« 2019年12月 | トップページ | 2020年2月 »

雪の無い1月

山形県朝日少年自然の家企画事業『チューブすべりとアイスクリームつくり』に参加。

暖冬の影響で肝心の雪が無く、事前に「代替プログラムで実施します」と連絡が入る。

当日朝、例年チューブ滑りの会場となる大斜面を訪れてみると・・・

Slope2

左が2020年1月18日朝の様子。右は2019年1月のチューブ滑り当日の様子。

 今年も低学年・幼児の親子参加を中心に57名の参加者。

 P_20200119165701

代替プログラムとして、午前中前半は「絵馬作り」。

私が受け持った班は3人の親子参加、兄弟で子供同士で参加の計5名を担当。みんな願いごとを書いて、絵を描いて。

P5_20200119165901 

私はちゃちゃっと月山の絵を描いて、1年の願い事を裏に書く。

午前中後半は、レクレーションゲームで身体を温めた後、

P6_20200119170101

人力チューブ滑り。小さい子やお母さん方には疲れるかなと思いきや、皆さん楽しまれてました。

昼に朝少名物のカレーを食べた後、午後から子供達楽しみのアイスクリーム作り。

P7_20200119170301

例年であれば、建物の前が雪原になるのですが・・・

P11_20200119170401 

今年は所員の方々が西川町・大井沢から搬入した雪を利用してのアイスクリーム作り。

P9_20200119170501

 積雪が無い割に本日は気温が2度前後と低く、比較的スムースにアイス作りが進行。

 所員の方々も進行の遅い班にはガンガン塩と雪を追加して下さったので、例年に比べるとかなり順調にアイスが仕上がる。

 20200118_134342 最後、冷え切ったボール底のアイスは買ったばかりのハーゲンダッツ並みの硬さ。

P10_20200119170901

散らばったカラースプレー、子供達の宴の後。

 「別れの集い」も終わり、解散を告げられた参加者皆さんを見送る。

 私が受け持った班に親子参加で来ていた姉妹とお母さんが、わざわざ私のところまで来て下さり、別れの挨拶を頂戴する。

 サポーター(ボランティアスタッフ)として、無事企画のお手伝いができた充実を実感する瞬間。

P12_20200119171501

自宅に戻ると、庭の広葉樹が花を咲かせていた。どうなる、今年の冬。

| | コメント (0)

2020年1月上旬日記

1月某日

 いつものようにヨレヨレになって会社から帰宅すると、 P2_20200113192601

 食卓には納豆汁。七草の日、我が山形では粥ではなく納豆汁が伝統である。

 下界には雪の全く無い冬、食卓が季節の移ろいを教えてくれる。

 

1月某日 P4_20200113193001

 小正月。

 久しく飾ったことのない「団子木」が自宅に飾られる。

 義母から、息子と娘が「今年は厄年でない?」とアドバイスがあった由。

 私の実家では団子木は毎年飾るものだったが、カミさんの実家(上山市)では厄年に関連づけて飾るらしい。

 小正月の風習も、地域が違えば全く異なることを実感。

 

1月某日

 月山へ。 P1_20200113195301

  ウチの預貯金なみに、今年の月山は雪が無い。例年ならば雪に埋もれている車道標識も、今年は遙か頭上。

P3_20200113195501

 歩いていると、ヤママユガの繭。

 春先、少年自然の家の子供達とブナ林を歩く頃にはスカスカになって、メッシュ状の繭になっている。

 

 帰路、国道112号を走りながらNHKラジオのロシア語講座を聴く。

 今日はシベリア鉄道の話題。ハバロフスクからモスクワまで、6泊7日を要する。

 先生がネイティブの講師に尋ねる。『この長大な鉄道、寝台列車での生活で必要なものは何ですか?』

 運転しながら「暇つぶしの、分厚い小説か本かな??」と予想するが、ロシア人講師の答えは、こうだった。

 『 楽 し い 仲 間 』

| | コメント (0)

キムちゃんに叱られる

今こそすべての日本国民に問います。

キム・ジャインちゃんの飼い犬の名前は、『 独 島 ( ド ク ト ) 』でした。

與 영입5호 소방관은 유명 몸짱커플···암벽여제 김자인이 부인  by 中央日報2020.1.7

以下引用開始

--------------------------------------

 キムさんは最近インスタグラムで、政界に一歩を踏み出す夫を静かに応援する動きを見せた。夫妻は先月初め、捨て犬の里親になり「独島」と名付けて世話をしている。動物福祉を公約に掲げたムン・ジェイン大統領が捨て犬の子犬を青瓦台の「ファーストドッグ」に採用したことにならった。

--------------------------------------

 というわけで、今、韓国の政党は来年の総選挙に向け、与野党ともに新たな人材を募っており、それが連日にわたり韓国メディアの話題になっています。

 韓国の各政党が目を付けているのは、先の「チョ・グク疑惑」で揺れに揺れている20~30代の票の行方。

 韓国与党「共に民主党」は5人目のリクルート人材として、キム・ジャインの旦那様、オ・ヨンファン氏を将来の議員候補として入党させました。

 P1_20200110223501

入党記者会見での様子。左からイ・ヘチャン「共に民主党」代表、オ・ヨンファン、キム・ジャイン夫妻

 キム・ジャインの旦那様オ・ヨンファン氏、2010年から消防士(航空救難隊)として勤務、出動回数は9年間で2000回以上の出動をこなし、退職後は「防災伝道師」として広報活動を行い、著書「ある消防士の祈り」を出版するなど、防災に尽力してきた人物。

 今回の政界進出に関してキム・ジャインは、次のように支持しています。

『最近まで消防現場を仕事場としてきた夫の突然の政治家転進に、キム選手はどんな反応を見せたのだろうか。 オさんは記者会見で「勧誘について妻に意見を尋ねるとすぐ、昨年独島(ドクト)消防救助ヘリ墜落事故で出動した時のような返事が返ってきました」と答えた。 当時事故現場捜索のために出かける夫を「行かないで」と止める代わりに声援を送ったキム選手は今回も「世の中で必要と考えることに最善を尽くすことを支持して応援します」と信頼を見せた。』 by 韓国日報2020.1.7

 さて、日本でタレント議員や○○チルドレン議員の失言が話題になりましたが、オ・ヨンファン氏も早速記者会見で「チョ・グク疑惑」について記者に質問され、チョ・グク前法相の子供の進学疑惑に関して

「 当 時 の 親 の 慣 行 」

と擁護発言したことが韓国メディア、ネット上で大炎上。野党からは「共に民主党の人材は人災だ」と揶揄されてしまいました。

 ただし、オ・ヨンファン氏は「生涯を消防士の仕事に捧げたかったが、現役時代に感じた法制度と現実との乖離の解消、国民の生命と安全に関する必要な法制度、予算を成立させる必要があると考えていた」と真剣な姿勢を見せています。

 それはさておき、昨秋は五輪クライミング競技出場権獲得に伴う悩み・戸惑いをモノローグとして韓国メディアに吐露していたキム・ジャインちゃん、旦那の政界入りのドタバタに負けないでファイテン~!

| | コメント (0)

聴覚障害者の山小屋体験 スロベニアの試み

 人口約200万人のスロベニアにおいて、聴覚障害者の山小屋利用キャンペーンが展開されました。

 

Gluhi učinkovito strežejo v planinskih kočah  by PLANINSKA ZVEDA SLOVENIJE 2019.12.2

 

 5月から9月にかけて、15箇所の山小屋で時期をずらして健常者・障害者によるボランティアスタッフが常駐し、聴覚障害を持つ登山者に便宜を図るというものです。主催はスロベニア聴覚障害者青少年協会、スロベニア山岳協会です。

P1_20200104224501

 聴覚障害をもつ登山者たちがスロベニア手話で注文中。手話を操るスタッフはボランティア。

 ここで目を引くのが、 

P4_20200104224401

 コミュニケーションローラーと呼ばれる器具。

 P5_20200104224801
 コミュニケーションローラー説明図(日本語は訳者による書き込み)

 この木製スティックの置き方で聴覚障害者の意志を示すツールです。青色を上にスティックを立てた時は「注文します」、黄色を上にスティックを立てた時は「支払います(お勘定お願いします)」、横に倒している時は「楽しんでいます(構わないで下さい)」のサインを示します。

 P2_20200104225401

コミュニケーションローラーの使用場面。青色を上にスティックを立て、注文しているところ。

P3_20200104225601

日本人にも知られたトリグラフ山・クレダリッツァ小屋で記念撮影する聴覚障害者およびボランティアの皆さん

この活動では、2018年は延べ90名のボランティアが参加したとのこと。

 ちなみにこの記事を書くために調べて改めて驚いたのですが、スロベニア手話が「スロベニア手話法」として法的に認められたのが2002年。日本で手話が言語として法的に認められたのは、つい最近の2011年でした。とはいえ、スロベニアの聴覚障害者に関する資料も検索してみましたが、決して障害者に対して手厚い保護がなされているとは言えない状況です。

 そんな社会、人口約200万人の「小さな」国家で、聴覚障害者に対してこのように自然体験の機会を作ろうとする動きがあるのは素晴らしいことだと思います。

| | コメント (0)

惟見長江天際流

正月、地方都市の長男は忙しい。

2日、私の家系の親戚廻り。父と母の実家、兄弟筋を私と老母の2人でまわる。

20200102_124313

 こういった「親戚廻りが面倒」というお悩みがネット上にあふれているし、私も若い頃は親に任せて海外一人旅や北海道の冬山単独行に傾倒していた。

 極道な山登りをしている方には親戚つき合いに無頓着な方もおられるが、私の場合、父の葬儀を経験してから180度考えを改めた。盆正月の挨拶まわりはもちろん、不幸があった際には、仕事の都合が付く限り母の代理として積極的に顔を出すようにしている。

 今シーズン、親戚の方から「高齢なので、これからはお互い訪問して挨拶は無しにすっべはあ~(無しにしましょう)」と申し入れがある。

 もう一件の親戚宅では、かつて元気なおじさんが、認知症が進行し慌ただしい状況になっており、仏壇にお参りしてお茶も飲まずに帰る。

 「世代の移り変わり」を実感させられた、今年の正月。

 嵐のような親戚廻りから帰宅し休憩をとり、夕方から私の登山の原点である山形南高校山岳部、一年上の先輩方の飲み会に参加させていただく。

 思うところあり高校同窓会の郵便物など開封せずにゴミ箱に叩き込む私だが、御縁があって山岳部の一学年上の皆さんの飲み会にお誘いいただいている。お会いできて楽しい方々と飲めてリラックスできるひととき。

 

【山形南高校山岳部の思い出】

 私が登山を始めた山形南高校山岳部は様々な伝統ルールがあった。少し紹介すると、

 

 ○雪が降るまで、いくら気温が低下しようともシャツは常に腕まくりしていなければならない。

 ○1年生はシュラフカバーで寝なければならない。市販のシュラフは禁止。春・秋季に使えるのは自作のシュラフ(みんな古毛布を二つ折りして縫い合わせた自作シュラフを使用)

 ○校内マラソン(10km)で100位以下の者は、罰として順位から100引いた数だけスクワットをこなさなければならない。

 ○三年時に部長に選ばれた者は、山交ビル(※)一階を自転車で走り抜けなければならない。

 ※山形駅前にあるバス発着場も同居した大型ビル。当時はダイエーが入っており、一階は下着売り場など普通のデパートである。

 などなど、

Oto

『魁!!男塾』なんかチョロいんじゃね?という高校生活である。

 中でも伝説なのは、後に小樽商科大に進学し、小樽・赤岩のクライミングルート開拓に尽力された高田岳人OB。高田OBは現役時代、後輩に「水くれよ」と頼んだ際、後輩が差し出した灯油ポリタンの灯油を「わざと」飲み干してみせた人物。後にアラビア石油に就職されたという逸話付きである。

 山南高校山岳部OBの足跡はインドヒマラヤ・ヌン東稜(明治学院大隊)、Z1峰・ブラマーⅠ峰(獨協大学隊)、ヤラシャンポ峰(山形県山岳連盟隊)、シシャパンマ北東稜、チョモランマ北稜(立正大隊)など各地に及ぶ。そればかりではなく、私のガイドネタでもあるのだが山形県内の生物調査に尽力されている沢和浩OBのような方もおられる。

 沢OBには、私が高校生の頃、「西高東低って、高気圧がきてるのにどうして天気悪くなるんですか?」というアホな質問にも優しく「それはね、日本海があるからなんだよ」とご指導いただいた記憶がある。

 そんな方々に見守られ、私たちは高校生活を送った。

 

 三次会はY先輩ご夫妻と3人で、ウイスキー専門バーを訪れる。

 カラオケの喧噪も無く、シンとした静けさの中でバーテンがグラスを磨いている。

 注文では、私の「いつかベンネビスを登りたい」という目標をこめてスコットランドのウイスキーをお願いしたところ、「初めての方なら教科書的に、まずこれだけは押さえておきたいスコッチウイスキーはこれですね」と、ザ・グレンリベット(The Glenlivet)12年物をお勧めいただき、これを注文。

Night

 スコッチウイスキーをストレートで飲みながら、静かな正月の夜を過ごす。

 今年も嵐の一年になるだろう。Y先輩ご夫妻との楽しい語らいの中で、今年も頑張ろう、と誓いをたてる。

| | コメント (0)

2020年 謹賀新年

Gg

新年あけましておめでとうございます。

今年もぼつぼつテキトーにブログ更新していきます。

毎年書いていますが、当ブログは山岳部の飲み会で語る感覚で書いてますので、今年もバカ話と登山家ゴシップネタ満載でまいります。

今年も私含め皆様が安全にアウトドア、登山を楽しめますように。

|

« 2019年12月 | トップページ | 2020年2月 »