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家政婦は見た

家政婦は見た。
はるかな高峰に立つ夢を。

白天当保姆,夜里爬楼,她去登了世界最高峰(昼は家政婦をこなし、夜はビルを登り、世界最高峰に行く) by 8264.com 2017.12.6

以下引用開始
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昼は家政婦をこなし、夜はビルを登り、世界最高峰に行く

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 フィリピン人家政婦といえば、何を連想しますか。
 彼女達は故郷を離れて住み込みで働き、収入は高くはありません。
 しかし香港在住歴21年のフィリピン人家政婦、46歳のリザ・アベリノは自力で資金と休暇を貯め、ヒマラヤを登り、キリマンジャロの山頂に立ちました。登山に行く度、彼女は常に唯一のフィリピン人、唯一の家政婦です。

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 普段の彼女は、香港在住の約35万人の外国人家政婦と同様、一日中雇い主の家の世話をします。一回海外登山する毎に、リザは1~2年の給料を費やします。しかし彼女にとって重要なのは金でもステイタスでもなく、さらに彼方をめざすことです。

 現在、彼女は少し名前が知られ、登山の援助を希望する人がいるとしても、彼女は支援を受けず、支援金をすべてフィリピン人家政婦組織の支援金として寄付してもらっています。彼女は登山することによって、フィリピン人家政婦達へのイメージを変えたいと考えています。

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 香港では法律により、外国人家政婦は雇用主の家に住所を定めます。リザの仕事は週6日、毎朝8時に雇用主Juliet(右)の子供を学校に送り、それから家事をこなし、夜は子供を寝付かせ、1日の仕事が終わります。


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 日曜日は外国人家政婦唯一の休日です。彼女たちはいつも広場や公園に集い、故郷の食物を食べたり、チャット、家族とFaceTimeで話したり・・・これが彼女たちの休日の過ごし方です。

 香港に来て初めの数年、リザは広場の上に座っていましたが、彼女はその環境が好きになれませんでした。とても騒がしく、その上見知らぬ他人が彼女たちの写真を撮っていきました。

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 2006年のとある日曜日、とても暑かったのでリザは図書館へ涼みに行きました。そこで一冊の香港登山ガイドブックを読み、彼女は山登りを始めました。

 最初の山登りは雇用主の家の近くにある「黄泥涌」でした。彼女は高いところから香港を眺めることを経験し、かつて感じたことのない美しさ、リラックスした気分を味わいました。それから日曜日ごとに、リザ山登りに行きました。

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 当時の雇用主がリザに香港の登山グループを紹介してくれました。会員に自己紹介する時、皆の職業は金融業のホワイトカラー、医者や教師で、リザは長い時間をかけてコンプレックスを克服しました。

 山友達はリザが道を覚える能力に長けていることを見出し、時にはリザが引率者の役目を果たしました。1度、登山に参加した外国人女性がフィリピン人家政婦の引率と知り、リザの能力を疑いとても戸惑いました。しかし見事な引率登山で事実を証明し、最後には外国人女性はリザにビールを奢ってくれました。

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 香港の外国人家政婦の最低賃金は毎月4310HKドル(訳者注・日本円で約62600円)です。外国人家政婦のほとんどは女性で、彼女たちは香港に来て普通1つの目的しかありません。生活を切り詰め仕送りし、家族の暮らしを良くすることです。リザの初めの数年もそうでした。

 しかしリザの結婚生活は幸福ではなく、不公平感を感じ始めていました。
「夫は仕事も探さず、月末に私の仕送りを待ち、私にどんな生活をしているのかたずねることもない。」
 リザはもう家に仕送りしないこと、家に帰らないことを決心し、稼いだ給与のほとんどを登山につぎ込みました。

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 香港には40以上のハイキングコースがあり、リザはとても親しんでいます。彼女はもはや卑屈でなく、家政婦であることを堂々と言うことが出来ます。

 一昼夜をかけて100キロにおよぶウォーキングイベントを完走した後、彼女は右手首にトンボ、サンスクリット語で「今をつかみ、この瞬間を掴む」という最初のタトゥーを入墨した。 リザは言う、「トンボは半年しか生きられないが、全力で生きる」

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 リザはずっとヒマラヤ山脈にあこがれていましたが、彼女はこれまで雪を見たことがありませんでした。更に雪の上を歩いたこともありません。2014年、彼女はまず日本をめざし、一度雪山を登ることを決意します。

 領事館では、リザが初めて日本を旅行する外国人家政婦でした。そのためビザの取得には多くの書類が必要でしたが、2週間待たされ、ついには領事館に電話して彼女はビザの取得がかないました。

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 彼女は連続して13時間登り続け、3189mの日本第5位の槍ヶ岳に登りました。

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 2015年5月、リザは2年かけて給与を貯め、初めてのヒマラヤ山脈を目指しました。6189mのアイランドピーク登頂を計画し、彼女は友達に登山装備を借り、自身は靴とアイゼン、防寒着をそろえました。

 氷河に囲まれたエベレスト峰の南側、アイランドピーク。5087mのエベレストBCに到着した後、リザは50度以上の急斜面を4時間登り続けましたが、アンダーウェアの品質が不良で汗が排出されず、服が濡れてしまい、リザは風邪をひいてしまい、進むことができませんでした。

 断念したとき、2年間かけて貯めたお金のことを思い涙があふれましたが、彼女は再び来ようと考えました。

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 ガイドは彼女に対して、本当にアイランドピークに登りたいなら、少なくとも週3回以上山に登ることが必要とアドバイスしました。

 リザは、月曜から土曜まで一日中働き、夜間にハイキングはできないと考え、雇用主の家の近くに21階建アパートを見つけ、15キロのダンベルを背負い、階段を登り続けている。

 初めは脚力が不十分で呼吸も乱れましたが、毎週3回は階段を登りに行き、少しずつ足どりと呼吸が楽になっていきました。

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 1年後の2016年、リザは再びヒマラヤ山脈に行き、今度はアイランドピークの5900mに到達、山頂まで200mまで迫りました。しかし目前に垂直の氷壁が立ちはだかり、リザの脚力ではよじ登ることができませんでした。
しかし彼女はそれでも自分の進歩を喜びました。

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 リザは自身にヒマラヤ山容のタトゥーを入れた。彼女はヒマラヤに戻り、いつか山頂に登ることができると言う。

 リザの話を聞き、彼女により良い支援をしたいとスポンサーの申し出もあったが、リザは登山2行くためにお金を節約したいと考えている。それは登山を楽しむためだ。彼女は本当に支援したいと考えるならば、フィリピン人家政婦を支援するNPOに寄付することをスポンサーにお願いしました。

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 2017年7月、アフリカ・キリマンジャロ山への旅に出発する前、フィリピン人家政婦の支援機関「The Help for Domestic Helpers」に依頼し、フィリピン人家政婦が自分の権利を守る方法・自分の資産を管理する方法を学ぶためのオンライン寄付プラットフォームを作った。

 タンザニアでは、リザは一日6時間から8時間かけて8日間登り続け、キリマンジャロ山5,895mに登頂、このように仲間のために募金を行いました。

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 リザはJuliet一家のために働き、すでに8年が経ちました。最近、10年間の契約を更新しました。 4歳と11歳の雇用主の子供たちは、リザがとても好きで、2人とも寝る前にリザを抱き締め、おやすみなさいを言います。

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 残念なことに、リザは自分の子供を15年間見たことがない。今は24歳の双子の男子です。リザは2人の子供の写真を1枚しか持っておらず、写真をしまい込んでいるが、もう見つからないかもしれない。

 フィリピンの家族は、彼女が非常に悪い母親であることを2人の息子に話し、彼女はそれを受け入れた。

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 リザは日曜日に雇用主の子供を連れて山に登った。たまに雇用主の子供を連れて香港の山に登るが、彼女は2人の息子とヒマラヤやキリマンジャロの話をする機会は、ありません。

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 息子達が彼女がやってきたことを少しでも誇りに思い、そしていつか再び出会えることを、願っています。

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以上引用おわり

 私はどうにも「高所遠足」という言い方が好きではない。
 高峰を目指す以上、一人一人の「思い」というものがあるからだ。

 金にモノを言わせて「七大陸日本人最年少」とやらでメディアに祭り上げられる小娘がいる一方、地道に給与を貯め、スポンサーの申し出は仲間たちコミュニティ改善の寄付にまわし、コツコツと自分の夢を実現させていく人もいます。

 この記事で取り上げられているフィリピン人家政婦リザ・アベリノ(Liza Avelino)はTEDx(TEDのフランチャイズ形式の地方版)にも出演し、そこそこ名前も知られるようになりましたが、今も家政婦として地道に働き、地道にトレーニングし、次の目標を目指しているようです。
 彼女の姿をとりあげた動画がこちらです。↓

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