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Mick Fowler著『NO EASY WAY』

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 ミック・ファウラー(Mick Fowler)著『NO EASY WAY』を読む。

 ミック・ファウラーといえば、税務官としての仕事と世界でもトップレベルのヒマラヤ登山を両立させているところに、多くの日本人、特に勤労者クライマーはシンパシーと尊敬の念を抱いているのではないだろうか。

 本書の第1章は、職場である税務署での上司とのやりとりから始まる。そこで仕事、ヒマラヤ登山、それを支える日頃のトレーニング、そして家庭人としてもやりぬいてきたことを、最後の締めくくりで『There truly is No Easy Way.』と書き綴っている。

 本書は2000年代に展開してきた素晴らしいクライミングの記録集であると同時に、税務官を定年退職し、自身のガン罹患が発覚するまでが描かれている著作である。そんな人生を続けてきたミック・ファウラーの心情を吐露した言葉が、そのままタイトルになったと言えよう。本書では、

グロスバナー(2003)、カジャチャオ(2005)、スコットランドのシークリフ、マナムチョ(2007)、バスキ・パルバット(2008)、スラマー(2010)、ムグ・チュリ(2011)、シヴァ(2012)、キシュトワル・カイラス(2013)、ハグシュ(2014)、ガブ・ディン(2015)、セルサンク(2016)

 これら山行の記録が収録されており、アルパインクライマーにはたまらない内容である。

 2000年代初めは中村保氏の資料にも支えられ、積極的に中国奥地に赴くが、不安定な政治事情に伴う許可取得の困難さに辟易したのか、次第にインドヒマラヤへと惹かれていく。

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 キシュトワル・カイラスに向かうキャラバンで断崖絶壁の細い道を行く。凄い不安そうな表情のロブ・スミス。(著作写真より)ちなみに、この危険きわまりないキャラバンの記録動画は動画サイトで閲覧数1千万回超えとのこと。

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 キシュトワル・カイラスの山頂に立つミック・ファウラー(著作写真より) キャプションには「未踏の頂を楽しむ」とある。その喜びを支える日常が、本書には記されている。

 ミック・ファウラーは税務署勤務の傍ら、日常のトレーニングとして限られた時間を、ケービング、自転車、カヌーなど様々な手法で身体を鍛えていた。その中でもイギリスの風土に根ざしたクロスカントリー競技に特に力を注いでいた。

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クロスカントリー出場中のミック・ファウラー(著作写真より)

 週1という限られた時間でのクライミングトレーニングは、ノッティンガム城の城壁クライミングである。城壁クライミングといっても、かのダグ・スコットが拓いたルートもあったりする由緒あるトレーニング場。

 しかしながら、早朝にポール・ラムズデンと一緒に登っているときに通りすがりの男性から「何危険なことやってんだ?」と注意される。

「いや装備(ロープ)も使ってますし」と言い訳するが、らちがあかない。ついにポール・ラムズデンがミック・ファウラーを指さし

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「この人BMCの会長ですけど」

と言うが効果は無く、日曜の朝っぱらから警察沙汰になってしまう。その後の顛末は本書を読んで下さい。

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警察沙汰になったノッティンガム城でサムズアップなミック・ファウラー。(著作写真より)その登山の陰には色んな苦労がありました。

 来日した際の事にも触れられ、ヒマラヤ登山で使ったスプーンや安物時計、尿瓶が興味を引いたところをイタズラっぽく描いている。さすが税務官、「日本には銀行も休みになる『山の日』なる休日がある」と、日本の祝日「山の日」は印象に残ったようだ。

 ミック・ファウラー本人の控えめな性格なのか、おそらく日本人クライマーなら誰もが関心ある登山と日常生活との両立に関してはサラリと書いてあるのだが、彼の登山観を示す場面として、アリソン・ハーグリーブスの描写がある。

 90年代半ば、アリソン・ハーグリーブスは専業登山家として、世界三大高峰、すなわちエベレスト、K2、カンチェンジュンガを単独登頂することを目標に掲げていた。

 ミック・ファウラーは彼女に対して批判めいた表現は用いていないが、「彼女は楽しんでいたんだろうか」と綴っている。

 今の日本社会、以前よりも転職が容易になり、その機会を掴んで公募隊で8000m峰を目指す人もいると聞く。

 一方、ミック・ファウラーのように税務官という一つの職場に勤めながら、トップレベルのクライミングを続ける人もいる。

 いや、「トップクライマー」であることに目を奪われている人が多いが、私はミック・ファウラーがその人生を通じてクライミングを「続けている」ことに注目している。

 本書にはその器用な生き方のための明確なノウハウ、「答え」は無いが、「ヒント」に満ちているといえよう。

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