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御大日尊御開帳 山形県真室川町西川地区

山形県真室川町。

源義経一行が頼朝の軍勢に追われる逃避行において、泊めてもらった家に掛け軸を置いて行ったという伝説がある。

それから約800年、今も年に一度、御開帳として掛け軸 - 大日尊 - の絵が人々に公開される。

その日は旧暦の9月15日。御大日尊の御開帳として、古くから人々が参拝してきた行事を見学させていただいた。

 

山形県の北部、真室川町でも奥に位置する集落、西川地区の斎藤宅を訪れる。

参考資料の写真では、例年ならば幟旗が立っているのだが、みあたらない。やはりコロナの影響で中止だろうか・・・そんなことを思いながら斎藤宅を訪れると、「今年はコロナウイルスで人を呼んでないんですが、御開帳はやります。どうぞ上がってください。」と温かく迎えてくださった。

まずは御大日尊の祀られている奥の間に案内される。

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民家の奥の間に、御大日様を祀るための部屋があった。

蝋燭を1本いただき、火を灯して上座に供え、手を合わせる。

それから茶の間に通されると、参拝者らしい先客が三人。今年は私も含めて四名の参拝者らしい。

御開帳はきっかり昼12時から始まるという。

それまでは地元の方らしい三人、斎藤家の関係者であるお二人も交え、山菜の話から御開帳行事の話まで、貴重な地元の話題を伺う。

12時5分前、斎藤家のお二人は準備ということで奥の間に入っていった。

12時、斎藤家の奥様から

「御開帳始まりますよ」と声をかけていただき、ふたたび奥の間に移動。

斎藤家関係者の男性お二人が上座に登り、掛け軸を広げる。

参拝者は細く切った半紙を口にくわえ、手をあわせる。

D2

御開帳直後の様子(神聖な儀式のため、御大日様そのものの撮影は禁止です)

 手前に湯を入れた鍋が置かれ、湯気が立ち上る中、巻物が広げられ、再び巻き戻される。

 ほんの数分もかからず、御開帳は終わる。

 沈黙の中、皆手を合わせる。

 

 儀式の後、文献資料で調べた中から疑問だったことを尋ねる。口に半紙をくわえるのは、御大日様の様子について言葉にしないように、という意味合いがあるという。

 私は余所者なので、直会は遠慮するつもりだったのだが「ぜひ御神酒を」ということで、盛大な昼食を皆様と共にすることになった。

 今年はコロナ禍だが、800年続いた行事を絶やすわけにはいかないと話合った、と今年催行した理由を伺う。

 私含めて一般の参拝者4名、斎藤家の男性2名、女性3名。盛大な寿司、女性の皆様手作りの真室川の「ごっつぉ」が沢山。

D3

山盛りのゼンマイ料理に目を奪われる。

「例年ならば、私達も裃姿で御開帳するんですよ」

「いつもだと、もっとテーブル広げて大勢で食事するんですけど・・」

緊張しながら御馳走をいただいていたので写真撮影できませんでしたが、紫の菊の花を細切りの大根と共にあえた酢の物、鮮やかな黄色の沢庵。見た目も味も、素晴らしい。

 文献では、御開帳の後に鮭汁を食す風習があるとされていたが、今目の前に大きなホタテと舞茸を入れた汁椀がある。

 伺った話では、昔は御開帳の日は小学校も休みだったという。

 約800年続く行事もさることながら、地元の方々との語らいに、文献ではわからない生の「山の生活」を伺うことができました。

 真室川町・西川地区、斎藤家関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

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