« 2020年7月 | トップページ | 2020年9月 »

蕎麦 山岳部(やまぶ)山形県山辺町

8月15日、盆休みも後半。

魑魅魍魎のいる本社には近寄らず、工場の事務所に出勤して内業。

昼までに内業を終え、昼食のため山辺町にある蕎麦屋 山岳部(やまぶ)を訪問。

P2_20200818225501

 本日は板蕎麦(¥800)を注文。北海道産そば粉と、山形県産「でわかおり」が選べるのだが、もちろん後者を選択。

 蕎麦好きの父を亡くしてから、蕎麦店のプロがうつ蕎麦を喰うのは久しぶり。

 蕎麦つゆに浸けるのを控えめにして、蕎麦の風味を楽しむ盆休みの昼。本日は蕎麦にナスの煮びたし、キュウリの漬物、茹でた枝豆が付きました。

 P1_20200818230101

 この変わった店名、実は山形南高山岳部OBで2年先輩の方が営んでいるお店。

 山岳部OB間のLINEで存在が広まり、その実態を確認すべくY先輩が突撃して〇〇先輩の店、と判明したもの。

 蕎麦屋ですが、店内には山の本・山岳雑誌が並ぶ店。ご主人も現役で山登ってます。

 山の帰りにぜひどうぞ。

 蕎麦 山岳部(やまぶ) 

 所在地 山形県東村山郡山辺町大塚127-3  TEL 023-674-7480

 営業時間11:00~15:00  定休日 火水または水木※祝日は営業

 お品書き 板蕎麦¥800 板蕎麦おかわり¥400 限定10杯ぶっかけ肉蕎麦¥850 ぶっかけおろし蕎麦¥750 とろろそば¥900 

| | コメント (0)

以心電信

8月12日午後、朝日連峰・鳥原小屋へ。

目的は小屋管理人の鈴木正典氏に会い、山の話をして過ごすこと。

毎夏、日帰りで訪れていたのだが、昨年は

「日帰りはもういいから、来年は絶対泊まりに来て!」とおっしゃって下さった。

 人付き合いが苦手で山仲間もさほどいない私に、「泊まりにきて」と誘ってくださるのもありがたい話である。今夏の盆休みは雑事が多く、日中の時間があまりとれない。午後に入山して鳥原小屋に一泊し、翌朝早く下山は願ったり叶ったりだ。

 よく拝読している長井の八木先生のブログでも、既に正典さんは鳥原小屋に入っている様子。

 今年も事前連絡無しに、押しかけ訪問することにする。

 Imgp0018

 古寺口から入山。

 10分も歩かないうちに、全身汗まみれになる高湿な空気。さらに断続的に激しい雨。

 メジャーな山岳雑誌は、朝日連峰といえば、せいぜい『花の山』か『紅葉の山』特集でしかとりあげない。

 歩いてまもなく全身汗まみれになるような、高湿な真夏の東北の山は記事にならない。

 しかしこれが、真夏の東北地方、樹林帯の山の現実である。ゴアテックスの提灯記事書くのに懸命なライターは記事にすることもないだろう。

  ジーン・ケリー並みのハイテンションで雨の中を2時間半かけて歩く。

 古寺から鳥原小屋にたどる道筋の最大の魅力は、高層湿原にたどり着く瞬間にある。

 灌木に覆われ鬱蒼とした道が続き、突然視界が開け、目の前に大空と湿原が広がる。何度訪れても、この瞬間がたまらない。

 「あ~久しぶりに正典さんと会うな~」と鳥原小屋に入ってみると、

Lo

 小屋内にも生活感は無い。正典さんがこの時期に入山していないところをみると、なんらかの事情があるのだろう。

 せっかく来たし、外は大雨に強い風も吹いてきた。今夜は一人、鳥原小屋で静かな夜を過ごすことにする。

 性格が暗い私は、避難小屋で一人で過ごすことは全く苦にならない。

 P2_20200813151601いつも変わらず綺麗な小屋を、今夜は独り占め。

 簡単な夕食を済ませ、会社の仕事、ガイドの事、自分のやりたい「山」のことなど、色々考えながら眠りにつく。

 一晩中、外は激しい雨と風だった。

 

 翌日、夜明け前から日の出を待つ。

 東の空が明るくなる頃から、一斉にウグイスが大合唱を始める。

 Imgp0021_20200813151901 

今日の日の出は、暦では4時52分。やる気満々の雨雲が空を覆い、東の空にも厚い雲。

P1_20200813152001

5時00分、厚い雲間からの日の出。仕事仲間、ガイド仲間、家族、ブログご覧の皆様の安全と健康、その他欲張りな願い事。

Imgp0022

 本日13日は、下界で野暮用が多数待っている。朝6時前に下山開始。

 鳥原小屋前の湿原、例年だとチシマゼキショウが沢山咲いているのだが、今年は数えるほど。

 Imgp0023_20200813152401

キンコウカが出始めていました。

Imgp0034

歩きながら撮影したためブレましたが、登山道はオクモミジハグマで彩られていました。

 Imgp0037

山ぶどうはまだまだ青い。

 小屋を出て間もなく、ザックに入れていたスマホが鳴る。アラームの切り忘れだった。

 スマホを確認すると、不在着信のSMSが届いている。

 確認すると、昨夜に正典さんからの不在着信だった。

 え゛え゛~! 留守の鳥原小屋に入った時点、このタイミングで正典さんから携帯に着信とは・・・

 私と正典さんは

 2_20200813192401

アムロとシャア並みに繋がっているのか!?

いやいや、どうせ繋がるんなら年上の素敵なお姉さまの方がいいんだよな~と思いつつ、早く正典さんに連絡をとらなければと考えるが、古寺鉱泉付近は一切の携帯電話が通じないエリアなので、西川町の大井沢集落に出るしかない。

古寺方面に向かう登山道は粘土質で枯れ葉も多く、雨の直後で滑りやすく、時間も稼げない。

8時前、古寺口に下山。古寺登山センターに顔を出したかったが、正典さんへの連絡を優先し着替えもそこそこに駐車場を発つ。

西川町の国道に出たところで、車のハンズフリー画面に着信。正典さんから再びの電話だった。

私が鳥原小屋に一泊して下山直後であることを伝えると

「いや、留守していてゴメン!」とおっしゃるが、毎年連絡も無く勝手に押し掛けるのは私なので、「こちらこそ連絡もせず出向いてすみません~」と、お互い「すみません、すみません」を繰り返す。何かアメリカあたりのテレビCMで放映されている「典型的日本人」みたいな会話になる。

 挨拶も済み、少し山の情報を交わして「また次の機会に」ということで電話を切る。

 正典さんとも少し話したし、久々に山小屋にも泊ったし、今日から盆の雑事に突入するに十分なリフレッシュタイムの二日間だった。

| | コメント (0)

月山湖上のプライド

8月11日、山形県朝日少年自然の家チャレンジキャンプ2020 のイカダ体験の日。

本来ならば子供たちが最上川をイカダで下るのだが、先日の豪雨被害で最上川は危険な状態となっており、寒河江ダム・月山湖でのイカダ漕ぎとなった。

P1_20200813141101豪雨の影響で月山湖はアマゾン川なみの濁り

P2_20200813141201

午前中の活動地、四谷沢川の河口めざして子供たちのイカダは進む。

 当初は、私はゴムボートに乗りサポートする予定だった。

 元職員の服部さんから、「四谷沢川河口の様子を見に行くんで、大滝さんにも見てもらいたいんですが・・・」

 と声がかかる。結果、カヤックに乗り込み単身、湖上に乗り出す。

 子供たちのイカダより先回りして、カヤックで四谷沢川河口にたどり着く。滝口支配人はじめ所の皆さんと共に四谷沢川の流れ、水遊びできる箇所を確認。

 それから引き返し、子供たちのイカダを迎えに行く。

 イカダは左右に子供が3人ずつ、班付サポーターと呼ばれる高校生リーダー1名が乗り、オールで漕いでいく。

 左右の3人が息を合せて漕がないと、イカダは迷走する。

 ぴったり息が合いグングン進むイカダもあれば、個性的な子がそろい喧嘩が始まり先に進まないイカダもある。

 

 一番遅い班のイカダをサポートすべく、私は後方のイカダに伴走する。

 男の子と女の子の間で口論が始まり、なかなか前に進まない。

 「よし、7馬力だ ! 」

 私はカヌーの舳先をイカダ後方に押し付け、力を入れて漕ぐ。私が7人目の漕ぎ手となるのだ。

 「らくちんだ!」 イカダ上の男の子が叫ぶ。

 まもなく女の子から、

 「やめてよ!やめてってば!」

 と怒られてしまった。

 自分達の力で漕ぎ進みたいらしい。

 「ごめんなさーい!」素直に私はカヤックをバックさせ、イカダから離れる。

 近くで見ていた元職員で現・学校教員の工藤さんに

 「怒られました・・・子供には子供のプライドがあるんですね」と打ち明けながら反省。

P7_20200813142801 四谷沢川岸辺に上陸した子供たち、ほっといても自分達で遊びを考える。

 女の子たちはダム作りに夢中。

 自然保護論者の大人たちはダムを目の敵にするが、子供たちは誰に教わるでもなく、ダムを作り、そこに喜びを感じている。

 P3_20200813143101

 四谷沢川河口から戻り、午後からは桟橋にて水遊び。

 水の濁りも気にせず、子供たちは喜々として水に飛び込む。高価な玩具も器具も不要、水辺にいることが楽しいのだ。

 P4_20200813143201

遊びの後は、イカダ解体が待っている。皆での共同作業も、チャレンジキャンプの大事な行事。

P5_20200813143301

所に戻った後は、子供たちは入浴、その間に所員・サポーター総出で機材の洗浄。

P6_20200813143401

この光景を目にするとき、私たちの「夏」の終わりを感じる。

 イカダ関連機材の洗浄が終わり、所員の皆様に挨拶して退所。

 今年も貴重な体験をさせていただきました。山形県朝日少年自然の家関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

| | コメント (0)

Lost But Won

P1_20200810112201

強雨の中、月山ブナの森を歩いた子供たちの雨具が連なる。山形県朝日少年自然の家にて

 

今年も 山形県朝日少年自然の家チャレンジキャンプ2020 の月山登山引率のご依頼をいただく。

今シーズンは思うところあり、旅行社のガイド業務は自分から志願すまいと決めていた。

コロナ緊急事態宣言明けから、自然の家の月山登山1本に絞り準備を進めていく。

今年はコロナ禍による県内小中学校の夏休み短縮のあおりを受け、例年と異なり日曜に登山日が決まっていた。

コロナ禍の中、日曜の登山者動向を確かめるべく、6月から週末は足しげく月山姥沢ルートに通う。その結果、県外からの登山者も例年と変わりなく多く、登山予定日の8月9日も混雑が予想された。

混雑と共に頭が痛いのが天候だった。

10日程前から停滞前線による悪天、加えて台風4号が発生、8月9日の東北地方に荒天をもたらすことが予想された。

悪天の予想に加えて、今年はコロナ感染のリスクを負うことになる。

5、6、7月と不安と葛藤の中、情報を収集するが、ふと、「コロナ禍の今、山岳地で大人数を引率する行為」に有利な情報だけを集めている自分に気が付く。不安は不安のままに、あらゆる情報を受け入れようと考え直す。

 

会社が盆休みに突入した8月8日。

公休を取得していたが、取引先からの電話に対応したり、先日までの現場のデータを職場の仲間から引き継いだりとテレワークしながら自宅でパッキング。

夜、自然の家に入所。私にとってチャレンジキャンプ月山登山は、必ず前夜に参加し、子供たちの様子を確認することから始まる。

その後、所長室にスタッフの皆さんと集まり、月山登山の可否と代替プログラムについて話し合う。

2014年の葛藤の再来を覚悟していたが、板垣所長はじめ皆さん月山登山中止の方向で動いてくださった。代替プログラムとして山形県自然博物園のブナ森探検を第一候補とする。

それから所員の皆さんは手分けして、明日参加予定のサポートスタッフに月山登山中止の連絡。私は伊藤ガイドに連絡。急募しておきながら、快くキャンセルに応じてくださった伊藤ガイドには頭の下がる思い。

 

当日、子供たちを2班に分けて山形県自然博物園に移動。

1、2、4班を私が引率、3,5班は真鍋ガイドが担当してくれることとなった。

止まない雨の中、ブナの森に入る。

意外にも、ブナの木の幹を流れる雨水「樹幹流」が子供たちから「冷たくて気持ちがいい」と好評。

道はドロドロにぬかるみ、ブナの葉と土でブヨブヨになった道は足首まで沈むところもある。

「泥沼のワナにひっかかるなよー」と子供たちに声をかける。職員の小野さんがやはり学校の教員らしく「泥沼のワナに引っかかった人ー」と子供たちに声をかけ、子供たちも「はーい !」と元気よく反応、場を盛り上げてくれる。

「ブナ林広場」に出て、子供たちに休憩をとらせる。そこから先の階段は強雨のため、雨水が滝のように流れていた。子供たちの様子を注視、「寒い・・」と口にする子供のつぶやきをとらえ、私の判断で引き返すことを決めた。

通常の博物園散策であれば、復路は石跳川に通じる道を下る。

今日は何かが違う。山上の散策路をあるきながら「タッキー、あれ何の音?」と子供たちから尋ねられる。この位置から石跳川の様子は見えないが、それは明らかに石跳川が増水した川の音だった。

子供たちの渡渉は絶対に避けようと考え、石跳川方面には下りず、復路は登ってきた道をたどり下山。

博物園では倉本ガイド、近田ガイドが迎えてくれ、1階フロアを荷物置き場として、2階部屋を着替え室として開放して下さった。

 

折しも、月山登山ツアーの代替プログラムとして立ち寄っていた大先輩の佐藤攻ガイド、我がガイド協会のエース田中ガイドも博物園に詰めていた。今日ここにはいない伊藤ガイドはじめ、多くのガイド仲間に支えられて今日をのりきったことを実感する。

 

 子供たちの反応も様々だ。

 「濡れて楽しい」という子もいれば「濡れたくなーい」という子もいる。

 同行してくださった前所長の土屋常義氏からは、

「タッキー、いや、子供たちには後から「こんな天気に行ったっけな」という経験として残る。実際に行ってみた経験って絶対大事なんだよ」と熱く激励をいただく。

 ブナ森探検で一番問題だった「子供たちが長靴を持ちあわせていない」ことも、自然の家担当の山口さん、小野さん、柏倉さんの見事な連携プレーでビニール袋とマリンシューズを巧く利用し、解決していただいた。

 こうして私の「夏山」は終わる。今シーズン前半は月山・姥沢ルートに通い詰めだった。

 今度は近くの里山でも登ろう。

 所用のため夕食をいただいた後、スタッフの皆さんに挨拶してから退所。

 Hans Zimmer のLost But Wonを聴きながら、雨の国道112号を自宅に向かった。

| | コメント (0)

貧乏の神送り 山形県 小国町 白子沢地区

飯豊連峰山麓、小国町・白子沢地区。

ここでは新暦の8月1日、「貧乏の神送り」と呼ばれる行事が行われる。

集落の住民たちが隣接する沼沢地区の境で、「貧乏の神」を描いた似顔絵を焼き、お供えを川に流すという、「病送り」「虫送り」が重複したような行事である。

夜7時半頃、住民の皆さんが集落奥にある「湯殿山」石碑の前に集合し、提灯や「貧乏の神」似顔絵を持った役員と思しき方を先頭に歩き始めた。

急いで三脚をセットしたスマホを抱えて追いかける。

皆さん集落を通過して約1kmを歩き、学校前のカーブのところまでやってきた。ここが「儀式」の場所らしい。

P2_20200802224901

「貧乏の神送り」儀式の場所に住民の皆さんが集う

 軽トラックに乗ってきた年配の方に自己紹介と見学のお許しを得て、撮影させていただく。

 お話によれば、本来は太鼓を叩いて唱え文句を唱えるのだが、今日は雨天だったため、太鼓を傷めないように今年は太鼓無しで行うのだという。

 文献によれば唱え文句「オックレ オックレ オックレヤー 貧乏の神 オックレヤー」と唱えながら歩くらしいのだが、今日は皆さん楽しく雑談しながら夜道を歩いていた。

「貧乏の神」似顔絵を挟んだ竹棒が道路脇の草地に立てられる。

 P1_20200802225401

集落の子供が描いた「貧乏の神」はなんとも優しい表情である

P3_20200802225401

それからお供え物を「貧乏の神」前に捧げる。カボチャの葉で包んだ団子の類である。

研究者・菊地和博氏の著書によれば、人によっては「エサ」と呼び「人間の美味しいものは用意しない」との記述があるが、今日の見学で伺う限りでは「お供え」とおっしゃっていた。

「みんなあづまったが?」

集落の方々が来ていることを確認してから、代表の方が「貧乏の神」似顔絵に着火、燃やし尽くされる。

それから「お供え」が川の方向(闇夜でよく見えず)に放り投げられた。

30分ほどの行事でありながら、各世帯から誰かが参加するのだろう、手押し車を押す年配の女性から小さい子供まで、老若男女が参加する。

火の始末をし、再び歩いてきた夜道を皆さん戻っていく。

短時間の行事ながら、遥か昔から集落全体の健康と繁栄を祈って毎年続けられてきたのだろう。

つい先日、豪雨により山形県内各地で河川が氾濫し、深刻な被害を受けたばかり。

その一方で、今春の「やさら流し」に続き今回のように「川に災難を流し、集落の繁栄を祈る。河川が災難を引き受けてくれる。」行事を見学すると、古来の人間が抱いていた河川に対する想い、「自然観」のようなものを感じるのだ。

「貧乏の神送り」着火から「お供え」を流す(放り投げる)までを動画に収録しました。↓

| | コメント (0)

« 2020年7月 | トップページ | 2020年9月 »