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ガンブレッツ家の人々

スロベニアの一般日刊紙DELOが、ヤーニャ・ガンブレッツの家庭について報道しました。
昨年12月、スロベニアのスポーツジャーナリストの投票により推薦される「最高アスリート賞」を、2位以下を大きく引き離す大差で受賞したヤーニャ・ガンブレッツ。スロベニア国内でも大きく名前が知られるようになりました。

そんなヤーニャ・ガンブレッツ、料理を始めたのは彼氏の影響だとか。

Janja Garnbret: Sezuta plesalka, obuta plezalka by Delo 2018.12.23

以下引用開始
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 P1
母、父と共に Photo by Tadej Regent

 インスブルックのW杯クライミングチャンピオンに輝き、メディアの注目を集めた2つの金・1つの銀メダルの勝者は、まだ仕事をしていた母・ダリヤと父・ビリヤのためにランチを作っていました。

 メニューはパスタとたっぷりの野菜です。 「今まで料理はしたこと無かったんです。私はランチ好きですよ。ドムン(ドムン・シュコフィセム、ヤーニャのボーイフレンドでありトップクライマー)がとても料理好きだったんで、影響を受けました。」 と語るのは、スポーツクライミング世界選手権の覇者。彼女は料理するだけでなく、洗い物から片付けまでこなします。

 小さい頃から、彼女はいつも庭の木、キャビネット、フェンスをよじ登っていました。
 ある日曜日、ダリヤ・ガンブレッツは夫に頼み、自宅からほど近いスロヴェニ・グラデツ(Slovenj Gradec)の教会近くにあるクライミングジムを訪れました。娘は簡単に高いところまで登り、「他のクライマーの注目を引いた」と父ビリヤは回想します。

 ヤーニャは変わらず庭の木やフェンスを登っていましたが、地元のクライミングクラブに入会しました。「学校に通うと共に、週2回、クライミングの練習に通っていました。」初めの2年間は母ダリヤがスロヴェニ・グラデツまで車で送っていましたが、基礎を学び終え、ますますクライミングに入れ込むようになり、コーチ達も熱心に指導してくれました。しかし、夫婦はある選択を迫られました。

バスでトレーニング通い

 「私たち夫婦には選択肢が2つありました。ラヴネ・ナ・コロシュケム(Ravne na Koroškem)、またはヴェレニエ(Velenje)のどちらで彼女をトレーニングさせるか。私たちは二人ともゴレニア(訳者注・スロベニアに本拠地を置くヨーロッパでもトップの家電メーカー)で働いていましたから、ヴェレニエを選びました」

 ヤーニャは学校から戻って昼食をとり、宿題をし、それから家の近くのバス停で時間を確認します。母親と一緒にバスに乗るのは初めてでしたが、後に祖母が付き添うようになり、その後は1人でバスに乗るようになりました。そしてヴェレニエは絶好の場所であり、それは今後も変わることは無いでしょう。
 クラブの友人であるティヤサ・スレメンシュク(訳者注・W杯常連のスロベニア代表クライマー)はいつもバス停で待ってくれていました。彼女達は後にヴェレニエ高校で机を共にする親友となりました。7時過ぎ、トレーニングが終わる頃に父はヴェレニエに迎えに来て、母は彼女を家で待っていました。

 母ダリヤがふり返ります。若いクライマー達はコンペでサポートを必要としていました。
「彼女は普通のズック靴でコンペに参加していました。初めて行ったときのことを覚えています。他の親達はサンドイッチ、飲み物、果物を用意し、スポーツウェアを着ていました。私はハイヒールを履き、何も用意していませんでした。」ダリヤは笑って語ります。ヤーニャが最後から2番目の順位でコンペを終えたが、失望すらしませんでした。
「私と夫は娘がクライミングにそれほど向いているとは思いませんでしたが、コーチの皆さんはいつも彼女には才能があると言っていました」

P2
水の中の魚、壁の中のヤーニャ 写真:AFP

 そして快進撃が始まる。1戦目、2戦目、3戦目と優勝を重ねた。
 「コーチは私達に、遠方で開催されるコンペには出場しないようアドバイスしてくれ、近場で開催されるコンペで勝つ機会を与えてくれました。」
 ヤーニャ達は新しい場所、人々と出会い、深い友情を育んだ。「私達はプレッシャーを感じることも無く、楽しむことができました。そこで、私たちは移り住むことを決断したんです。」

ダンスかクライミングか?

 しばらくはクライミングシューズとダンスシューズを交互に履く生活でした。しかしダンスとクライミングの練習が重なり始め、彼女は決断を下さなければなりませんでした。
 「ダンスとクライミング、どちらを選ぶ?」
 「クライミング!」
 ヤーニャは迷わずクライミングを選び、13歳でユースチームの一員となりました。

(中略)

 学業は2年間休学しました。来年は日本の東京で開催されるオリンピックの予選と準備、それが今最も重要な課題です。

 「自分のクライミングジムが欲しいんです。私にはまだ仕事がありません。知識と経験を活かして、将来は若い選手が成功するのを支援したいと思っています。クライミングジムを設立したい」とヤーニャは語る。

休日にノートパソコンを使って

 ダリヤとビリヤは、長女ニケのおかげで孫にも恵まれました。もうおわかりのように、彼ら夫婦は6年にわたり休む間もありませんでした。3年が経ち、彼らは初めてそれを手にしました。「試合の進行状況を確認したり、宿泊先を確認することができるように、ノートパソコンを持つようになりました。」

 あなたがマクドナルドでヤーニャに会ったならば、彼女は何か仕事をしているのであって、食事のためにいるわけではありません。
  「私は健康的な食事を心掛けています。食事制限ですか? 私は甘い飲み物が好きではありません。最終的には、ビーガンになると思います。」ドムンがいるときは、2人一緒に料理をして、皿に何を盛りつけるかを考えます。 「時々、私たちは考え方が違ったりするので、どんな料理にするか話あったりします。」とヤーニャ。
 でも家に帰れば、彼女はこう言います。
 「お母さん、クルミのパラチンケ!」
(訳者注・パラチンケとは東欧全域で食されるクレープに似たパンケーキをさす)

P3
メダルを保管する場所が足りない自宅 Photo by Tadej Regent

 スロヴェニ・グラデツとヴェレニエ間の幹線道路沿いにある黄色の大きな自宅では、獲得したメダルを保管する場所が不足しています。
「彼女には新しい陳列棚が必要になってます」と、娘を誇りに思っていることを隠さない両親。
 しかし、全てのメダルやカップよりも、娘が幸せで笑顔で家に帰ってくることの方が大事なのです。
「家に帰ってきたとき、私たちを抱きしめるのを忘れないでね」
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以上引用おわり

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