雪の結晶を求めて

思うところあり、昨年末から雪の結晶レプリカを作るべく、材料・道具を買いそろえていた。

寒波が来る連休。
条件はそろいそうだ。

風が強いと雪の結晶の枝が折れてしまうらしい。
気温が低く、風が弱い深夜、奥羽山脈某所を目指して車を走らせる。

気温マイナス7度。
上下に防寒着を着込み、使う道具、材料も車外に放置して冷やす。

まだ夜明け前の4時、作業開始。
アクリル樹脂を溶かしたレプリカ液を樹脂シートに垂らし、ルーペ型メガネをかけ、よく成長した結晶体を選んでレプリカ液に浸す。

ところが・・・・

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レプリカ液を樹脂シートにたらすと、あっという間に白濁して固結する。
レプリカ液の濃度が濃すぎたらしい。

レプリカ液調合の際、1g単位で計れる計量器が無く、
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所定よりも多めにアクリル樹脂を溶かしたのが敗因だった。

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予備として、紫外線で硬化する特殊な接着剤も試したが、寒冷下では接着液の粘性が高く、使い物にならない。雪の結晶を一つ投入してみたが、硬化の際に熱を発するためか収縮するためか、硬化後には結晶が消え去っている。

レプリカ液の調合からやり直し。
今回は失敗の記録でした。

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ウサギの巻狩り体験記

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 1月20日、山形県鶴岡市の山奥、朝日連峰の奥深くに位置する大鳥自然の家主催の『大鳥でウサギの巻狩りを体験しよう!』に参加。
 人様より少し登山経験はあるが、狩猟に関する経験は全く無い。
 何より、野生動物の「命」を「山の恵み」として狩猟する人々の姿を知りたい。
 (冒頭の画像は、大鳥自然の家玄関に飾られている熊の頭蓋骨)
 大鳥自然の家に集合してみると、同じ月山朝日ガイド協会会員で研修を共にしている あかねずみさん とばったり出会う。山岳文化に造詣深いあかねずみさんは三年連続で参加とのこと。

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開会オリエンテーションで巻狩りについてお話されている工藤朝男氏。

一般参加者20名はAからEの5班に分けられ、私はA班。
勢子(せこ)として、山中を叫びながら移動し、獲物を追い込む役割だ。
開会オリエンテーションで巻狩りの話をされた現役マタギ、工藤朝男氏に引率していただく。

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自然の家玄関口でわかんじきのレクチャー。
キリル文字は読めても空気は読めない私。
大鳥自然の家で用意されたわかんじきではなく、いつも愛用しているアルミ製わかんを素早く履いて準備していると、工藤さんから、

「狩りのときはな、みんなで同じ装備をつけないとダメなんだ。違うと遅れたりしてな。大勢で山に入るときは、人の足跡を忠実にたどっていくのが大事なんだ。」

と、やんわりと注意される。
少々表現に気を遣いますが、決して嫌みな感じではありません、諭すような言い方です。
今まで文献でしか知らなかった、マタギがグループで山に入るときの厳しい「掟」に触れたような気がして、私も緊張する。
登山を少しばかり続けてガイド資格を持っているとはいえ、ここでは私は全てにおいて一年生。
「はい!気をつけて登ります!」と直立不動で返答する。

そのまま、工藤さんの持ち物を見学。
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この銃で、どんな獲物が獲れたのだろうか。

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工藤さんが持っているのは雪ベラならぬ「かんじき」。
勢子は叫ぶだけでなく、この「かんじき」で立木を叩いて獲物を追い込むそうです。
山中で実際に耳にしましたが、カーンカーンと響き渡る音でした。

ウサギの巻狩り(まきがり)の様子を模式図に表すとこんな感じです。
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(大鳥自然の家配布資料を筆者が模写したもの)

10時20分、行動開始。私を含むA班、B班は自然の家正面の山を登っていく。
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稜線に出たところで休憩。
そのまま、各班が持ち場につくまで待機となる。
天候はあいにくの雨。
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杉林の中、気温0度に近い低温で雨の滴に打たれながら、待つ。
行動中は私語はもちろん、携帯などの電子音も禁止とされているのだが、待ち時間の間、猟に関する興味深いお話を色々伺う。

募集要項でも推奨されていたので、アマチュア無線の免許を持っている私は猟師さん達の周波数をあらかじめ教えて頂き、各班の無線を傍受しながら行動していた。
待つこと約20分、各班に分かれて行動開始。
勢子として、
『ホォーイ! ホォーイ!』
と叫び、どこかに潜んでいるであろうウサギを追い立てながら山中を進むのだ。

起伏のある山中を1時間近く、叫びながら歩いて行く。
雨のおかげで歩きやすいのを通り越して、雪が重い。
結構な急斜面をトラバースしていくため、写真も動画も撮る余裕も無く、ひたすら叫びながら、スタッフの砂山さん、佐藤さんの間を歩き続ける。

11時40分、傍受していた無線で
「ウサギの足跡みつがらねなぁ」
という報告が入り、まもなく下山の指示。
無線のイヤホンに
「空鉄砲撃つぞ」
という声が聞こえる。
しばらくして、山中に銃声2発。
間をおいて、もう2発。

歩いてきたトレースを忠実にたどり、下山。
今回はウサギの収穫はありませんでしたが、貴重な体験をさせていただきました。

自然の家では、スタッフの工藤さん三浦さんが美味しい郷土料理を準備して下さっていた。
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当初の計画では、あらかじめ仕留めていたウサギで汁を作る予定とのことでしたが、今年はウサギは不猟、なんと今年から鶴岡は朝日連峰の奥深く、大鳥地区にもイノシシが出現。で猟師さんが仕留めた、というわけで、

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昼食はイノシシ汁に、

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庄内の郷土料理『弁慶飯』です。味噌おにぎりを青菜で巻き、焼いたものです。

山に生きる人々の姿をほんの少し、垣間見ることができた休日でした。
大鳥自然の家スタッフ皆様ならびに大鳥地区の皆様に深く感謝申し上げます。

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ショパンとブナの実

月曜、公休。
晩秋の月山へ。

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早発ちしたこともあり、静かな山。

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紅葉したチングルマが草原のアクセントになってます。

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四ッ谷沢ルートから直上すると、牛首を過ぎたところで視界が開ける。
秋の澄んだ空気をおかげで、庄内平野、鳥海山、日本海の眺めがよい。

そこへ御夫婦らしい2人組が登ってきた。
汗だくのおばさん、鳥海山を眺めて
「元気がでるわあ~」

鳥海山は山形県人にとってそんな山なのだ。

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頂上直下の登り坂「鍛冶月光」の途中で、登山者を慰めるかのように一輪だけ咲いていたハクサンイチゲ。

せっかくの平日休み。
銀行に用事があったので、11時には下山して昼過ぎに帰宅。
しかし銀行に事前に電話してみると、窓口よりもネットで用事が済むことが判明。

9月中旬から、ブログを書く気力が萎えるほど現場作業に忙殺された。
午後はのんびり過ごすことにする。

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月山山麓で拾い集めたブナの実。

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ショパンを聴きながら、約1時間かけて皮を剥く。
カラッとローストしたブナの実が食べたいので、私はいつも全部皮を剥いてからフライパンで炒ります。

ショパンの曲は結構「自然」を描写した曲があるので、実の皮を剥きながら聴くと落ち着く。
普段の現場作業を完全に忘れ、のんびり過ごす月曜の午後。

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今回はあまり塩をふらず、実そのものの風味を楽しみます。
山の恵み、いただきます。

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駆け抜ける3月

3月×日

 気がつけば、もう3月下旬。
 ビジネス日誌を購入する時期。

 手帳もそうだが、建設会社に勤務していること、一登山者・ガイドとして冬季シーズンを分割したくないこともあり、日誌や手帳は4月始まりを購入。

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今年も例年と同じ、2ヶ月分のガントチャートがある能率手帳のA5版。
登山用にはPILOT社のテト-455型。

変化をつけようと他社の手帳・日誌もくまなく閲覧するが、やはり2ヶ月が見開きで把握できるガントチャートの使い勝手は手放せない。
今年はどんな日程、山行が記されることやら。

3月×日
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娘の中学校の卒業式。
翌々日は息子の小学校の卒業式。
慣れないスーツ姿の毎日。

3月×日
環境省から封書が届く。
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今年も引き続き、自然公園指導員。

資格証と指導員手帳を確認した後、ローカル線「左沢線」に乗り、寒河江駅へ移動。
今宵は、
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山形県朝日少年自然の家スタッフ、サポーターの懇親会に出席。
2年間お世話になった土屋所長が異動となるため挨拶。山形の少年自然の家の所長は校長クラスの人物が赴任するのだが、土屋所長からはいろいろと学ばせて頂いた。ありがとうございました。
研修担当のJさんは異動なく今年も自然の家勤務で私は一安心。

もっとも、酒席では隣に座ったプロハイカーの斉藤さんとオーストラリア、スペインのトレイル情報や登山ギアの話に集中。
朝日少年自然の家スタッフ、サポーターの皆様、次年度もよろしくお願い申し上げます。

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笑う子供達

 神奈川県某所の出張先から一時帰宅させてもらい、山形県朝日少年自然の家企画事業『ブナ雪原探検隊』の第2日目日程にサポーター参加。

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今年も晴天に恵まれました。

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豊富な積雪のおかげでヤドリギも間近に観察することができる。

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斜面は滑り台に早変わり

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今年の参加者は小学生7名、保護者の方1名。
学校が異なるのでスタッフの方も雰囲気作りに気を配ったとのことでしたが、皆打ち解けて補食(行動食)のお菓子を交換したりしている。
所長いわく「大人より子供達の方がすぐに打ち解けるよね」
横で聞いていて、人間関係の構築が下手な私は反省。

「一本ブナ」と呼ばれる大木のところまで来ると、たいてい女の子たちは「ここでお昼にしようよー」 「つかれたー」という声が出て歩くペースも落ちてくる。

隆ちゃん(所長の奥様)から「キットカット配るよー」と差し入れの声がかかると、

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これぐらいの勢いで駆け寄ってきた子供達↓

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いつもの小ピークは冷たい風があたるため、風のあたらない沼地に移動して昼食。
何が可笑しいのか、女の子4人組の笑い声がいつまでも響く。

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雪の斜面があれば、そこが遊び場。

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私は静かな昼食時間を過ごさせてもらいました。
本日のガイド講師、月山朝日ガイド協会事務局の横山さんともガイド談義。

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昼食時、お湯とコーヒーを配って歩くスタッフのお三方。
今年度も朝日少年自然の家での行事ではお世話になりました。

この日は別れの集い前に、退出させていただく。
自宅で山道具を手早く片付けた後、ふたたび神奈川県某市に車で移動。
また明日から現場作業の日々に戻ります。

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チューブすべりとアイス作り2018

山形県朝日少年自然の家企画事業『スノーチューブ滑りとアイスクリーム作り』にサポーター参加。

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 毎年1月に行われる同行事、久しぶりの参加だが、会場である大斜面はBGMが流され、斜面の上と下に飲み物を備えたテントが既に設営されており、立派なリゾート施設風。
 指定管理事業体であるヤマコーはじめ職員の皆様のご尽力で、従来とは全く違う素晴らしい会場に仕上がっている。本日はここでお手伝いさせていただく。

 前日までの好天、今朝の気温は-10℃、コースはガリガリになっていて、例年よりスピードが出る状態。

 サポーター(ボランティアスタッフ)は私含めて4名、当初の予定では会場あちこちをまわってサポートするつもりだったが、滑走コースが蛇のように曲がっている『くねくねコース』でコースアウトする参加者続出、カーブのバンク部分にはり付きとなる。
 タイヤチューブに乗った参加者が滑ってくると、カーブのバンク部分を乗り越えて吹っ飛んでくる。
 それを手で軌道修正するという役割である。
 たいていスピードに乗っているので、私も身体ごと吹っ飛ぶこと数回。

 私が2001年から朝日少年自然の家でお世話になり、今回はもっとも年少者(小学生未満)参加者が多い。
 チューブすべりと併せて行われたアクティビティ「宝さがし」、「的あて」も、年少者にはよい休憩時間であり、楽しかったようだ。

 昼は館内食で皆でカレーを食べ、午後からアイス作り。

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 アイス作りの説明を聞く参加者の皆さん。

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 年少者ゆえ、アイスが冷えて固まるまで待ちきれず、雪遊びに興じる子供達もチラホラだったが、おりからの好天の日差しの下、皆さん手作りのアイスを美味しく食べていただきました。

朝日少年自然の家のチューブすべりコースは、県内の自然の家のチューブすべりコースでも、その距離・傾斜から「ハード」といわれていますが、今年は親子連れ参加がほとんどで大人の方も楽しく滑っていました。
職員、っポーター仲間の皆様、お疲れ様でした。

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朝日少年自然の家サポータールームに据え付けられた、常温核融合炉・・・ではなく、「芋焼き器」。

サポーター仲間であり月山朝日ガイド協会会員の細谷さんが廃材利用で自作したもの。アラジンの石油ストーブを流用して、石焼き芋専用機になっています。

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ドーム型の覆いの中はこんな感じ。

積雪期キャンプに備え、試験的に屋外で焼き芋を試してみましたが、風で熱が奪われ時間がかかりそうだったので、屋内で試し焼きしているところです。

焼くこと数時間。
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職員の皆様、サポーター仲間で焼き芋試食です。
ちなみに芋は細谷さんが栽培している「安納芋」。
焼くと蜜の浸みだしが凄いです。甘くて美味しい。ごちそうさまでした。

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門松とマシュマロ

 山形県朝日少年自然の家主催 『クリスマスリースと門松づくり』 にサポーター参加。

 昨日まで、石綿が高濃度に漂う閉ざされた空間の中で工事作業。
 にぎやかな子供達に囲まれていると、精神的に生き返る思い。

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今回の私は門松作り班のお手伝い。

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ベースとなる空き缶に畳表を巻いていきます。

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今回のプログラムにサポーターとして参加するにあたり、事前に「門松のいわれ」、「門松の飾る時期」、「処分方法」、などなど事前に調べてきたのだが・・・・

私、『男結び』ができませんでした(;д;)

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講師の先生からも「ん~これ違うな~」と結び直される、私の男結び。

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なんとか『男結び』をクリアして、竹の飾り付け。この後はナンテン代用のツルウメモドキ、松を飾り付け、水引を結びつけて完成です。

館内で昼食。
私は早めに昼食を済ませ、「マシュマロ焼き」の会場へ直行。

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早めに会場に行き、さっそくマシュマロを焼いて食堂の子供達にアピール。

まもなく、ぞろぞろと子供達がやってきました。
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職員の方がコストコで仕入れてきた巨大マシュマロ、子供達に大人気。

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サポーター仲間で元職員の井上さんとも話ましたが、「やっぱり食べ物のプログラムって盛り上がりますね」
今日は親子参加が多かったのですが、焼きマシュマロとお子さんをスマホで撮影する保護者の皆さんが多い。

本日も多くの参加者の笑顔にほっとする思いでした。
職員・スタッフ、サポーター仲間の皆様、お疲れ様でした。

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筆者作成の門松。
これを飾る頃には、気が遠くなりそうな現場作業も終わっている頃だろうか。

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ナゴランを育てよう

Nago 土曜、名護青少年の家主催『ナゴランを育てよう』に参加。 少しでも沖縄の自然を知りたい。
一昨年に名護岳に登った際、その存在を知ったナゴラン。その講習、着生の実習も行うというので参加してみた。

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ナゴラン。花の時期はまだなので写真で勘弁くだされ。
その名前は、18世紀に名護市の名護岳で発見されたことに由来する。
しかし可憐な花形と特有の芳香から乱獲にあい、さらに太平洋戦争の戦火により沖縄県内の自生地ではほぼ絶滅したとされている。
絶滅危惧種1A類とは、「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの」を意味する。

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本日の講師は沖縄県立北部農林高校・園芸工学科の金城先生、そして同校の女子高生6名がアシスタントとして講師を務めた。
北部農林高校ではナゴランはじめ様々なランの培養・栽培を研究している。

本日の参加者は約10名。
ラン栽培とあって、知識も経験もプロ級の方が幾人かおられました。
ナゴラン栽培の概略説明のあと、「着生」実習の説明。

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金城先生が「着生」のお手本を示してくれます。
「着生」とはナゴランの根を他の樹木の枝に縛り付け、定着させること。

あくまでもお手本として細い観葉植物の幹を使ってます。
ポットで栽培したナゴラン、根についたミズゴケをとり、麻縄で縛り付けます。

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ティーバッグに油かす(肥料)を入れ、これもナゴランの上に縛り付けます。雨天時に雨水で養分がナゴランに流れる仕組みです。
画像は準備してくれている北部農林高校の生徒さん達。

ひととおり説明をうけたところで、参加者に用具、そしてナゴランの苗が2つ渡されます。
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まずは慎重にポットからナゴランを抜き出し、根を傷めないようにそーっとそーっとミズゴケを取り払います。

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準備OK。用具を持って、青少年の家駐車場の立ち木に皆で移動。

このナゴラン講習は名護青少年の家主催行事として10年以上続けられており、今までの観察結果からもっとも開花率の良い立ち木を選びました。金城先生によればリュウキュウコクタン(クロキ)が適当とのこと。
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昨年、一昨年に着生されたナゴラン。しっかり根が枝に張り付いています。

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参加者には盗難防止用メッセージボードも渡され、私もボードと一緒にナゴランを着生させました。

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苗2本目はこんな感じで。

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あまり直射日光のあたらない場所をえらび、みなさん思い思いの場所にナゴランを着生させます。

 講義の中で、「ナゴランは着生した樹木から養分をとっているわけではなく、ただくっついているだけ」という説明がありました。
 あれ? じゃあナゴランはどうやって養分を調達しているんだろう?
 そばにいた金城先生に質問してみると、「ナゴランの根は空気中の水分を吸収して、そこから光合成などで養分を調達するんです。だから育ちにくいんですよ」という答えをいただいた。

 ランには2種類ある。
 地面に根を張って生きる「地生ラン」と、樹木や岩に根を張り生きる「着生ラン」だ。
 ナゴランはじめ着生ランの種子は他の植物と異なり、種子内に成長するための養分を含んでいない。
 それが、いったん自生地が失われると復活も困難で絶滅に瀕している一因ともいわれる。
 今回会場にデモンストレーションとしてもちこまれたランの苗も、フラスコの中で、栄養分が含まれたゼリーの上で「培養」された苗たちだ。

 荒々しい大自然の中でしぶとく生き残る「雑草」もあれば、なんとデリケートな植物もあるのだろう。

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 代々、名護青少年の家でナゴランを着生させている木。
 画像の女の子達は講師アシスタントを務めていた北部農林高校の二年生達。今日はお世話になりました。

 ナゴランはここ名護市の名護小学校、名護中学校の校章や校歌にも使われている。
 いつかナゴランが復活しますように。

 行事解散後、徒歩でウィークリーマンションに戻る。

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帰る途中、名護岳の麓から名護市を見下ろす。
気温10度、山形では初春の気温だが、沖縄ではとても寒い日になる。他の参加者の方はダウンジャケット姿だった。
厚い雲間から海に光が差し込んでいる。
「あー、しばらくこの街で暮らすんだなあ」と街並みを眺める。

本日の行事、お土産として参加者には貴重なナゴランの苗が配られた。
探偵ネロ・ウルフみたいに、マンションの一室でラン栽培してみようか。

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なんぐすく桜見ウォーク

1月、名護市は桜まつりのシーズン。
この桜まつりと併せて開催される、沖縄県立名護青少年の家主催事業「なんぐすく桜見ウォーク」に参加。
「なんぐすく」とは、「名護城」のことである。

 申し込み時にはあえて滞在中のウィークリーマンションの住所で申し込んでいた。
 開会式の青少年の家所長挨拶で「県外からいらした方」と聞かれてうっかり挙手し、なりゆきで「山形県から来ました」と参加者全員の前で告白することになる。ここ沖縄では、もう山形と聞いただけで「気温マイナスですよね」と極寒の地というイメージがあるらしい。
 参加者の女性が「友人が天童にいるんです」と話しかけてくれ、大雪の天童の画像をスマホで見せてくれた。
 すみません、私沖縄に来てるんで今年あんまり雪かきしてないんです・・・

 なんぐすく桜見ウォークは、名護城跡の山中を植物観察しながら、中腹にある名護青少年の家まで歩くというプログラムである。
 参加者は当日飛び入り参加も可能で、1歳児から70代の高齢者まで様々な方々が気軽に参加しています。
 植物の解説は、琉球新報のコラムにも寄稿されている幸地光男先生が担当くださいました。

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 朝の雨に濡れた名護城公園の寒緋桜。
 本日は小雨交じりのあいにくの天気ながら、皆さん元気に歩き始める。

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 歩き出しは長い石段

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 沖縄のホトトギスは鮮やかな色彩。

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 名護市街を背景に、「アリアケカズラ」

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 ナンキンハゼ。沖縄では紅葉する植物がないため、学習用に持ち込まれ学校に植えられているという。

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 パパイアの雄花。実はならない。

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 ところどころ車道に出るところで伴走車が飲み物を用意してくれてました。

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 エゴノキの花が見事に地面にちりばめられてました。

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 沖縄では1月に桜、寒緋桜(カンヒザクラ)のシーズンを迎える。
 気温10~15℃以下の日が続いて開花するという、本土のソメイヨシノとはまた異なる習性をもつ。
 公園入口ではまだ2分咲き程度でしたが、高度があがるにつれ、開花した桜も多くみられます。

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 本土の人にもおなじみ、シークァーサー。まだ小さい花でした。

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フカノキ。この木の花からは「苦甘い」ハチミツをとるために利用されているそうです。

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「ギーマ」の花。小さい黒い実がたくさん付いていました。

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ギーマの実、中高年の女性の方たちが懐かしそうにつまんで口にしていました。昔の子供のおやつのようです。私も口にしてみましたが、ほんのり甘い実でした。

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約2時間かけて3kmほど歩き、名護青少年の家に到着。

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温かいぜんざいが参加者にふるまわれました。
大きな豆と押し麦の入ったぜんざい。山形から来た私には沖縄風のぜんざいです。

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沖縄県立名護青少年の家、全景。

開催前には歩くコースのゴミ拾いをしてくださった名護高校の男女バスケ部の皆さま、行事に際して様々な準備をしていただいた沖縄県立名護青少年の家スタッフの皆さまには深く感謝申し上げます。

なんぐすく桜見ウォークの様子です。雪国の皆さま、動画で疑似体験をどうぞ。

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お別れ

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荒れた天候の中、寒河江市の斎場に向かう。

山形県自然博物園、月山朝日ガイド協会でお世話になった工藤隆弥氏が逝去。享年75歳。

会社を早退させてもらい、告別式に参列。
工藤氏は、私にとって山形県自然博物園ブナ林ガイドの師であり、子供達を自然にいざなうガイディングの師でもある。

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子供達をブナ林に案内中の、在りし日の工藤氏(最奥のベージュ色の帽子)
(2014年6月、山形県朝日少年自然の家行事にて撮影)

もう10年以上前。
右も左もわからぬまま、御縁があって山形県自然博物園のブナ林ボランティアガイドの機会を得た私。
初めは工藤さん率いるブナ林ガイドツアーについていって、知識だけではなく、その温かい人柄に魅了された。

植物など何もわからない私。
博物園では「あれってなんですか?」 「途中で青い実があったんですけど何なんですか?」と、質問攻めの日々だった。

そんな私に工藤さんは、~たしかあれはトチの木の花だったと記憶している~
「大滝くん、建物(博物園)の前、外にいって、みてきてごらん。」
と、実物を自分の目で確かめることの大切さを、それとなく教えてくれた。

あるシーズン、登山ツアーが盛りになる直前。
月山・姥ヶ岳の稜線を歩いていると、工藤さんと偶然出会った。
工藤さんは稜線に咲いている花、植物の様子を手帳に記録していた。
あれほど豊富な知識の陰には、地道な努力があることを教えられた。

斎場に入り、祭壇の遺影をみて 「ああ、もう2度と会えないんだ」と実感する。
月山朝日ガイド協会事務局・横山さんの弔辞を聴き、不覚にも涙がにじむ。

「漢とは、涙ではなく汗を流すもの」のはずだったのだが。 (←三国志のパクリです)

告別式が終わり、月山ガイドの方々と挨拶を交わし、会場を後にする。
激しい風雪の中、


Thomas Bergersen の『 Always Mine 』を車中に流しながら、工藤さんとブナ林を歩いた思い出を反芻する。

暖冬とはいえ月山にはこれから厳しい冬、そして春が来る。
また子供達とブナ林を歩けるよう、私も前をむかなければならない。

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