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貧乏の神送り 山形県 小国町 白子沢地区

飯豊連峰山麓、小国町・白子沢地区。

ここでは新暦の8月1日、「貧乏の神送り」と呼ばれる行事が行われる。

集落の住民たちが隣接する沼沢地区の境で、「貧乏の神」を描いた似顔絵を焼き、お供えを川に流すという、「病送り」「虫送り」が重複したような行事である。

夜7時半頃、住民の皆さんが集落奥にある「湯殿山」石碑の前に集合し、提灯や「貧乏の神」似顔絵を持った役員と思しき方を先頭に歩き始めた。

急いで三脚をセットしたスマホを抱えて追いかける。

皆さん集落を通過して約1kmを歩き、学校前のカーブのところまでやってきた。ここが「儀式」の場所らしい。

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「貧乏の神送り」儀式の場所に住民の皆さんが集う

 軽トラックに乗ってきた年配の方に自己紹介と見学のお許しを得て、撮影させていただく。

 お話によれば、本来は太鼓を叩いて唱え文句を唱えるのだが、今日は雨天だったため、太鼓を傷めないように今年は太鼓無しで行うのだという。

 文献によれば唱え文句「オックレ オックレ オックレヤー 貧乏の神 オックレヤー」と唱えながら歩くらしいのだが、今日は皆さん楽しく雑談しながら夜道を歩いていた。

「貧乏の神」似顔絵を挟んだ竹棒が道路脇の草地に立てられる。

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集落の子供が描いた「貧乏の神」はなんとも優しい表情である

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それからお供え物を「貧乏の神」前に捧げる。カボチャの葉で包んだ団子の類である。

研究者・菊地和博氏の著書によれば、人によっては「エサ」と呼び「人間の美味しいものは用意しない」との記述があるが、今日の見学で伺う限りでは「お供え」とおっしゃっていた。

「みんなあづまったが?」

集落の方々が来ていることを確認してから、代表の方が「貧乏の神」似顔絵に着火、燃やし尽くされる。

それから「お供え」が川の方向(闇夜でよく見えず)に放り投げられた。

30分ほどの行事でありながら、各世帯から誰かが参加するのだろう、手押し車を押す年配の女性から小さい子供まで、老若男女が参加する。

火の始末をし、再び歩いてきた夜道を皆さん戻っていく。

短時間の行事ながら、遥か昔から集落全体の健康と繁栄を祈って毎年続けられてきたのだろう。

つい先日、豪雨により山形県内各地で河川が氾濫し、深刻な被害を受けたばかり。

その一方で、今春の「やさら流し」に続き今回のように「川に災難を流し、集落の繁栄を祈る。河川が災難を引き受けてくれる。」行事を見学すると、古来の人間が抱いていた河川に対する想い、「自然観」のようなものを感じるのだ。

「貧乏の神送り」着火から「お供え」を流す(放り投げる)までを動画に収録しました。↓

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