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【訃報】 ジェフ・ロウ氏、トム・フロスト氏 逝去

去る8月24日、登山史を彩ってきた2人のクライマーが亡くなりました。

The passing of two legends: Tom Frost and Jeff Lowe by Alpinist 2018.8.25

トム・フロスト(Thomas Frost )

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1961年ヨセミテでエイドクライミング中のトム・フロスト

ヨセミテの黄金期に活躍したトム・フロスト氏が癌のため、カリフォルニア州のホスピスで亡くなりました。81歳でした。
1961年にロイヤル・ロビンスと組んでエルキャピタンのサラテを初登。
1964年にはシュイナード他らと共にエルキャピタンのノースアメリカンウォールを初登。
1968年にはマッカーシーらと共にアンクライマブルズ渓谷のロータスフラワータワー南東壁を初登しています。

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1961年、CampⅣでビバーク中

ヨセミテの岩壁を登るために鋼鉄製のピトンが産み出されたエピソードではイヴォン・シュイナードだけが有名ですが、実はシュイナードと共にトム・フロストも製作に関わっています。
またヨセミテだけにこだわるでなく、ワールドワイドに活躍しました。
1963年にはジョン・ハーリンらと組んで当時モンブラン山群で最難といわれるエイドルートをフー南壁に開拓しています。
同年にエドモンド・ヒラリーと共にネパールヒマラヤのカンテガに挑み初登頂、1970年にはアンナプルナ南壁にトライ、1986年には後述のジェフ・ロウと共にカンテガに新ルートを開拓しています。
まさに「ヨセミテ流」で世界を駆けたクライマーでした。

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ジェフ・ロウ (Jeff Lowe)

クライミングの鬼才と呼ばれ、世界各地に難ルートを開拓したジェフ・ロウ氏は以前から筋萎縮症に似た未知の難病にかかり、車椅子生活が続いていましたが、トム・フロスト氏と同じく24日、亡くなりました。67歳でした。

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現役の頃のジェフ・ロウ氏

ジェフ・ロウ氏の足跡を書き綴ることはそのまま20世紀のクライミング史の一端を綴ることになりますが、コロラド州のブライダルベール初登など、アイスクライミング、ミックスクライミングの分野において才能を発揮してきました。
アイガー北壁の「メタノイア」開拓、また成功には至りませんでしたがジム・ドニーニらと組んだラトックⅠ峰北稜が知られているところでしょう。

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メタノイア開拓時のジェフ・ロウ

以前に当ブログでも書きましたが、ジェフ・ロウといえば困難なクライミング だ け が 取り沙汰されていますが、ビデオ『Alpine Ice』では初心者向けに地味な雪上歩行、滑落停止などの初歩の技術も実演、一般大衆向けに登山技術の啓蒙にも関わっていたことを強調したいと思います。

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晩年のジェフ・ロウ氏、孫のバレンティナちゃん、生活を共にしたパートナーであるコニー・セルフ氏と。

残念ながら晩年は筋萎縮症に似た全く未知の病にかかり、車椅子生活となりました。年々病状が進み、会話も困難になりi pad を使って他人とコミュニケーションをとる生活でした。私生活では離婚やクライミングギアの会社が行き詰まり順風満帆とはいえない人生でしたが、亡くなるまでの8年間はパートナーであるコニー・セルフに献身的に介護してもらい、時には電動車椅子で孫のバレンティナちゃんと共に山を訪れる、穏やかな暮らしだったようです。

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8月24日、2人のクライマーが世を去りました。
2人の共通点は、卓越した才能だけでなく、クライミングギアの開発に積極的に関わり、登山界に貢献したこと、そのクライミング技術をもって登山史を自ら綴ってきたクライマーであるといえましょう。

トム・フロスト、ジェフ・ロウ、二人の偉大なクライマーに哀悼の意を表します。

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森の山まつり・流れ灌頂の供養 山形県酒田市 持地院

山形県の庄内地方には、死者の魂は初めの数年は近隣の里山にこもり、それから月山にゆくという民間信仰がある。
それが「モリ供養」である。

死霊のこもる山へ行く 庄内・モリ供養 by 当ブログ2015.8.23

 前述の私のブログ記事には訂正箇所がある。モリ供養という行事は、古来の姿を残しているのは鶴岡市・三森山だけになってしまっているが、モリ供養という行事そのものは寺院の施餓鬼供養、先祖供養の行事として、平成21年の山形県教育委員会の調査によれば庄内42箇所にて確認されている。

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死者を弔う行事、また「山に行くのが大変」という現実的な理由から、多くの場所でモリ供養の「寺院行事化」が進んでいった。
今年は休暇の関係で25日しか動けなかったこともあり、モリ供養の様々な形態を見学したいと思い、酒田市の持地院で開催される「森の山まつり」を訪問した。

持地院の「森の山まつり」は、本来は水死者を供養する「流れ灌頂」行事と融合していることが特徴的である。

流れゆく仏 by 当ブログ2016.7.11

流れ灌頂の供養の時間にあわせて持地院に到着。
受付では先祖霊の木羽仏(\500)、没年月日の木羽仏(\400)の2種を受け付けており、私は亡父の没年月日の木羽板を購入。
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持地院入り口をふり返る。中央奥が木羽板の受付、右側では歯骨供養(\6000)、子供供養(水子供養、\5500)の受付となっている。左側には地獄絵が飾られている。

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会場に入ると、そこは寺院内で運営されている若草幼稚園の敷地。
唐揚やかき氷などの露店があり、ビールなども売っている。
幼稚園の敷地ということもあり、地元の親子連れが大勢来ている。

幼稚園のグラウンドらしい敷地を通り、持地院の名所である「酒田大仏」の裏が小高い丘になっている。この丘の頂きが「森の山地蔵堂」であり、森の山三尊像を祀る霊場である。

とにかく子供達が多い。地蔵堂を目指す途中、小学生低学年くらいの男の子が友達に、
「ここから先には閻魔様がいるから行かない方いいよっ!」
と力説している。
地方都市の子供達は、純だなぁ~。

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森の山地蔵堂に到着。
私が購入した木羽仏は、若衆や檀家の奥様方に促されて係の方に渡す。
画像の左にあるのが「流れ灌頂」で使われる船「大悲丸」、左の僧侶の脇にある盆に私の木羽仏が置かれ、読経とともに供養される。
中央にみえるのが森の山三尊像。画像ではみえにくいが、中央の無縁地蔵の前に置かれた厨子の地蔵尊が持地院のご本尊。森の山まつりの3日間だけ御開帳される。

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8時を過ぎた頃、森の山地蔵堂から「大悲丸」が若衆らによって下ろされ、場内を一周し、会場中央の焼き場に運ばれる。

そして僧侶達の読経の中、火が放たれる。その様子は動画に記録しました↓

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流れ灌頂に用いられる「大悲丸」は、昭和30年代までは港まで担がれ海に流されていた。
後に港が改修され、最上川も堤防で仕切られて以来、現在のような焼却するスタイルに変化したという。

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読経が終わり、僧侶達が帰っても、会場の多くの家族連れは帰ろうとせず、いつまでも炎を眺めているのが印象的であった。

炎と共に先祖の霊も、無縁仏も帰っていく。
庄内にも、秋が来る。

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持地院の「森の山まつり」全体の雰囲気を記録した素晴らしい動画も公開されています。↓

参考文献 『庄内のモリ供養の習俗 「庄内のモリ供養の習俗」調査報告書』 山形県教育委員会 平成21年

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相棒あらわる

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サブで使っているトレッキングシューズを新調。

あえて名前を出すが、今まで使っていたキャラバン社のグランドキングは靴底のゴムの品質なのか、異様なまでに岩のフリクションが効かず、何度も転倒した。

いつもお世話になっている天童のマウンテンゴリラにて品定めをするが、欧米系メーカーの靴は細身なのでパス。
結局、今度は靴底にビブラム社ソールを採用しているキャラバン社のシューズに舞い戻る。
(筆者の足、幅広なんで靴選びにはいつも苦労してます・・・)

ついでに靴紐の結び方、靴のフィットのさせ方について、マウンテンゴリラ店主の誉田さんからあらためてレクチャーを受ける。
私ガイドではあるが、大学山岳部時代の体力任せのやり方で登山を続けていることもあり、時には装備について人から学ぶことも必要。装備も変われば使い方も変わる。誉田さんは業界の最前線にいるので、教えを請うこともある。

記録を読み返すと、今まで使ってた靴を買ったのが2013年8月。5年は保ったことになる。
3年目すぎたあたりから、マメにソールの剥がれなど目視で点検しつづけてきました。
専業ガイドの方ですとワンシーズンで一足はきつぶすと伺ったことがあります。
兼業ガイドとはいえ、私もまだまだ修行が足りませんね。

新しい相棒と共に、また色んな山域に出かけたいと思います。

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ケビン・コスナー先生が中国人観光客にお怒りのようです。

アメリカで放映中のテレビドラマ『Yellowstone』。
イエローストーン国立公園に隣接した、広大な土地を持つ牧場主ジョン・ダットン(ケビン・コスナー)が主人公。
土地開発業者、ネイティブアメリカン居留地との土地を巡る争いを描いた社会派ドラマです。

このドラマの中で、個人の所有地内に勝手に入り野生の熊を見物している中国人観光客とのトラブルの様子が描かれています。
動画はこちら↓

実はこの動画の存在を知ったのは、中国のアウトドアポータルサイト8264
この中国を代表するアウトドアポータルサイトでは、海外ではその国の法律・慣習を順守すること、野生動物に注意することなどが取り上げられています。

いやいや本当に注目してほしいのは前者なんですけどね。

上記動画は英語字幕もあるので理解しやすいと思います。
主人公のケビン・コスナーが「ここは自分の土地だ」とフェンスなどを指し示しますが、観光客の中の老人が「こんな広大な土地を個人が所有しているとは信じられない、国民が共有すべきだ」と主張します。
それで業を煮やしたケビン・コスナーがショットガンを空に向けてぶっぱなして観光客たち(そして熊)を追い払います。

今現在の、アメリカにおける中国人観光客に対するイメージが表現されているドラマでしょう。

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ラトックⅠ峰、北稜は未踏のまま第二登さる

先日掲載したイギリス・スロベニアのクライマーらによる、ラトックⅠ峰の第2登の詳細が明らかにされました。

Po 40 letih neuspešnih vzponov Česen, Stražar in Livingstone prvi na Latoku 1 s severne strani by Planinska zveza Slovenije 2018.8.17

8月5日深夜に北稜に取り付いた3名は北稜を3分の2まで登ったところでラトックⅠ峰・Ⅱ峰のコルに進み、ピークをまわりこんで第2登に成功したものです。

ラトックⅠ峰・Ⅱ峰のコルに進んだという情報が先走り、supertopoや東欧のクライミングサイトで推測によるルート図が出回っていましたが、上記リンクのスロベニア山岳協会が発表したルート図がこちらになります↓

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今回のクライミングについて、イギリスのトム・リビングストンが「我々は北稜を完登したとはいえない。目指す者がいれば、北稜はまだそこにそびえています。」とコメントしています。

La norte del Latok 1 sigue sin haber sido escalada by Desnivel 2018.8.18

途中から北稜を離れたとはいえ、それで難峰ラトックⅠ峰第2登というクライミングの素晴らしさが損なわれることはないでしょう。

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ルートを探るアレシュ・チェセン (トム・リビングストン撮影)

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北稜に点在するキノコ雪に幾度も悩まされながらの登高(アレシュ・チェセン撮影)

3名は日曜19日に帰国予定。さらに詳細なレポートが公開されるでしょう。

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都 会 に て

盆の雑事が終わり、8月17~18日、家族4人で東京旅行。

貧乏な我が家、盆シーズンを微妙にずらし、早割でなるべく交通・宿泊費は安く済ませる。

夜は上野のペッパーランチを目指す。
同じビルに「叙々苑」があり、息子が牛タン食べたがっているのを知っているカミさんが「叙々苑がある・・・」と料金表を見始めるので

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「叙々苑ダメ。遠い未来までないだろうけど給料上がるまでダメ。叙々苑無理。」
と完全拒否。

バカ息子もハンバーグなら食べてもいい、というので予定どおりペッパーランチに突入。
あれ?ペッパーランチのはずが・・・
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店を訪れてみると、「いきなりステーキ」になっている。
娘が前々から「いきなりステーキ」に行きたがっていたものの、山形の店舗はどこも激混みで行けなかったので、ここで食事することにする。

食事を終え、料金明細をみた瞬間の私の心象風景↓
Tom
盆明けから、また地道に働こう・・・

今回の東京旅行、秋葉原の「あきばお~」で1TBのポータブルHDを激安でゲット。
同店の外で投げ売りされていたのが、

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インチキくさい、1200円のEMS腹筋トレーナー。12000円じゃなくて1200円ね。
前々から数万円するEMS腹筋トレーナー欲しがっているバカ息子が「これでもいい、欲しい」というので一つお買い上げ。

ボタン電池式で作動するのですが、結構腹にピクピクきます。
アマゾンで検索すると、数週間で「壊れた」というレビュー多いw
しばらくは息子の腹具合で1200円EMSトレーナーの使い具合をモニターしよう。

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すれ違い

8月13日、例年は午前早い時間に済ませていた盆の墓参り、夕方に出かけることになった。
どうにか時間を作り、朝日連峰の鳥原小屋訪問に出発。

山深いというイメージの朝日連峰、県外から日数をかけて遠征に来られている方々には申し訳ないような感じだが、日帰りで訪問できるのも地元在住の利である。

訪問の目的は、鳥原小屋管理人の鈴木正典氏と山の話をすること。
今夏は人でいっぱいの月山を何度も歩いたので、人に会わないで済む「ぶな峠」コースを選択。

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登山口からしばらくは沢沿いの道を行く。
ツリフネソウはじめ、夏の花を愛でながら進む。

刈り払いされてない「ぶな峠」コース、道はしっかり踏み跡があるのだが、草に覆われていて徒渉箇所などわかりづらい。
2度ほど地形図を取り出して現在地と進むべき方向を確認し、稜線の気持ちよいブナの道をたどる。
古寺鉱泉から続く登山道に合流、田代清水まで登ってくると・・・

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犬がいました。
しかも首輪を付けている。
最寄りの登山口から1時間以上はかかる場所なのに、迷い込んできたのだろうか?
犬は私にかまうことなく、田代清水からわずかに流れている水をピチャピチャ音をたてて飲み始めた。
そりゃ犬だって暑いよね。

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正体不明の犬を激写していると、人の気配。
道を譲るため木の陰に下がっていると・・・

「あれ?大滝くん!?」
「ええっ!正典さん!」

鳥原小屋方面から下ってきたのは、今日訪問するはずだった小屋管理人の鈴木正典さん。
小屋の食糧補充に、これから古寺鉱泉経由で街に買い出しに行くという。

事前にアポをとれればよいのだが、鈴木さんも鳥原小屋暮らしで連絡とれない。
「いや今日あたり大滝くん来るんじゃないかと考えてたとこだったんだよ~」
と鈴木さんはおっしゃる。さすが元・金融マン、口が巧い。
私たちの目の前にいる犬、鈴木さんが飼っている犬でした。鳥原小屋のアイドル犬らしい。
「名前は ポ チ です。みんなに可愛がってもらったなぁ~」
ポチというどストレートな名前も鈴木さんらしい。

積もる山の話はあれど、残念ながら、今回はすれちがい。
「小屋でゆっくり休んでいってよ。」
鈴木さんは古寺鉱泉方面へ。
私はテンションあがらぬまま、主のいない鳥原小屋へ。

灌木帯を抜けると、湿原が広がる。鳥原湿原だ。
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湿原のあちこちが白い。
チシマゼキショウが花盛り。

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湿原の中にぽっかり浮かぶ古城のような小屋、鳥原小屋。

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変わらず、掃除の行き届いた小屋内で一休み。

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鳥原小屋から望む蔵王連峰が美しい。

小屋で一息いれた後、同コースをたどり下山。
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誰もいない、静かなブナの道で、自分だけの朝日連峰を満喫です。

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ぶな峠 登山口について

朝日連峰・古寺鉱泉~鳥原小屋間の縦走路に通じる「ぶな峠」コースはガイドブックにまったく掲載されていない登山口ですが、わずかながらネット上にも記録が散見されます。

2018年8月現在、踏み跡はしっかりしていますが、刈り払いされておらず湿地帯や徒渉地点で道を見失いやすく、初めての方にはおすすめできません。

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私も2007年以来11年ぶりに訪れましたが、登山口は当時と全く異なっています。
登山口の左右両側に林道が開削され、ブナ林も伐採されています。
(「登山道」の表示は有り。画像には写ってませんが、この登山口の両側に林道が開削されています)

入り口には東北森林管理局、環境省、山形県みどり自然課他の連名による『スノーモービルの乗り入れはご遠慮ください』という看板がありますが、ものすごいブラックジョークですね。
私も冬期山岳地帯における無秩序なスノーモービル運行には反対ですが、これだけ大規模に山林を破壊し尽くされた一方で「スノーモービルによる樹木の損傷」って・・・

私も自然公園指導員なもんであらためて確認しましたが、ぶな峠登山口一帯は国立公園の指定からは巧く外れた地域。だからといってこれだけやり放題が許されるのか、とあらためて思わずにいられない光景でした。

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ラトックⅠ峰北面、陥つ

まだ詳細なルートは公表されていませんが、アレシュ・チェセン(スロベニア)、ルカ・ストラザール(スロベニア)、トム・リビングストン(イギリス)の3名がラトックⅠ峰北面の登攀に成功と報じられています。

Latok I zdobyty od północy! by Wspinanie.pl 2018.8.13

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ラトックⅠ峰北面登攀に成功した3名 左からアレシュ・チェセン、トム・リビングストン、ルカ・ストラザール

同峰はトマス・フーバーも狙っており、インタビューで「温暖化の影響で夏の遅い時期が登攀の適期」と答えていたのが印象的だったのですが、スロベニア・イギリスの若手チームが先んじたようです。
詳細なルートの公表が待たれます。

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握 手

登山用品メーカー様主催の山の日記念・月山縦走ガイド山行に出動。
月山朝日ガイド協会所属で以前にもガイド山行を共にした細谷さんとペアを組みガイド。

私がチーフガイドなのだが、細谷さんのガイディングの方がバリバリと細かいところまで行き届いており、どっちがチーフだかわからない状態。

湿った空気の影響で、朝から月山は小雨。
姥ヶ岳を通らず、四ッ谷川ルートで牛首に直接向かう。
幸い、月光坂にとりつくあたりから雨は降ったり止んだり、さらに空も少し明るくなる。
お客様の足並みもそろっており、スムーズに月光坂を登り、予定よりも早めに山頂着。

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濃いガスで視界も阻まれ、うっとうしい小雨に悩まされていたが、山頂でガスが晴れる。
山の日で大勢の登山者が居合わせていたが、一斉に歓声があがる。

帰路は羽黒口、八合目駐車場へ。
傾斜はないが距離が長い。しかも登山道のほとんどを硬い石畳、岩が占め、足の弱い方は脚力を消耗する。
月山の羽黒側ルートで不特定多数の方々を引率する時のペース配分には神経を使う。

羽黒側を下山中、「あれ、大滝さん?」と声を掛けられる。
エムフリー登山ガイド主宰の和田さんだった。
「お久しぶりです~!」
和田さんからさしのべられた手でがっちり握手する。
和田さんもガイドで登高中、挨拶だけですれちがうが、お互いガイド中であることが嬉しい。

羽黒側ルートはひたすら石畳の道が続く。
弥陀ヶ原に近づくあたりからスリップするお客様が続出。疲労で足の踏ん張りが効かなくなっているのだ。
川原状の広いところで休憩を入れ、歩く速度も抑えて下山。
予定を過ぎていることはわかっていたが、弥陀ヶ原参篭所手前で主催登山用品メーカースタッフのM澤さんから「できればペースアップ」と言われる。

弥陀ヶ原湿原のコース取りで時間短縮できることは細谷さんとも協議していたのだが、月山が「信仰の山」であることを印象つけるためにも、私はいつも弥陀ヶ原参篭所を通過しているのだった。
今回のゲストには東京・埼玉から参加されている方もいる。おそらく新幹線の時間もあるのだろう、仕方が無い。
参篭所での解説は最低限にして弥陀ヶ原湿原の木道を通過、下山のストレッチも帰路の温泉で代替することにしてお客様たちには急ぎ足でバスに乗っていただく。

温泉を経由し、山形駅近くの登山用品メーカー店舗に帰着したのは予定より30分オーバーの19時半。
お客様たちを見送り、私たちスタッフ、ガイドも解散。
帰り際、細谷さんから「またよろしくお願いします」とがっちり握手して別れる。

自分の車に乗り込み、はっと思い出す。
ガイド駆け出しの頃、ガイドの師匠と大朝日岳ガイド山行を共にした時のこと。
師匠は山頂で、下山口で、お客様全員と握手していた。
「師匠、いつも握手してるんですか?」
「ほら、ツアーって大人数だから話できない人もいるだろ、コミュニケーションだよ」

先日の少年自然の家月山登山引率も、今日の月山ガイド山行もそうだが、今シーズンはうまく表現できないのだが、自分のやっているガイディングがなにか「上滑り」しているようなもどかしさを感じていた。
今日の和田さん、細谷さんとの握手で思う。ガイドの初心に戻ろう。何が足りないのか、立ち止まって考えよう。

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自宅に戻ると、茄子の漬け物とスモモが待っていた。無事下山し、夏の夕餉を味わうありがたさ。

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荒れる月山湖

秋田での現場作業を終えた翌日、再び山形県朝日少年自然の家『チャレンジキャンプ2018』に合流。

例年であれば、子供達が自分たちで組んだ筏で最上川を下るプログラムなのだが、今年は少雨の影響で最上川が渇水、まったく筏で下れる状況になく、月山湖での「筏体験」に変更された。

私たちボランティアスタッフの仕事は、筏、カヌーの運搬、カヌーに乗船して筏の見守り。

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月山湖、湖畔に並べた筏に向かう子供達

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筏漕ぎのレクチャーを受ける子供達

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月山湖にこきだし、みんなで月山湖の噴水を眺める。

問題はそこからだった。
スタッフの誰も予想してなかったのだが、月山湖の流れに加えて帰りは強烈な向かい風と局地的な雨に見舞われた。

漕いでも漕いでもなかなか前に進まない。
筏の子供達を励ましながら、対策を考える。

カヌー競技出身の女性職員Tさんはロープで曳航しながら、「もっとロープがあれば・・・」

遠く離れたボートにいるスタッフKさんがレスキューロープを持っていると聞き、私が一人で隊列を離れ、全力でカヌーを漕いでレスキューロープを借り、また全力でカヌーを漕いで筏集団のところに戻る。
筏にレスキューロープを取り付けようとするが、私のカヌー経験の浅さが露呈、ロープが筏の下にくぐってしまい、うまく曳航できなくなる。

我々が苦戦していることを陸上スタッフも察知、ゴムボートで救援に来てくれたときには雨もひどくなっていた。
女性職員Tさんが子供達に「ぜったい帰れるから大丈夫だよ!」と子供達を励ますかたわら、レスキューロープを必死で操作しようとしていた私は横波を受けて転覆。大江町カヌー協会の方に助けてもらう。情けない・・・・

転覆から復帰した私はロープでの曳航を断念し、カヌーの先端を筏の尻に押しつけ、筏の推進力の援助にまわる。
他のスタッフはボートで筏で船酔いになっている子供達を搬送したりと大忙し。
ようやく全ての筏が帰還できたのは昼過ぎだった。
スタッフみんなで、ようやく帰れた疲労感と子供達の安全を確保できた安堵感でほっとしていると・・・

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子供達のうち、元気な奴らは相変わらず岸辺で飛び込み遊び。

この日は早めに切り上げ、朝日少年自然の家に撤収。
そこでライフジャケット、バラした筏のパーツを洗浄、天日干し。
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職員の方々、ボランティアスタッフの皆と片付けものをしていると、誰かが「ああ、これで夏がおわった気になりますね」と言う。

そう、今年も子供達との夏が終わる。

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Friendship to last

山形県朝日少年自然の家チャレンジキャンプ2018の登山講師のご依頼をいただき、今年も子供達と月山へ。

この殺人的な猛暑、今年は頂上にスイカを持っていき子供達と食べたいと計画、120リットルザックを用意しL玉スイカも現地に用意していった。

当日朝、例年通り朝4時に起床して空と山の様子を目視観察。
姥ヶ岳山腹から上部は濃い灰色の雲に覆われている。
その他各種情報から昨年のような雲海にはならず、山頂付近は低温と予想。
スイカをふるまうパフォーマンスより、子供達の安全対策が自分の役割、と考え直す。
スイカはキャンプ場脇の冷たい沢水に漬けておき、後でチャレンジキャンプ統括の神保さんに引き渡すことにする。

もう幾年もチャレンジキャンプの登山引率の依頼を頂戴しているが、今年は何か嫌な予感がして装備をあらためて見直す。
熱中症対策として経口補水液の粉末タイプを入手したが、万一子供達が熱中症になった場合は対応の早さが求められると考え、保冷剤で500mlの経口補水液ペット2本を冷やして携行。

JMGAの更新研修で伺った富士山ガイドの方の装備を参考に、子供用雨具の予備として大人Sサイズ、Lサイズ
を各1着ずつ携行。予備の雨具を二人分という根拠は、過去に自然の家のチャレンジキャンプで悪天に遭遇した際、雨具を忘れた子供が2名いたという経験に基づく。
日差し対策として帽子は4名分を携行。忘れ物対策だけでなく、強風で帽子を飛ばされる子もいるためだ。

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予想通り、山頂付近は強風と低温。
子供達には雨具を着用してもらい、昼食をとってもらう。

Peak
冷たい風は強いが、子供達の日頃の行いか、青空が見えだした。

寒いという女の子にSサイズの雨具、もう一人の女の子には私が着用していた韓国ネパのライトウェイトジャケットを脱ぎ、着せてあげる。
予備の帽子も一つ、ボランティアスタッフに着用してもらった。

どうにか姥沢ルートを往復。
帰路、足にきている小4の女の子が木道から転げ落ちた。幸い、少し足を打った程度で済むが疲れた子供達は油断ならないことを痛感させられる。

今回の山行は強力なボランティアスタッフに恵まれただけでなく、前所長の奥様である土屋さん(養護教諭)が同行していただいた事で安心感が増した。安心感だけでなく、行動中も「お腹が痛い」という子が続出したが、その都度対応いただき大変助けられた。

前夜のミーティングでは、子供達が「みんなで力をあわせて月山に登ります」という。
登山中は、子供達は自分自身のことで精一杯だ。
子供特有の残酷なまでのエゴイズムが目に付くこともある。
実際に力を出し合っているのは子供だけでなく、見守る大人達も同様である。
私にとっては反省の多すぎる山行、自然の家の職員の皆様、ボランティアスタッフの皆様、頑張り抜いた子供達に感謝したい。

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登山当日の朝の献立は「朝からバーガー」。
小6の女の子が小4の女の子と一緒に包丁を持ち、「トマト輪切りにできる?こうするんだよ」と教えてあげている。

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筆者作の「朝からバーガー」。食えりゃいいんですよ。

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私たちが月山下山中、スタッフの咲ちゃん達が作ってくれた豚汁。

月山では気温が低い割に登山や温泉で汗をかいたせいか、
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塩気のある豚汁は子供達の食欲でこうです。

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御飯は釜飯です。

今日はナイトハイク(という名の肝試し)まで同行するつもりだったのですが、月山から下山して携帯を確認すると、明日早朝から秋田某所の現場に行く用件が発生。

タダメシ喰いみたいで恐縮ですが、夕食をいただいた後に退出させていただく。

Two Step From Hell のFriendship To Last で流れるスコットランド・ゲール語の歌詞に心休めながら、夜の国道112号線を自宅に向かう。気持ちを切り替え、明日は仕事です。

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ピオレドール2018にシスパーレ隊選定さる

本家ピオレドール2018に平出・中島ペアのシスパーレ、チェコのマレク・ホレチェクらのガッシャブルムⅠ峰南西壁新ルート、フランス髭トリオのヌプツェ南西壁新ルートの3隊が選定された模様です。

Złote Czekany. Znamy nagrodzone przejścia! by Wspinanie.pl 2018.8.1

Shispare
平出・中島ペアのシスパーレ北東壁

Gasherbrum
チェコ隊のガッシャブルムⅠ峰南西壁新ルート

Nuptse
フランス隊のヌプツェ南西壁新ルート

さらに審査員特別賞として、
N1
アメリカ隊のニルカンタ南西壁

Alexhonnold
ヨセミテ他アラスカ、南極で素晴らしいクライミングを展開したアレックス・オノルドが選ばれました。

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チョコレート最強伝説

先に書いたラトックⅠ峰救出劇に関して、ロシアメディアやロシアのクライミングサイトを調べるうちに・・・

«Зажат в снежном коконе» by Znak.com 2018.7.31

遭難してラトックⅠ峰に1週間も取り残されている間、アレクサンドル・グコフは水もなく、携帯していた食糧はチョコバー半分だけ。

さらに調べると、そのチョコバーとはロシアのメディアで「Сникерса」(スニッカーズ)と商品名を報じています。

Snickers

甘党の私ですが、スニッカーズのくどい甘さが嫌いでめったに食ったことがないんですが・・・今回の奇跡の生還で少し考え改めよう・・・

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