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【訃報】ジョージ・ホイットモア逝去

 新年早々の訃報です。ヨセミテ、エルキャピタン・ノーズの初登者であるジョージ・ホイットモア(George Whitmore)が1月1日、カリフォルニア州のホスピス施設で、新型コロナウイルスによる合併症で亡くなりました。89歳でした。

George Whitmore, one of the first climbers to reach the top of El Capitan, dies at 89 by SFGATE.com 2021.1.2

 Whitmore-trio

エルキャピタン・ノーズ初登直後のショット。左からウォレン・ハーディング(2002年死去)、ウェイン・メリー(2019年死去)、ジョージ・ホイットモア

 ジョージ・ホイットモアは1931年カリフォルニア州フレズノ出身、カリフォルニア大学サンフランシスコ校で薬学を専攻しました。学生時代にクライミングに出会い、大学を卒業後はアメリカ空軍に従軍。退役後、まさにヨセミテではハーフドームが登られ、ウォレン・ハーディングがノーズ登攀を手掛けていた時でした。

 ノーズ初登はもともとのメンバーが次々と諸事情で脱落、残ったウォレン・ハーディングがウェイン・メリーを誘い、さらに2人が仲間に誘ったのがジョージ・ホイットモアでした。

 Climberschat

ハンス・フローリンと対談する晩年のジョージ・ホイットモア

 ホイットモアはノーズ初登において大型アルミ製ハーケンの製作、大量のボルトの荷揚げなど、登るだけでなく多方面にわたりノーズ初登を支えていました。

 同じく1970年代にはツォラミ・メドゥズのカテドラルピーク登攀など生涯にわたりクライミングを続ける一方、薬剤師として生活しながら環境保全にも力を注ぎ、1984年には「カリフォルニア自然法」成立のためロビー活動に活躍しました。

 奥様ナンシーの談話では、コロナウイルスに罹患する前まではとても元気な様子で死去が信じられないとのこと。最期の様子はGrippedで報道されていますが、紹介は割愛します。

『何かで、世界で活躍したかった』それがジョージ・ホイットモアの生前の願いでしたが、エルキャピタン・ノーズ初登という登山界に一大衝撃を与えたクライミングによって、後の世代のクライマー達に影響を与えたことは、十二分に「世界で活躍した」といえるでしょう。

 偉大なクライマーの死去に、哀悼の意を表します。

 

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ノーズ初登の記録本として引っ張り出した、ウォレン・ハーディング著『墜落のしかた教えます』。

同書の後半には、当時のアメリカ登山界の有名人をぶった斬った「ダウンワード・バウンド式ゾーン・システム」という、10段階でクライマーを批評した頁があるのだが、ここでのジョージ・ホイットモア評を紹介しよう。もちろんウォレン・ハーディングの毒舌スパイス入りである。

『ジョージ・ホイットモア ゾーン7

 彼の唯一の現実的な欠点は、驚くほど神経質な点だ。以前は卑しむべきバッツォ(注・ウォレン・ハーディングのあだ名) (及びそれに類した連中)と付き合っていたが、後に賢明にも、経済的、感情的にもっとも安全で、合理的に山を楽しめる仲間と付き合うようになった。』

 「ゾーン7」とは、「今はまったく登攀をしていない過去の人物。今ではまじめに家庭生活にいそしむとか、仕事に打ち込むとか、野鳥でも眺めている人。」

 ちなみに「ゾーン1」は、やたら説明が長いので省略するが、「(略)・・この連中はロッククライミングのことになると、まるで何か深い宗教的あるいは政治的な内容であるかのように(略)狂信的な考え方を持つ傾向がある(略)」 という人物で、同書ではロイヤル・ロビンス、シュイナードがゾーン1に該当する。

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