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【訃報】 ジェフ・ロウ氏、トム・フロスト氏 逝去

去る8月24日、登山史を彩ってきた2人のクライマーが亡くなりました。

The passing of two legends: Tom Frost and Jeff Lowe by Alpinist 2018.8.25

トム・フロスト(Thomas Frost )

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1961年ヨセミテでエイドクライミング中のトム・フロスト

ヨセミテの黄金期に活躍したトム・フロスト氏が癌のため、カリフォルニア州のホスピスで亡くなりました。81歳でした。
1961年にロイヤル・ロビンスと組んでエルキャピタンのサラテを初登。
1964年にはシュイナード他らと共にエルキャピタンのノースアメリカンウォールを初登。
1968年にはマッカーシーらと共にアンクライマブルズ渓谷のロータスフラワータワー南東壁を初登しています。

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1961年、CampⅣでビバーク中

ヨセミテの岩壁を登るために鋼鉄製のピトンが産み出されたエピソードではイヴォン・シュイナードだけが有名ですが、実はシュイナードと共にトム・フロストも製作に関わっています。
またヨセミテだけにこだわるでなく、ワールドワイドに活躍しました。
1963年にはジョン・ハーリンらと組んで当時モンブラン山群で最難といわれるエイドルートをフー南壁に開拓しています。
同年にエドモンド・ヒラリーと共にネパールヒマラヤのカンテガに挑み初登頂、1970年にはアンナプルナ南壁にトライ、1986年には後述のジェフ・ロウと共にカンテガに新ルートを開拓しています。
まさに「ヨセミテ流」で世界を駆けたクライマーでした。

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ジェフ・ロウ (Jeff Lowe)

クライミングの鬼才と呼ばれ、世界各地に難ルートを開拓したジェフ・ロウ氏は以前から筋萎縮症に似た未知の難病にかかり、車椅子生活が続いていましたが、トム・フロスト氏と同じく24日、亡くなりました。67歳でした。

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現役の頃のジェフ・ロウ氏

ジェフ・ロウ氏の足跡を書き綴ることはそのまま20世紀のクライミング史の一端を綴ることになりますが、コロラド州のブライダルベール初登など、アイスクライミング、ミックスクライミングの分野において才能を発揮してきました。
アイガー北壁の「メタノイア」開拓、また成功には至りませんでしたがジム・ドニーニらと組んだラトックⅠ峰北稜が知られているところでしょう。

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メタノイア開拓時のジェフ・ロウ

以前に当ブログでも書きましたが、ジェフ・ロウといえば困難なクライミング だ け が 取り沙汰されていますが、ビデオ『Alpine Ice』では初心者向けに地味な雪上歩行、滑落停止などの初歩の技術も実演、一般大衆向けに登山技術の啓蒙にも関わっていたことを強調したいと思います。

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晩年のジェフ・ロウ氏、孫のバレンティナちゃん、生活を共にしたパートナーであるコニー・セルフ氏と。

残念ながら晩年は筋萎縮症に似た全く未知の病にかかり、車椅子生活となりました。年々病状が進み、会話も困難になりi pad を使って他人とコミュニケーションをとる生活でした。私生活では離婚やクライミングギアの会社が行き詰まり順風満帆とはいえない人生でしたが、亡くなるまでの8年間はパートナーであるコニー・セルフに献身的に介護してもらい、時には電動車椅子で孫のバレンティナちゃんと共に山を訪れる、穏やかな暮らしだったようです。

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8月24日、2人のクライマーが世を去りました。
2人の共通点は、卓越した才能だけでなく、クライミングギアの開発に積極的に関わり、登山界に貢献したこと、そのクライミング技術をもって登山史を自ら綴ってきたクライマーであるといえましょう。

トム・フロスト、ジェフ・ロウ、二人の偉大なクライマーに哀悼の意を表します。

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