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Kawasaki Diary 第一日目

JMGA関連の用事で週末は川崎市滞在。

その前に表参道のファイントラックのお店へ。

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夏用ウェアの下見・・は表向きの理由で、大学山岳部の大先輩に今後の進路相談。

忘れないうちにメモっておこう。会話の初めから、ネガティブ思考の私には衝撃な言葉が続く。

『物事頼まれるには、それなりの理由がある』

『俺は忙しいから、と言い訳しない。やれない理由を探すより、どうしたらやっていけるか考える。』

『やってみれば、一緒に考えてくれる人がいるもんだよ。』

会社の仕事も山の事もネガティブに考えがちな私にいろいろご指導をいただき、大学山岳部の人のつながりのありがたさを実感。

お忙しい大先輩のお邪魔をした後、原宿の人混みを抜け、川崎に移動。

狂おしい大都会には世界各地から人が集まる。週末のビジネスホテルは満杯だった。

今夜の宿は、川崎の元ドヤ街。外国人向けに綺麗なゲストハウスに生まれ変わった宿もあれば、昔ながらの「簡易宿泊所」も残る。

Kawa1三畳一間の部屋で、週末を過ごします。

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親 類

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旧双葉小学校で蕎麦喰った後、急ぎ自宅に戻り喪服に着替え、実家の母を拾い親類宅を弔問。

いろいろお世話になった父方の親類、またお一人親類がいなくなっていく。

ご遺族は私より一回り若いご夫婦。話題になったのは、亡くなった際、(親類の)誰に連絡すればわからなかったとのこと。思わず「そうですよねー」と相槌を打つ。

私の父方の親類には「仕切り役」のおばさんがいるので、葬儀の際は私もお世話になっている。私の亡父は9人兄弟で親類関係もいろいろ複雑なのだが、9人のうち8人は亡くなっている。配偶者や子供が残っているだけなので、自然と疎遠になっていく。

私の父と母は親類関係を古びた電話番号簿に書き残していた。その一冊だけが頼りである。古びた電話番号簿だけが頼りの親戚付き合いとは、なんとも寂しい人間関係といえなくもない。またコロナ禍で年始や盆の挨拶も控えたことがさらに拍車をかけた。

高齢の母は線香をあげ、お悔みを届けたことで一安心している。地方都市在住とはいえ、数年後・10年後には「親戚付き合い」は残っているのだろうか。弔問を終え、帰路の車の中で黒ネクタイを外し、そんなことを考えた。

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双葉がっこそば

昨年11月の天童高原に続き、山形の「蕎麦屋ではない蕎麦屋」、山形市西端の廃校「双葉小学校」を利用した「双葉がっこそば」を訪問。

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旧・双葉小学校。地元の人々が地元産の蕎麦「でわかおり」を使って月に一度だけ、蕎麦屋を開く。

完全予約制で1人前800円。

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元集会室?を利用した飲食スペースで、皆で会食するスタイルで蕎麦を食べます。

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解説では、昨日製粉した「でわかおり」で打った蕎麦。ワラビの漬物も美味です。

営業日の確認・予約は西山形コミュニティセンター・コミュニセンター便りをご覧ください。記載の連絡先に電話、もしくは先月から始まったQRコードから予約が必要です。追加おかわりは¥500なのですが、数量限定なのであらかじめ連絡してほしいとのこと。QRコードだと追加おかわり申し込むフォームが無いので、電話にてお願いした方がよさそうです。

肝心の蕎麦の味は、細麺ながら挽きたて打ちたての蕎麦は美味しいです。

山形市民の山・富神山(とがみやま)の近くですので、山行とセットでどうぞ。

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さすらいの現場作業員、茨城へ

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さすらいの現場作業員、茨城県某所に滞在中。

出張中に休みをもぎ取り、日本山岳ガイド協会定時社員総会に出席。

つくばエクスプレスに乗って滞在先のホテルに帰る途中、携帯にカミさんから電話がかかる。

カミさんからの電話は、私の心の中で「不幸の電話」と呼ぶ。まず100%、訃報か何かの悪い知らせである。というか、それ以外の目的では絶対に電話をかけてこないカミさんである。

通話は控えろとアナウンスされているが、緊急用件と思い電話に出ると、案の定、お世話になっていた父方の親類が急逝したとの知らせ。

この歳になると親類の不幸がやたらと多い。さすらいの現場作業員生活、20代30代はホイホイ楽しく過ごせていたが、今現在の歳になると考えることも多い。

車窓の真っ暗な夜の茨城の風景を眺めながら、今週来週の予定を頭の中で組みなおす。

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ソウル都心登山観光センター北岳山(プガクサン)

ソウル青瓦台背後の山・北岳山から下山。

街中を歩いていて偶然見つけたのが、ソウル観光財団運営による『ソウル都心登山観光センター北岳山』。

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外見はクラシックな作りですが、2024年4月にオープンしたばかりのソウル近郊の山を対象にした登山案内所です。

中に入ると3名の女性スタッフが常駐しており、丁寧にパンフレットや登山情報などのアドバイスをいただきました。

北岳山に行く前に立ち寄れば良かったと後悔しきりです。

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充実しているのはなかなか日本では情報が入らないソウル近郊の山のパンフ(もちろん日本語版)。

左の「ソウル都心登山観光ガイドブック」は様々な登山コースや山周辺の立ち寄り処など、ソウル近郊の登山を計画するにはぜひ欲しい資料。116頁の厚さですが無料です。

女性スタッフも皆さん日本語が通じます。定休日は景福宮が休所となる火曜日が定休日とのこと。

韓国の山に興味はあるけれど、なかなか情報が入らないという方、ぜひ訪問してみてください。

ソウル都心登山観光センター(北岳山)

所在地 ソウル特別市チョンノ区サムチョンロ88 서울특별시 종로구 삼청로 88 (삼청동)

お問い合わせ +82-1533-2158

営業時間 9:00~18:00

休業日 火曜日、ソルラル(旧暦1月1日)・秋夕(旧暦8月15日)

ホームページ https://www.instagram.com/seoulhikingtourism_official/

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【社員メシ 韓国編 昼食の巻】S-オイル社

北岳山から下山、景福宮に隣接したおしゃれなオープンカフェで休憩後、昼食のためS-オイル社を訪問。

従業員約3000名の、韓国でも大手の石油会社である。

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綺麗なお姉さんが3名程座っている受付があるが、よくよくみるとセキュリティゲートの脇に地下に通じるエスカレーターがある。

そこを目指して「突撃!隣の(国の)お昼ご飯」。

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S-オイル社の社員食堂は、一般市民の利用は13時から。

13時ちょうどに食券販売機でチケットを買い、振り向いたところ数分の間に入口ゲートに社員とは思えない雰囲気の人々が30人近く行列になっている。ここは人気の社員食堂らしい。

中にはいると、「コリアン」「インターナショナル」の2コースの看板があり、まよわず「コリアン」に進む。

今日のメニューは「スンドゥブチゲ」。

緊張して写真は撮れませんでしたが、1人分のスンドゥブチゲ椀が数十個並ぶ巨大なグリルがあり、グツグツ沸騰している。

熱々を超えて沸騰しているチゲ鍋を厨房のおばちゃんからトングで渡してもらう仕組み。

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或る日のS-オイル社社員食堂のランチ。これで7200ウォン(約830円)。

左奥から時計回りに「サラダ、ナムル、カクテキ」(取り放題)、「スンドゥブチゲ」、「ポテト炒め」、「韓国風ハンバーグ、胡麻油とコチジャンで味付の長ネギ添え」、ヤクルトもどき飲料(味はカルピスに近い)、「五穀米」。

目の前でとてもキュートな韓国人女性社員が、同じメニューのランチを食べていたが、なかなかに辛いスンドゥブチゲを平然と食べている。

う~む、これが世界に羽ばたく韓国人サラリーマンの昼食か・・

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ちなみに、これだけガチな韓国料理だとやはり口臭が気になるのか、社員食堂の出口にはレモンティーやお茶が用意され、うがい用の流し台も完備されてました。皆さんこれからまたハードなお仕事でしょうか。

※S-オイル社の社員食堂は一般市民の利用が許可されています。

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韓国ソウル 北岳山(プガクサン)を行く

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韓国ソウル・青瓦台正門から望む北岳山

2022年、韓国のユン政権によって韓国大統領府「青瓦台」背後の山である北岳山(プガクサン)が54年ぶりに民間人に解放された。

韓国の月刊「山」誌の記事でそのことを知った私は、いつか北岳山に行きたいと夢見ていた。会社の研修にひっかけて北岳山を訪れる。

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北岳山は様々なコース・登山口があるが、一番登りがきついと言われるチャンイムン(彰義門)から山頂を経由して三清閣に抜けるコースをとる。

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チャンイムンから登り始めてすぐ、鹿の歓迎だ。

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コースは15~17世紀の城壁に沿った石段・樹脂製の階段を行く。登山靴よりは軽いシューズが良い。私はクライミング用アプローチシューズで入山。

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登り始めて約1時間ほどで白岳山山頂(標高342m)到着。樹林帯に覆われ、山頂自体は景観はさほどではない。オム・ホンギル氏(韓国人としてアジア人初の8000m峰14座登頂者。他にヤルンカン、ローツェシャールも登頂)が「北岳山はソウルの山」と称賛していたのが、私も北岳山を目指した理由の一つなのだが、景観の良さはこの先にある。

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北岳山の名所の一つ「1.21事変松」。1968年1月21日、キム・シンジョ率いる北朝鮮特殊部隊31名が大統領府に侵攻、韓国軍と銃撃となり、弾痕が松の木に残っている。

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青雲台からの素晴らしい眺め。青瓦台の背後にあることから、ソウル市街を一望できるスポットには事欠かない山である。

そのかわり、景観の素晴らしいところにはたいてい韓国軍の「撮影禁止」看板があるのが残念だ。ただし、解放直後の厳しさは無くなったのか、かつて警備員または軍関係者が詰めていたボックスは全て無人、念のためパスポートも携帯していたが、チェックされるような検問は無かった。韓国の祝日の翌日(平日)のせいか、すれ違う登山者も3~4名ほどでとても静かな山行だった。

遭遇した登山者にスマホを渡され写真撮影を頼まれる。ここ最近は通勤帰りに毎日「韓国語講座」を聴いていたので、撮影の合図「ハナ、トゥル、セッ」も自然と口から出る。

白岳山山頂を過ぎてから、景観の素晴らしい休憩所が幾つもあるのだが、「飲食禁止」「撮影禁止」の看板が目立つ。ここは外国の山、きちんとルールを守ろう。持ってきた行動食のナッツバーは下界で食べるとしよう。

私が参考にした韓国の登山誌・月刊「山」では、

『大統領府本館から見た花崗岩の石碑に刻まれた「天下第一福祉天下第一福地」という文言が頭から離れない。長年の間、ここは果たして誰のための名所だったのだろうか』

というパンチの効いた文章が掲載されている。

韓国と北朝鮮の政争に翻弄された北岳山(閉鎖されていたのは1968年の襲撃事件が理由である)。誰にもパスポートチェックや身分確認を受けることなく、気ままに山歩きを楽しめる有難さを知った山行だった。

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【社員メシ 韓国編 朝食の巻】ソウル新聞社

韓国・ソウル滞在。

観光客がいない、観光ガイドブックにも載ってない、一般市民が利用する食堂として、韓国の民間企業の社員食堂にお邪魔する。

朝6時半、ホテルのブッフェはキャンセルして肌寒い市街へ。

宿から徒歩15分ほどで、ソウル新聞社に到着。

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掃除のおじさんがいるだけの玄関を通過、セキュリティもいないロビーを通過してエレベーターで地下2階へ。

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ソウル新聞社食堂前の風景。左に食券販売機、右が食堂への入り口。

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厨房のおばちゃんに「〇×▲□! 〇×▲□!」と言われる。

え?「あ~私日本人なんですが」と韓国語で答えるが、韓国語で答えているのでおばちゃんの韓国語攻撃も止まらない。

滞在3日め、少し慣れてきたので「チョッカラク!チョッカラク!」(箸!、箸!)と聞き取れる。韓国の登山学校に通って韓国語漬けだった勘が少し戻ってきた。

箸とスプーン・盆を取り、料理を渡してもらう。

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これがソウル新聞社社員食堂、ある日の朝食メニューです。これで6500ウォン(約740円)。

左奥から時計回りに、プルコギ、キムチ、細大根のキムチ、韓国のりパック2袋、韓国版ランチパック、スンニュン、御飯、菜っ葉の味噌汁。

スンニュンとは、御飯のおこげ入りのお湯である。韓国独特の「飲み物」と思うが、味付けは無い。お茶代わりといっていいだろう。

韓国の岳人のアパートにお世話になった時、とても戸惑った、韓国のカルチャーショックだったのがスンニュンだった。

懐かしい味も含めていただく。朝からプルコギはやはり韓国である。韓国版ランチパックは日本のそれと異なり、細長いパンが3列に入っていた。中身はいずれも甘いクリーム。

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カロリー高めの朝食ですが、美味しく完食です。

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ソウル新聞社社員食堂の様子。朝食は6時30分~。私の他には、警備員姿の男性やスーツ姿のマスコミ関係者、僧衣を来た男性などが食事に来ていた。大きなモニターにはKBSのニュースが流れ、日本のヤフーLINE問題の解説をしている。

朝食を食べ終え、これから山に行きます。

※ソウル新聞社社員食堂は一般市民にも利用が許されています。

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高原植木踊【令和6年5月5日】

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山形市高原(たかはら)地区の山ノ神神社祭典で披露される「高原植木踊」を見学。

名称から田植踊りの類と私は勘違いしていたのだが、文献によれば「願人(がんにん)踊り」に分類されている。

願人とは山伏・僧侶の別名である。高原植木踊りの由来は、今から約200年前、庄内から六十里越街道を通り移り住んだ伊豆国出身の三喜和尚という僧が村人に願人踊を教えたのがはじまりとされる。
高原植木踊の「植木」は旧地名に由来したもの。山形県内に残る願人踊りは蔵王半郷地区に残る「松尾願人踊」と今日の「高原植木踊」のみ。

開始15分前に山ノ神神社を訪れ、受付で奉納金を納め撮影のお許しをいただく。ぼつぼつ地区の人も集まり、踊り手OBらしい高齢の男性が車椅子や電動カートで集まってくる。待機していた踊り手たちが挨拶のため、踊り手OBの老人たちに挨拶を交わす。

「若いのに声掛けねと踊り手いねぐなるはー」(若者に声かけないと踊り手がいなくなりそうだ)

「みでっど血さわぐんねがや」(見物してると血がさわぐんじゃないですか?)

どこの民俗行事もそうだが、後継者不足に悩まされている様子。

14時、高原植木踊の奉納始まり。

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本日の高原植木踊は「本懐な(ほんかいな)」「やぁとこ」「三人あいがっぽれ」の三部構成。

初めの「本懐な」はさらに「あねさん」「おてらさん」「おきゃくさん」「やっこおどり」の四部構成で、おしとやかな踊りである。

踊り手背後にそびえる巨大な傘は「まんどう」と称し、踊り場を清め踊り手を護る意味合いがある。

三番目の「三人あいがっぽれ」は相撲の様子を模した踊りであり、動きも激しい。見物に来た地区のおばあさんは熟知しているのか、「これから激しいから踊り手は若いのだな」と教えてくれる。

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「三人あいがっぽれ」の一コマ。1人は行司役にまわり、2人で激しい踊りが続けられる。

本日の記録映像(ダイジェスト版)はこちら↓

約18分間の全収録版はこちら

参考文献 : 山形県教育委員会編 『山形県の民俗芸能 山形県民俗芸能緊急調査報告書』平成7年3月

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太陽がいっぱい

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日の出前にヘッドランプ行動で登りだし、古寺鉱泉から朝日連峰・大朝日岳を往復。

稜線上は強風だが、日差しが強い。

山形市内から望む大朝日岳は尖っているのだが、間近で眺めると両脇に小ピークを従え、堂々としたたたずまい。

旅行社様からご依頼をいただく初夏~紅葉シーズンには見られない、ショウジョウバカマの大群落、カタクリの大群落、咲き誇るタムシバ。

写真は撮影していません。ぜひご自身で登ってご覧になってください。思い出は心の中に。

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芽吹いたばかり、縮んでいるブナの若葉の新緑が美しい。

まだまだ、私は朝日連峰の魅力を知らないことに気づかされる一日。

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