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バスに乗る

山交バス主催の「バス運転体験会」のため、寒河江市にある寒河江自動車学校へ。

昨今メディアでも騒がれているように、バス運転手不足に伴う転職説明会を兼ねている。私は普段の現場作業で大型車を乗り回しているので、勉強のために申し込んだ。

Busdrive

寒河江自動車学校の教習用バス運転席

参加者は私も含め男性7名。普通免許所持者と大型免許所持者で2班に分けられる。

私の班(大型車経験者)は4名。自動車学校指導員同席の下、「適当に走りたいコース、走っていいですよ」と言われるw

最初にハンドルを握ったAさんは普段から慣れているのか、いきなりクランク、S字カーブのバック、鋭角カーブなど攻めに攻めまくる。

私は「オーソドックスに走ります・・・」と、無難に教習所内外周を走り、試しにS字カーブと踏切を走ってみる。なにより、シフトレバーの軽さに驚く。乗客、特に立っている乗客を意識して急ブレーキや衝撃は厳禁と聞いていた。勤め先の大型車、全長12mクラスのロングボディ車やトレーラーを何度も運転しているのだが、バスであることを意識するととても緊張する。

普通車と異なり、運転席が前輪タイヤより前にある事、車体が長いことが運転のネックになる。普段、朝日少年自然の家の所バスを運転するK越さんの強気な運転に感心と尊敬の念を抱いているが、やはり車体の長いバスを乗りこなすのは難しい。(私は普段はショートボディの7tユニック車を常用している)

リクルート活動を兼ねた体験会なので、参加者の年齢に合わせて給与シミュレーションの文書も配布された。私の年齢での初任給を拝見すると、率直な意見としてかなり微妙な数字。

しばらく海外登山考えずに、マジメにサラリーマンやろうと思います。

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紅 茶

現場作業精鋭部隊を率いるK君から呼ばれ、一緒に現場作業。

普段は測量作業と縁遠い現場作業部門だが、諸事情で測量機器(光波)を扱える私が同行。

デスクワークで死んでいた私には願っても無い機会。若手社員たちと楽しく現場作業。

楽しい日々も終わり、再びデスクワークの日々へ。

本社湯沸かし室の電子レンジの上に、社長のインド出張土産の紅茶が置いてあった。

Tea1

先週まではダージリンが置いてあったのだが、女子社員が結構飲むのか、今週はアッサムティーが置いてあった。

冷たい雨の中で測量機器を覗いている作業員もいれば、毎日紅茶の香りを嗅ぐ仕事で人生を送る親爺もいるんだなあ。

パッケージを眺めながら、私は眠気覚ましのコーヒーをデロンギのマシンで抽出し、席に戻る。デスクワークの一日が始まる。

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三寒四温

Redcherry

諸事情で休日に勤め先(工場)に立ち寄る。

快晴の青空に、ややくたびれた紅梅。

その二日後、

Snownight

山形は重たい雪の吹雪となる。

人生山あり谷あり、花も吹雪もある。

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老い

フランスの哲学者ボーヴォワールの著作『老い』の解説動画をYoutubeで視聴した翌日。

会社を退出した夜、山形市総合スポーツセンターのトレーニングルーム利用の為、息子と共に「体力測定」を受ける。

同施設のトレーニングルームを利用するためには、この「体力測定」を受けなければならない。

測定項目は、身長、体重、体脂肪率、血圧、最大酸素摂取量、柔軟性(前屈)、敏捷性(センサーによる全身反応時間測定)、垂直飛び、握力、上体おこし、閉眼片足立ち である。

Body2024

何ともショックだったのは、閉眼片足立ち75秒で体力年齢がずっと若かった以外は全ての項目で息子に負けていたこと。

最大酸素摂取量は、体力測定プログラムが入った高性能なエアロバイクを11分間漕ぎ続けて測定する。時間と共にペダルの負荷が自動で重くなり、センサーで計測した脈拍を記録、内蔵コンピューターが最大酸素摂取量を計算していく。

私が31.6ml/kg/min、息子が44.0ml/kg/min。

ちなみに、8000m峰14座全山登頂で知られるラインホルト・メスナーが、全山登頂を果たした1986年当時に測定した最大酸素摂取量の測定値が49.1mi/kg/min。

私の場合は単なるトレーニング不足もあるのだが、息子の若さと自分の老いを、具体的な数値を突きつけられて実感する。

老いると、人はかつての自分を模倣するという。「昔取った杵柄」にハマって命を落とした登山者を幾人も見てきた。

私にとって遠くない老境に、今よりも衰えた自分にはどんな登山ができるのか。時折考えることもある。

ウォーミングアップのためにランニングマシンで歩き続ける私の隣で、息子は同じマシンで快調に走っている。

心ひそかに、海外登山を目指していた頃の体力を取り戻そうと企んでいたのだが、老いという現実と向かい合わなければならない事をあらためて実感した夜だった。

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13年

202403081

あれから13年。

メディアでは盛んに「忘れない」「忘れてはいけない」と連呼されるけど、

「忘れたい」が私の正直な気持ちです。

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【訃報】ピット・シューベルト氏 逝去

 名著『生と死の分岐点』の著者であり、23年にわたりDAV(ドイツ山岳協会)会長をつとめ、「安全の帝王」の異名を持つピット・シューベルト氏が2024年3月5日に亡くなりました。88歳でした。死因は明らかにされておりません。

Nachruf: Pit Schubert im Alter von 88 Jahren verstorben by ALPIN.de 20240305

Pit

ピット・シューベルト氏 近影

ピット・シューベルト(クラウス・ピーター・シューベルト)は1935年に現ポーランド領のヴロツワフ出身。
1960年代から先鋭クライマーとして名を馳せ、六大北壁をはじめヨーロッパアルプスのほぼすべての北壁を登攀しています。
30回以上の初登攀を記録、1976年にはアンナプルナ4峰南壁を初登して山頂に立ちました。

Pit2

1976年、アンナプルナ4峰南壁初登を果たし、凍傷によりミュンヘン空港で背負われて帰国するピット・シューベルト氏。「安全の帝王」と呼ばれたクライマーも、ヒマラヤの自然の猛威に足指全てを失いました。もちろん、足指を失った後も専用のクライミングシューズとアイゼンを開発、クライミングにカムバックしました。

1960年代当時、まだ普及していなかったヘルメットをクライミングで積極的に使用、おかげで九死に一生を得るなどの自身の経験だけでなく、取得した工学学位の知識、航空宇宙産業の技術を登山・クライミングに流用、用具の開発や安全啓蒙に力を注ぎました。

1978年~2000年にわたりDAV(ドイツ山岳協会)会長、1996年~2004年までUIAA安全委員会委員長を務め、2008年以降はUIAA名誉会員となります。
登山用品の安全規格の成立とクライミングボルトの安全性に特に注力、日本では『生と死の分岐点』(原題 Sicherheit und Risiko in Fels und Eis)が知られていますが、ヨーロッパでは多数の著書を出版し、安全啓蒙に努めたことで知られています。

偉大な登山の先達の逝去に、哀悼の意を表します。

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積雪5mの世界で思いっきり遊ぼう 2024

山形県朝日少年自然の家企画事業『積雪5mの世界で思いっきり遊ぼう』の引率担当としてブナ林を行く。

大規模な寒気流入と西高東低の気圧配置で、吹雪いたり青空が見えたりの繰り返し。

弓張平パークプラザから出発するが、昨日の夕方から今朝にかけ一気に新雪が積もり、スノーシューを履いても膝上~腰の鬼ラッセル。

強風でホワイトアウトになりかけるので早めに樹林帯に入りたいのだが、ラッセルがなかなか進まない。体力にモノを言わせて樹林帯手前の斜面を進み、ブナ林に入る。

例年は屋外で昼食をとるのだが、所長や担当Eさんの御手配で昼食はパークプラザ屋内でとる予定、時間を見計らって私が退却を決める。

昨日は1時間半ほどで往復できた合体ブナも、今日の新雪では全行程の1/3進むのが精いっぱい。途中、ウサギの足跡やブナの解説を交えたり、新雪の中にダイビングや参加者にラッセル体験をしてもらったりと時間を調節してパークプラザに戻る。

昼食後はあらためて弓張平スノーパークの斜面にて子供達に雪遊びに興じてもらう。この時間帯が、親子連れの参加者皆さんにとっても一番楽しそうだった。

自然の家所員の皆さんやサポーター(ボランティアスタッフ)皆さんのおかげで悪天候の中、無事に行事を終えることができた。

今年度の企画事業も無事終了。所スタッフ皆さんやサポーター皆さんに挨拶して私も退所。

ガイドとして子供達参加の行事に関わる責任は重い。解放感もあり、今日の帰り道は奮発してYUKIHIRA COFFEEに寄り道。

Yuki20240302

席が空いていたので、今日はボリビア産豆コーヒーを堪能しながら一息入れる。

今日の山行で「ああすればよかった」「こうすればよかった」と思いつつ、酸味のあるコーヒーを飲みながらボーっとする時間を過ごす。

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卒業式と湿り雪

3月1日。

勤め先の創立記念日で休日、息子の通う魁!男塾 山形分校の卒業式に出席。

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女子学生が全くいないので、会場は学ランの黒一色。

卒業生入場で会場に入る息子を眺める。

普段は成長を実感することはあまり無いのだが、山岳部生活のおかげだろう、風呂上りの息子の身体の下半身はビックリするくらいガッシリしていた。

卒業式のセレモニーだけ参加、PTA解散式と最後のホームルームはごめんなさいして学校を退出。

自宅でスーツからファイントラックのウェアに着替え、永谷園の梅茶漬けをかきこみ、速攻で月山山麓に移動。

明日に控えた少年自然の家のブナ林歩き、荒天が予想されるためルートが確定していないので、橋を渡る箇所などの危険地帯に篠竹ペナントを設置していく。

既に寒気の影響があると思いきや、月山山麓は気温が高かったのか重たい雪でスノーシューで歩くのも一苦労。

携帯に自然の家担当のEさんから連絡が入り、明日は以前に私が提示していた「Bプラン」コースを行きたいとのこと。

急ぎ志津温泉から弓張平に移動、合体ブナを目指すコースをたどる。日没まであと3時間。

前回2月4日に往復した時より、相当気温が高かったのだろう、雪が重い。

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自分のペースで1時間半ほどで合体ブナを往復、危険個所や子供達が遊べる箇所などを確認しながら進む。

高温でブナの小枝には雫が幾つも垂れている。ここのブナ林は人里に近い二次林で、野生動物の痕跡も少なく、無知無学な私には自然解説の材料が物足りない。さあ、どうなる明日の俺!?

車に戻る頃には寒気の影響で激しい雪になってきた。国道112号に降りると雨になる。わずかな高度差で気候が全く異なる。

様々な気象条件と明日の山の様子、子供達へのガイディングをイメージする。最終打ち合わせをすべく、夕暮れの国道を走り少年自然の家を目指した。

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