ハブの話

 守秘義務もあり詳細を述べる訳にはいかないのですが、業務のため2か月以上にわたり「やんばるの森」に通っていました。
 3月に入り気温も上がったからでしょうか、遭遇回数が頻繁になったのが「ハブ」。
 今回私は3回ほど遭遇することになりました。

 沖縄の山を登る方もおられるかと思いますので、ハブの話題を少し。

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2回目に遭遇したハブ(ヒメハブ)。
前を歩いていた仕事仲間O君が全くハブに気づかないまま頭を踏みつけてしまい、半分死んだ状態になっていたところに後ろから歩いてきた私が遭遇W

 業務上、血清までは持ち歩きませんでしたが、ハブ毒のポイズンリムーバーは携帯を義務付けられました。

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名護市のホームセンターで購入したポイズンリムーバー。これで4000円近くします。

内容は、
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毒の吸出し器、吸出し器口元のアタッチメント各種、毛深い人のための安全カミソリ、アルコール消毒ペーパー、虫刺され薬ペーパー、カットバンが入ってます。

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3回目に遭遇したハブ。大型で体長1m以上はありそう。

 季節が早かったせいでしょうか、攻撃的といわれる割には遭遇したハブはいずれも動きは鈍く、遭遇場所は沢筋で2回、3回目は乾燥した山頂部と環境もバラバラでした。

山と渓谷社刊『沖縄県の山』にも2ページを割いてハブを取り上げていますが、必要以上におそれず、ただし油断はしない (どこにでも生息すると思ったほうがいい) ことが肝要のようです。
 沖縄の山を登るには、とにかく肌を露出した服装は避けたほうがいいと思います。

 ハブに対して殺傷能力のあるスプレーも販売されています。(1本3000円くらい) 沖縄の山域に入る方で心配な方は購入をおすすめします。
 私が住んでいた名護市内ではホームセンターではみあたらず、JAの資材店で販売されていました。農業用品を扱う店で取り扱っているようです。

 これからの季節、やんばるの森に入られる方、どうぞご注意を。

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第29回なんぶトリムマラソン出場

沖縄出張で甘いモノと脂っこいモノ喰いすぎたため、腹ごなしに第29回なんぶトリムマラソン10kmコースに出場。

ランネットでエントリーする際、「自己申告タイム」を記入する欄があったので、「あ、これってスタートラインの目安にするやつだよね」くらいの考えでテキトーに遅めに申告してエントリーしたのだが・・・しばらくして要綱を読んで初めて「トリムマラソン」の特徴に気が付いた大馬鹿野郎な私です。

トリムマラソンとは、通常のマラソン大会と異なり、あらかじめ申告していたタイムと差の無い時間でゴールした者が優勝というマラソン大会。レース中、腕時計はもちろん、携帯の類、時間がわかるギアを身に着けていると反則となる。

まあいいや、私が好んで出場する東北の小さい大会には無いレース形式だし、なんといっても会場である

糸満の青い海!

糸満の青い空!

その下で走れるなんて!

そしてレース当日の現実↓

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雨でございました。

10kmにエントリーしたランナー約1200人、メインのハーフマラソンにエントリーしたランナー約2200人、計約3300人が一斉にスタートする。

スタート合図の花火とともに、雨が止んだ。
おおっ、と感動したのもつかの間、なかなか前の群衆が進まない。
あれ?
もしかして俺5kmのランナーに並んでる?
すっごい気になって歩道に飛び出し、前に走ってみると、単なる渋滞でした。
数千人が一斉スタートする大きな大会は違いますな。

灰色の空の下、自分でも気になる程のゆっくりペース。
幅広い片側2車線の国道を完全封鎖して、車道を走る。
はるか彼方に続くランナー達。

ジョギングペースでレースは続く。
灰色の海、灰色の空を眺めながら走り続ける。
沖縄のレースの特徴だろうか、公設の他、私設の給水所もいくつかみられる。

おおっ!
給水ボランティアでしょうか、地元・海邦銀行の女性行員のお姉さんがすっげえ綺麗
見とれていて水もらうの忘れました。(実話)

邪念が頭に渦巻いたせいか、レース後半は再び雨に降られる。
気温も高いせいか体が濡れるのはいいが、頭や顔面から流れる雨水が汗まじりで、目に入ってとてもしみる。
トリムマラソンなので、通常のマラソン大会にある「ゴールまであと○km」という表示が5km地点以外に無い。
自分が何kmまで来ているのか、ゴールまであと何kmなのか感覚が掴みにくいため、通常のマラソン大会とは異なる苦しさ。

おそらく最後だろう、ゴール手前の給水所でもらった水で顔を洗い、カップの半分は口にふくみ、最後のスパート。
前半のスローペースと普段の不摂生のため、こっぱずかしいタイムで完走。

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受付会場兼控え室である体育館のにぎわい

体育館で休憩とストレッチ、水分補給した後、糸満市のケーキ屋フォーリーフハウスに直行。
10km走った後は風呂よりメシよりまずケーキ!

本日は、
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1日100個限定の「ほぼ北海道シュークリーム」を購入。
生クリームと小麦、てんさい糖に北海道産原料を使っていて毎日完売・購入は一人10個までというシュークリーム。
クリームはコクのある甘さでなく、さっぱりした感じの甘さ。
(甘さ控えめって表現、最近嫌いなんだよね)

シュークリームで体力回復した後、次の目的地・那覇に向かいます。

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ブナ雪原探検隊2017 2日目

朝。
いつものように、参加者よりも早く起床し、外に出て観天望気。

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気温マイナス7℃、放射冷却現象で駐車場の車は真っ白。
沖縄暮らしが続いたので、凍り付いた自分の車に一瞬戸惑う。

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 朝日少年自然の家からは、眼下に最上川・大江町の街並みが一望できるのだが、今朝は彼方の山並みまで雲海に覆われていた。
 自然の家の素晴らしいスタッフ、仲間と一緒に行動させていただき、私はあと幾度、こんな美しい景色を見ることができるのだろう。

朝食とパッキングを済ませ、バスで月山中腹・志津温泉へ移動。
本日のガイドは月山朝日ガイド協会・私のブナ林ガイドの師である横山さん。

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月山本峰は雲に隠れていたが、湯殿山がくっきり見える晴天。

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穏やかな天候の下、みんなで「一本ブナコース」を進む。

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ヤママユガの繭やウサギの糞・小便跡など「フィールドサイン」を観察したり、

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横山さんからブナ原生林の解説を聞きながら、今年も一本ブナに到着。

冷たい風が吹いているため、昼食は毎年利用しているピークではなく、少し下りた凹地に行く。
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今年も雪穴掘り。
自然の家スタッフの神保さん、サポ仲間のマロ、同じガイド仲間の細谷さんが汗だくで一生懸命掘る一方、私は上で掘られた雪ブロックを周辺に捨てる係。はっはっは。

3mまで掘り下げる。ゾンデ棒を刺してみると、積雪深は5.5m。
掘った穴は子供達に大人気。
みんなで集まる様子は、まさに昨日スライドショーで読み聞かせた『てぶくろ』そのまんま。

帰路、横山さんの指示で私がラッセルを引き受ける。
昼近くになり、好天で重くなった積雪をスノーシューで踏みつけて進む。
トレースの無い雪の斜面を進むと、一昨日までの沖縄の気候・風土を忘れ、やはり自分は雪国の人間だ、と思う。

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下山路は例年のようにキャットで圧雪されておらず、なかなか尻すべり遊びができませんでしたが、それでも斜面を見つけては滑って遊ぶ子供達。

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ブログラムも無事おわり、帰路の弓張平センターでは玉こんにゃくを振る舞ってくださいました。

玉こんにゃく食べた後の串を片付けるべく、自然の家の土屋所長が真っ先に自らビニール袋を調達してきて皆から串を集めている。ホスピタリティと行動力という点で、土屋所長にはいろいろ教えられる。

昨年の記事に書いたが、指定管理者制度が始まり従来のような活動ができるか不透明な状態だったが、良き仲間、スタッフの皆様のおかげでこうして今年も子供達と自然の中を歩くことが出来た。

『来年もまた来たい』
そんな子供達の一言が私にとって無形の報酬であり、子供達はもちろん保護者の方々にも自然の素晴らしさを体験してもらう。それが今の私にとってのガイド活動の動機付けである。

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ブナ雪原探検隊2017 1日目

沖縄から戻った翌日、山形県朝日少年自然の家主催 『ブナ雪原探検隊』 にサポーター参加。

私が沖縄に行っている間、大雪に見舞われた山形だったが、3月に入るとやはり近年の暖冬であった。

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 小雨の中、スノーシューに慣れるための試し履きを兼ねて、自然の家周辺を散策。
 
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 散策後は雪を利用してアイスクリーム作り。
 
 今回私が担当する班は、宮城県から参加されたご家族(お父さん・お母さん・女の子)と、地元の男の子(小5)1名。
 男の子と同じ学校の子が他の班にいるため、班の中で彼が孤立したり他の班で遊びほうけてしまうことに気を配っていたが、ご家族参加のお母さんにも終始気を配っていただき、班としてまとまって行動できた。

 あいにくの雨、アイス製作は体育館の中で行ったが宮城からのご家族は初めての体験とのことで、女の子も大喜び。
 夜は翌日のブナ林訪問に備え、月山の四季・ブナ林のスライドショー。

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ウクライナの民話『てぶくろ』の読み聞かせから始まり、懐かしい昨年の月山夏山登山や秋のトレッキング企画が上映される。
 こうして第1日目はおわり。

 ここ数年、スタッフの寝床は広い和室をあてがわれていたが、今回は参加者と同じ、二段ベッドのある宿泊室。
 久々に自然の家の宿泊室にて横になる。
 沖縄出張の疲れもあり、懇親会も中座して眠りについた。

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ナゴランを育てよう

Nago 土曜、名護青少年の家主催『ナゴランを育てよう』に参加。 少しでも沖縄の自然を知りたい。
一昨年に名護岳に登った際、その存在を知ったナゴラン。その講習、着生の実習も行うというので参加してみた。

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ナゴラン。花の時期はまだなので写真で勘弁くだされ。
その名前は、18世紀に名護市の名護岳で発見されたことに由来する。
しかし可憐な花形と特有の芳香から乱獲にあい、さらに太平洋戦争の戦火により沖縄県内の自生地ではほぼ絶滅したとされている。
絶滅危惧種1A類とは、「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの」を意味する。

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本日の講師は沖縄県立北部農林高校・園芸工学科の金城先生、そして同校の女子高生6名がアシスタントとして講師を務めた。
北部農林高校ではナゴランはじめ様々なランの培養・栽培を研究している。

本日の参加者は約10名。
ラン栽培とあって、知識も経験もプロ級の方が幾人かおられました。
ナゴラン栽培の概略説明のあと、「着生」実習の説明。

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金城先生が「着生」のお手本を示してくれます。
「着生」とはナゴランの根を他の樹木の枝に縛り付け、定着させること。

あくまでもお手本として細い観葉植物の幹を使ってます。
ポットで栽培したナゴラン、根についたミズゴケをとり、麻縄で縛り付けます。

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ティーバッグに油かす(肥料)を入れ、これもナゴランの上に縛り付けます。雨天時に雨水で養分がナゴランに流れる仕組みです。
画像は準備してくれている北部農林高校の生徒さん達。

ひととおり説明をうけたところで、参加者に用具、そしてナゴランの苗が2つ渡されます。
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まずは慎重にポットからナゴランを抜き出し、根を傷めないようにそーっとそーっとミズゴケを取り払います。

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準備OK。用具を持って、青少年の家駐車場の立ち木に皆で移動。

このナゴラン講習は名護青少年の家主催行事として10年以上続けられており、今までの観察結果からもっとも開花率の良い立ち木を選びました。金城先生によればリュウキュウコクタン(クロキ)が適当とのこと。
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昨年、一昨年に着生されたナゴラン。しっかり根が枝に張り付いています。

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参加者には盗難防止用メッセージボードも渡され、私もボードと一緒にナゴランを着生させました。

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苗2本目はこんな感じで。

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あまり直射日光のあたらない場所をえらび、みなさん思い思いの場所にナゴランを着生させます。

 講義の中で、「ナゴランは着生した樹木から養分をとっているわけではなく、ただくっついているだけ」という説明がありました。
 あれ? じゃあナゴランはどうやって養分を調達しているんだろう?
 そばにいた金城先生に質問してみると、「ナゴランの根は空気中の水分を吸収して、そこから光合成などで養分を調達するんです。だから育ちにくいんですよ」という答えをいただいた。

 ランには2種類ある。
 地面に根を張って生きる「地生ラン」と、樹木や岩に根を張り生きる「着生ラン」だ。
 ナゴランはじめ着生ランの種子は他の植物と異なり、種子内に成長するための養分を含んでいない。
 それが、いったん自生地が失われると復活も困難で絶滅に瀕している一因ともいわれる。
 今回会場にデモンストレーションとしてもちこまれたランの苗も、フラスコの中で、栄養分が含まれたゼリーの上で「培養」された苗たちだ。

 荒々しい大自然の中でしぶとく生き残る「雑草」もあれば、なんとデリケートな植物もあるのだろう。

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 代々、名護青少年の家でナゴランを着生させている木。
 画像の女の子達は講師アシスタントを務めていた北部農林高校の二年生達。今日はお世話になりました。

 ナゴランはここ名護市の名護小学校、名護中学校の校章や校歌にも使われている。
 いつかナゴランが復活しますように。

 行事解散後、徒歩でウィークリーマンションに戻る。

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帰る途中、名護岳の麓から名護市を見下ろす。
気温10度、山形では初春の気温だが、沖縄ではとても寒い日になる。他の参加者の方はダウンジャケット姿だった。
厚い雲間から海に光が差し込んでいる。
「あー、しばらくこの街で暮らすんだなあ」と街並みを眺める。

本日の行事、お土産として参加者には貴重なナゴランの苗が配られた。
探偵ネロ・ウルフみたいに、マンションの一室でラン栽培してみようか。

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なんぐすく桜見ウォーク

1月、名護市は桜まつりのシーズン。
この桜まつりと併せて開催される、沖縄県立名護青少年の家主催事業「なんぐすく桜見ウォーク」に参加。
「なんぐすく」とは、「名護城」のことである。

 申し込み時にはあえて滞在中のウィークリーマンションの住所で申し込んでいた。
 開会式の青少年の家所長挨拶で「県外からいらした方」と聞かれてうっかり挙手し、なりゆきで「山形県から来ました」と参加者全員の前で告白することになる。ここ沖縄では、もう山形と聞いただけで「気温マイナスですよね」と極寒の地というイメージがあるらしい。
 参加者の女性が「友人が天童にいるんです」と話しかけてくれ、大雪の天童の画像をスマホで見せてくれた。
 すみません、私沖縄に来てるんで今年あんまり雪かきしてないんです・・・

 なんぐすく桜見ウォークは、名護城跡の山中を植物観察しながら、中腹にある名護青少年の家まで歩くというプログラムである。
 参加者は当日飛び入り参加も可能で、1歳児から70代の高齢者まで様々な方々が気軽に参加しています。
 植物の解説は、琉球新報のコラムにも寄稿されている幸地光男先生が担当くださいました。

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 朝の雨に濡れた名護城公園の寒緋桜。
 本日は小雨交じりのあいにくの天気ながら、皆さん元気に歩き始める。

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 歩き出しは長い石段

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 沖縄のホトトギスは鮮やかな色彩。

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 名護市街を背景に、「アリアケカズラ」

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 ナンキンハゼ。沖縄では紅葉する植物がないため、学習用に持ち込まれ学校に植えられているという。

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 パパイアの雄花。実はならない。

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 ところどころ車道に出るところで伴走車が飲み物を用意してくれてました。

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 エゴノキの花が見事に地面にちりばめられてました。

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 沖縄では1月に桜、寒緋桜(カンヒザクラ)のシーズンを迎える。
 気温10~15℃以下の日が続いて開花するという、本土のソメイヨシノとはまた異なる習性をもつ。
 公園入口ではまだ2分咲き程度でしたが、高度があがるにつれ、開花した桜も多くみられます。

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 本土の人にもおなじみ、シークァーサー。まだ小さい花でした。

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フカノキ。この木の花からは「苦甘い」ハチミツをとるために利用されているそうです。

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「ギーマ」の花。小さい黒い実がたくさん付いていました。

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ギーマの実、中高年の女性の方たちが懐かしそうにつまんで口にしていました。昔の子供のおやつのようです。私も口にしてみましたが、ほんのり甘い実でした。

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約2時間かけて3kmほど歩き、名護青少年の家に到着。

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温かいぜんざいが参加者にふるまわれました。
大きな豆と押し麦の入ったぜんざい。山形から来た私には沖縄風のぜんざいです。

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沖縄県立名護青少年の家、全景。

開催前には歩くコースのゴミ拾いをしてくださった名護高校の男女バスケ部の皆さま、行事に際して様々な準備をしていただいた沖縄県立名護青少年の家スタッフの皆さまには深く感謝申し上げます。

なんぐすく桜見ウォークの様子です。雪国の皆さま、動画で疑似体験をどうぞ。

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さあ、L.L.ビーンを買おう! by ドナルド・トランプ

先日書いた、L.L.ビーン創業者の孫リンダ・ビーン氏がトランプ大統領に過大な個人献金をしていたネタ。

アメリカでもローカルなニュースだったのですが、トランプ大統領がツイッターでリンダ氏を擁護した途端、ロイターはじめ世界各国のマスコミのネタになりました。

Trump urges people to 'buy L.L.Bean' amid boycott threat by MPRNEWS 2017.1.12

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『L・L・ビーンのリンダ・ビーン氏には多大な支援と勇気をいただき、感謝します。みんなはあなたをさらに応援するでしょう。皆さん.L.L.Beanを買おう』

NHKの国際ニュースでの話題と記憶してますが、大統領選挙の真っ最中、トランプ氏を支援するごく普通の市民の家に落書きされたという事件が報道された際、トランプ氏本人がその家に電話をかけ、

 大統領候補本人が応援の電話
 ↓
 家の人大感激
 ↓
 トランプ氏、家の子供にも直接電話で話しかける
 ↓
 家の人ますます大感激
 ↓
 家の人から口コミでさらにトランプ氏支援の輪がひろがる

という巧みな人心掌握術を展開していました。
自分の支援者で反対派に責められている者は、一般市民からセレブな人まできめ細かくフォローの手をまわすのは、ドナルド・トランプ氏の得意な戦術ですね。

でもまあ大統領という公人の立場にありながら特定の企業推しって、まずいでしょ普通。
当のL.L.ビーン社はだいぶ当惑しているようで・・・
アメリカのアウトドア産業、トランプ大統領には相当ひっかきまわされる予感がします。

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寄らば大樹の陰

おっぱい触ってたスケベ爺が大統領になりましたが、「大樹」かどうかは知りません。

 アメリカのL.L.ビーンの創業者の孫娘 Linda Bean氏がドナルド・トランプ氏を支援する団体に約6万ドルの献金をしていた事が発覚、このことにより反トランプ派団体からL.L.ビーン社が「ボイコットすべき企業」にリスト入りされ同社は対応に苦慮、メディアの話題になっています。

LL Bean on Defensive After Linda Bean's Political Donation by ABCnews 2017.1.10

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渦中のリンダ・ビーン氏

問題になっているのは、連邦選挙管理委員会によって個人献金は5000ドルの制限枠が設けられてますが、それを遙かに超える6万ドルの献金を行っていたことです。

L.L.ビーン社自体はどっかのパタ何とか社と違い、創業ファミリー50人による経営委員は従業員も顧客も様々な政治見解をもつことを尊重していることを公式見解として強調しています。

もともと共和党支持者として知られているリンダ・ビーン氏、地元メイン州に幾つかの埠頭を所有、ロブスター養殖・販売産業にも深く関わっており、こちらのビジネスにも絡む献金ではないかともいわれています。

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 大統領選挙前、アメリカの4000社以上のメーカー・小売業者が集う Outdoor Industry Association が民主党の議員を後援している報道を読み、「これってヒラリー推しってことだよね?」と推測していたのですが、現実はおっぱい触ってたスケベ爺が大統領に当選したんでありんす。 いやいや、投票日当日は店を閉めてまで投票呼びかけていたパタゴニアの皆さんごくろうさん。

 成金爺が当選を決めた後も、オバマ大統領はインディアンクリーク含む国立公園でのクライミング認可、内務省長官のサリー・ジュエル女史は先住民のためパイプライン建設工事見直しと、環境政策に最後まで邁進していました。
 さてさて、「偉大なアメリカ」を標榜するトランプ大統領がどんな環境政策をとり、全米のアウトドアメーカー各社がどんな対応をするのか、とくと拝見させてもらいましょう。

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モノは大切に

オッパイ触りまくってた成金爺が当選したアメリカ大統領選挙。

 敗れたヒラリー・クリントン氏、敗北直後は山を散策していたところを支持者と出会い、その画像がメディアに流れていました。アメリカメディアでは「hiking」と表現されてましたが、ちょっとした散歩のようですね。

 その後、メディアを賑わせたのは、ヒラリー氏が着用していたフリースウェア。
 旦那のビル・クリントン氏が大統領だった頃も同じウェアを着ていたことが判明、約20年同じフリースを愛用していた、と話題になっています。

Hillary Clinton Has Been Wearing the Same Patagonia Fleece for 20 Years by ELLE.com 2016.12.9

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2016年11月、大統領選で敗北確定直後、散歩中のヒラリー氏と偶然出会った支持者が撮影した画像

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1995年、グランドティトン国立公園で撮影されたクリントン夫妻の画像

フリースの銘柄ですが、メディアによればパタゴニア製らしいと報じられてますが正確なところは不明です。
デイリーメールとかメディアによってはコメント欄に
『俺は44歳だが18の時にもらったフリース大事にしている』
とか
『eメール問題で刑務所にも持っていくんだろ』
とか書き込まれていて、散々です。ヒラリー氏嫌われてますな。

でも、セレブな方でも「モノを大事に使っている」話題は素直にいいなと私は受け取りますけどね。

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91年に購入したノースフェイスのアルマディラジャケット、私も今も使ってます。
さすがに繊維もへたってきているのでお客様の前で着ることはありませんし、たまに着用するセレブな方のフリースと、ハードにこきつかうガイドのそれを同一視するつもりもありませんが、思い入れのあるウェアは大事にしたいと思います。

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800万年の光沢

 山形県朝日少年自然の家の毎秋恒例行事 『地球の歴史探検隊!~ヤマガタダイカイギュウと化石掘り~』 にサポーターとして参加。
 自然の家主催行事でも高い人気を誇るこの行事、今年は午前、午後の二部に別れて催行するという。
 伺った話では募集開始と同時、各学校に配布したチラシが行き渡る前に定員40名が瞬時に埋まってしまったため、募集枠を倍増して二部開催にしたとのこと。
 
 今回は私も班付サポーターとして、午前・午後いずれも幼稚園児を含む年少者の多い親子連れをフォローする。

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 午前の部。ヤマガタダイカイギュウ発掘現場を見学。
 山形県立博物館の石黒先生からレクチャーを受けます。

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 その後、山形県朝日町某所で砂岩層・泥岩層の違いなどレクチャーを受けた後、古びた林道の斜面で化石発掘開始。

 初めての方はなかなか化石発掘のやり方がイメージできません。
 最初に私が速攻で掘り出し、

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 こんな風に貝がでてきますよ~、と実物を見せてあげる。
 今回は私が担当する班に自力で掘り出すことができない年少者がいるため、化石がチラリと見える程度に掘り出し、 「ほら、これ化石じゃないかな~」と差し出してみる。 保護者の方も子供達も「こんな感じででてくるんですか」 「もっと出てくるかも」とやる気を出してくれた。 

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 掘り出した化石の鑑定をしてくださる山形県立博物館の伊藤先生。
 鑑定を待つ間の子供達の表情から、ドキドキ感が伝わってきます。

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 自然の家の土屋所長が掘り出した大型の巻き貝。
 今年はウニの化石を掘り出す子供達が続出、ウニ化石の当たり年でした。

 現地での昼食をはさみ、午後の部の参加者たちと合流。
 わずかな時間を利用して近くの公衆トイレへ。
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 今年もこの景色に出会えました。山形県朝日町、椹平の棚田。

 午後に担当した1年生の女の子は、私が最初にサンプルとして見せた二枚貝の化石がツボにはまったらしく、「この石ほってみて~」となついてくれた。
 砂岩の塊に耳をあて、 「なにか音がきこえるよ」 「化石がいびきをかいてねているよ」 と言う。
 採取時間がおわり、駐車場に帰る際に露頭を指さし「ここにまだ化石がねむってるの?」と聞かれる。
 「そうだよ、来年化石掘りにくるお友達のために、まだいっぱい化石眠ってるんだよ」と答えてあげる。

 今日は自分の化石採取は考えず、参加者たちの様子を巡回しながら一日がおわりそう・・・午後の採取時間もまもなくという時、足下に砂岩のフレークが落ちていたので何気なく拾ってみた。
 何かキラリと光る部分が露出している。
 貝の殻かと思ったが、この露頭で採取される貝化石はほぼ石化しているはずである。
 植物の根かと思ったが、光沢が明らかに違う。
 ハンマーで慎重に砂岩を崩すと、

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 サメの歯の化石でした。伊藤先生によればムカシアオザメの歯と鑑定いただきました。 
 化石といっていいのだろうか。エナメル質の光沢も美しく、内部は空洞になっている。
 自然の家でサポーター(ボランティアスタッフ)を始めて10年以上になるが、今までの化石掘りで貝、ウニ、魚の骨はでてきたがサメの歯は聞いたことがない。
 この地層は約800万年前に形成された層。化石掘りの記事で毎回書いているが、現在の学説ではアフリカあたりで類人猿が人間になりかけの時代である。
 800万年もの間、地中の闇の中でこの光沢を保ち続けてきたサメの歯に、感動せずにはいられませんでした。

 化石採取という活動を通じ、子供達や保護者の皆様にも驚きと感動を味わってもらえたこと。
 コミュニケーション下手、氷雪や岩に秀でている訳でもない、ガイドとしての自分に行き詰まりを感じていたが、自分のささやかな行動で子供達に自然の素晴らしさを味わってもらえる。
 少しずつでも、野外教育の現場で経験を積み重ねていこう、という想いを新たにする。

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