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ラトックⅠ峰で遭難のアレクサンドル・グコフ救出さる

 カラコルムのラトックⅠ峰北稜トライ中に遭難した、ロシアのアレクサンドル・グコフが本日31日朝、無事にヘリで救出されました。

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ヘリでベースキャンプに搬送された直後の模様

 ロシアのアレクサンドル・グコフ(42)、セルゲイ・グラズノフ(26)のペアが今夏ラトックⅠ峰、ジェフ・ロウが未踏に終わった北稜の完登を狙い入山しましたが、悪天のため退却を決断。

 7月24日、下降中にセルゲイ・グラズノフが転落、彼が主な装備、食糧、ガスを持っていたため、ほとんど身一つの状態でアレクサンドル・グコフがラトックⅠ峰北稜に取り残されることになります。同日、アレクサンドルはSMSで救助を要請。

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赤い点がアレクサンドル・グコフが取り残された地点

 早速パキスタン当局のヘリが飛びアレクサンドル・グコフの位置を確認、残念ながらセルゲイ・グラズノフの死亡が確認されます。このときは救助に至りませんでした。

 同じカラコルムに遠征中のポーランドのアダム・ビエリツキ、ドイツのダーフィット・ゲットラー、K2スキー滑降を果たしたアンジェイ・バルギエルらが救援のため駆けつけますが、ヘリを含む救援活動は悪天に阻まれます。

 ロシア国内では救援のためのクラウドファンディングが立ち上げられ(ロシア登山界は国内外におけるクライマー遭難時の支援金活動が非常に早い)、7月30日には山岳救助に精通したヘリパイロット2名がモスクワ・シェレメーチエボ空港からパキスタンめざし出発。

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取り残されたアレクサンドル・グコフに肉薄するパキスタン当局のヘリ

 31日、パキスタン当局(アスカリ社)のヘリが救援活動のため、余分な装備、さらには燃料も減らして身軽にして救援のため飛行。
 晴れ間を突いて、ついにアレクサンドルのもとに到達。

 しかしここで思わぬ事態。
 ヘリでアレクサンドル・グコフを引き揚げようとした矢先、彼のセルフビレイが解除されないままであることが判明。ヘリはそのまま飛び立ち、機体がバランスを崩すほどでしたが、ついにはセルフビレイをとっていたピンをぶっこぬいてアレクサンドルを収容。そして無事にベースキャンプに帰還したものです。
 海外メディアでは「アレクサンドルがセルフビレイ解除を忘れた」と報じていますが、ロシアの関係者は彼が衰弱してカラビナを開閉するのも困難だったためと説明しています。

 1週間、北稜に取り残されたアレクサンドルは言葉を発するのが困難なほど衰弱していましたが命に別状なく、スカルドに搬送されました。

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今回の救出に活躍したパキスタン関係者。後列の赤いジャケットを着た男性が救出時のヘリパイロット。

救出時は軽量化のため燃料を減らしていたこともあり、ヘリの燃料残量もギリギリ、アレクサンドルもここ3日間は食糧も底を尽き、その容体から明日以降は生存していたか危ぶまれる状態という、ロシア関係者いわく「奇跡」の救出劇となりました。セルゲイと共に主な装備が転落してしまったものの、テントはアレクサンドルが持っていたこと、一部報道ではガスストーブは使えたとも伝えられていますが、そのことが生存の鍵となった模様です。

今夏のラトックⅠ峰はシーズン初め、実力者揃いの韓国隊3名も雪崩で負傷敗退するなど、未だ未踏を誇る壁、リッジを擁したまま、次のクライマーを迎えることになります。

亡くなったセルゲイ・グラズノフの安らかならんことを、そしてアレクサンドル・グコフの1日も早い回復を祈ります。

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学 食

娘の希望で、東北芸術工科大学のオープンキャンパス訪問。

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芸工大の売店にて。

全体説明会が終わり、昼。
大勢の人の中で緊張気味の娘。大丈夫か?!

昼なので芸工大の学食へ。
娘とランチだ!るんるん、と300円のバターカレーを購入。

ふと先行していた娘を探すと、どうも同じ高校の友人と偶然でくわしたらしい。
さきほどまで緊張しきっていた態度とはガラリと変わり、楽しそう。

私は娘と距離を置いたテーブルで一人、カレーを喰う。
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食後、これからどうしたらよいか迷っている娘に「友達とリラックスして見学した方がいいでしょ」と友達と行動することを勧め、午後からは私は単独行動。

芸工大の学食、おしゃれなのはいいが、土木作業員の私には 量 が 少 な い
2階のカフェに行き、
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チーズケーキとコーヒーでまったりして過ごす。
その後、大学図書館に行く。
東北芸術工科大学は東北地方の民俗学研究も盛んに進められているので、図書館の民俗学資料も充実。
ここで午後を過ごす。

もう娘には「行動のきっかけ」を与えてやるくらいしかできないことを思いながら、私は自分のために民俗行事の文献資料を漁る日曜日。

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茶屋かたくら

月山姥沢ルートの巡回を終え、山形県自然博物園へ。
ブナ林散策路に入る。

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ちょうど『もりのようちえん』イベント開催中。
子供達が「きのこさん、さようなら~」 「でっかいなめくじいる!」とにぎやかだ。
年少の子供達の自然に感動する姿は、純だなあ-。

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ブナ林のナメクジ。これでも小型です。

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桑の実がいい感じに実ってました。

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ツアー登山で豪雨に出くわした際に代替案としてブナ林散策する場合もあるので、ガイドネタ探しに来たのですが、やはりブナ林の中にいると落ち着きます。

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静寂のブナ林広場にて。
もうすぐやってくる子供達、ここではどんな大発見をするのでしょう。

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帰路、ヤマホトトギスを見つける。このシュールな形が好き。

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山形県自然博物園。
ここでは休園日(毎週月曜)を除く毎日、9時30分と13時30分発でインタープリターによる無料のブナ林ガイドが行われます。(参加希望者は15分前までに博物園カウンターにて手続きください)
ここを目的に月山に来ても十分楽しめる内容です。皆さんぜひどうぞ。

ブナ林を歩き終えて西川町に下ると、かたくら茶屋が開いている。

ここ数シーズン、月山の帰りに立ち寄りたくてもいつも「本日だんごは売り切れました」の貼り紙だったが、今日は大丈夫のようだ。

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本日は「ぬた」と「あんこ」をチョイス。左のコップの中身は麦茶です。
山の帰りは風呂よりも甘いモノ優先。うめー。

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嵐の前に

台風12号の影響で大荒れになる前に、雪渓状況を確認すべく速攻で月山・姥沢ルートを巡回。

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姥ヶ岳はキンコウカが咲き始めてました。

姥ヶ岳から先は暴風のため退却、四ッ谷川ルートに戻り牛首を目指す。

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チングルマには、霧雨がよく似合う。

登るにつれ、霧雨というよりも水分をたっぷり含んだ強風で身体も顔面も濡れる。

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帰路の四ッ谷川ルートではオタカラコウが花盛り。

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某所にて、トキソウの群落に出会う。悪天下でもよい出会いはあるものだ。

平成30年7月28日現在、月山・姥沢ルートの登山道にかかっていた雪渓は全て消失しました。

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アンジェイ・バルギエル(Andrzej Bargiel)、K2山頂からのスキー滑降に成功

 パキスタン現地時間7月22日12時、北日本海外登山研究会K2登山隊メンバー6名がK2登頂に成功しました。おめでとうございます!

 さらに歴史的な一報がポーランドメディアから伝わりました。
 ポーランドのスキー登山家アンジェイ・バルギエル(Andrzej Bargiel 30歳)がK2山頂からのスキー滑降に成功しました。

Andrzej Bargiel z historycznym wyczynem: Zjechał z K2 na nartach! Nikt wcześniej tego nie dokonał! by RMF24 2018.7.22

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アンジェイ・バルギエル(Andrzej Bargiel)

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滑降のライン

アンジェイ・バルギエルは現地時間の22日11時にK2山頂に到達、12時に滑降を開始、核心部とみなされていたボトルネック(60度超のクーロワール)を突破、アブルッツィ稜、バスクルート、メスナールート、ククチカ・ピィオトロスキルートをつなげてBCに帰着したものです。

K2スキー滑降史

2001年、3度目となるK2遠征でイタリアのハンス・カマランダーが山頂からアブルッツィ稜経由でスキー滑降を試みるも、400m滑ったところでコンディション、さらに韓国人クライマーのレスキューに関わったことから滑降を断念。カマランダーいわく、「誰かが成し遂げるだろうが、それには多大な経験と運が必要だ。自分は44歳で再挑戦は難しい。若い世代のために夢は残しておくよ」

2009年、アメリカのデビッド・ワトソンが8351mからC3、7351mまで滑降、黒いピラミッド~ハウスのチムニーをクライムダウンし6400mから5100mまで滑降。

2010年、スウェーデンのフレデリック・エリソンがバスクルート経由で7800mから5100mまで滑降。その後ボトルネックを登攀中に転落死を遂げる。

2011年、ドイツのルイス・スティツィンガーがバスクルート経由で8050mから5100mまで滑降。これが今までの最長滑降記録となっていた。

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ポーランドのランニングイベントでのアンジェイ・バルギエル(エルブルス山スピード登頂世界記録保持者)

アンジェイ・バルギエルは10代後半からスキー登山競技で頭角を現し、2013年シシャパンマ中央峰山頂から滑降、2014年マナスル山頂からの滑降、2015年ブロードピーク山頂からの滑降を果たしました。
2016年にはワンシーズンでパミールのレーニン峰、コルジェネフスカヤ峰、イスモイル・ソモニ峰、ハンテングリ峰、ポベーダ峰登頂、スキー滑降を果たし高所クライマーとしても強力な能力を発揮しています。
昨年2017年にはエギーユ・デュ・ミディ北壁を滑降、K2滑降目指して経験を積んでいました。

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7月の長い1日

某教育施設職員の皆様6名に同行して月山・姥沢ルートを登る。

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山形は猛暑日、月山も山腹は暑く、山頂で涼しい風を受ける。

頂上直下の月光坂を下ったところで、登ってくる西川山岳会のK澤さんと出会う。
「今日は日帰りですか?」
「んなわけねーよ、もう歳だよ。」

K澤さんは、私がガイドなりたての時、初めてのガイド山行で一緒だった方だ。
当時はまだ山頂直下の鍛冶小屋も営業しており、緊張しっぱなしだった私をリードしてくれた。
K澤さんのように永く登山とつきあいたいものだ。

ほどなく分岐点、「牛首」に到着。
ここで姥ヶ岳方面からやってきた見知らぬ男性に話しかけられる。
男性によれば、姥ヶ岳中腹で登山者が倒れ、心臓マッサージを受けているという。
話が話なので、注意深く聞く。
蘇生法の支援を要請にきているのではなく、ただ途中で見聞きしたことを興奮気味に話しているだけの様子。

牛首の分岐を歩きながら、考える。
CPR施術中ということは、支援の必要があるのではないか。

 今私が引率しているメンバー6名のうち、1名は両膝の内側が不調、もう1名は体調不良で山頂は諦め牛首で待機していただいた。
 目前に控える牛首直下の雪渓では、16日に2件の滑落事故が別々に発生、いずれも足を骨折負傷し搬送されている。私には6名を安全に下ろす責任がある。
 既に消防が出動していることを考慮し、私はそのまま引率を続行、雪渓に向かう判断をとる。

 16日の事故に関しても、「え?あそこで?」というのが正直な思いだが、慣れない登山者にとって雪渓にはリスクが存在することをあらためて認識させられる事故だった。
 牛首直下の雪渓はピッケルのカッティングで対応しよう、と考えていたが、16日の事故の報を受けて考えを改めた。急遽用意した軽アイゼンを着用してもらい、雪渓を下る。
 14時を過ぎて雪渓の雪もグズグズに腐っている。アイゼンは必要無いかという思いにとらわれるが、油断はすまい、と思い直す。

 雪渓を下降中に県の防災ヘリが姥ヶ岳上空にやってきた。
 しばらくホバリングの後、ストレッチャーがつり上げられ、病院のある山形市内方面に飛び去っていった。

 リフト駅に帰着し、同行した職員皆さんと軽く体操してからリフトに乗る。
 上駅には警察官、下駅には消防関係者が待機しており、要救助者搬送の生々しさが伝わる。

 姥沢駐車場で同行した職員の皆様と別れ、私は弓張平の公園へ。
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 使用した軽アイゼンの汚れをとり、猛暑日の厳しい日差しの下で日干し。
 その間、私も休憩。
 軽アイゼンを片付け、車で月山山麓の西川町に走る。
 月山朝日ガイド協会事務局の横山氏宅へ移動。
 横山さんにアイゼンを返却し、今日のヘリ搬送の件も報告。「難しい判断だけど、この場合クライアント優先だよね」と横山さんに言われるが、なんとなく重い感情が残る。

 そこへ近田郁子ガイドが軽アイゼンを借りに来た。
 えらい久しぶりに会う近田ガイド、パリッとした登山ウェア姿でバリバリ活躍している雰囲気にあふれる。
 一方の私、ヨレヨレの短パンにヨレヨレの着古したノースフェイスのTシャツ姿。
 横山さんがふざけて「大滝くん神様みたいな人だからな」と言うと、近田ガイドもおどけて私に向かってパンパンと参拝する。私は優柔不断の未熟ガイドです、やめてくれー。

 いや。
 1日だけでも、神様だったらどんなによかっただろう。
 要救助者を救えたかもしれないのに。

 翌日の報道では、搬送されたのは関東からいらっしゃった二人とも70歳のご夫婦のご主人で、登山道で倒れていたところを後続のパーティーが発見したらしい。
 ご夫婦は10年前に登山を始め、今日の月山登山が5年ぶりの登山。
 リフト上駅から姥ヶ岳まで約4時間かかったため(通常のコースタイムは約30分)、月山登頂を断念し昼食を摂った後、戻ろうとしたところで倒れたとのこと。
 まことに残念ながら、病院搬送後に亡くなられた。ご冥福を心よりお祈り致します。
 (以上、山形新聞社、NHK山形支局報道より)

 久々の登山、ご高齢に加え、今日は稜線も場所によって暑かった。
 私の推測ではあるが、今夏の連日の猛暑も体調に影響していたのではないだろうか。
  

 ヒナウスユキソウ(月山山頂にて)

夕暮れの国道112号線を車で自宅に向かいながら、

『もう歳だよ』

泊まりがけで山頂に向かう西川山岳会のK澤さんの言葉を、幾度も頭の中で反芻する。
年齢・体力に合わせて山に登るということの重要性、難しさ。

月山はそのたおやかな山容ゆえ、高齢の登山者も多い。
ネット上で「月山は簡単」 「ハイキング程度」と書いている方を散見するが、私にとって月山は「山」であることに変わりは無い。

雑誌に掲載されるような小手先の登山技術や道具の選択よりも、「自分自身を知る」ことの重要さを思い知らされた1日だった。

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リック・アレン、ブロードピークで救出さる ~ドローンが伝説を作る日~

難峰ナンガパルバット峰で未踏を誇ったマゼノリッジの完登者であるリック・アレン(Rick Allen)が世界第12位のブロードピークで滑落遭難、一時は死亡とみなされたものの、無事救出されました。

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マゼノリッジ登攀後のサンディ・アラン(左)とリック・アレン(右)

Mountaineer Rick Allen was feared dead on Broad Peak, but a DJI Mavic Pro drone found him alive by Dronedj.com 2018.7.16

今夏、リック・アレンはマゼノリッジのパートナーであるサンディ・アランと共にブロードピークに遠征、その途上で滑落、一時行方不明となったもの。

無事救出されたという報道は即時に各国のクライミングサイトに流れましたが、その救出に高所用のドローンが大きな役割を果たしたことが続けて報じられました。
本件では高度8400mでドローンが飛行、滑落したリック・アレンを発見したことにより、無事救出につながったとのこと。
ちなみにこのドローンは、今夏K2のスキー滑降を計画しているポーランドのスキー登山家アンドレイ・バルギエル(Andrzej Bargiel)らが所有していた機体で、その兄弟であるドローンオペレーター、バルティク・バルギエル(Bartek Bargiel)が操縦していました。

 高高度を飛んだドローンにより8000m峰での遭難者の発見・救出に結びついた今回のケースは、今後の同様な事例においても大きな影響を与えるケースになりそうです。

 さて、筆者が思ったのは、ここ数日のスペインのDesnivelの見出し。

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リック・アレンがドローンによって発見・救出された報道と共に、41年前の1977年7月13日はダグ・スコットがバインターブラックで奇跡の脱出行を敢行した日として記事が掲載されています。

 もちろんドローンのような機材の進歩によって、それまで不可能視されていた8000m峰での捜索・救出活動が可能になったことは間違いなく喜ばしいことです。

 その一方、かつてヒマラヤ登山は外界とは完全に遮断された世界であった時代は、衛星電話やドローンの登場により、完全に過去のものとなりました。
 クライマーが両足を骨折しながらも這いつくばって下降を敢行、生還を果たし、人間の持つ生き延びる意志の強靱さ、素晴らしさを知ることとなったクライミングは、完全に『伝説』となる時代になってきているのでしょうか。

 筆者にとっては、ドローンが8400mという高高度を飛んだことよりも、ダグ・スコットの脱出行のエピソードを完全に過去のものにした、ということを思い、「ドローンが伝説を作る日」というサブタイトルが頭に浮かんだ次第です。

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カヌー体験 in 月山湖

山形県朝日少年自然の家の企画事業 『カヌー体験 in 月山湖』 にサポーター参加。

事前の気象予報は外れ、月山湖でははじめに小雨がぱらつき、風もある。
凶暴なまでの日照に悩まされずに済む。

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今年も月山朝日ガイド協会の細谷さんを講師に、パドルの漕ぎ方、カヌーの乗り方までレクチャーを受ける。

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本日は3局もメディアの取材が入り、子供達もちょっと緊張気味。

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今年はカヌーの数が少ないなあ-。
今回は陸上支援がんばるか~と思いきや、自然の家の滝口支配人から
「あれ?大滝さんカヌー乗らないんですか?まだありますよ」
最後に残っていたカヌー、リバーカヤックでも安定性が今ひとつのような艇が残っていたので、それをお借りして水上へ。

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へたくそな漕艇でフラフラ蛇行しながら子供達の後を追う。

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ダム湖・月山湖に流入する四谷沢川で水遊び。
子供達は早速ライフジャケットを頼りに水に飛び込む。カッパの大群。

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石積みも立派な遊びです。

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四谷沢川での水遊びを終え、拠点に戻って記念写真を撮影した後、昼食までのわずかな時間も子供達は水辺で飛び込み遊び。

子供達の元気を分けてもらった1日でした。

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年齢を自覚する日

プライベートで月山に入るときは、休憩は立ち休憩のみにして速く歩く。

山頂から牛首まで続く「月光坂」。

下山中、ふと振り向くと、凄い勢いで下ってくる一団がいる。
途中で出会った、山形西高山岳部の部員達だった。

プライベート山行で月山を下る場合は思い切り飛ばすので、他人に追い抜かれた記憶は無い。
ガイドとして人様よりも少しだけ、月山を登り降りした回数は多い。
大学の体育会山岳部で下山はよく走らされ、その習慣も残っている。

しかし今日は四ッ谷川分岐で雪渓の状況などメモしている間に、山形西高山岳部のパーティーに追い抜かれた。

月山の「月光坂」は大小様々な大きさの岩が積み重なって階段状になっている。
ここを速く下るには脚力だけでなく、歩くルートを選ぶ「眼」も必要となる。
また月光坂の中間には気の抜けないガレ場もある。

彼女達は相当経験を積んでいるのだろう。
姥沢駐車場に到着した時には、もう彼女達の姿は無かった。

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四ッ谷川ルートの木道を行く、山形西高山岳部の部員達。

自分の脚力と体力の衰えを自覚するとともに、彼女達には各地の山行で素晴らしい体験を積んで欲しい、と思う。

そんなこと考える事自体、歳なのかなあーと考えつつ、静かな四ッ谷川ルートを下った。

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夏来(きた)る

姥沢から月山山頂を往復。
連休で混雑が予想されるため、早めに登山口に移動、リフトを使わず四ツ谷川ルートを登高。

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水場で一息。

夏山特有の匂い。
ようやく帰ってきたという思いと、もう夏真っ盛りなのかという戸惑い。

小樽出張から帰り、それまで気温15度前後の生活から気温37度超の山形の生活に戻る。
気温差20度、昨年の沖縄出張から寒い山形に戻った時とは異なり、身体のダメージが大きい。
具体的には、ひどい倦怠感が続く。

小樽出張中は山形不在なのでガイド依頼もお断りする状態、目前に少年自然の家の月山登山も控えているため、雪渓状況の把握もあり月山に入山。

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ニッコウキスゲが盛りの中、彼方に鳥海山。

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四ツ谷川から牛首に通じる登山道はまだ雪渓に覆われています。
連日の高温で雪渓もグズグズになりステップもありますが、牛首直下の雪渓は一部急になっています。雪上歩行に慣れていない方はためらわずアイゼンを使用してください。

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ヒナザクラも咲き始めました。

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地味なヤマハハコが好き。

私にとってシーズン始め、山頂神社できっちりお祓いをしてもらいます。
昨年のこともあったので、今年も
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御札をいただき、

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身代わり守を入手。

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そうそう、ウチの職場は職人気質あふれた部署なもんで、今シーズンは職場円満守も求めました。

昼前には姥沢駐車場に下山、午後は娘の買い物の運転手です。ふー。

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海渡る神 忍路(おしょろ)神社例大祭 海上渡御

おそらく小樽滞在最後の日曜日。
小樽最後の山行を目論んで早朝出かけたものの、梅雨前線の影響で朝から強い雨、予定していた山行は中止。

一度ウィークリーマンションに戻り休んだ後、小樽市忍路(おしょろ)地区の忍路神社例大祭を訪問。

忍路(おしょろ)地区は小樽でも小さな漁師町だが、ここでは神輿を漁船に載せて海を渡る「海上渡御」が行われる。

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漁師町らしく、神社の鳥居には大漁旗が幾つも飾られている。

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10時から社殿内で関係者による神事が行われ、10時27分、神輿の組み立てが始まる。

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神輿は20分ほどで組み立てられ、奴を先頭に神輿が神社を出発。
奴(やっこ)を務めるのは地元の小中学生たち。男女とわず顔には髭のメイクが施されています。

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先頭を歩く氏子が山盛りの塩を持って振りまき、道を清めた後に皆が続く。

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忍路漁港で木造船に積み込まれる神輿。

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昔ながらに櫓を漕いで神輿を積んだ木造船が進みます。
忍路地区の海上渡御、一般見学者用の漁船もあり、地元の方のご厚意で私も漁船に乗せていただき、海上から見学することができました。

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忍路港を出る前、波の静かなところで大型漁船に積み替えられます。
さすが海の男たち、息の合った作業で神輿が乗り換えられます。

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地元の方を載せた見学船は2隻、その間に神輿の乗った漁船が進みます。

伺った話によれば、神輿を載せた漁船はただ回遊するわけでなく、周囲の蘭島神社などを表敬訪問する意味合いで海を廻るとのことです。

神輿の乗った漁船は蘭島地区方面の海上へ進み、私の乗りこんだ見学船は都合により早めに忍路漁港へ戻りました。

小樽に住み着いて以来、様々な「例大祭」を見学してきました。
ここ忍路地区の例大祭は露店が出店しているわけでもない、静かな例大祭です。
船に乗り込み神輿が進む様子を見学させていだき、大自然の中で神を敬う人々の姿を体感することができました。
見学船に乗せていただき、忍路地区の皆様に深く感謝申し上げます。

神輿の組み立てから神社出発、船への積み込み、洋上での積み替え、海上渡御を3分の動画にまとめました。

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