栗城史多氏の死に思うこと
去る5月21日、「単独・無酸素」を自称する栗城史多氏がエベレスト登山中に亡くなった。
当ブログで過去に栗城氏について批判的な記事を書 いていたためだろうか、アクセス数が莫大にふくれあがり、第三者の方からも「どのように思いますか」とたずねられる。
過去記事のコメント欄にも書いたが、栗城氏にはあまり興味をもたなくなったし、日本の山岳メディアがとりあげない東欧諸国のクライマーの動向を探ること、また私自身の日常もあまり余裕が無い事もあり、栗城氏が毎年展開する遠征の模様もあまり関心がなかったのが正直なところである。
今回の死亡事故をうけ、とくに故人を貶めることは迂闊に書くべきでない、という思いもあった。
また山岳ジャーナリストの森山憲一氏が私など及ばない鋭い文章を発表しているので、ますます書くこともあるまいと思った。
しかしあるSNSで「山で死ぬのは本望」 「批判するのは何も行動しない人達」などの文言を読み私の中で何かスイッチのようなものが入ったので思うところを書き残しておきたい。
「無酸素登山」の「危険」
ウェブ上で全く議論になっていないが、栗城氏を盲目的に応援する方々、そして故・栗城氏自身が、あまりにも「無酸素」登山の危険性を知らなさすぎではなかったのではないだろうか。
8000m峰を酸素ボンベを使わず、自分の肉体だけで登る。
それは素晴らしいことである。
しかし8000m峰、その中でも最高峰のエベレスト8848mを酸素ボンベ無しで登ることは「息苦しい」程度では済まされない危険が伴う。
2007年、ある日本人男性クライマーがチョモランマ無酸素登頂を目指し、海外の公募隊の一員に参加して入山。入山後は単独で登山活動を展開していたが、ノースコルで就寝中に亡くなった。
2013年、韓国のソ・ソンホがエベレスト無酸素登頂を目指し登頂成功したものの、サウスコルのテント内で就寝中に亡くなった。ソ・ソンホ氏は既に8000m峰11座を登頂していた高所登山のベテランだった。
私自身、チョモランマ遠征において激しい心臓の痛み、視野狭窄などの症状を体験した。
さらに驚愕したのは帰国後である。指の爪が全て横にべっこりと凹んでいるのだ。
チョモランマの高所滞在中は、爪が異常な生え方をしていたということである。それはすなわち、8000m峰登山という低酸素にさらされた生活環境において、人体に何らかの負荷がかかっていたことを意味する。
もう一つ、私はチョモランマ遠征から帰国してから、就寝中に夢を見なくなった。
例外は一度だけ、父親の手術中に仮眠をとった際、強い不安とストレスで悪夢にうなされた経験があったきりである。
夢を記憶する脳の機能が停止しているのか。
帰国後、ある資格試験を抱えていたこともあり、脳神経科の医院でMRI検査、心理テストなどを受けたが、幸いに医学的に顕著な異常は発見されなかった。
エベレストの無酸素登頂は1978年、R・メスナーとP・ハーベラーによって初めて成し遂げられた。
古い資料を調べてもらえればわかることだが、この無酸素登頂に先だってメスナーらは航空機に乗り、エベレストの高度で酸素マスクを外して低酸素状態を身をもって体験するという準備を行っている。
1970年代当時の日本の山岳メディアはメスナーを「革命的」と表現することがあったが、実際には入念なトレーニングと準備の積み重ねがあったのである。
栗城氏の「中国」観
もう既に削除されているようだが、栗城氏のツイッターで強烈に覚えているのが、たしか2011年だったか、中国の上海で講演に招かれ、その感想として「中国社会は夢を否定しない社会」というような意味のことを書いていた事だ。
後に出版された著書『弱者の勇気』でも上海での講演の様子、聴衆の様子に感激している事が記されている。
しかしご存じのとおり、中華人民共和国において、今もなお、どれだけ思想と言論の自由が弾圧され、人命が失われたことだろう。
その知識の有無をとやかく言うよりも、栗城氏は周囲の人間に良いように操られているのではないか。都合の悪いものは目隠しされ、本人は甘言で弄ばれているのではないか。その「中国発言」から、私はそんなことを感じていた。
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いずれにせよ、栗城氏は世を去った。
亡くなった原因は、報道も二転三転して「よくわからない」というのが正直なところである。
私自身の経験からも、ヒマラヤ登山におけるアクシデントの正確なところは、メディアが真実を伝えるとは限らない点は重々承知している。
「批判しているのは行動もしない人たち」という「批判」も多いので蛇足ながら書いておこう。
ボンベの酸素が切れ、低酸素状態にさらされてチョモランマのイエローバンドを日没後、一人で下山した。
当ブログの過去記事にも書いた。 最終キャンプにたどり着き、無線機の小さいスピーカーから聞こえた、私の下山を喜んでくれる仲間の声が聞こえた時の事は一生忘れられない。
栗城氏は今回のエベレスト遠征で、単独での夜間の登山活動が多かったと聞く。
私自身の経験を重ねて、暗闇の中で、たった一人で8000m峰で行動する彼を支えていたものは何だったのだろう、と思う。
高所登山はハイリスクな世界である。
それでもなお、これだけは書いておきたい。
山は人が死ぬところではない、と。
栗城氏の魂の安らかならんことを。
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コメント
大滝さんの栗城氏エベレスト遭難死の視点は、間違いなく「然り」です。プラス、付け加えるならば「見せる登山の非喜劇」でしょう。社会的には登山者は二通りに大別出来ると思います。「己自身の探求の為の登山」つまり社会的評価などには関心ない登山者と、「自分のIDを第三者に認めてもらいたい登山者」つまり、自分が世間からどう評価されているか、いつも振り返っている登山者。前者には欧米系、後者は植村直己や河野兵市も含めてアジア系にその傾向があります。認められたい一心で、次々とハードルの高い目標を設定していく。とても自己資金では不可能…スポンサー獲得とプレッシャー…周りからの賞賛…自己喪失…遭難死。これは、悲劇ではなくて「非喜劇」です。長く海外の山々を歩いてきた自分ですが、感銘したのは、生と死の境にあるのにも拘わらず彼ら欧米クライマー、登山者らの「さりげなさ」でした。登山家かどうかは、本人が自称するものではなく、社会が評するものでしょう。
投稿: 村岡由貴夫 | 2019.04.20 02:48
村岡さん
ご無沙汰致しております。コメントありがとうございます。
<<社会的には登山者は二通りに大別出来ると思います。「己自身の探求の為の登山」つまり社会的評価などには関心ない登山者と、「自分のIDを第三者に認めてもらいたい登山者」つまり、自分が世間からどう評価されているか、いつも振り返っている登山者。
そうですね、私自身の意見として・・・だけでなく村岡さんもおわかりかとは思いますが、自己追求型と自己顕示欲型、さらに2つが複雑に混じり合った型といろんなタイプの登山者がいると思っています。
記事に挙げた栗城氏だけでなく、私は最近ホントに疑問に思っているのですが、メディアで話題になるヒマラヤ登山隊のメンバーが『中高年に希望を与えたい』とか『人々に元気を与えたい』とかコメントする。
ええっ!?「この俺が登りたい」んじゃないの? そんな他人の事を意識してヒマラヤなんか登れるの?と正直思ってます。
大学山岳部で「遠征に行ったら先輩後輩関係無い、自分が登る気概で行け」と教えられた身としてはとても違和感を持っています。
<<前者には欧米系、後者は植村直己や河野兵市も含めてアジア系にその傾向があります。
お隣の韓国も「その傾向」は凄かったようです。世界でもトップクライマーのゴ・ミスンが「女性初の8000m峰14座」のタイトルにこだわらず、ナンガパルバットで遭難していなければ、ヒマラヤの岩壁に素晴らしいルートを拓いていた(生前そう希望していた)と思うと本当に痛ましい限りです。
蛇足ながら、欧米のクライマーでも「ピオレドール賞」を巡って登山の成果の詐称騒動や、エベレストの障害者登頂を巡って80年代頃から既に醜いスキャンダルがあったことを指摘させていだきたいと思います。
<<登山家かどうかは、本人が自称するものではなく、社会が評するものでしょう。
「登山家」という名称を大変慎重に、あまり用いようとしない山岳ジャーナリストの方もおられます。この締めくくりの言葉には大いに賛成いたします。
またお気づきの点ございましたら、コメント賜れれば幸いです。
投稿: 大滝勝 | 2019.04.21 21:44