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アイスクライミングW杯を支える男たち

 韓国のトップアルパインクライマー、チェ・ソクムンが韓国・青松アイスクライミングW杯のルートセットに関する裏話を月刊『人と山』に公表しています。

 平昌五輪での公開競技開催には失敗した韓国。その一方で、青松アイスW杯は粛々と歴史を重ねています。

 こうしたルートセットに関する裏話は非常に興味深いものであると同時に、韓国人クライマー達が重ねた試行錯誤と努力、アイスクライミング競技での層の厚さが伺えます。

최석문의 벽 _ 청송 아이스클라이밍 월드컵 by  月刊『人と山』2020年2月

以下引用開始

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チェソクムンの壁_ 青松アイスクライミングワールドカップ
文・チェ・ソクムン(ノースフェイスクライミングチーム) 写真・ジュミンウク記者

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 コンペに向けて準備するスタッフ 左からキム・ジョンホン、キム・ジョンウン、キム・ジンウォン、筆者(チェ・ソクムン)、 キム・ビョング、 ミン・ギュ、 ソ・ジョングク、 ジェ・イソン.(キャプションは月刊『人と山』facebookより)

 青松アイスクライミングW杯は、国内クライミングコンペの中でも最大規模の大会で、今年で10年を迎えた。第1回大会の時からルートセッターとして参加しているキム・ジョンホン(安養キム・ジョンホンクライミングセンター)、ミン・ギュ(大田ワールドカップ競技場、人工壁)氏と筆者が今回の大会にもルートセッターとして参加した。今回はソ・ジョングク(ソ・ジョングククライミングセンター)氏も、ルートの設営を共にした。ソ・ジョングク氏は昨年まで選手としてW杯に参加していたが、今年初めてルートセッターとして参加することになった。

ルートセッターが持つ能力

 クライミングが繰り広げられる壁の後ろには、各種の登山装備、道具が積まれているルート設営スペースがある。中には電線を巻くときに使用するドラムをテーブルとして使っており、テーブル上には電動グラインダー、アイスアックス、電動インパクトドリル、コーヒーメーカー、カップラーメン、クイックドロー、スクリューなどが乱雑に置かれている。
 冬場の屋外で働く労働者が好んで着るつなぎ作業服を着て、コーティングされた赤い手袋をはめている人が、その周りに座って何ごとか真剣な話を交わしている。大会運営を知らない人が見れば、ただ現場作業について話を交わしているようにしか見えないだろう。

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青松アイスクライミングW杯スタジアム裏には、様々なクライミングギアが置かれたスペースがあります(画像・キャプションは月刊『人と山』facebookより)

 ルートセッターは選手名簿を確認し、ルート数を決定する。予選はオープン競技(他の選手たちの試合を見て、順番に従い登ること)であるため、速度戦にならないよう、ルートの難易度は高くなければならない。決勝戦ではアイスキャンディー(壁に吊り下げ使用する氷塊)を使用するが、ここで幾つ用いるかも慎重に決定しなければならない。また、選手のクライミングラインをどのように設定するかも場所を移しながら意見を交わす。
 ルートセッティング前に、ルートセッターはクレーンを使い、過去の選手権大会で使用したアイスキャンディーとハリボテ、ホールドを壁から取り除く。クライミングウォールを白紙状態にする間、他のルートセッターは下で予選に使用するホールドを選び、青色のスプレーを吹き付ける。青松アイスクライミングW杯では、一貫して予選には青色、準決勝に銀色、決勝には金色のスプレーを吹き付けている。

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 国際ルートセッター、キム・ジョンホンがラッカースプレーで着色している(画像は月刊『人と山』facebookより)

 このルールは、キム・ジョンホンが作った。彼はUIAA国際ルートセッターとして、国内アイスクライミング大会だけでなく、ヨーロッパや北米に至るまで、様々な世界のW杯の試合でルート設定の経験がある。
 「ルート設定でホールド一つ一つを配置することは、自分の哲学で壁を彩ることと同じ」と言う彼の真摯で慎重な姿勢を垣間見ることができる。
 筆者が考える彼の最も優れた能力は、ルート全体を読み取る力だ。彼はルートの難易度と時間を調整し、試合では一、二名の完登者が出る。長年の経験と感覚がなければ、ほぼ不可能である。クライミング時間が長く、あまりにも多くの完登者が出たり、あまりにも難しいルートで序盤に多くの選手が落ちると、観客と選手達は興味を失うからである。これらの調整能力はルートセッターが持つべき重要な能力である。

 

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クレーン(高所作業車)で作業中

公正の実現のためのスケッチと検証

 ホールド除去と配色を終えた後は、各ルートに合わせてスケッチを描く。予選、準決勝、決勝戦に合わせ、難易度とクライミングラインを考慮することが重要である。それから、詳細な「検証」のステップを経る。W杯は世界トップクラスの選手たちが技量を披露するため、高難度のルートが主となる。それだけ選手達の安全と適切な試合のため、検証を徹底的に重ねることが重要である。検証しなければ良い結果を保証することはできない。
 ルートセッターは直接クライミングをしてみて動作がどのように多彩になるのか、ホールドが破損する可能性はあるのか、特定区間の難しい動作で同じ順位者が多く発生しないかなど、様々な可能性を検証する。数回にわたりホールドとクライミングラインの非常に微細な部分まで検証を行う。
 いくつかの種目でも、物理的に良い条件があるものである。クライミングコンペでは背が高いか、腕の長さが長ければ有利となる部分がある。ルートセッターはルートを作成する際、特定の人の身体にとって有利・不利となるルートを作らないために努力する。たとえば、身長が小さい選手を考慮し、ホールド間の距離を慎重に決定する。次のホールドに届かないような箇所には配置しない。これは公正に反することだからだ。
 このようにルートセッターは選手たちの実力を把握している必要があるだけでなく、公正と価値を失ってはならないのである。
最も重要な要素の一つは、選手達が実力を発揮できるようにすることである。そのために選手がコンペルートで面白さと真剣さを失わないようにしなければならない。クライマーの緊張感は見守る観客にも完全に伝わるため、観客も選手たちのクライミングに没頭できるようになる。選手と観客が退屈せずに迫力あふれる試合を楽しむことができようにするのも、まさにルートセッターの仕事だ。

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UIAAルートセッター達が意見を出し合う 左よりミン・ギュ、筆者、キム・ジョンホン(キャプションは月刊『人と山』facebookより)

UIAAが認める世界最高の大会

 韓国のアイスクライミングコンペは、1997年トワンソン氷壁大会の時から始まった。初期の大会は速度で順位を競い、以降は氷壁に線を描いて大会を行った。徐々に自然岩壁を利用したミックスクライミングや人工壁が建てられ、大会は多様に発展した。
 10年前の青松アイスクライミングW杯時には、ルート設定への理解が不足していた。ホールドに穴をあけて使用する別名「穴打撃(どのような方向からでもピックが抜けない)」で、ルートセッティングを進めており、ホールドの選択と動作の多様性に欠けていた。
 最初、青松アイスクライミングW杯ではイタリア人ルートセッターであるアッテリォが参加してホールドの選択、ルート設営を助けてくれたが、ヨーロッパ方式(ホールド距離が遠いセッティング)に、韓国のルートセッターは満足できなかった。ヨーロッパ方式に対応はするが、様々な変化を与えたかった韓国のルートセッターはガストン、サイドホールド、エンボス加工ホールドを使用するなど、韓国だけのルートスタイルを発展させた。

 

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アイスアックスのホールドの特徴を引き出す方向を撮影中(画像・キャプションは月刊『人と山』facebookより)


 ルートセッターの努力で作られた韓国スタイルは、少しずつヨーロッパに影響を及ぼしている。それほど私たちは公正かつ面白い大会を作っていると自負している。青松W杯はコンペ運営だけでなく、イベントの進行に関してもUIAA関係者と選手が世界最高の大会と太鼓判を押してくれる。
 数年前から予選はオープン競技に変更された。以前はオンサイト方式で1つのルートだけのクライミングだったが、今はオープン競技方式で2つのルートで進められる。試合数が増えることは、少なくない犠牲を要する。ルートセッターは2つのルートを作り、運営する審判とビレイヤーにも苦労が増える。それでも、このような手間をかけることを甘受するのは、より多くの選手に少しでも多くの機会と経験を提供するためである。

P4_20200314120701頭上の壁を埋めるためのルート設定。天のキャンバスに絵を描くようなものです(キャプションは月刊『人と山』facebookより)

美しい祭典の時間

 UIAAは、青松W杯クライミングルートに氷の比重を高めてほしいという要請を毎年寄せてきている。韓国の気候を考慮する場合、青松W杯では、ヨーロッパのような氷壁を製作できる環境になく、仕方なくアイスキャンディーを作って壁に固定している。そんな中、特に今冬は異常気象で試合の準備がさらに困難になった。小寒の冬の雨が真夏の梅雨のようだった。雨は大会に使用されるアイスキャンディーの形を変形させ、スピード競技が行われる氷壁を溶かす。ギム・ビョングUIAAアイスクライミング委員とグム・ジンウォン慶北山岳連盟理事が雨を眺めながら心配した表情を浮かべる。すぐ開催される本競技に支障を与えないか心配する気持ちが感じられる。ギム・ビョング委員は運営と観客側の両方の立場で、複数の業務を調整している。グム・ジンウォン理事は青松W杯の全体的な流れをみて進行させながら、ルートセッティングを準備する、もう一人のルートセッターでもある。二人は韓国で開かれるアイスクライミング、ドライツーリング大会に多くの時間と努力、奉仕を通じて、アイスクライミングコンペの発展に大きな役割を果たしている。


 もうすぐプレーオフが行われる。決勝に進出した選手が一人一人紹介される度、観客席を一杯に満たした観衆の熱気はさらに熱くなる。初めて公開されるルートの動作と流れを予測できるよう、選手達には各7分の時間が与えられる。オブザベーション中の選手たちは、それぞれの頭の中で登る姿を描き、実際のクライミングのように天に向かって手を振っている。7分のオブザベーションが終わると、選手のクライミングが始まる。スタジアムの観衆もクライミングに一緒に没頭する。
 競技場の熱気は、ピークの終わりにたどり着く。男女それぞれ最後の選手がクライミングを続けていく。観客は最後の選手の一動作ごとに呼吸を共にする。ルートセッターは選手と観客を交互に見つめる。最後の選手が1位を確定し、トップホールドにアイスアックスをかける瞬間、虚空を切って墜落する。観客は本人が落ちたように惜しむ声をあげる。続いて選手たちの情熱と努力に、歓声と祝福の拍手を送る。

 静寂の中、誰も残っていない競技場の壁に、ルートセッターは再び向かう。壁は再び白紙の状態に戻る。私たちは互いを励まし、W杯を終える。
 美しい祭典の時間は、こうして終わる。

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以上引用おわり

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