド遠征隊」が新ルート開拓という素晴らしい成果を収めた。
 しかし成果よりも高く評価される点は、挑戦と探検精神を実現しつつ、将来を担う若手登山家育成を目的とした点である。インドのヒマチャルプラデシュ州のクルー山群に入った5人の遠征隊員は高所順応を順調に済ませ、4人がダラムスラ北西壁に挑戦、アルパインスタイルによる4泊5日のクライミングで新ルート開拓に成功した。
 この北西壁は過去に試みられた記録がない新鮮な目標である。この登攀は、韓国遠征隊がヒマラヤにおいてフリークライミングで開拓した最高難度と評価した。コリアンウェイプロジェクトは、今後も優れた成果を上げることが期待される。ピオレドールアジア審査委員会は、今年の韓国を代表する当チームを最終候補に選定した。

ダラムスラ北西壁新ルート
対象 ダラムスラ(6,446m)北西壁
位置 インド・ヒマチャルプラデシュ・クルー山群
ルート 北西壁新ルート
クライミング方式 アルパインスタイル
隊員 キム・チャンホ、アン・チヨン、ク・キョジョン、イ・ジェフン 4名

 P2
チョーラ東峰(6,163m)新ルート
New Route on Chola East(6,163m)
CHINESE TEAM

 今年は中国においても優れたクライミング成果があった。もちろん海外登山の環境が整っているとはいえない彼らの舞台はヒマラヤよりは四川省近くの未踏峰である。それでも中国の若いアルピニストたちの挑戦は止まることはない。
 3名の中国人青年ガオ・チュン、リウ・ジュンプ、チェン・シャンシャンドンは四川省のサンルイ山群北に位置するチョーラ山を目指した。彼らが目標にしたのは、この山の最高峰である東峰(6,163m)。西峰(6,149m)は1988年に日中合同隊によって登頂されたが、東峰はまだ未踏峰として残っていた。
 東峰頂上直下は強風にさらされた100mの長いリッジで、転落の危険性が高く老練な登山経験と確実な確保技術が必要であり、決して簡単なルートでは無い。しかし彼らは2017年8月9日、頂上に到達した。ビオレトール審査委員会は、中国を代表して今年の優れた登山を成し遂げた同チームを最終候補に選定した。

チョーラ東峰新ルート
対象 チョーラ東峰(6,163m)
位置 中国四川省サンルイ山群
ルート 東峰新ルート
クライミング方式 アルパインスタイル
隊員 ガオ・チュン、リウ・ジュンプ、チェン・シャンシャンドン 3名

 P3
シスパーレ(7,611m)北東壁新ルート
New Route on the Northeast Face of Mt. Shispare(7,611m)
JAPAN TEAM

 平出和也と中島健郎。
 このデュオは2017年に素晴らしい登山をやり遂げた。シスパーレ北東壁の初登攀である。パキスタン、カラコルム・バツーラ山群の2,700mの壁は、これまでに数多くのアルピニストの胸をときめかせた。シスパーレそのものは1974年ポーランド・ドイツ学術遠征隊が1,500mの固定ロープを使い35日かけて初登頂した山である。
 平出和也はシスパーレに4度、北東壁は2度の試みの末、ようやく成功を収めた。これはアルピニストが不屈の精神を一般大衆に示した模範的な事例といえよう。平出和也は谷口ケイと共に2008年カメット(7,756m)南西壁を初登攀し、すでにヨーロッパのピオレドール賞を受賞した経験を持つ。
 今回彼は中島健郎とペアを組み、アルパインスタイル5日間でシスパーレ北東壁を登り、自分自身の目標にピリオドを打った。ピオレドールアジア審査委員会は、このチームをためらうことなく、最終候補に選定した。
 
シスパーレ北東壁新ルート
対象 シスパーレ(7,611m)北東壁
位置 パキスタン・カラコルム バトーラ・ムズターグ
ルート 北東壁新ルート
クライミング方式 アルパインスタイル
隊員 平出和也、中島健郎 2名

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以上引用おわり

同時に優れたクライマーに与えられる「ゴールデンシューズ賞」には、韓国からチョン・ジョンウォン、日本から一宮大介、中国からベテランの王清華がノミネートされています。

参考記事 当ブログ 中国の王清華、中国人初の5.15a(9a+)に成功

「人と山」の紹介記事を読む限り、平出・中島ペアのシスパーレがぶっちぎりのような気がしますが、ノミネート3隊の中で唯一隊員が公募制だった韓国隊の「若手育成」という持続性のあるテーマがどう評価されるか、中国隊による未踏峰をアルパインスタイルで陥した成果がどう評価されるのか。
11月初めの表彰式の結果を待ちたいと思います。

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Art of Freedom

Art_of_freedom 山岳ジャーナリスト Bernadette McDonald女史の新刊『Art of Freedom』を読む。ポーランドの岳人ヴォイテク・クルティカの伝記である。

 ヴォイテク・クルティカといえば、日本では断片的なインタビュー記事がたまに掲載された程度で、あとはニコラス・オコネル著『ビヨンド・リスク』がまとまったインタビューを掲載している程度であろうか。

 クルティカといえば、そのスマートな「アルパインスタイル」、ラインを重視したより困難な高所登山が高く評価されているが、この本には「人間、ヴォイテク・クルティカ」がよく記録されている。

 読んでいて気がついたことだが、ヴォイテクにとっては「アルパインスタイル」はごく自然な登山スタイルにすぎなかった。日本の70~80年代、やたらと「海外ではアルパインスタイル」と、欧米崇拝はなはだしい先鋭登山家および池田某老人にリードされた日本登山界であるが、そういった「他者の評価」など全く気にすることは無い。
 あたりまえだ、なぜなら彼らには「アルパインスタイル」がごく自然な、当然な登山形態だったのだから。

 アレックス・マッキンタイアらと組んだダウラギリ東壁の記録は、まさにシンプルイズベストともいうべき、素晴らしい描写である。
 そして読み進むうちに、そのシンプルなアルパインスタイルの陰にある地味な活動やエピソードも明らかになる。

生卵300個と格闘するヴォイテク・クルティカ

1983年、クルティカとククチカはガッシャブルム2峰南東稜をめざしパキスタンに入る。
クルティカは食糧係として1人1日卵2個×メンバー2人×登山期間60日プラス予備=生卵300個の購入する。
ククチカは「はぁ?!ポーランドから持ってきた旨いハム缶あるだろ!なんで卵そんなに要るんだよ」 (当ブログ流意訳)とあきれ顔。
そしてより新鮮な卵を選ぶために、リエゾンオフィサーから「ミスター・ボイティク、エッグテストをご存じですか?」
と、新鮮な卵の見分け方を教えてもらう。
それは卵を水の中に入れ、水中に沈んだ卵は新鮮な良い卵、という方法だ。

卵300個購入に不満なククチカは協力してくれない。
クルティカはたった1人、生卵300個を水中に出し入れし、新鮮な卵をより分けていく。

日本人クライマーから「哲学的」 「求道的」 とあがめ奉られているヴォイテク・クルティカが、1人で生卵300個を相手に格闘する。
とかくクライミングの成果ばかりが強調されがちなアルパインスタイルのクライミングの陰に、こんな地味な行動があったのだ。

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1984年マナスルにて、ルートの雪崩の危険性について議論するイェジ・ククチカとヴォイテク・クルティカ 撮影アルトゥール・ハイゼル

クルティカとククチカは食糧で結構モメる。
登山も終了、余ったハムをクルティカが鳥に投げ与えていると、
「おめーなにやってんだよー、食い物粗末にすんじゃねーよ」とククチカが文句を言う。
「ハムとっといても悪くなるだけだし、ポーターもリエゾンもパキスタン人でハム食わねーし、しょうがねーべ」
(当ブログ流意訳)
そして決定的なのは、メスナーに対抗意識を燃やして新ルート・冬季登頂であくまでも「登頂」をめざすククチカ。それに対して登攀「ライン」を重視するクルティカ。ブロードピーク三山縦走直前も、登攀ルートを巡って議論になった2人。袂を分かつのは当然だったといえよう。

山田昇らとの合同登山の事
1986年の山田昇らとの日ポ合同隊として挑んだトランゴタワーに関しても、一章を割いて詳しく描かれている。
ご存じの方もあろうかと思うが、この遠征では山田昇氏ら日本人クライマーがルートの困難さを理由に断念したことが知られている。
本書においても、山田昇氏が「このルートは我々にはハードすぎる」と断念を正直に申し出る姿が包み隠さず記録されている。
ボイティク・クルティカは登山当初から、キャンプ地選定において日本人達が雪崩や落石のリスクがあると思われる場所を選び、意見具申をしつつも「saving face」(メンツを立てる)を理解し、いたずらに自己主張することなく、素直に従っている。
クライミングの断念を申し込まれたクルティカは、最初は冗談かと思ったという。あくまでも登りたいクルティカは吉田憲司氏に一緒に登らないかと誘うが、合同隊であること、全員で行動を共にすべきという理由から断られる。
この登山断念に対し、ボイティク・クルティカは
「誰かに過ちをたずねられれば、日本人達との関係を上手く構築できなかった私にある」と謙虚な言葉を書き記している。
事実、ベースに下山後も冗談を言い合いながら過ごしていたという。

このトランゴ遠征をとらえて、丸山直樹なるライターが山田昇氏に関して「岩の実力は上手くなかった」というような非常に不愉快な表現で山岳雑誌に書いているのを読んだが、同行したパートナーであるボイティク・クルティカは日本人メンバーに対してあくまでも温かく接している。
最も困難な壁といわれるガッシャブルム4峰西壁を共に登り、サードマン現象まで一緒に体験したロベルト・シャウアーなどすぐに袂を分かったクルティカだが、日本人にはなぜか温かい。
その理由を探ろうと何度も何度も本書を読み返したが、ついに理解できなかった。どなたかボイティク・クルティカにインタビューしてください。

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1986年、トランゴタワーで山田昇氏とともに

故・谷口けい女史の言葉
本書で特筆すべきは、ボイティク・クルティカの「登山観」を示すために、故・谷口けい女史の言葉(Alpinist誌から引用したもの)が本書4箇所にわたり引用されていることである。
そのうちの一つは章の冒頭を飾る。引用しよう。

I love to draw beautiful lines as simply and silently as possible...
- Kei Taniguchi, "Being with the Mountain"

古今東西、とくに欧米にはアルパインスタイルのスーパースターともいえるクライマーがキラ星のように存在しているはずなのだが、著者 Bernadette McDonald女史はクルティカの心情・山に対する姿勢を表現するために谷口けい女史の言葉を選んだ。
まぎれもなく谷口けい女史の再評価であり、あらためて故人の不慮の死が悔やまれる。

人生の後半を迎えて

本書は若いアルパインクライマーだけでなく、むしろオールドクライマーの皆様にお勧めしたい。
年を取りヒマラヤでの活躍から身を引いたボイティク・クルティカは、スポート・クライマーとして困難なフリーソロを果たすなどするが、本書後半では少しずつ家庭人としておさまっていく姿が描かれている。

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愛娘Agnes とともに

娘いわく「仕事(自営の貿易業)の出張なのか、遠征登山なのか、出かければわからなかった」と言い、息子は「遠征登山の帰りはイキイキしてたのですぐわかる」と言う。男と女の違いなのか?
ボイティク・クルティカは家庭では躾にうるさい親であり、娘はことあるごとに反抗していたという。
アルパインスタイルは経験してなくても、この部分は共感する読者は多いのではないか(笑)

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家庭ではガーデニングを趣味とするボイティク・クルティカ。
娘のAgnesいわく、「自然に対する愛情は父親譲り」という。この部分だけでも見習いたいものです。

登山のパートナーを死なせなかったことを誇りとするボイティク・クルティカですが、私生活では2度離婚し結婚生活は破綻しています。世界各国の登山家から最高のクライマーと称されるクルティカも、女性に関し(以下省略)

本書は、渋っていたピオレドール生涯功労賞を受諾するまでが描かれています。
山岳雑誌や山岳本でその登山哲学を知ることは出来ますが、「人間としてのボイティク・クルティカ」を知りたい方、アルパインスタイルで素晴らしい業績を重ねてきた真の登山家の生き方を知りたい方、ぜひ本書をどうぞ。

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韓国人のストーブ、中国人の鍋

日本の山岳雑誌では、いかに燃費よく湯を沸かせるかインプレッション記事が書かれたりしてますが。。。。

旨い焼肉が喰いたい!
そんな韓国人皆様のご要望に応えたガスストーブが開発されました。

Stove
ZEDKOREA社  Z-3 Stove

従来の小型ガスストーブでは、バーナー火口部が一つだけで火力が1箇所に集中するため、「直径が広いフライパンで肉を焼くのに不便だった。」(月刊『山』の表記より)デメリットを解消するため、火口部を3箇所に増設した製品。
これにともないゴトクも大型になり、直径30cmのフライパンも安定して設置可能。
まさに焼肉をするために開発されたバーナー!
ただし、火力が3倍になる分、ガス消費量も増加、「予備のガスを準備しなければならないだろう」とは韓国の月刊『山』誌の評。


キャンプ料理にはやはりお国柄があるようで、チタン器具を得意とする中国・広東省のアウトドア用品メーカーKeithが開発したのが、

Co
Co2
チタン製の多機能スチーム鍋。
本体は1.8リットル容量の鍋、フタは0.9リットル容量のフライパン、そして蒸し料理用のプレートが特徴です。これで、

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こんな中華料理や

Kani
蟹の蒸し料理ができるらしいです。
そして、この蒸し料理用プレートが
Tea
中国茶をたしなむ時の茶盤(チャーバン)になるんですな。
すでに複数の中国アウトドアメーカーからはチタン製の中国茶セットが販売されており、keith社も2100元(約8000円)で販売しています。

アウトドア用具も欧米の受け売りだけじゃなくて、アジア各国の自国文化に合わせて進化していくようです。

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復 活

思いついてから約2年。
現在使用しているiPhoneの残債をまとめ払いしたり少しずつ準備して、

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スマホからガラケーに乗り換える。

政治改革より我が家の家計改革。
機種代も新規で購入すると3万近くするので、通販で新古品を購入して安く済ませる。

今冬の沖縄出張で痛感したのが、やはり通話機能はガラケーで独立させたいということ。

facebookなどで「時代に乗り遅れましたが・・・」とガラケーからスマホに乗り換えた方の報告を読むのだが、私にとって道具の選択は時代に左右されるものではなく、自分にとっての使い勝手がすべてである。

 現場作業していて業者と頻繁に通話でやりとりする事がある。手袋をしているときのタッチパネルに何度イライラさせられたか。
 雨の中や、ハードな現場で汗まみれになっているとき、スマホのような耐久性に乏しい精密機械はむしろ邪魔でしかない。
 
 以前書いたように、スマホの検索機能は図書館の文献検索に欠かせないし、カーナビ機能は大型車を乗り回す私には必要不可欠。というわけでスマホ併用の生活を送ります。

 そしてなにより、年々高機能・高価格になっていくiPhoneに疑問を抱く。そこまで高価な金払って便利さを求めて、この先に何があるんだろう。メディアの提灯記事に踊らされるのは御免である。

 ちょいとガラケーに戻ってみて、自分に必要なモノは何か再考してみます。

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職場の一服

某日。

 イタリア出張から帰ってきたK君の土産を職場で食す。
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右はイタリア特有の「アマレッティ」という菓子。
クッキーに似ているが食感はしっとり系。ピスタチオ風味らしいが、どうも日本のおつまみのピスタチオと違い、火で炒ってない生ピスタチオを用いているようで、やや青臭い風味。
左はコーヒー風味の「クッキー」なのだが、普段日本で食べているクッキーよりもサクサク系のクリスピーな感じ。
 みんなの食べ比べでは、コーヒー風味クッキーに軍配が上がりました。

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鳴子の宿

ブログ更新をしばらくサボっている間、世のため人のため現場作業に邁進。
我々現場作業部隊も人手不足はなはだしく、不良社員の私が現場代理人となる。

出張先の宿、たいてい現場管理のK君がビジホを確保してくれるのだが、今回は

親方「おう大滝、今度の宿お前決めとけよ」
私「え?俺決めていいんすか?」

滞在先は宮城県の鳴子温泉。
湯治客や観光客相手の宿が多く、選定に苦労する。

泊まった宿は、

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ルームキーも鳴子っぽいですね。

工程もタイトな現場、ヨレヨレになってチェックイン。
出てきた夕食が、

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え?これで一泊2食付6630円ですか?(注:ビジネスプランでの料金です)
すっげえ不安になるボリューム(笑)
しかも中ジョッキ生ビールは無料サービス。

会社の人間にも当ブログ見られてるらしいので強調しときます。
中ジョッキ生ビールは 無 料 サ ー ビ ス です。

しかも現場作業員には嬉しい、洗濯機の利用も無料、洗剤備え付き。
仕事から帰ってくると、部屋はきちんと前もって暖房が入っている心遣い。

宣伝しておきます。
鳴子近辺で働く作業員の皆様、鬼首・秋ノ宮周辺のシブい山を狙う登山者の皆様、鳴子温泉の 鳴子旅館 おすすめです。
※一泊2食付き6630円は、3泊以上の長期宿泊での割引きプランになります。通常料金は8790円です。

夕食のご飯は固形燃料で炊く釜飯風のご飯。
量が一膳ほどなので、旅館の方が「ご飯たりますか?」と気を遣って様子を見に来てくれる。
なにより、直接固形燃料の火で炊くご飯なので、

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ご飯のおこげがメチャメチャ旨い。
この旨さは、米をサラダの食材くらいにしか思ってない毛唐にはわかんねえよな。

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『第2回蔚州世界山岳映画祭』 の不都合な真実

去る9月21日から5日間にわたり韓国・蔚州郡で開催された『第2回蔚州世界山岳映画祭』。

各韓国メディアは国際イベントとして無難に報道していましたが、韓国の時事ジャーナル紙が痛いところを突いた報道を展開しています。

朴槿恵・前政権時から韓国各地の山岳地で問題になっているケーブルカー建設問題に関して、ゲストとして招かれたリック・リッジウェイもガツンと物申したようです。

「自然と共存」問いただすことになった蔚州世界山岳映画祭の課題 by 時事ジャーナル(韓国)2017.9.27

以下飲用開始
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「自然と共存」問いただすことになった蔚州世界山岳映画祭の課題
9月25日に閉幕・・・上映作品増大など、見た目拡大にも運営システムの粗雑

チェ・ジェホ 記者

 国内最初で最大の山岳映画祭として注目を集めた、第2回蔚州世界山岳映画祭が9月21日に開幕され、5日間にわたって21カ国97編の上映スケジュールを終えて幕を閉じた。

 昨年第1回の時よりも上映作品が19編増え、出品作品も78編(第1回は40カ国182編 → 第2回は31カ国260編)に増加するなど、世界的な山岳映画祭として発展する可能性を確認できた点で、主催者である蔚州映画祭事務局は舞い上がっている雰囲気だ。
 しかし、25億ウォンの予算をかけた国際イベントとしては貧弱な付帯行事プログラムに加え、映画祭の最も重要な上映館チケットに関連した粗雑な運営システムは、昨年第1回の時とあまり変わりなかったという指摘を受けている。
 蔚州世界山岳映画祭が、主催側が掲げるようにイタリア「トロント」、カナダ「バンフ」とともに世界3大山岳映画祭に成長するために解決すべき課題は何だろうか。

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去る9月21日、UMFF開会式の様子 蔚州世界山岳映画祭事務局提供

「このまま世界3大山岳映画祭に成長できるか」

 第1回蔚州世界山岳映画祭が開かれた昨年9月30日、キム・ギヒョン蔚山市長は当日午前中まで開幕式に参加しないつもりだった。市役所で当日朝に発送する日程表に、キム市長の代わりに行政副市長が開幕式に出席として名簿に記載されていた。キム市長は最終的にこの日の夕方の開幕式に出席し、会場で持前の明るい表情を維持したが、当日の朝は副市長を代わりに国際イベントに出席させようと決心するほど不満を持っていたものと思われる。

 キム市長の当日不参加のハプニングは、映画祭の名前をめぐって蔚山​​市と蔚州郡が神経戦を繰り広げたことから始まった。蔚山市は予算10億ウォンを支援する条件で映画祭の名称に「嶺南アルプス」や「蔚山」を用いることを要求したが、蔚州郡は最後まで地域名を譲らなかった。

 蔚州郡がこのような独自の路線を進んで失ったのは、10億ウォンの予算だけではない。蔚山市は今年広域市昇格20周年を記念する「蔚山訪問の年」と銘打って巨大な広報マーケティング戦略を繰り広げたが、蔚州世界山岳映画祭の広報は、蔚州郡の役割だった。

 5日間の蔚州映画祭に集まった観衆は約6万人と映画祭事務局は推定した。昨年の第1回で事務局が明らかにした観衆は、5万3000人だった。しかし、イベント期間中に会場を往来した周辺関係者は、昨年に比べて会場が広く感じられるほど訪問者が少ないと口をそろえる。

 野花漫画フェスティバル、ツリークライミング、全国スポーツクライミング大会、ガンウォルジェで開かれた山上音楽祭「蔚州オデッセイ」など、家族単位やスポーツ愛好家が参加するプログラム会場は参加者でにぎわった。しかしながら映画祭の中心であるべき「映画上映館」周辺は寂しいほどで、映画祭は全国の映画ファンを集めるには限界を表わした。

 このような寂しい上映館の雰囲気は、無料で行われている映画チケットのずさんな運営システムと無関係ではなかった。当初映画祭事務局は、オンライン予約以外に観覧席の20%を現場で発券すると約束したが、開幕翌日になって突然上映日に関係なく事前予約することができるように方針を変え混乱を招いた。

 週末の上映時間に間に合うよう当日券を入手しようとしていた観光客は「売り切れ」という案内に失望して引き返した。臨時上映館3棟も含め4箇所の上映館では、「売り切れ」という案内とは異なり前売券をストックしておいて、会場が見つからない団体のために主催者側は冷や汗を流したという裏話もある。

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去る9月23日、蔚州世界山岳映画祭会場で特別講演をおこなうリック・リッジウェイ氏の様子。 蔚州世界山岳映画祭事務局提供

蔚州推進・神仏山ケーブルカー - 山岳映画祭との共存方法は・・・

 今回の映画祭で主催側が精魂込めたプログラムの中で欠かせないのは、今年初めて制定された「蔚州世界山岳文化賞」だった。受賞者は、7大陸最高峰を世界で初めて登頂した記録を保持し「地球の息子」という敬称を持っているアメリカのリック・リッジウェイ氏である。彼は会場で特別講演と特別展示会をおこない、蔚州地域「嶺南アルプス」と縁を結んだ。

しかし、登山家であり環境活動家に変身した彼には、蔚州郡が推進する「神仏山ケーブルカー」が不満だった。

 リック・リッジウェイ氏は記者会見で「山は野生そのままに保存しなければならない。そしてケーブルカーには反対する」と表明し、映画祭関係者たちを困惑させた。 彼は「山に登った時、野生が与える魔法を感じることができて自然から安らぎを受けることができる」 として 「車に乗って、駐車場に駐車をして、ケーブルカーに乗って展望台まで上がって、再びケーブルカーに乗って降りてくるのは優れた人間の姿ではない」と批判した。

 映画祭発足を先頭に立って主導してきた蔚州郡は、今後は映画祭運営主催を法人にして世界的山岳映画祭として発足させていくという立場だ。
 蔚州郡の方針通りならば、来年9月には第3回蔚州世界山岳映画祭は神仏山の頂上と連結されたケーブルカー駐車場の真下で開かれることになる。

 「自然との共存」をスローガンに掲げた蔚州世界山岳映画祭が、映画祭の存在理由と現実の環境の間で、どんなスタンスを取るかにより今後、名実共に世界山岳映画祭に発展するかどうかを分けるものと見られる。

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以上引用おわり

なにかと「世界的」なタイトル好きな韓国ですが、この蔚州世界山岳映画祭に賭ける意気込みはものすごいものがあります。
昨年の第1回のゲストとして韓国に招かれたのがラインホルト・メスナー、そして欧米ではその名が知られている山岳ジャーナリストBernadette Macdonaldを招いたところに私は韓国山岳界の「本気」を感じた次第。

チケットの問題は「ケンチャナヨ」な韓国社会ではまあご愛敬として、神仏山のケーブルカー問題は痛いところを突かれました。

 あの雪岳山でも経済効果を期待してロープウェイ建設計画が浮上、計画に反対する自然保護・登山関係者に逮捕者がでるほど反対運動が白熱していました。
 朴槿恵政権が終末を迎えたことによりロープウェイ建設も白紙に戻されましたが、最近になってゾンビのように再浮上しているようです。
 当該記事の神仏山ケーブルカー計画のように、経済効果を期待する賛成派と自然保護を訴える反対派との対立が続いているところもあります。計画はかなり推進されているようですが、各関係省庁の対立もあり、ケーブルカー建設が実現するかはまだ予断を許さない状況、といったところです。

第3回蔚州世界山岳映画祭が韓国のみならず世界的な山岳イベントとなりうるか、ケーブルカー建設計画という環境問題の行方にも注目したいと思います。

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スパッツ

山形美術館を出た後、天童の登山用品店マウンテンゴリラを訪れる。

ガイド山行中に、長年愛用していたロングスパッツが「ピリッー」と派手な音をたてて刈りはらわれた枝先で裂けてしまった。

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RIPENのロングスパッツを購入。
前に愛用していたのはかなり旧モデルの、ICI石井オリジナル製品でゴアの薄手生地の製品だった。
今回は生地の厚いRIPENを選択してみる。
信頼できるアドバイザーである店主の誉田さんも「俺も使っている」というのでためらいなく購入。
このスパッツも、長いつきあいになりそうです。

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山形民俗映像フォーラム 黒川能(王祇祭)1954年/2006年

9月からガイド山行はキャンセル、個人ガイドの予定もお客様都合でキャンセル。
連休は親類の葬儀が入り、老母の付き添いと実家の電話番も兼ねて下界で過ごす休日が続く。

10月9日の祝日は国立歴史民俗博物館主催の「山形民俗映像フォーラム 黒川能(王祇祭)1954年/2006年」に参加するため山形美術館へ。

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内容は、題名「王祇祭」として1954年に日本大学芸術学部映画学科が製作した映像、2006年に市井の研究者・内田長志氏が製作した映像を連続して上映し、その比較を試みるシンポジウム。
シンポジウム(トークセッション)のメンバーは、市村幸夫氏(村山民俗学会・前事務局長)、岩鼻通明氏(山形大学教授 山形民俗学会会長)、内田順子氏(国立歴史民俗博物館准教授)という面々。

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トークセッションの様子。

市村氏いわく、1954年の王祇祭の方が泥臭さが残っているような気がする。
岩鼻氏いわく、1954年(昭和29年)頃は、日本の農村人口が多かった時代であり、その活気が映像からうかがえる、とのこと。

映像と民俗学(民族学)といえば、難しいことはいわなくても、ある程度の年齢の方ならテレビ番組『すばらしい世界旅行』とか『驚異の世界』とか『知られざる世界』などで、おなじみのはず。

内田准教授は2つの映像の差異をリストアップして報告。
映像と民俗学の関係を論じるにはあまりに短いスケジュールでしたが、民俗芸能の記録について思考を深める時間を過ごしました。

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お仕事日記(大都会編)

10月第一週、出張で神奈川県某市へ。

 我々現場作業部隊が首都圏に行くときは、いかに首都高を走らずに東京を通過するかが思案どころなのだが、今回の出張ではどうしても首都高を走らねばならない。
 沖縄出張の相方、Yさんと共に7tトラックで東北道を南下、佐野SAから首都高を通過する区間を私が運転する。

 田舎者には複雑な首都高。
 ひたすらauカーナビに従い、池袋から新宿、五反田はずっとトンネルを走り、横羽線を通過して都築PAで昼食休憩。
 相方Yさんはイオンスマホを使用しているが、トンネル内ではGPSが方向を見失うという。
 今回はiPhoneのGPS機能、auカーナビソフトに助けられる。
 緊張感も給料のうち、と自分に言い聞かせ、慣れない首都高を大型車で走る。

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都築PAでは「さんまかば焼き丼」を食す。カミさん作ったさんまかば焼きの方が旨かった。

 現場にトラックを駐車し、今夜は南武線某駅そばのビジネスホテル泊。
 今宵の夕食は、グルメサイト有料会員のYさんに誘導されて『麺や しんのすけ』へ。

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相方のYさんは店の一番人気「トマト担々麺」を、私は週替わりの「塩担々麺」(画像)を食す。
旨い。が、味が濃い。
Yさんいわく、残ったスープに御飯入れて喰うのが名物、とのことで、2人でそうする。
明日はフル稼働。

翌日夕方、現場作業を終え、それから八王子にある業者さんのところに挨拶まわりと資材受け取り。
八王子を出たのは18時。
明日は山形で仕事があるので、急ぎ戻らねばならない。

あいにく高速は渋滞しているため、青梅まで国道16号を走る。
ピザ屋にベーグル屋にカフェ。
なんか知らねえが東京っておしゃれな食い物屋多いよなあ・・・と思ったら、横田基地の脇を走ってました。

20時前、ようやく圏央道の青梅ICに乗り込む。
さあ、明日も山形で現場仕事。とっとと帰ろう。

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