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本日よりしばらく

さすらいの現場作業員、本日より色欲と暴力の街・神奈川県某所に滞在。

かなりハードな作業が予想されるため、今宵は
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ネパール料理エビンにて、ネパールカレーディナーセット1490円也を食す。
基本のダルカレーにほうれん草チキンカレーとキーマポークカレーをチョイス。
飲み物は断然ラッシーです。

辛さは「普通」を頼んだら、ハウスバーモンドカレー甘口並みの優しい辛さでした。
ナンをおかわりしてたらふく喰ったので、明日からバリバリ働きます(自己申告)ので、ブログ更新テキトーになります。


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デニス・ウルブコ、冬季K2登頂を断念、下山

隊長クシストフ・ビエリツキにも何も語らぬまま、単独で冬季K2山頂を目指したデニス・ウルブコ。

その結果は、悪天・強風に阻まれ登高を断念。

2月26日、ウルブコはBCに帰着。
BCに帰還後は誰とも話をすることもなく、自分のテントに引きこもっている。

そんな姿を、TVP(ポーランドテレビ、ポーランドの公共放送局)が8秒間の動画で伝えています。

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2月26日、BCに帰着後、自分のテントに引きこもるデニス・ウルブコ

Niesforny himalaista wrócił do bazy. Z nikim nie chciał rozmawiać [WIDEO] by TVP.INFO 2018.2.26
(当該サイトを開くと自動的に動画が開始・音声が流れるので注意)

登頂失敗に終わったデニス・ウルブコのトライについて、隊長のクシストフ・ビエリツキは失望の意を隠せませんでした。

„Znam Denisa od wielu lat, nie sądziłem, że do tego dojdzie” by TVP.INFO 2018.2.25
(当該サイトを開くと自動的に動画が開始・音声が流れるので注意)

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2003年、共に冬季K2にトライしたウルブコ(左)、ビエリツキ(右)

25日、TVPの報道によればビエリツキはこう語っています。

『私は長年にわたりデニスを知っています。私達は友人です。だが今回のような事が起こるとは予想しなかった。何より残念なのは、デニスは最初のキャンプで仲間に止められた際、私は彼と話したいと思っていたが、彼は私と話をするつもりはないと語ったという。私にとっては苦痛なことです。

 一方、私は彼の行為を少しだけ理解しています。時には私もソロをやりました。(訳者注・93年にシシャパンマ南壁を単独登攀している) しかし、ここでは私たちはチームなのです。彼は遠征に招かれた立場だ。

 彼は最強の登山家の一人です。けれども、彼は誰もが危険にさらされていることに気づかなかったのか?隊員2人が支援する準備をしていましたが、彼がデニスを支援する際に「何か」が起こるとどうなるか?彼はそこに考えが及ばなかった。

 今回のトライは、私たちの関係を犠牲にしてまで、2月末までにK2に登頂することが、.彼にとって素晴らしいことだったのでしょう。 』

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しかし、ここでは私たちはチームなのです。

と語るクシストフ・ビエリツキ、ウルブコの行為に理解を示しながらも、隊長としての立場、そして自身の長年の登山経験からの苦しい胸の内が伝わります。

前回の記事ではあえて私の個人的見解は述べませんでしたが、大学山岳部という一見「縦社会」のように見えながら、『遠征では先輩後輩関係ない、他人の脚を引きずり下ろしてでも自分が登れ』と説教を喰らった私も身にしみてますが、個性の強いメンバーの集う登山隊は焼き肉定食もとい「弱肉強食」の世界です。

私もウルブコの行為を理解はしますが、今回はクシストフ・ビエリツキの老練さを支持します。

むしろ単独で山頂アタックを強行しておきながら、冷静に生還を果たしたところが、やはりデニス・ウルブコといえましょう。

登山隊は引き続き、3月の頂上アタックを目指して活動中です。

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デニス・ウルブコ、独断・単独でK2アタック開始

 K2冬季登頂を目指すポーランド隊が波乱の展開をむかえました。

 2月24日朝、隊の主力メンバーであるデニス・ウルブコが単身BCを出発、隊に無断で、一人だけで頂上アタックを開始したことが判明しました。

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冬季K2ポーランド隊で登高中のデニス・ウルブコ

 各種報道によれば、そもそもデニス・ウルブコは『ヒマラヤ登山における「冬季」の定義は12月1日から2月末まで』という持論の持ち主。 (筆者注:ヒマラヤ登山における冬季の定義はいまだ議論がありますが、現在は春分の日までを冬季とするのが一般的)
 一方、隊を率いるクシストフ・ビエリツキ隊長の方針は、ルート工作を終えた3月初旬に隊として頂上をめざすプランで登山活動を展開していました。

 この意見の違いが、ウルブコとビエリツキ隊長の間で「高所キャンプの設営位置」を巡る意見の相違にもつながったようです。
 24日朝BCを出発したウルブコは、ビエリツキ隊長との無線交信も拒否と伝えられています。

 ポーランド・メディアから伝えられる報道では、登山隊のメンバーの間でも、やはりデニス・ウルブコそしてポーランド登山界のホープであるアダム・ビエリツキのペアが頂上をめざすものと考えられていましたが、そこに今回のウルブコの独断専行ともいえる行動。
 ポーランド山岳協会幹部のコメントでは「怒りよりも驚き」というコメントが伝えられています。

 心理学者で山岳救助隊に携わった経験を持つトマシュ・コズラウスキーは、「ウルブコを突き動かした二つの要因として、ウルブコの年齢は45歳、冬季K2を狙う最後のチャンスであること、このままBCで待機していれば登頂の機会を逃すことになるという思い」という点に言及しています

 今後の気象条件が思わしくないこともあり、ポーランド隊はウルブコの頂上アタックをサポートすべく動いています。
 落石による負傷で登山隊を離脱したラファル・フロニアがポーランドメディアでコメントしています。

『私は驚いてません。そのような状況を期待していたとは言いません。当初からデニスはカラコルムの冬季は2月末で終わると言ってました。決断なきところにリスクも、成功もありません。 

 (中略) 彼が決断したのなら、その行動が成功する可能性は高いということです。彼は非常に経験豊かで決断力があり、高度に順応しています。そして天候のチャンスがある。今の私にとって最も重要なのは、彼が生還することです。マチェク・バドレチュクとマルチン・カッツカンが上部に登っていますが、彼らがデニスをサポートするでしょう。

 (中略)  このアタックが成功することを祈っています。デニス単独であろうと、他のメンバーの支援を受けての登頂であろうと、それは登山隊の大きな成果になります。 「ポーランドの登山隊」であることを忘れないでください。』

ラファル・フロニアはどちらかといえば肯定的にウルブコの行動について語っています。

とはいえ、隊長であるクシストフ・ビエリツキにも何も言わぬまま、一人山頂を目指すデニス・ウルブコ。
既にポーランドはじめ各国クライミングサイトでは議論が沸騰しています。かつてナンガパルバット初登を果たしたヘルマン・ブール、ルパール壁初登を果たしたメスナー兄弟のような、隊長に離反して登山史を創ったクライマーにデニス・ウルブコを重ねる意見もあります。

2月25日現在、デニス・ウルブコは6700mのC2をとばして7200mのC3に登高中。
登山隊はウルブコのサポート体制も進めつつ、あくまでも3月上旬の登頂目指して登山活動を続行中。

当ブログで紹介したクシストフ・ビエリツキの理想は、現代最強と目されるウルブコの行動の前にもろくも崩れ去りました。

ヒマラヤの冬季は2月末までという自身の信念に従い、単独で山頂を目指すデニス・ウルブコ。
クシストフ・ビエリツキの指揮下、3月上旬の頂上アタックを目指す強力なポーランド隊メンバー。
いましばらく、冬のK2登山隊から目が離せない状況になってきました。

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コークとモモの街、カトマンズ

 ネパール全土で、コカコーラ社が有名レストランと提携、ネパール料理「モモ」とコーラを結びつけたPR活動を展開しています。

 Coca-Cola Mo:Motsav by The Himalayan Times 2018.1.31

 このキャンペーン、ここ数年続いているらしく、今年のPR動画がこちらです↓

 昨年はこちら。
 モモと、コークと、バレンタインを結びつけ、ネパールの有名女優であるPriyanka Karkiさんが恋と料理の指南役をつとめています。

 もうネパールもご無沙汰ですが、砂ホコリ巻き上がるタメル地区しか記憶にない私も時代に取り残されてるんですかね。動画ではカトマンズもすっかりおしゃれな街角です。

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【訃報】 ジム・ブリッドウェル逝く

Jim
 ミスター・ビッグウォール、ジム・ブリッドウェル (Jim Bridwell) 氏が長い闘病生活の末、亡くなりました。73歳でした。
 昨年から腎臓病と肝炎を併発し、ご子息のレイトン氏を中心に治療費募集が呼びかけられ、世界中からの寄付金が約3万8千ドルに達しているところでした。

 私がジム・ブリッドウェルの名前を知ったのは、リック・リッジウェイらと共に敢行したボルネオ横断行の記録からでしたが、残念なことに、このときに現地人から入れてもらった入れ墨によって肝炎に感染したものといわれています。
 私生活の方では、あのリーマンショックによる影響で家計が破綻し自宅を失い、このときもクライミング関係者らによって援助をもとめる活動が展開されていました。
 
参考サイト:当ブログ ジム・ブリッドウェルが大変らしい。2008.12.08

その生涯はまさに「ミスター・ビッグウォール」。その記録を綴ればそのままヨセミテの登攀史になりますし、足跡はアラスカ、ヒマラヤ、パタゴニアにも及んでいます。UKCは特筆すべき記録としてエルキャピタンの「シー・オブ・ドリームス」、そして1975年にジョン・ロングらと果たしたノーズの「ワンディ・アッセント」初成功を挙げています。

im Bridwell dies aged 73 by UKClimbing 2018.2.16

1975_westbay_bridwell_long_nose
1975年のノーズ・ワンディアッセント成功時、エルキャピタンの前に立つ、若き日のレジェンド達。左からビル・ウエストベイ、ジム・ブリッドウェル、ジョン・ロング。この写真の真似をした日本人クライマーも少なくないよね。

79年にはパタゴニア、セロトーレ南東稜(アルパインスタイルでは初)、81年にはマッグス・スタンプとアラスカのムースズ・トゥース、82年にはネッド・ジレットらとネパールのプモリ南壁冬季登攀遠征に赴いています。

これだけの素晴らしい経験・技術をもつクライマーでありながら、単独登攀の記録がありません。
Rock and Ice誌ウェブサイトに素晴らしい追悼記事が掲載されています。

Jim Bridwell, Founder of YOSAR and Big-Wall Godfather, Dead at 73 by Rock and Ice 2018.2.16

上述の記事の中から、ジム・ブリッドウェル氏の名言を引用します。

‘I’m not friends with climbers, I’m friends with people.’
(私はクライマーと友達なんじゃない、人間と友達なんだ。)

“I don’t need to solo, I got friends.”
(単独登攀するつもりなんかないよ、友達がいるからね)

そんな言葉を口にしたジム・ブリッドウェル氏は人を殺めることを嫌い、ベトナム戦争に従軍することを拒否、60~70年代のベトナム戦争激しき時代、ひたすらヨセミテの大岩壁に足跡を残していきました。

また一人、世界の登山史を彩ったクライマーが世を去りました。偉大な先達の死に哀悼の意を表します。

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ポーランド冬季K2隊、隊員負傷とルート変更

K2冬季登頂を狙うポーランド隊の続報です。

 ナンガパルバットでの救助活動でも活躍したポーランド登山界のエース、アダム・ビエリツキが2月7日、C2付近で行動中に落石に遭い、顔面を負傷。
 痛々しい負傷直後の画像が海外クライミングサイトに出回ってますが、当サイトはそういう趣味はありませんのでご覧になりたい方は海外サイトにどうぞ。
 幸い、登山活動には支障なくBCにて休養のためアダムは下山。

 続く2月9日、ラファル・フロニアがC1に向かう途中に落石に遭い、前腕骨折の重傷を負う。
 ラファルは治療のため、ヘリでスカルド経由でイスラマバードに移送、残念ながら登山活動からは離脱の予定。

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1.はアブルッツィ稜、2.はバスクルート(別名チェセンルート、南南東リブ)、3.はポーランドルート(ククチカ、ピィオトロスキ)

 これらの事故により、隊長のクシストフ・ビエリツキは南南東リブからアブルッツィ稜へのルート変更を決断。
 再度のルート工作、高所キャンプを設営する心理的負担が懸念されるものの、2月12日現在、既にデニス・ウルブコ、マルチン・カッツカンらが先頭切ってC1設営めざして登攀中の模様です。

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2月上旬のあれこれ

 2月上旬、社内失業を満喫するつもりだったが、人手不足はなはだしく、なぜか不良社員の私が現場作業精鋭部隊の増援に駆り出される。
 市内の現場なので早めに帰宅できるものの、疲労度が大きいため、夜は自宅でもPCは開かずに寝る。
 以前書いたマーゴ・ヘイズの記事にならったわけではないが、寝る直前はネットを閲覧しないようにすると睡眠の質が違うような気がする。

 2月某日。
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 帰宅して夕食に出された「鯉の洗い」で自分の誕生日であることを思い出す。
 本日で3億8千万歳(※諸説有り)。今年もいい年の取り方をしたい。

 2月某日。
 現場作業進行中、ふと空をみると、
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 太陽の「日暈(ひがさ)」は見慣れているが、そこから少し離れたところに、日暈とは逆向きの虹を目撃。
 後でしらべてみると、「環天頂アーク」らしい。
 大気中の六角板状の氷の結晶が地面に水平に浮遊した状態でみられるという。
 
 地震の多い日本では、「地震の予兆」などと言われるらしいが、実際には何の因果関係もなく、「環天頂アーク」も結構な頻度で目撃されるらしい。
 私もまだまだ自然への観察眼が必要ですな。

 2月某日。休日。
 公立図書館で資料調べを終え、駐車場に隣接した文翔館(旧・山形県庁)に立ち寄る。
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平成29年度文翔館企画展「和菓子の木型」の展示を見学。

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木型の造形美が素晴らしい。
中にはビスケットの木型というのもある。
これは「ビス饅」と呼ばれた、ビスケットの中に餡を入れた独特のお菓子に使われたそうな。

ちなみに和菓子の木型の原木はヤマサクラ。適度な堅さをもち、狂いが少ない材質としてヤマサクラが選ばれているという。
展示されているのは山形の菓子木型職人である配野熊蔵、その息子である長十郎、長十郎の弟子の鏡源蔵の各氏によって大正~昭和初期にかけてつくられたもの。
展示は山形市・文翔館3階展示室、3月11日まで。

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イグルー体験と冬キャンプ2018

2月3日、山形県朝日少年自然の家企画事業『イグルー体験と冬キャンプ』にボランティアスタッフとして参加。

今回は朝日少年自然の家では初めての冬季キャンプ企画ということもあり、登山の経験を買われて研修担当のJさんから早々に私にお声がけ・装備でのご相談をいただいていた。

諸事情により、肝心要の宿泊に同行することができず、3日・4日と日帰り参加になってしまい、Jさんはじめスタッフの皆様には申し訳なく思いつつの参加。

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初日はイグルー作りを楽しむ。
今回は参加者は約40名、ほとんどが親子参加。
最近の傾向なのか、参加する子供達の多くが幼稚園児はじめとする年少者。

イグルー作りは過去にも経験しているのだが、どうしても単調で力作業が多く、小学校高学年の子供達でも飽きてしまう傾向がある。それが心配のタネだったが・・・

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朝少のイグルー作りは、農業用プラスチック籠を「型」にして雪のブロックを作り、それを積み上げていく。

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お父さんとジョリジョリする男の子。
雪をノコギリで「切る」という事自体が楽しいようだ。

むしろ疲れてくるのは大人達。
お母さん方もお父さん方も心の中で「休憩します」の一言を待ちかねて、作業しながら会場を仕切る所員のTさんや休憩用に焼き芋を作っている細谷さんに視線が集中する(笑)

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イグルーの天井の仕上げは大人たちが行い、イグルーの完成。

私「焼き芋焼けたよー」
子供達「まだ雪灯籠作りおわってなーいー!!」
私「え、そう? 焼き芋食べて、エネルギーじゅうてんしてから作ろうよ!」
小学校低学年、幼稚園児を中心とする年少の子供達は純粋に雪遊びが楽しいらしい。私の心配も杞憂に終わる。
今回の朝日少年自然の家の企画、『イグルー作りは労力を要するので子供達を飽きさせないようにするのが難しい』というイメージを見事に覆してくれた。

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冬キャンプは低温と自然の家所有の装備を考慮して、希望者が体育館の中でテント泊するという内容。
テントの張り方、寒さ対策をレクチャー中。
大変申し訳なく思いつつ、ここで私は自然の家を退出させていただく。

翌2月4日
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自然の家の朝食が終わる頃、7時を見計らって所に参上。
所の駐車場から眺める大江町の雪景色、遙か彼方の蔵王の山並みは素晴らしい。

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2日目はチューブすべり。
1月の企画の時とは異なり、少し気温が上がったためだろう、急にチューブのすべりが悪くなったため、「くねくねコース」ではなく直線コースが大人気。

参加者皆さん、むしろお父さん・お母さん方の方がエキサイトしてジャンプコースにも挑戦。
時間を忘れて滑っていました。

チューブすべりの時間もおわり、皆引き揚げようという時のこと。
幼稚園児の女の子がゲレンデ上になかなか戻ろうとせず、歩道ではない斜面をゆっくり歩いている。
お母さんにも急かされていたので、私が何気なくその子を抱き上げ、お母さんのそばに下ろしてあげると大泣きされてしまった。
どうも自分の脚で、自分の好きな雪道を歩きたかったらしい。
その子のお母さんからも「すみません」と声をかけられるが、完全に私の勇み足な行動が原因であり、平謝り。

帰宅してからカミさんにも相談したが、やはり知らないおっさんに自分の意志に反して抱き上げられて移動させられたのは気に障ったんじゃないの?とアドバイスを受ける。
年少者と対峙することは、あらためて難しい。

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休憩で使用する紙コップで子供達が作った「雪灯籠」。

今回も多くの子供達、お父さんお母さん達に楽しんでいただきました。
所員スタッフの皆様、サポーター仲間の皆様、お疲れ様でした。

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