キリル文字の夜 最終夜

東京ロシア語学院、通学最終日。

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今日は少し時間に余裕があったので早めに登校。

ぼつぼつと他の皆さんが登校してくる。
男性受講生の方が
「今日で最終日ですね」と声をかけてきた。
嗚呼、私も少しはキリル文字に慣れただろうか。

いつもと同じように、キリル文字の解説、そして例として挙げられている単語を一人ずつ音読していく、という授業。
キリル文字、ロシア語アルファベット33文字のうち2文字は発音しない。
その発音しない文字「分離記号」、「軟音記号」を学ぶ。
それから疑問文、平叙文のイントネーション。
イントネーションによって疑問文になったり平叙文になったりする例を学ぶ。

いつものように淡々と授業は進められ、21時、授業のおわりを告げる「白鳥の湖」のオルゴール音が館内放送で流れる。こうして5日間の集中講座は終わった。
皆で「お疲れ様ー」と声を掛け合い、教室を去って行く。

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記念に「ロシア語文法表」(ロシア語の格変化などを冊子にまとめたもの)を買い求め、東京ロシア語学院から退出。

今回の講座はひたすらキリル文字、ロシア語のアルファベットの発音とイントネーションの解説に的を絞った内容なので、文法にはほとんど触れられていない。
ロシア語という広大な海のほとりに、ようやく立ったにすぎない。
まあ慌てても仕方ない。好きでやっていることだ。

ロシア語使いになることを夢見て、ビジネスホテルに帰る。
明日も仕事だ。

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キリル文字の夜 第四夜

東京ロシア語学院、通学四日目。

本日は神奈川も冷たく激しい雨。
日中の現場作業でも気温は上がらす、山形から念のため持ってきていたアンダーウェアを着込んでいても寒い日。
身体が資本の現場作業員なので、絶対に風邪をひいたり体調を崩すことは許されない。

17時半過ぎにビジネスホテルに戻り、少し休憩。
日中あまりにも寒かったので温かい部屋に戻るとボーッとする。
ボーッとしている間に時間が過ぎ、電車の時間が迫っていることに気づき、身支度を調えてホテルを出発。

電車2本を乗り継ぎ、経堂駅を出てからコンビニのイートインコーナーでアンパンと缶のブラックコーヒーを口にするのが日課だ。
授業中に眠くなるのを防ぐため、アンパンの軽食だけにして夕食は摂らない。

木曜日、現場作業の疲れに加えて、授業内容もひたすら子音の軟音の練習。
頭がボーッとしてくる。
ときおり姿勢を正して眠気を払う。

四日目にして「o」や「H」の発音には慣れてきたが、まだまだ「п」などキリル文字特有の単語に戸惑う時がある。

1時間半の授業を終え、まだ電車2本乗り継いでビジネスホテルに戻る。
雨と汗で濡れた作業着や手袋を乾かしたり、洗濯したりする野暮用を終え、就寝するのは12時前。

私の場合たった5日間だけど、定時制学校に働きながら通う学生の苦しさをちょっぴり味わった、雨の一日。

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キリル文字の夜 第三夜

東京ロシア語学院、通学三日目。

疑問文、平叙文のイントネーションを学ぶ。

ロシア語からの直訳らしい「硬母音」、「軟母音」、「硬子音」、「軟子音」の世界に突入。

学び初めて三日目だが、まだ時々「o」や「H」を英語読みしてしまう。
今回の授業ではキリル文字の発音が中心なのだが、滝野先生がサービスで「ちょっと挨拶もやってみましょう」と2つのフレーズを教えてくれる。
単調な文字の解説が続いていたので、私含め皆さんの雰囲気がパッと変わるのをなんとなく感じる。

滝野先生が教えてくれたフレーズは、

『Здравствуйте! 』

『До свидания』

本日の授業の終わり、滝野先生は『До свидания』と言って退出していった。

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東京ロシア語学院の男子トイレにて。
「一歩前へ」もロシア語表記です。

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キリル文字の夜 第二夜

東京ロシア語学院、通学2日目。

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教室は机が3列ほど並ぶ、小さい教室だ。
受講生は私を含めて7名。男性2名、女性5名という構成。
担当講師は滝野泰志先生。

授業はひたすらキリル文字(ロシア語のアルファベット)の発音。
各文字の発音、イントネーションの解説が終わった後、子音には母音を付け、各文字の項目では例文(例「単語」)が出てくるので、
「はい大滝さん、この単語を初めから読んでみて下さい」
と受講生全員が一人ずつ音読していき、次の文字に移る、という流れで授業は進む。

今日は初めからロシア文字「P」の発音に悩まされる。
ロシア文字「P」は舌を震わせてラ行の発音になるのだが、この舌を震わせて発音するのが難しい。
受講生皆さん、ロシア語学習に思い入れがある方ばかりなのか、皆さん舌を震わせるのがなかなか巧い。

さらに厄介なのが「ы」。
日本語の「い」の口の構えのまま、舌を奥に引っ込めた状態で発音する。
先生曰く、「日本語にも英語にも無い発音、これは練習が必要です」。

もっとも、テキスト独習ではできないナマの発音を知りたくて、わざわざ仕事帰りに専門学校に通っているのだが。

2日目はロシア文字発音の困難さの洗礼を受けてトボトボ帰る。

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キリル文字の夜 第一夜

3月5日、月曜。

本日から、東京ロシア語学院春期集中講座、夜間クラスに通学する。

神奈川県某所に出張中の身だが、現在従事しているのは某大手ゼネコンの現場作業。
幸いにも、17時きっかりに作業終了となる。
月曜から金曜までの5日間、空いている夜をロシア語の学習に費やすことにする。
教材費込の受講費16800円は、会社からの出張手当を注ぎ込んで工面した。

電車を乗り継ぎ、小田急線の経堂で降りる。
映画『ブレードランナー』に出てくるようなゴチャゴチャした商店街を抜け、東京ロシア語学院に到着。

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受講内容は『発音とイントネーション』。
ロシア語のアルファベット、キリル文字33文字の発音とイントネーションのみを集中的に学習する講座である。

最初はа、o、у、эの母音から始まり、子音へと続く。
キリル文字特有のд。
ロシア語特有のアクセントとして、アクセントの無いoは短く弱いaと発音するなどに戸惑いながら、第1日目は終了。
授業時間は19時30分から21時までの1時間半びっちり、休憩無し。

帰路、小田急線の登戸にあるパン屋でタイムサービスのピロシキを買う。
明日も現場作業、そしてロシア語の授業だ。

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Как мы провели этим летом

8月×日
 福島の帰宅困難地域にほど近い山中でお仕事。
 背負子に機材を積み、藪の中で数十匹の蚊に襲われつつ、除染土のフレコンの写真撮影して偉そうに語るだけのアウトドアライター氏と違い、福島の明日のために汗を流してのお仕事。

 帰りはもう日没。
 親方が「もう帰り遅いし、福島で晩飯喰っていきたいなー」と言う。
 そこで福島駅前の『西華』へ。

 前にも幾度か来た店、なんか盛りがいいような記憶があったんですが、3人とも結構腹へってたので 何も考えず 西華定食大盛りを注文。

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 全員『え゛え゛~!!』

 1名は完食、親方と私は御飯半分喰ったところで「ごめんなさーい。」

 笑顔のご主人に聞いたら、御飯は「三合メシ」でした。
 三合メシなんて、立正大学体育会山岳部の現役部員だった時に一度完食した経験しかございません。
 お代わりする猛者もいるとか。

 「年齢をわきまえる」という言葉を肝に銘じた夜でした。


8月28日
 某山へ。

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 紅葉の気配はまだありませんが、空気の冷たさはもう秋の気配でした。

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イワショウブ

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私の好きなヤマハハコがあちこちに咲いてました。

8月29日
 二ヶ月前から、8月29日から31日まで、会社の夏季休暇制度を利用して休暇を確保。

 この三日間、東京外国語大学で開催される『ウルドゥー語初級Ⅰフォローアップ講座』に参加すべく、盆休みも最低限の休暇にして日程を調整。
 ウルドゥー語(インド、パキスタンで用いられている言語)を学べる機会なんて、東北に住んでいる限り百万年待ち続けていても機会は巡ってこないだろう。
 東京に行くしかないのだ。
 ウルドゥー語受講をひかえ、動画サイトで子供向けのウルドゥー語学習動画を探し、簡単なアルファベットや数詞の予習を少しずつ続ける。

 月末に急な仕事が入りそうになり、「俺行きます」と手を上げて志願したところ、親方から「お前は休みとれ!」と上げた手をパシッとはたかれる。
 周囲からも御協力いただき、確保した休暇だったのだが・・・・

Tenki
 台風10号がいきなり方向転換。
 休暇の翌日は既に現場作業の予定が入っている。
 台風で帰れなくなった、というのは絶対に避けなければならない。東京外国語大学のウェブサイトでは、29日から開催されるオープンキャンパスは台風を理由に中止を決めている。
 台風襲来のタイミングで上京すると、交通機関がマヒしておそらく帰れなくなると予想。
 そう判断した私は受講のキャンセルを決断。
 授業も宿泊も、全てキャンセル。

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 手元に残ったのは、購入したばかりのウルドゥー語教科書。
 ぼつぼつ、独習することにします。

8月29日
 ウルドゥー語講座はキャンセルしたものの、ある資格試験をひかえているので、自宅にいても勉強する時間は惜しい。
 そんなおり、自宅炊飯器の内鍋コーティングがボロボロになっていることに気がつく。
 貧乏な我が家、カミさんはなかなか買い換えなかったらしい。
 泣く泣く、以前にスマホを買い換えた時のキャッシュパック、タブレットを買うべく貯めておいた電子マネー1万円分を放出。
 普段、休日は勝手に過ごさせてもらっているので、少しは家庭に還元しよう。
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8月30日
 台風接近。
 自宅で試験勉強。
 老母が住む実家の警備員として、日中に幾度か実家を往復。
 ところどころ窓のカギかけ忘れもあり、母の「老い」を実感する。
 幸い、山形は夕方遅くには穏やかな天候になる。
 
 尊敬する岳人は、北陸で染め物作業を手掛け、地元の盆踊り行事に参加した様子。
 いい夏過ごしているなあ。

 今回の台風10号で被害に遭われた地域の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

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チャイナドレス 秘められた民族史

Ch 11月4日、東北芸術工科大学を訪問。
謝黎コレクション展 北と南ま混淆 ~旗袍(チャイナドレス)に隠された近代中国の歴史~』を見学。
爺の介護生活と家族サービスの合間に時間をやりくりして、ようやく公開最終日に間に合う。

 これは東北芸術工科大学専任講師・東北文化研究センター研究員である謝黎(しゃ・れい sha rei)先生が所持している約800着のうち、150着をセレクトして展示したもの。
 
 チャイナドレスといえば、スリットに太ももも露わなセクシー系を思い浮かべる方がほとんどと思われるが、今回展示されているのは、清朝末期の王宮のドレスから、1920~40年代のチャイナドレスがメインである。
 そもそもチャイナドレスは清朝社会の旗人(満州族を中心とする貴族階級)が着用していたワンピースに由来する。清朝時代、ワンピース型の旗袍(チャイナドレス)は満州人、ツーピース型の「上衣下裳」は漢人が主に着用していた。

 展示品の中には、漢人のツーピース「上衣下裳」に似せたワンピース型の「奇装異服」なるものが現れ、チャイナドレスが次第にツーピースからワンピースに変遷していく歴史が伺える。

 会場内は写真撮影厳禁。
 野帳に特筆すべき解説文をメモっていたところ、一人の女性が近寄ってきて詳細に説明してくれる。
 ひととおり解説を伺ってからお名前を尋ねると、この展示会の企画者である謝黎先生ご本人であった。
 展示会に行く前から抱いていた疑問点について質問させていただく。

 文革の時代、チャイナドレスは大陸では完全に消滅したのではないか、という問いに対し、文革の弾圧により、多くのチャイナドレスが鋏で切られ、廃棄されたという。所持していること自体が生命の危険を意味した時代であり、今現在この会場に展示されているドレス自体、貴重な残存品であるとのこと。

 そしてスケベオヤジみなさま共通の疑問点、「チャイナドレスのスリットの長さって、何か決まりとかあるんでしょうか?」
 先生の回答: スリットの長さは流行や歩きやすさで左右された。チャイナドレスの職人は、映画に登場する女優のドレスを参考に作っていた。戦前の上海では、ヨーロッパ・フランスのファッション情報が三ヶ月遅れで上海に伝わっており、ヨーロッパのファッションの影響も受けていた。 一時期、現代風の太もも上までスリットのあるドレスを一人の女優が着用して話題になったものの、生活上支障があるため、すぐに廃れた。チャイナドレスのスリットは、もともとは騎馬民族の衣装から影響を受けたもの。ちなみにチャイナドレスはエリ、袖、スリット長で年代が区別できる。
 等々の解説をいただきました。

 企画者本人である謝黎先生と直接お話できるのが、こういった展示会見学のありがたさである。
 もうひとつ、展示会やマスコミに流れていない情報として、我が山形県・米沢の産品である織物、通称「米織(よねおり)」も、戦前チャイナドレスの生地として輸出されていたらしい、というお話も伺う。

 文革で消滅しかけたチャイナドレスは、80年代の改革開放政策と同時に現代中国に復活する。
 改革開放政策開始から約十年後、中国登山のために四川省・成都に滞在したときのこと。
 登山隊は観光客とは区別され、いわゆる「招聘ビザ」で国家体育局から招かれるという形式で中国に滞在する。
 宿泊先のアレンジはすべて中国当局にお任せ状態。成都では予定していた宿に諸事情で泊まれないとのことで、アメリカのカーター大統領も宿泊した錦江飯店というホテルに宿泊「させられ」ることになった。
 その錦江飯店のエレベーターガールがとても綺麗な女性で、ばっちりチャイナドレス姿だったのだ。
 当時まだ20代で性欲と食欲の塊だった私は、しっかり彼女とツーショット写真を撮影してもらってました。

 展示会の帰り、実家に立ち寄り、その時の写真を確認してみると、錦江飯店の彼女は膝からかなり上に切れ込んだセクシーなチャイナドレスを着こなしている。
 
 『旗袍は私たち日本人が理解する表面的なものではなく、民族間の価値の抗争と変化の融合を見事なまでにみせてくれる』
 展示会の中で東北文化研究センター教授・田口洋美氏は総括している。
 まさにそのとおりなのだろう。
 そう思う一方、文革で弾圧され、消滅したはずのチャイナドレスが90年代初頭には豪華ホテルで外国人客の接客という舞台で「中国の象徴」として用いられていた点に、満州族の衣裳すらを文化として呑み込んだ漢族のしたたかさを、私は垣間見る気がする。

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スポーツ・健康科学 単位取得

先月、38.2度の発熱とひどい鼻づまりで臨んだ放送大学大学院の単位取得試験。
学生限定のネットワークシステム「WAKABA」にアクセスして自分の成績照会してみると、試験結果は成績評定は最低ランクの「C」ながら、何とか合格・単位取得とあいなりました。ふー。

なんとか単位取得できましたので、少し入学の顛末をふり返ります。

○なんで放送大学だったか
 通信制大学で学びたいことは幾つかありましたが、まあ他のことは足腰もチンポも立たなくなった爺になってからチャレンジすることにして、自分の登山活動をふり返る手段として運動生理学又はスポーツ指導を学びたいと思ってました。
 通信制としては、平成21年から開講した淑徳大学の人間環境専攻でスポーツ指導・心理・マネジメントとかなり魅力的な講座が開設されていたのですが、単位認定試験の期日が公開されておらず、事務局に問い合わせても学生登録してから(登録するということは入学金を払うということです)学生用ウェブサイト参照しろという、つっけんどんな対応だったのでパスしました。
 通信制大学というと「いつでもどこでも学べる」をウリにしている所が多いのですが、実際にはスクーリング(実際にキャンパスまたは用意された会場で講義を受けること)に通わなければならなかったりで、現実には勤労社会人にはあまり遠方の学校の講義を受けるのは厳しいのであります。
 その点、放送大学は各県に「学習センター」という拠点があること、入学申請時点で単位認定試験の期日が確定していること、そして何より他の通信制大学に比較して学費が安いことがメリットであります。

○で、放送大学大学院の授業の内容は?
 「スポーツ・健康科学」講座は成人病の定義・行政の対応から人体の生理学、中高年者に対する運動の指針などが講義の主な内容です。(詳細はシラバス参照)
 その内容は登山と直接関係はありませんが、放送大学大学院が指定参考書として推奨しているテキスト「身体福祉論-身体運動と健康-」(放送大学テキスト)は東京大学名誉教授の宮下充正氏の共著となっています。
 この宮下教授は山岳雑誌でもご存じの山本正嘉氏の恩師に当たる方で、そのつながりでしょうか、「身体福祉論」には山本氏が「手軽にできるウォーキングと山登り」と題する章を執筆しています。またこの本には「冬の楽しみ雪上ウォーク」と題する章を福崎千穂氏が執筆、わかん・スノーシュー、XCスキーに関して運動生理学の面から紹介しています。
 (ただし、福崎氏のわかんとスノーシューの運動強度を同一視する考え方は多少納得しがたい面がありますが)
 「スポーツ・健康科学」講座で直接に登山が取り上げられることはありませんが、今まで漠然と接していた「中高年(登山)者」の生理について、関心を引き起こすきっかけにはなりました。

○実際のおべんきょうは?
 私の場合、山形県では放送大学の放送は視聴できず、貧乏なのでスカパー!も導入できないので、もっぱら山形学習センターから講義CDを借りての講義聴講でした。
 前にブログにも書きましたが、出張期間が長いのに対して貸し出し期間が一週間のため、CD借りてはPCにデータをダウンロードし、すぐにCD返却という生活でした。
 後でわかったのですが、現在放送大学では講義内容をウェブ上で視聴できるよう進めており、「スポーツ・健康科学」の講義もウェブサイトからダウンロードできるようになってました。とほほ。
 山形学習センターは平成22年度から閉館時間が今までの19時から18時に変更されるとのこと。ヒマな老人やNHKの時報なみにきっちり正確に17時に退出できる山形市役所の爺どもと異なり、私のような一土木作業員にはますます利用しづらくなるようです。
 山形学習センターは、センターがあるビル「霞城セントラル」の駐車場の駐車券を発行してくれません。これまた金欠な私は最寄りの大型スーパー(一時間以内駐車無料)に駐車、一時間以内にCDや関連図書の借用を済ませダッシュで戻ってくる、というパターンでした。

○単位認定試験は?
 「単位認定試験」「過去問」のキーワードで検索して当ブログを訪れる方が結構いらっしゃるようです。
 「スポーツ・健康科学」に関して言えば、テキストをしっかり読んで、通信指導に出題される問題・ポイントをしっかり押さえておけば、まず大丈夫ではないかと思います。
 正直言って論述形式の試験だったら私の場合は確実に落ちていたと思います(笑)。

 論文書いて、担当教授に直接指導受けて、というのが大学「院」の本当のあり方なんでしょうが、私の場合運動生理学について体系的に学びたいという希望があったので、その形式にはこだわりません。
 修士号取得のために努力している方が数多くいらっしゃるようです。
 「スポーツ・健康科学」に関しては、私のような一土木作業員も何とか単位取れましたので、受講される方はぜひ頑張って下さい。

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【撃沈】放送大学大学院 単位認定試験【散華】

テキスト後半にまだ手が届いていないうちに、あっという間に歳月は流れ(笑)、23日、単位認定試験の日を迎える。
しかも最悪なことに、連日の氷点下での現場仕事でひどい風邪。
今まで経験してないようなひどい鼻づまりと熱で寝込み、23日はよろよろ起きあがりながら会場へ。
受験票には「シャープペンシル不可、HBの鉛筆持参」としつこく書いてあるため、娘からプリキュアやらディズニーのイラストの鉛筆を借りてきた。

試験会場の山形学習センターには6名ほどの受験者がいた。
スポーツ・健康科学の受験者は私含め2名。
今学期から試験持ち帰り可と聞いていたのだが、インフル対策のため持ち帰り禁止になっていた。

2009年度第2学期のスポーツ・健康科学の単位認定試験は択一式で出題数は10問。
テキストしっかり勉強していれば解けると思いますが・・・
私はダメダメでした・・・

高校山岳部から始めた登山を総括したい、という意志で専攻した放送大学大学院のスポーツ健康科学ですが、私にとってはあらためて運動すること(登山で体を動かすこと)の意義を見直す作業になりました。
試験の結果がいずれにせよ、運動(登山)と人体の関係については、今後も関心をもって臨みたいと思います。

月曜からまた出張&現場作業予定のため、試験会場から内科医に直行。
土曜日で休診の医院が多い中、以前に病み上がりでガイド山行を控えた際、にんにく注射の点滴を施してもらったクリニックを訪れ、漢方薬と抗生物質をもらい帰宅。

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放送大学大学院おぼえがき

10月某日
 山形では放送大学の放送は受信不能。スカパー!も貧乏な自分は導入できないので、講義はもっぱら山形学習センターで入手するCDで聴講することになる。

10月某日
 出張と出張の合間をぬって、せっせと山形学習センターに通い、CDを借りる。CDの貸し出し期間は一週間。
 仕事の出張期間は一週間を超えることが多いため、借りたCDはすぐPCでデータをダウンロードして保存、すぐ返却。

11月某日
 山の帰り、長い東北自動車道の道中で講義CDを聴きながら走る。今日のお題は「生活習慣病予防とスポーツ・糖尿病」。
 糖尿病の恐ろしい病状を詳しく聞かされた後、サービスエリアに立ち寄る。
 売店でご当地和菓子を買おうと思っていたが、糖尿病の病状を散々聞かされた後なので玉コンニャク2本購入で我慢する。ローカロリー、ローカロリー。

12月某日
 放送大学大学院、一端登録してしまえば通信制大学の常、放置プレイで自分で勉強を進めなければならないのだが、学習確認の意味もあるのだろう、「通信指導」という名の添削問題提出というハードルがある。
 この課題を提出・合格しないと、単位認定試験が受験できないという仕組み。
 この「通信指導」、私が受講している「スポーツ・健康科学」科目では8問の問題について解かなければならない。といっても、択一式のマークシート。
 も ち ろ ん テキストと首っ引きで問題を解き、締め切り間際に提出。

1月某日
 でかい封筒が自宅に送られてくる。
 「通信指導」の結果でした。なんとか全問正解、認定試験受験「可」と書いてある。ほっ。

1月某日
 テキスト、実は興味深いところは突っ込んで読んでいるのだが、医学系の項目はサッパリである。
 試験も近づいてきたので、学習センターで情報収集。
 単位認定試験、過去問は公表されていないが、本年度からようやく試験問題持ち帰り可、となったらしい。別の情報筋から、第一学期に実施された「スポーツ・健康科学」の試験は択一式との情報入る。
 うーむ、重要ポイントを絞らねば。

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