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メンタルの弱さ、強さ

10月某日。

諸般の事情で詳細は書けないが、運転していた車両が横転。

そこは立正大学体育会山岳部のターミネーター(自称)たる私、外傷は全く無く済んだのだが、周囲の勧めで整形外科で検査した結果、

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背骨の横に飛び出ている「横突起」が3箇所折れていた。(画像右は事故直後、左は約2週間後のレントゲン画像)

身体よりも精神的ダメージの方が大きい。

普段、若い社員に「運転気をつけてね~」と言ってるのに、メンツ丸つぶれである。

職場では若手社員の皆から「身体大丈夫ですか?」と言われるが、親方だけは報告の電話からして

「おい、気をしっかり持て!」

「家帰っても、カミさんと子供には普通に接するんだぞ!」

と、精神面の叱咤激励の嵐。

数日経過すると

「大滝、気分転換に山でも行ってこいよ」

と、メンタルの弱さが親方にはバレバレである。

 

医師からは骨がつながるのに要する3ヶ月は安静に、と言われているが、現場作業員なもんでバリバリ鉄骨解体作業にでて気を紛らわす。

寝る前には『魁!!男塾』を読んで寝る。そのためか(たぶん)、痛みも一週間ほどで消えた。

 

1979年、当時未踏峰だったリンクサールに遠征した山岳部の大先輩から、「リンクサール峰の頂上の写真って無い?」と問い合わせをいただく。

そういえば、Rock and Ice誌やClimbing誌、世界各国のクライミングサイトを閲覧しても、登攀ルートは公表されているが山頂のショットはみたことが無い。

リンクサール峰を初登したアメリカ隊のGraham Zimmerman氏に連絡したところ、山頂に立った時の動画を保存しているファイル共有サイトのURLを紹介してくれた。Zimmerman氏いわく「カメラが凍りつき、ピントがぼけているので公開していなかった」という動画を拝見する。

それは、狭い山頂で歓喜の声を上げるクライマー達の姿だった。わずか20秒のピントが合っていない動画は、その登山の厳しさを物語るものだった。

幾度も繰り返し動画を視て、山頂で喜ぶクライマー達のテンションの高さに「彼らはどんなに過酷なクライミングを経て頂きに立ったんだろう」と直感する。その趣旨でZimmerman氏に御礼のメールを送る。

その動画をご覧になった大先輩は、私とは異なった感想を伝えてきた。

技術も装備もあらゆるモノが進化したけど「最後は気持ちの強さ」と感じたとおっしゃる。

「気持ちの強さ」。

実際にリンクサール峰を経験した大先輩が語る「気持ちの強さ」という言葉が、頭から離れない。

背骨がまだ治ってない身体をかかえ、なんとなく気力も低下していた。今冬から来年にかけて実現したいと思っていたことも、カネや身体を言い訳に次々と考えるのも止めていた。

山岳部の大先輩からのメール、Graham Zimmerman氏からのメール・動画を幾度も見直す。

さて、まずは明日の仕事を頑張ろう。

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韓国人は山女で日本を知る

日韓関係が最悪といわれる今、大石明弘著『太陽のかけら』が韓国で出版されることになりました。

“그녀의 에너지가 여러 사람들에게 전해지길” by mountainjournal 2019.10.18

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上記リンク記事では著者の大石氏が訪韓、インスボンやソニンボンを出版関係者らと登り交流する様子が報じられています。

韓国の翻訳者は、日本の登山界に精通したキム・ヨンド氏。

氏は韓国では「親日派」と呼ばれています。まことに残念ながら、韓国で親日とは、日帝時代に協力した裏切り者という蔑称。

キム・ヨンド氏は大島亮吉の本で登山に目覚め、韓国初のエベレスト登山隊隊長を務めた韓国登山界の重鎮。日本の山岳書に関しては古典から山野井泰史氏の著書まで熟知。韓国の冒険家が史上初と銘打ってグリーンランド縦断を行った際には「日本の植村直己が既に達成している」と韓国メディアで主張した気骨ある、日本の良き理解者。これ以上の翻訳者はおられますまい。

 この韓国語版『太陽のかけら』を出版する「ハルジェクラブ」なる団体。

 以前から韓国ではベルナデット・マクドナルド女史の著作はじめ、ジョン・ポーターによるアレックス・マッキンタイアの伝記『One day as  a tiger 』などの山岳書が凄いペースで韓国語訳されており、版権取得などどうなっているのか不思議でした。

 このハルジェクラブなる団体は大韓山岳連盟のメンバーを中心に会員制で資金を集め、その資金を元に欧米で出版されている優れた山岳書、古典、最新本問わず次々と翻訳、韓国国内に送り出していました。

 韓国には山岳書を専門に扱う「韓国山書会」も存在します。日本人と韓国人の気質を巡って「集団戦は日本人が得意」などと言われますが、山の本に関して日本人は韓国人に一歩も二歩も遅れをとっていると言わざるをえません。

 さて日韓関係が悪化し始める2019年始め、日本のメディアではチョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』という小説がとりあげられ、韓国社会の様子が話題になりましたが、同時期に韓国メディアで話題になっていたのは、韓国語版が出版された湊かなえ著『山女日記』。

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私は『82年生まれ・・・』は未読ですが、山女日記の方は再読してみました。

 アマゾンでも賛否が両極端に分かれた「山女日記」、読んで私も「女はめんどくせえ」と思う一方、兼業ガイドの私でもツアー中の女性たちの様々な人間模様をみてきたので「まあ、あんな話もあるよな・・・」とも感じています。何より、山のフィクションでありながら自分のロープ切ったりせず(笑)誰も死なないところがいいです。

 ちなみに湊かなえ氏は、この「山女日記」韓国語版出版のため、渡韓し韓国メディアからインタビューを受けています。

 来年初め韓国で出版予定の韓国語版『太陽のかけら』、そして既に話題の韓国語版「山女日記」。

 韓国の一般市民が登山に関わる日本女性を通じて、フィクション、ノンフィクションの両方で日本社会を知るというのは興味深いことです。

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【悲報】ミック・ファウラーが

癌を克服し、人工肛門を付けた身体でヒマラヤの困難な峰に挑むミック・ファウラー。

今秋、ビクター・サンダースと共にインド・シッキムヒマラヤChombu(6362m)に2度目の遠征に赴きました。

経験深い二人ですら「今までにない」と言わしめる長い悪天続きに悩まされながらも、山頂260mと迫ります。

そこで二人が襲われた災難、それは

To

食 中 毒 による下痢と吐き気でした。

Food poisoning stymies Mick Foler's and Vic Saunders's second Chombu attempt   by grough 2019.11.11

 

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2度目の遠征となるChombu北壁(中央左の壁)

 二人は9月末にイギリスを発ち現地に飛びますが、「モンスーンのような」悪天続き、さらにアプローチ途上の橋が流されるなどの障害が発生。それらを乗り越え、10月10日に北壁に取り付き、4日かけて6100m地点に到達。

 山頂までは容易な斜面を残すのみとなったところで、口にしたフリーズドライ食品が原因の食中毒と思われる下痢・嘔吐に襲われたとのこと。

幸い二人は無事にベースに帰還、2日間の休養で回復。既に二人はイギリスに帰国しました。

ミック・ファウラーいわく、

「天候も、コンデションも、許可証取得の雑事もひどいものでしたが、不思議なことに、私達はいつかまた再訪すると感じてます。シッキムにはとても特別な想いあり、チョンブにはとても思い入れがあります。

 遠征で最も重要な、そして勇気づけられたことは、オストメイト(訳者注 : 人工肛門を付けた人)であることは、まったく妨げにならないということです。

 前回の遠征は天候に登山活動を妨げられましたが、今回は高高度で十分な時間を過ごしました。いつものようにバーグハウスのギアは非常に優れた性能を発揮し、人工肛門を使用しても支障ないことがわかりました。ですからチョンブについての失望はさておき、ヴィックと私はもう将来のエキサイティングなプランを決めています。」

 オストメイトでありながら食中毒もなんのそのでヒマラヤの壁に向かうミック・ファウラー。次の計画が期待されます。

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後ろを振り向いてはならない。 真室川町 病追い(やまいぼい)

11月9日夜、山形県 真室川町 ふるさと伝承館へ。

真室川町平枝地区で現在も続けられる伝統行事『病追い(やまいぼい)』を見学させていただく。

家の中に「病」が入らないように、家の中の「病」を追い払うために、餅をつき、餅を入れた藁人形を集落外れの水田に置いてくるという伝統行事です。

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 真室川町教育委員会を通じて地元区長様にもご紹介いただき、行事が始まる18時に訪れてみると、大人たちによる餅の杵つきが始まる。

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大人たちの手であらかた「こね」「杵つき」が終わってから、子供達による餅つき。

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つきあがった餅は藁つとに入れ、藁人形に背負わせる。

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 藁人形は2体作られ、子供達が持つ。

 この集落の子供達が行列を作り、一度集落の端まで移動。

 それから番楽の演奏と共に夜の集落を練り歩きます。さすが番楽の盛んな地区、先ほどの餅つきで「腰が痛い・・・」「明日筋肉痛だな・・・」とつぶやいていた若いお父さん方も、行列ではキリッとした表情でお囃子の横笛・太鼓を鳴らしていて格好いい。

 カメラが不調のため完全に収録できなかったが、餅つきから行列が練り歩くまでを動画に記録しました。

  夜の闇の中、刈り取り後の水田に棒を立て、藁人形を固定します。

 皆が「ほーっほーっ」と叫び、誰かが「ああ、これで病が飛んでった」とつぶやきました。

 それから大人達が子供達に

 「戻るぞー、絶対 う し ろ ふ り む く な よ ー!

 そうです、藁人形をたてた後は後ろを振り向かずに戻らなければならないという禁忌があるのです。私は見学のため、行列の最後を歩いていましたが、皆一斉に振り向かず、ふるさと伝承館にもどっていきます。

 「病」という「悪いモノ」を集落の外に追い出し、絶対に振り向かずに戻ってくるという習わしに、黄泉の国を訪れたイザナギの神話を連想させられます。

 地元の方に伺うと、藁人形はそのまま朽ちるに任せて放置しておくとのこと。基本的に「病」を封じ込めた藁人形なのであまり縁起の良いものではないらしく、地元の慣習を知らない新任の若い先生が、歩くスキーの授業で藁人形の立つ水田に近寄りそうになり、みんなが慌てて止めた、なんてエピソードもお話してくださいました。

 今回の行事、餅つきで用いた餅米は5升。行列が戻ってからは地区皆さんの直来となり、私は行列の見学にとどめさせていただき、退出。

 古い伝統行事が地区総出で大事にされている姿に感銘を受けた夜でした。

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神田神保町 ろしあ亭 

平日に公休取得、セックスと暴力に彩られた街・東京へ。

午前中に野暮用を済ませ、午後からは所属するガイド協会の会議。

その前に神田神保町でランチ。

Ru1ランチセットのボルシチと、

Ru2

白いビーフストロガノフでエネルギー充填。丸いのはライスではなく蕎麦の実。

 中学生の頃からオストロフスキー『鋼鉄は如何に鍛えられたか』やレルモントフ『現代の英雄』に親しんでいた私は、社会人になって東京に行く機会の度、ロシア料理店に通った。

 でも、パミール高原で高所登山の経験があるTさんいわく、「ロシアの黒パンは最低だ。あれだけは二度と喰いたくない。」と私の夢をぶちこわしてくれた(笑)。

 そのTさんもK2登頂を夢見ながら病に倒れ、世を去った。

 東京のロシア料理で腹ごしらえしてから、重たい課題が待ち受ける午後の会合へ出発。

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