2月上旬のあれこれ

 2月上旬、社内失業を満喫するつもりだったが、人手不足はなはだしく、なぜか不良社員の私が現場作業精鋭部隊の増援に駆り出される。
 市内の現場なので早めに帰宅できるものの、疲労度が大きいため、夜は自宅でもPCは開かずに寝る。
 以前書いたマーゴ・ヘイズの記事にならったわけではないが、寝る直前はネットを閲覧しないようにすると睡眠の質が違うような気がする。

 2月某日。
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 帰宅して夕食に出された「鯉の洗い」で自分の誕生日であることを思い出す。
 本日で3億8千万歳(※諸説有り)。今年もいい年の取り方をしたい。

 2月某日。
 現場作業進行中、ふと空をみると、
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 太陽の「日暈(ひがさ)」は見慣れているが、そこから少し離れたところに、日暈とは逆向きの虹を目撃。
 後でしらべてみると、「環天頂アーク」らしい。
 大気中の六角板状の氷の結晶が地面に水平に浮遊した状態でみられるという。
 
 地震の多い日本では、「地震の予兆」などと言われるらしいが、実際には何の因果関係もなく、「環天頂アーク」も結構な頻度で目撃されるらしい。
 私もまだまだ自然への観察眼が必要ですな。

 2月某日。休日。
 公立図書館で資料調べを終え、駐車場に隣接した文翔館(旧・山形県庁)に立ち寄る。
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平成29年度文翔館企画展「和菓子の木型」の展示を見学。

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木型の造形美が素晴らしい。
中にはビスケットの木型というのもある。
これは「ビス饅」と呼ばれた、ビスケットの中に餡を入れた独特のお菓子に使われたそうな。

ちなみに和菓子の木型の原木はヤマサクラ。適度な堅さをもち、狂いが少ない材質としてヤマサクラが選ばれているという。
展示されているのは山形の菓子木型職人である配野熊蔵、その息子である長十郎、長十郎の弟子の鏡源蔵の各氏によって大正~昭和初期にかけてつくられたもの。
展示は山形市・文翔館3階展示室、3月11日まで。

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1月お仕事&読書日記

1月14日。
大寒波がやってきた翌日。
小正月の民俗行事を見学しようと目論んでいたが、実家の老母から「水道凍った」という連絡。
業者に任せるより自分がやった方が早い。
実家の窓から隣家との隙間に入り込み、上水道に巻かれた保温材の撤去、解凍、さらに再凍結しないように保温材の設置。
部材が無いので開店時間早々にホームセンターに行くと、前日からもう凍結が進んでいたのか、保温テープ(スポンジ状のテープ)だけが完全売り切れ。
業者向けの店を廻り、ようやく入手。
それから実家にもどり、上水道管に凍結防止の措置をとる。
こうして休日はおわる。

1月某日
現場作業でトラブル多発、PCもアクセスせずに寝る日々が続く。

1月某日
現場が一段落したところで読書再開。
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番組ば視聴できなかったが、中国共産党の犬NHKの『100分de名著 ソラリス スタニスワフ・レム』をゆっくり読む。
タルコフスキーの映画も好きなのだが、浅学な私の知らない解釈を知ることが出来た。

1月某日
世間では新版「広辞苑」のニュース。
私が所有している広辞苑は1976年発行の第二版補訂版。
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通っていた小学校に「長岡賞」という、スポーツまたは学業・生徒会でそれなりに活躍した者に贈られる賞があった。
私は小学校の生徒会で役員をしていたため、ちゃっかり長岡賞をもらうことができた。その副賞が「広辞苑」だったのだ。みたこともない巨大な国語辞典に、当時小学生だった私は日本語の奥深さを知ることになる。

とはいえ、普段使っていたのは角川のハンディな国語辞典。最近はネットに頼り切りだ。
広辞苑を使った機会といえば、池田常道氏によるラインホルト・メスナーの解説において不必要に使う難解な哲学用語を調べるのに使ったくらいか。

最近の「広辞苑に◎◎が載りました」という報道の在り方には疑問を抱いている。
流行廃りのある言葉などはそれこそネットに任せればよい。
国語辞典はやはり、日本語の奥深さを知るきっかけであってほしい。

1月某日。
JR東日本の電車内で、妊婦さんが無事出産されたというニュース。
我が家でもカミさん、娘とともにニュース番組をみながら「看護助手さん隣に載ってたんだって~」と盛り上がる。

そこで私の蔵書を探る。
私が持っているアメリカの救急法の訳書『イラスト救急処置マニュアル』(原題{「First Aid Manual」 大塚敏文訳 南江堂 94年出版)という本。
この本、日本の救急法の書籍と異なり、なんと「緊急出産」の解説までイラスト付きで載っている。
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素人が分娩という医療行為に関わることは危険きわまりないだろうし、実際にそんな場面に出くわした場合は医療機関への迅速な連絡が最優先されるべきなのだろうが、出産のやり方まで掲載されていることに、日本とアメリカの救急法の違いをみる思い。

東日本大震災クラスの災害で、やはり妊婦さんが産気づいて・・・というエピソードは聞きますので、今回のニュースを見てあらためて同書を読み直してみた次第。

1月某日。
会員として所属している日本野外教育学会から、会員向けに書籍が送られてきた。
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『野外教育学研究法』

野外教育に関する論文・研究を進めるうえでのノウハウ・考え方をまとめた書籍である。
類書として、1998年にやはり日本野外教育学会が出版した『自然体験活動の報告書レポート・論文のまとめ方』という本も持っているのだが、こちらの内容は「報告書・論文・レポートの違い、まとめ方」から始まる、どちらかというと学部生向けの内容。この本の内容をさらに進化させたのが、今回の『野外教育学研究法』といえる。

野外教育学研究でネックになるのが、野外教育・野外活動の成果を調査するにあたって、目に見えない・数値化しにくい子供達の「心」、「成長」をなんらかの形にして調査しなければならないという点。
さらに、研究成果において「自然体験は教育的にとても良い」という結果が導かれるが、野外教育の「何が」「なぜ」効果をあらわすのか明らかにされず結果だけが重視される傾向にあり、意外にも人文科学系アプローチがまだ不十分であるという。 私のような末端で活動する者に何ができて何が得られるのか、今一度考えたい。

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凍った朝

今日も出勤。
気温はマイナス8度。
山形市内でも、局地的に気温や天候は変わる。
出勤先の工場がある山形市南部に来ると、気温はマイナス12度になった。

信号待ちでふと東側の蔵王・龍山をみると、今まさに陽が昇らんとするところだった。

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極端に冷え込んだため、雪に覆われた水田には白いモヤがかかっている。
青い空、陽の光、そして大地の白いモヤ。

会社の駐車場に到着、車から降りると空気中にキラキラ光るものが漂っている。
ダイヤモンド・ダストだ。

地方都市の美しさは観光地ばかりではなく、日常生活にもあることを知る。

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さよなら2017年

2017年ももうすぐおわり。

皆様にとってどんな一年でしたでしょうか。

私にとっては、なんといっても栃木県・那須の高校山岳部員の生徒達、顧問の先生が亡くなった雪崩事故が心に残ります。

様々な意見、有名・無名を問わず多くの登山者からコメントがあがる中で、ブログに書こうと思いつつ書けないでいたことを、まとまりもなく書いておきます。

私が登山を始めたのは、山形県立山形南高校山岳部に入部してから。
山岳部では冬山もやっていましたので、中学卒業したばかりの15歳から冬山をやっていたことになります。

私が二年生の時、蔵王での冬山合宿から下山して数日経った時のこと。
すれ違いに入山した某高校山岳部の生徒が、ビバーク訓練中、入っていた雪洞が立木からの落雪で埋まり、1名が亡くなる事故がありました。

そのとき、顧問の教師は隣接した山小屋に滞在していました。

この事故が民事裁判に至らなかったのは、亡くなられた生徒のお父様が同じ教職員だったから、と伺いました。

「蔵王なんて・・・」と思っていた当時高校生で生意気だった私は、冬山では「死」は身近にあり得ることを痛感しました。

その後も、私が在籍する山形南高校では冬山合宿を続けることができました。
私達が冬山に行くことができた理由の一つに、顧問の教師が山形県山岳連盟でそれなりの地位にいる方だったことが大きかったようです。
山形県では、高校山岳部の顧問が県の登山界において指導的立場にある方だったという、全国的にも特殊なケースにあたると思います。

そんな中で、高校生から冬山を経験できたということが、今からみれば随分と恵まれた環境だったのだな、とあらためて考えると同時に、栃木県の事故報道を見聞きした際、高校生当時の、あの「無力感」にも似たような感情に襲われました。

五輪競技採用でクライミングに関してはクライマーの低年齢化が進む一方、冬山登山に関してはそのリスクゆえ禁止が言い渡される。
そのアンバランスさに、今後の日本の登山界の行く末を末端登山者として案じています。

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一昨年から、普段聴いている音楽は「エピック」というジャンルの音楽を聴くようになりました。
仕事から宿に戻って一息ついている時や、山の帰りの車中などで聴いてます。

エピックのジャンルから少し長いのですが、Two Steps From Hellの Never Give up on Your Dreamsの動画をアップして、2017年最後の記事アップにします。

検索でたまたまご覧になった方、よくご覧いただいている方、今年も多くの方に当ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
皆様、どうぞよい年末年始をお過ごし下さい。

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サラメシ物語

 12月から、リストラ寸前不良社員の私の仕事、てめえの現場仕事をこなしながら遠方に出張してるチームのサポート。
 足りない資機材を現地に送ったり運んだり、諸事情で人手が足りなくなった現場には私が急行、その場をしのぐというのが私の役目。

 12月中旬の大寒波がやってきた当日、一関の現場で人が抜けたため、酒田の現場から一関の現場に直行。
 安ビジホに泊まり、翌朝現場へ。

 朝、親方と会話。
 親方「おい大滝、昼メシは持ってきたのかよ」
 私 「はいコンビニで買ってきました」(即答)
 親方「なんだよー、外に食いに行こうかと思ったんだけどなー」
 私 「いや、コンビニで買ってきちゃったもんで」(即答) 

 親方は現場近くのウィークリーマンション生活、昼は部屋に戻って食べているので、なんの疑問ももたず私は自分の昼飯をコンビニで調達してきた。

 午前の現場がおわり、トイレに行くため一旦外に出る。
 そこをみかけた親方、
 親方「なんだ大滝ぃー、外に出てきたからメシ喰いに行くのかと思ったよー」
 私 「いや、コンビニで買ってきたんで。」
 親方「買ってきたメシは夜食にまわせばいいだろー。外に食いに行こうぜー」
 
と、強引に外に連れ出されることになる。
 2人でハイエースら乗り込み、
 親方「大滝何食いたいんだよー麺かご飯か?」
 親方の好みを知っているので、麺はありえない。
 私「ご飯でいいっす。」
 親方は迷わずハイエースを近くの洋食屋に走らせる。

 これ絶対親方が自分が行きたい店だったんでしょ!

 静かな洋食屋で、私は日替わりランチ。親方はハンバーグ定食をつつきながら、今後の工程や元請けさんの様子などを話す。
 
 つい6、7年前、私が今の現業部門に配属になったときは覚えの悪い私に工具を投げつけてくる親方だったんですが・・・・最近は「あなたの優しさが怖かった」by 神田川
 デスクワークやホワイトカラーの世界と違い、建設業界でも特に職人気質の強い、私がいる部署。
 親方にまずはじめに教えられたのが、

 『早飯も仕事のうちだ』

 そんなわけで、親方とメシを食いに行くときは「熱い物」「大盛り」は絶対頼まない。
 親方より食うのが遅れるからだ。
 
 なにはともあれ、現場の休憩室でコンビニおにぎり囓ってるより、親方と仕事の話しながら昼飯食って良かったでした。

 この日も吹雪で荒れそうなため、親方のホトケ心で16時前には現場から解放してもらい、再び吹雪の中を酒田めざして車で走る。
 
 サラリーマンでは昼飯も大事なコミュニケーションの時間ですね。

 中国を訪問した3泊4日中、中国要人との会食がたった2回だった韓国の文在寅大統領の記事を読んで、今回の親方との昼飯を思い返しました。
 
 中国要人との食事にお呼ばれされなかった文在寅大統領、朝食の様子がちょっとコミカルな動画で公開されてます。
 庶民派を強調するためともいわれてますが、ごくふつーの食堂で中国ではおなじみ油条を召し上がったようです。内容は豆漿4杯、ワンタン2杯、油条2本、小籠包2セット、計68元(約1157円)なり。
 よっ!庶民派!(棒読み)

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復 活

思いついてから約2年。
現在使用しているiPhoneの残債をまとめ払いしたり少しずつ準備して、

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スマホからガラケーに乗り換える。

政治改革より我が家の家計改革。
機種代も新規で購入すると3万近くするので、通販で新古品を購入して安く済ませる。

今冬の沖縄出張で痛感したのが、やはり通話機能はガラケーで独立させたいということ。

facebookなどで「時代に乗り遅れましたが・・・」とガラケーからスマホに乗り換えた方の報告を読むのだが、私にとって道具の選択は時代に左右されるものではなく、自分にとっての使い勝手がすべてである。

 現場作業していて業者と頻繁に通話でやりとりする事がある。手袋をしているときのタッチパネルに何度イライラさせられたか。
 雨の中や、ハードな現場で汗まみれになっているとき、スマホのような耐久性に乏しい精密機械はむしろ邪魔でしかない。
 
 以前書いたように、スマホの検索機能は図書館の文献検索に欠かせないし、カーナビ機能は大型車を乗り回す私には必要不可欠。というわけでスマホ併用の生活を送ります。

 そしてなにより、年々高機能・高価格になっていくiPhoneに疑問を抱く。そこまで高価な金払って便利さを求めて、この先に何があるんだろう。メディアの提灯記事に踊らされるのは御免である。

 ちょいとガラケーに戻ってみて、自分に必要なモノは何か再考してみます。

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職場の一服

某日。

 イタリア出張から帰ってきたK君の土産を職場で食す。
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右はイタリア特有の「アマレッティ」という菓子。
クッキーに似ているが食感はしっとり系。ピスタチオ風味らしいが、どうも日本のおつまみのピスタチオと違い、火で炒ってない生ピスタチオを用いているようで、やや青臭い風味。
左はコーヒー風味の「クッキー」なのだが、普段日本で食べているクッキーよりもサクサク系のクリスピーな感じ。
 みんなの食べ比べでは、コーヒー風味クッキーに軍配が上がりました。

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鳴子の宿

ブログ更新をしばらくサボっている間、世のため人のため現場作業に邁進。
我々現場作業部隊も人手不足はなはだしく、不良社員の私が現場代理人となる。

出張先の宿、たいてい現場管理のK君がビジホを確保してくれるのだが、今回は

親方「おう大滝、今度の宿お前決めとけよ」
私「え?俺決めていいんすか?」

滞在先は宮城県の鳴子温泉。
湯治客や観光客相手の宿が多く、選定に苦労する。

泊まった宿は、

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ルームキーも鳴子っぽいですね。

工程もタイトな現場、ヨレヨレになってチェックイン。
出てきた夕食が、

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え?これで一泊2食付6630円ですか?(注:ビジネスプランでの料金です)
すっげえ不安になるボリューム(笑)
しかも中ジョッキ生ビールは無料サービス。

会社の人間にも当ブログ見られてるらしいので強調しときます。
中ジョッキ生ビールは 無 料 サ ー ビ ス です。

しかも現場作業員には嬉しい、洗濯機の利用も無料、洗剤備え付き。
仕事から帰ってくると、部屋はきちんと前もって暖房が入っている心遣い。

宣伝しておきます。
鳴子近辺で働く作業員の皆様、鬼首・秋ノ宮周辺のシブい山を狙う登山者の皆様、鳴子温泉の 鳴子旅館 おすすめです。
※一泊2食付き6630円は、3泊以上の長期宿泊での割引きプランになります。通常料金は8790円です。

夕食のご飯は固形燃料で炊く釜飯風のご飯。
量が一膳ほどなので、旅館の方が「ご飯たりますか?」と気を遣って様子を見に来てくれる。
なにより、直接固形燃料の火で炊くご飯なので、

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ご飯のおこげがメチャメチャ旨い。
この旨さは、米をサラダの食材くらいにしか思ってない毛唐にはわかんねえよな。

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お仕事日記(大都会編)

10月第一週、出張で神奈川県某市へ。

 我々現場作業部隊が首都圏に行くときは、いかに首都高を走らずに東京を通過するかが思案どころなのだが、今回の出張ではどうしても首都高を走らねばならない。
 沖縄出張の相方、Yさんと共に7tトラックで東北道を南下、佐野SAから首都高を通過する区間を私が運転する。

 田舎者には複雑な首都高。
 ひたすらauカーナビに従い、池袋から新宿、五反田はずっとトンネルを走り、横羽線を通過して都築PAで昼食休憩。
 相方Yさんはイオンスマホを使用しているが、トンネル内ではGPSが方向を見失うという。
 今回はiPhoneのGPS機能、auカーナビソフトに助けられる。
 緊張感も給料のうち、と自分に言い聞かせ、慣れない首都高を大型車で走る。

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都築PAでは「さんまかば焼き丼」を食す。カミさん作ったさんまかば焼きの方が旨かった。

 現場にトラックを駐車し、今夜は南武線某駅そばのビジネスホテル泊。
 今宵の夕食は、グルメサイト有料会員のYさんに誘導されて『麺や しんのすけ』へ。

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相方のYさんは店の一番人気「トマト担々麺」を、私は週替わりの「塩担々麺」(画像)を食す。
旨い。が、味が濃い。
Yさんいわく、残ったスープに御飯入れて喰うのが名物、とのことで、2人でそうする。
明日はフル稼働。

翌日夕方、現場作業を終え、それから八王子にある業者さんのところに挨拶まわりと資材受け取り。
八王子を出たのは18時。
明日は山形で仕事があるので、急ぎ戻らねばならない。

あいにく高速は渋滞しているため、青梅まで国道16号を走る。
ピザ屋にベーグル屋にカフェ。
なんか知らねえが東京っておしゃれな食い物屋多いよなあ・・・と思ったら、横田基地の脇を走ってました。

20時前、ようやく圏央道の青梅ICに乗り込む。
さあ、明日も山形で現場仕事。とっとと帰ろう。

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2017年9月日記 最後の子供神輿

9月23日、町内神社の祭日。

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結構歴史のある神社、祭日一週間前から町内の家の塀には紅白の幕が下がり、提灯が灯される。

我が家は子供会として神社祭日の当番になっており、

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前日の22日夜は子供が担ぐ樽神輿の製作にかかわる。
年配者にいろいろ指導を受けながら、青年団のメンバーを中心に樽神輿製作のお手伝い。

翌日23日昼、
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子供神輿スタート。

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今年も私は交通整理役。

特に交通制限もなく、その割に私の住む町内は交通量が多いので結構神経を使う。
神輿の隊列を前から後ろへ、対向車が来ないか確認したりと忙しい。

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ところどころ、町内の方々の善意をいただきながら休憩。

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今年は早いペースで進行し、最後に神社のお社の前で三回廻って終了。

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屋台も出て、地元の小学生たちには楽しい一日。

我が息子も小学6年、子供神輿に参加するのは今年が最後。
地元の方々に見守られて、今年も祭りの日が過ぎていきます。

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